特集 大学教育への社会の期待
千葉 聡(三菱商事株式会社 イノベーション事業グループICT事業本部ITソリューションユニット)
「本当に世の中のためになる事業を創り出せば、利益は後からついてくる。」これは、数々の商社事業の歴史を通じた話の結論として、私たち三菱商事が大切にする“三綱領”の一つ、「所期奉公」の精神を教えてくれた上司の一言である。
当初、この言葉を聞こえの良い経営理念のように捉え、「そうは言っても利益創出が第一でしょう?」と考えていた私の頭に、「世の中の課題」に真剣に向かい合い、それらを解決してきた数々の“熱き商社パーソン達”がリアルに描き出され、「働くとは、このように真剣に世の中を見つめ、立ち向かうことか・・・。」と強く感じ入ったことを覚えている。
私は、この「世の中のために、世の中の課題に立ち向かう(所期奉公)」という精神こそ、“社会人”を“社会人”たらしめていると考える。家庭、地域、会社、国、国際社会など、“世の中”にも多様な場所、形態があるが、それぞれの立場で、夫々の課題にバランス良く立ち向かえる人が“社会人”であると感じている。そしてこの“社会人”を
育成することこそ、「大学を大学たらしめる」のではないかと思う。
では、その“社会人”を育成する教育とは何か。そのテーマへの解は無数にあると思うが、特に「自分自身が“世の中の課題に立ち向かう社会人”になるために学生時代にもっと受けておきたかった教育」として、以下4点を挙げさせてもらいたい。
(1)“立場の転換”の自覚を促す教育
いわゆる「キャリア教育」にて議論されているテーマであると思うが、就職活動のハウツーではなく、「納税義務とその意味」など、学生と社会人の違いを象徴するようなテーマを議論することを通じ、社会人としての責任感を醸成してくことで、意識的に“立場の転換”を自覚できるよう促す必要がある。授業を“受ける”立場ではなく、仕事を通じ社会に“与える”、社会を“作る”立場に転換するということを、繰り返し意識できるような機会が必要である。
(2)「全体観」と「関係性の連鎖」の視点を養う教育
環境問題など、世の中の課題は一つの学問分野ですべてを解決できることはほとんどない。仕事においても、必要とされる分野に知見のある人材を集め、課題解決にあたる。一つの学問分野を極めることは重要なことであるが、同時に世の中におけるその学問の位置づけや、(大学でも学際的なアプローチが重視されているが、自分の視点から)他の学問との関係性についても理解を深めておくことで、自らに足りない力を他に求めつつ、課題を解決していくという視点を養う必要がある。
(3)「正解を自分の頭で考える」習慣をつける教育
学生と社会人の違いの一つとして、「課題に対する正解の有無」をあげる場合があると思うが、情報化社会でより世の中が複雑に関係し合い、課題に対する“正解”と呼べるものが見えにくい現代においては、ますますこの「正解を自分の頭で考える力」が必要になってきている。無論、大学でも新聞紙面などを飾る現実のテーマを基に議論が行われているが、そのような機会をさらに増やし、マスコミの論調にも疑いを持ち、ズームダウンして事象の背景や理由を考えることで、自分の頭をいじめ抜いていく必要がある。
(4)「異質なものと自らをつなげる力」を養う教育
日本のように、一つの国の中に単一民族が同質の考え方を共有しているという国は、世界でも稀である。日本の資源のみで日本人が生活できないことが自明の時代にあっては、外見、言語、文化などが異なる人たちを理解し、自分についても理解してもらうという作業が必須である。聴く、話す、読む、書くなどの基本的なコミュニケーション力や、英語などの外国語力はもちろんだが、それらを通じ「異質な相手に対して、自分と自分の国・環境・文化を自分の言葉で説明したうえで、自分との共通点を見つける」という、コミュニケーションの原点となる力が醸成されるよう、さらに工夫をしていく必要がある。
大学は、人材育成のみならず、研究を通じて自然・社会・人文科学の発展等、世の中に多大なる貢献をしてきたし、これからもそれに代わる存在は現れないと考える。よって、すべての大学には「世の中の課題に立ち向かう大学」として、
人材育成を含む世の中の課題への“最前線”として、これからもそれぞれの地域、分野で活躍してほしい。
私たちも、「世の中の課題に立ち向かう」という「所期奉公」の精神を共有する立場として、大学と大いに連携しながら、「本当に世の中のためになる事業」創りに取り組んでいきたい。