教育事例紹介 統計学

授業のIT化に必要なもの


高橋 静昭(工学院大学情報学部教授)


1.はじめに

 ここで紹介する内容は、統計学関係の私の授業におけるIT技術の導入に関するものです。しかし高度なIT技術や、奇抜な利用形態などはありません。それでも、教員の皆様に何らかのご参考になればと思い、ご報告いたします。現在、Webを利用して授業をしていますが、私自身が強い意志や目標を持ってそのようにしたわけではなく、その時々の必要に迫られて作ってきたことを積み重ねたものです。その動機は授業改善であり、それは同僚との交流によってもたらされました。また、いろいろな面でIT技術を利用する環境に恵まれていたと思います。私のWebサイトは、GoogleやYahooで“高橋静昭”というキーワードで検索をすれば簡単に見つけることができます。


2.同僚との交流が授業改善を促進

 私が大学で初めて統計学を担当したのは1971年のことです。その頃の大学は、古き良き時代であり、教師が難しい内容を難しく説明しても、学生自身がそれを受け止める責任の一端を担っていると自覚していました。私もそのような雰囲気の中で育ってきたので、そのことに何の疑いもなく、その後約10数年間、講義の内容はそれなりに進歩しましたが、教え方の向上は一切なかったことが、今では悔やまれます。
 その後、私は統計学の担当を外れました。しかし1995年に基礎学力を重視するカリキュラムの改革がなされ、「統計学」の様な基礎科目は2クラスの少人数に分けて、それぞれのクラスを別の教員が併行して担当し、しかも演習科目が新設され、それにはTAの補助者がつくことになりました。そのため新たな担当者が必要となり、私は共担を志願し、再び統計学を担当することになりました。
 講義内容に関して、他の教員と話し合うことは大変参考になります。しかし、大学では滅多にそのような機会はありません。多くの大学では、授業に関するほとんどすべての権限が担当の教員に任されており、他の教員の授業内容に関する発言には、強い自制心と遠慮が働きます。私が共担をさせていただいた統計学のご担当は東山教授と言います。まだ当時は大学での経歴が短い先生であり、そのような大学の文化には無頓着に私に接して下さったことを深く感謝しています。ご自分のクラスが自習などの合間に、私の授業の様子を見るために教室の後ろに初めて入ってこられたときには、驚くと同時に新鮮さを感じたものでした。そして私も東山教授の授業を気軽に見ることができたのです。東山教授の提案で、不公平にならないように2クラスの講義内容を揃えるという方針で授業がなされました。そのために、二人の間で緊密な連絡が必要でした。その後担当が交代しても、学科再編によって統計のカリキュラムが変更されるまでの10数年間、この方針は守られてきました。そして、中間テストや学期末テストの作成に際し、平均的な学生の理解度や学生が誤解しないテストの文章などを検討する共同作業の過程で、様々なことに気づかせていただきました。


3.Webの利用

 IT利用の出発点は教材の電子化でした。TAの勉強のためにも、毎週授業で配布する資料をTAに書かせることになりました。前もってTAに授業内容を詳しく説明し、TAが理解した内容をTAの言葉や感性で資料を作ってもらいました。書かれたプリントには、ときには誤解や不正確な部分を訂正する必要がありました。しかし表現は簡潔であり、感嘆符や疑問符、矢印、吹き出しなどが多用され、視覚的にも分かりやすいものでした。またTAも、私たちが満足していることを察し、さらに熱意を込めて期待に応えてくれました。
 授業で資料を配布するようになると、自分が欠席した日に配布された資料が欲しいと、学生から頻繁に要求されるので、Web上での公開が必要となります。大学のシステムを利用して、研究室の院生に簡単なホームページを作ってもらい、その後のアップデートは、私にとって、それほど難しくはありませんでした。Webを使い始めると、様々な使い方に発展します。例えば、次回の試験までに学生に渡したい資料をWebで公開するとか、過去の学期末テスト問題と解答を公開し、学生の勉学の資料にするなどです。また時間が迫っている場合など、共担者二人が調整をしてから伝えようとすると、Webの利用は時間の節約のために必要不可欠となります。このようなWebの管理は私が担当してきました。


4.自習教材作成

 統計学や数学を動画やシミュレーションによって表現しようと思い立ったのは、変形する平行四辺形を使ってピタゴラスの定理を証明するサイトを見てからです。この動画は複数のサイトで紹介されています。これを感動をもって見たとき、どんなに難しい数学的内容でも、コンピュータによる図形表示に適すように説明の仕方を工夫すれば、非常に分かりやすくなると感じました。例えば、中心極限の定理を単にイメージとして伝えるのではなく、密度関数の式の形まで明確に分かるようなシミュレーションもできるはずだと考え、そのような説明の論理を今日まで模索しています。しかしながら現在、少子化の影響で大学への進学の割合が増大し、大学では従来の学力が期待できない学生にも、すべての科目を分かりやすく教える必要に迫られています。私は理工系大学では、統計学も大事だけれど、基礎的な数学の分かりやすいコースウェアを早急に作ることが緊急課題だと考えるようになりました。そのため、数学の自習教材作りも平行して取り組みました。ところどころに、動画やシミュレーションを配置した教材で、これらはフラッシュやJavaアプレットによる外注ソフトで、費用は「高度情報化推進特別経費」の枠の「情報教育授業支援教材コンテンツ整備」の助成を受けました。


5.「統計学」の授業内容

 私はこれまで、工学部の情報関係の学科で統計学の授業を担当してきました。内容は統計処理の技術ではなく理論に重点を置いてきました。学部の1年間のみ授業で統計学の理論的背景を理解するのは難しいので、卒業後、統計学を勉強するための基礎を学ぶときに必要な学力を身につけることを目標と考えました。しかし、統計の実践的な処理技術もまた必要であり、さらに近年抽象的な学習には弱い学生も増えており、学生の興味を引くためにも、基礎理論から、統計処理技術に、講義内容の重心をある程度は動かすべきだと、痛感するようになりました。そんな折りに、私立大学情報教育協会のCCC統計学グループ運営委員を委嘱されました。その委員会に参加して、大学における統計学の授業が理論や数学に偏りすぎていることや、その他、統計学教育の問題点を認識できたことに感謝しております。情報処理の専門分野においても、理論を少し省いて、応用例や実務的な内容も取り入れた授業に変えるべきです。現在、本学情報学部には、統計を実務で使い慣れておられる心理学専門の先生がおられ、この改革に貢献していただけるものと期待しています。


6.教材の公開について

 公開されている大学の授業用テキストが意外に少く、多くの教員が自前のテキストを作っていないからであろうとの推測を伺ったことがあります。しかし、登録された受講生でないと見られないようなシステムもありますので、実際には素晴らしいIT化教材がたくさんあるかも知れません。私は Web の宣伝効果を信じ、人口減のために厳しい環境にある大学のために公開しています。また、公開されている無料の教育教材とされていない有料の教材が競合したら、多少後者が優れていても、結局は前者が広まると思うからです。


7.まとめ

 私の授業のIT化はまだまだ不十分だと自覚してはおりますが、しかしこれまでの経験から確信を持って言えることは、IT化は、生態系のようなIT環境の条件に依存して発展するということです。例えば、授業内容を単に情報処理機器を用いて表現をするだけでは、あまり意味がありません。情報処理機器の特性を生かすように説明の論理を改めることが重要です。それこそ教員がすべきことであり、また教員にしかできないことです。すなわち、IT技術主導ではなく、教育コンテンツ主導でIT化がなされる必要があります。そのためには、教員がIT技術の素人であっても、システムを簡単に扱える必要があります。その時代のIT技術の進歩と大学のIT設備の導入、IT技術に対する学生の習熟度など様々な条件が整ってこそ、教員の熱意が授業のIT化に結びつくのです。
 理工系の情報系学科に在職して、私は大変恵まれてきました。本学では早くから在学生全員にユーザーIDが与えられ、演習室が授業で使われていないときには、そのパソコンからインターネットを利用できるようになっていました。全教室でデータディスプレイによるコンピュータ画面の表示ができることなど、ITの設備環境も大事です。更にコンピュータ関係の作業で、手伝ってもらえる大学院生が身近にいることなども幸いでした。


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