教育事例紹介 数学
情報化社会になり、学生は多様化し、学生の学び方も変化しています。特に、『イメージ』が、「学びのモチベーション」になる学生が多くなっています。私たちは、近年、目覚しく発展している情報機器やソフトに着目し、「ビジュアライゼーションを活用する数学教育」の研究に取り組んでいます。
グラフおよびグラフを動かすアニメーションを見せて、既習の数学的性質をイメージ化し、「分かりやすさ」と「学びへのモチベーション」の向上につなげます。
一方で、数学的性質を、「視覚的な関連付け」のもとで理解させることは、情報化社会における数学教育の一つの課題であり、特に高等教育ではその意義は大きいと考えています。
この報告では、今まで実践してきたマルチメディア教材を活用した数学教育の事例および教育効果などを紹介します。
三角関数は多数の公式ばかりが強調されて重要性がわかりにくいといわれます。そこで私たちは、ソフト Mathematicaを活用し、グラフおよびグラフを動かすアニメーションを用いた以下のような指導をしています。
1) | 三角関数の和 sin x + cos xや積 sin x cos x の意味を視覚的に理解させます、すなわち、 x におけるそれぞれ値(グラフの高さ)の和や積によって決まることを、グラフを通して確認させます。 |
2) | 「のこぎり波」やいろいろな関数のグラフが、三角関数の和として近似できること(フーリエ級数展開)を、グラフを動かすアニメーションを見せて、視覚的にその可能性を実感させます。 |
3) | 三角関数の加法公式 sin ( x + y) = cos x sin y + sin x cos yを、変数 yをt(時間)と書き換え、t の値を増加させて、2個の関数sin x cos t、cos x sin t のグラフを動かすアニメーションを見せます。次に、関数の和sin x cos t + cos x sin tのグラフを追加して、同じアニメーションで見せると、上下に動く異なる二つの波の和(合成)から、左に移動する波が生じる状況が容易にわかります。この方法で、三角関数の加法公式を、波の現象的な挙動(定在波と進行波のこと)と結び付けて理解させることも可能になります。 |
三つのタイプの事例を紹介します。
(事例1)学生自身が、Mathematicaを自分で操作しながら、Webテキストに従って、ソフトの基本操作、三角関数、微分積分学の初歩を学びます。この事例は、本学部の授業科目『教養ゼミナール』(共通、選択、2単位)として、平成12年から実施しています。平成18年度の受講者は55名でした。
授業は、教育用コンピュータ演習室を利用します。学生は、2台のパソコンの間に設置されたモニターで、教師用のパソコン画面を確認できます(写真)。
写真 平成18年度の授業風景
まず、準備されたMathematica用のプログラムを理解させます。次にそのプログラムをパソコン上で実行させ、映し出される画像を通して、数学的理解を深めさせるのがねらいです。
以下の2点が、教育的な特徴といえます。
1) | 数学的概念をプログラムとして表現するには、一つひとつの手順をより簡潔に書き表す必要があります。従来型の教科書に即した指導法と比較すると、理解すべきプロセスが単純になり、理解しやすくなります。 |
2) | 画面上に描かれるグラフなどが、補助的役割を果たすので、学ぶべき内容がわかりやすくなります。さらにイメージ化されるので、学びへのモチベーションが期待できます。 |
学生は、テキストの内容をヒントにして、アニメーションのスピードや、数値を変化させて、より創造的な体験をしています。
私たちは、この授業を通し、情報化社会における数学教育の理想を追求しています。
(事例2)Mathematicaで作成されたnbファイルが準備してあり、学生は、自分の手でMathReaderを操作しながら学びます。これは、国立大学の教育学部の特別講義(90分授業)として実施している事例です。IT環境が整備された教室(情報処理室)で、ホームページを併用し、継続的に実践しています。
MathReaderはフリーのソフトで、nbファイル上に書かれているアニメーションの動きを、ダブルクリックだけで再現させることができます。この事例の最大の利点は、パソコンおよびインターネットが完備される環境でいつでも実現できることです。ここでは、“いかに効果的なnbファイルを学生に提供するか”が鍵になります。
「動き」がもたらす『イメージ』は、学生に非常にインパクトを与えるようで、いつも驚かされます。また、自分自身の手でそれを体験するので、単に見るだけという学び方に比べると集中力の点でも優れています。
この教育事例を個人対応のe-Learningの研究につなげたいと考えています。
(事例3)スクリーンに投射されたプロジェクタの映像を通して学びます。このタイプは、スクリーンとプロジェクタが準備されていれば、いつでも可能です。この事例は、通常の講義(微分積分学の授業など)で、教育支援を目的として実施しています。
このときの教材は、学生が見るだけである程度『イメージ』しやすいものに限られます。また、比較的多くの受講生を対象にする場合には、学生を継続してスクリーンに集中させる努力も必要になります。文字の大きさ、見やすさ、見やすい色かどうかなどの配慮も欠かせませんが、学生の基礎学力の違いも無視できません。短い時間に限って、教育目標を絞り込んで実施することが大切だと思います。
もし、スクリーンに集中させることができれば、「学びへのモチベーション」の向上など、教育効果に十分期待がもてることがわかります(私立大学情報教育協会、大学教育・情報戦略大会(E-09、2006)で報告)。
事例1の授業に対する、平成18年度のアンケート調査および教育効果を紹介します。以下は、授業で学ぶ数学の項目で、視覚的に学べるように工夫してあります。
(a)三角関数の役割(加法定理など)、(b)接線の意味、(c)関数の多項式による近似、(d)積分の原理と原始関数
このアンケートは、講義の最終日に実施し、上の項目(a)、(b)、(c)、(d) に対して、今までと比べて、数学的理解が深まったものに○をし(複数可)、この授業に対するコメントを書きなさいというものです。回答者は52名(内訳:1年6名、2年24名、3年19名、4年1名、高3年2名)です。
それぞれの項目に、○で回答した人数は以下の表になります。
表 数学的理解が深まった項目と学生の人数
項 目 人数 (a)三角関数の役割(加法定理など) 26 (b)接線の意味 34 (c)関数の多項式による近似 28 (d)積分の原理と原始関数 19
前掲の表と記述された学生のコメントから、学生にとって、『イメージ』による効果、また「視覚的な関連付け」が、理解の向上に非常に役立っていることがわかります。以下の学生のコメントは、それをよく表しています。
“この講義を受けてとてもよかったと思った点は、微分や積分などの概念をグラフやアニメーションを用いて理解していく点です。今まで中学や高校で受けてきた授業や、現在、大学で受けている講義は、黒板に書いてある文字や数式を写して、頭でその意味を考えるというスタイルでした。しかし、この講義では、今まで頭で考えてきたグラフや数式の動きを、Mathematicaを使うことにより視覚的にとらえ、数学の本質を正確に、かつはっきりと理解することができ、とても感動しました(1年)。”
毎年実施しているアンケート調査から、私たちの指導は、学生には「わかりやすい」という評価を得ています。多くの学生にとって、視覚的に「わかる」ことが、すべてを理解することにはなりませんが、数学の学び方に対する反省、数学の活用を促進するという面で非常に期待がもてると実感しています。
また、学生の数学的知識が、視覚的に関連付けられた理解のもとで再構築され、情報化社会で求められる新しい能力に結び付くことを期待しています。
本報告にあります研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号19500761)の助成を得ています。