特集 大学教育への社会の期待

多様化する社会と大学教育
〜伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(CTC)〜


中島 淑乃(伊藤忠テクノソリューションズ株式会社文教システム部長)


1.はじめに

 「12色の色鉛筆から好きな1本を選ぶことは容易いが、100色の色鉛筆から好きな1本を選ぶことは難しい」という例え話を心理学の教授から聞いたことがある。多様化した社会はこの100色の色鉛筆であり、近視的に微妙な色の差ばかりが気になりやすい。視野を広げる前に自己の選択に自信を失い、入社したばかりの会社をスピンアウトしてしまうことも起こる。それは、社会に出たばかりの若者にとっても、受け入れた会社にとっても不幸な出来事だといえる。どうしたら若者が自己のアイデンティティを確立し、さらなる挑戦を続けていく気概を育てられるのか。経済産業省の提唱する『社会人基礎力』が必要な方向性を示しているが、人間力育成は学校教育だけに責があるものではなく、思いやりや公共心も含めた社会全体の課題として取り組むべきである。


2.社会が学生に求めるもの

 当社(以下CTCと称す)が採用時に求めているのは、ポテンシャルを秘めた、自己のアイデンティティを確立する力のある人材である。ポテンシャルとは、潜在的に持っている可能性としての力であり、それを顕在化させるには周囲とのコミュニケーション力、自己研磨力が鍵となる。したがって、大学教育がサービス業であってはならないと私は考えている。過保護に受動的に育てられた学生が、社会に出てから突然自分で考え解決する力を身に付けるということはない。
 営業・技術・スタッフといった部門に限らず、社会人となってから専門知識の城を築く土台として、まず論理的思考力と文章表現力を求めたい。プレゼンテーションツールを使いこなす能力ではなく、収集した情報を分析し、論理的に組み立てられた文章と直感的に説得力のある図表を練り上げる能力を身につけてほしい。大学時代の成果として学生に求めることは、採用面接時によく学生が口にするアルバイトの人間関係で培った交渉力や企画力ではなく、自ら社会にかかわるための興味・関心(アンテナ)と行動力、そして論文作成のためのきちんとした指導と厳しい評価を受けた経験である。


3.社会人になるための教育

 CTCの新入社員研修では、専門知識と社会人基礎力の2系統の教育が行われる。また、その前段階として、企業説明会を通じIT業界で働く魅力をリアルに感じさせる工夫を行っている。会社理解を深めるセミナーに始まり、ワークショップ形式でのプロジェクトケーススタディなども実施している。現在は学生の就職活動の枠で行われている短時間のワークショップを、大学教育の一部としてインターン制度に発展させることも産学連携の有効な施策のひとつとして取り組むべきことである。

図 CTCの教育STEP


4.多様化する社会

 ワーキングプアと思われがちなIT業界であるが、企業内外の環境は大きく変化している。CTCをはじめ各企業はダイバーシティ(多様化)推進を経営の重要なテーマとして位置づけ、働きやすい職場環境に向けた就業制度の改善と意識・風土改革に真剣に取り組んでいる。
 グローバル化したプロジェクトの遂行には、多様性を許容し、メンバーと共にやりぬく力が最も重要である。企業人や海外の学生など様々な価値観と人間関係の中での共同プロジェクトの経験が、今後さらに重要視されてくる。学生個人には基礎知識とともに、自己研磨力とコミュニケーション力を高めていただきたい。研究分野に限らず、大学と企業の連携が必要とされている。


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】