特集 大学教育への社会の期待
高橋 修(日本事務器株式会社 公共・文教ソリューション事業本部販売推進部主任)
当社は文教市場に対して、大学や学校法人の基幹業務システム構築を軸としながらネットワーク・各種サービスシステムの販売・構築・保守に取り組んでいる。本稿では、筆者がビジネスを主として文教市場と接してきた経験を基に、これからの大学に期待することについて述べたい。
学校教育法において、大学の目的は「広く知識を授けるとともに深く専門の学芸を教授研究し知的・道徳的及び応用的能力を展開させること」と定義されている。
本稿ではこの法定義そのものの是非については触れないが、大学は「教育」と「研究」という二つの側面を併せ持ちかつ日々実践しながら、大学ごとの目標を目指す組織であると筆者は解釈している。この「教育」と「研究」それぞれの側面から見て、社会が大学に期待することとは何かを考察したい。
今回の表題は「社会が大学に期待すること」とした。この「社会」とは「保護者・企業・地域経済」の三者から成るステークホルダー(利害関係者)であり、それぞれ求めるものは異なっていると考えている。
(1)保護者
保護者からすれば大学に対し、自分の子供を優れた企業に就職させ、安定した地位を得て生活できるよう指導してほしいと願うのは当然であろう。大学経営を支える収入の大部分として納付金があり、その財源となるのは保護者である。多くの保護者の期待に応えるべく、大学は優れた就職先をひとつでも多く確保し、維持し続けることが必要であろう。
(2)企業
我々のような企業から見ればその切り口は「優秀な人材の育成」にほかならない。前提として、大学で学ぶ高度な専門知識が当然要求されるであろう。
そして、自ら考えられる力が必要である。企業での仕事は与えられた単純作業を消化するものではない。自ら計画し、実行し、反省しまた次の計画に生かすサイクルであり、これを着実に実践できる能力が求められる。実際には様々な阻害要因により、このサイクルが実行できないことも多いが、そのようなときに問題に向き合い、自ら解決しようとする不屈のチャレンジ精神が必要である。
加えて、これらのプロセスにおいて様々な人たちとの折衝やコミュニケーションを円滑に進める能力が求められる。目的を達成するために人に聞き、議論し、自ら論理を組み立てていた多くの時間は、爆発的なネットワークインフラの普及により、ブラウザの検索ボックスやメールソフトに文字を入力しボタンをクリックする手間にまで圧縮された。もちろんこれは世の中を便利に、そして豊かにしてはきたことは確かであるし今後も必要となる技術ではあるが、その分個人の思考力、基本的なコミュニケーション能力を養う機会は確実に減少してきている。
大学は学生に対しこれらの様々なスキルを身に付けさせるとともに、企業に対して自らの大学をアピールし続けることが必要であろう。
(3)地域経済
研究成果の実用化や人的な社会貢献による地域発展などが挙げられる。また、大きな意味では先に述べた保護者・企業の期待することを実現してアピールし、評価されることもその地域への貢献といえるであろう。
(1)基礎教育
多くのメディアで大学全入時代と言われて久しい。そのような厳しい競争市場の中で、大学は学生を集めるために、学生募集・入試制度の多様化など日々創意工夫を凝らしていることと思う。その結果、個性豊かな学生・高いモチベーションや目的意識を持つ学生が大学に集まるようになった反面、入学時学力のバラツキについての問題も浮上してきている。もちろんこの問題は、今述べた大学の制度だけが生み出しているものではなく、1970年代から長く続いてきた「ゆとり教育」への取り組みや見直しによる学力格差の波によるものなど様々な要素が絡んでいる。
そのため大学では近年、AO入試などの入試制度そのものの見直しに取り組みつつある一方、より高水準・高品質な高等教育を施す基礎作りとして入学前後のリメディアル教育などカリキュラム改革に注力してきている。リメディアル教育は高等教育と違い、学習指導要領に沿った定性的な教育が可能である。そのためeラーニングなど場所や時間を選ばず、繰り返し学習ができるインフラを整備し活用することが非常に有効だと言えるだろう。これからのICT社会へ適応できるコンピュータリテラシーを育成する意味も含め、ぜひeラーニングの積極的な構築・活用をしていただきたいと考える。
(2)大学で何を「教育」するのか
大学それぞれが目指す目標・教育理念に沿ったカリキュラムが設定され、そのカリキュラムに沿って授業や考査が日々行われている。これらの活動は大学の教育活動の大部分を成すものであるが、ここで筆者が大学に期待したいことは「ステークホルダーを意識した教育」である。
カリキュラムで設定した基礎教育・応用分野の教育は大学の目標・教育理念に沿った最も基本的かつ重要な行為である。このカリキュラムを策定・実践・評価するサイクルの中で、それぞれのステークホルダーの求める人材像と、大学が目指す人材像に乖離がないか常にチェックすることが肝要である。
現在では多くの大学で学生向けアンケートが実施され教育方法の改善に役立てられている。また、第三者機関による評価が義務付けられ、大学が内外様々な方面から評価される時代になった。
今後はこれらに加え、各ステークホルダーからの評価も取り入れるヒアリング方法の確立と、その結果を教育方法のあり方に反映するPDCAサイクルの検討も提言したい。
大学は先に述べた「教育」だけでなく「研究」の場でもある。ありとあらゆる分野で産学官連携が活発に行われるようになり、そこから生み出される技術は地域社会・日本経済の枠組みも超えてグローバルな通用力を持つに至っている。産学官連携を支える様々な優遇措置・フェローシップなどの制度も整備されており、今後もますます活性化していくものと思われる。
産学官連携を基盤として流通するものとしては「モノ」「カネ」はもちろんであるが、やはり「ヒト」が最も重要であり、大学と企業・地域社会間での人的交流なくしての発展はあり得ないであろう。
繰り返しになるが大学は、学生個々が物ごとにまっすぐ向き合い、自ら考え行動できるチャレンジ精神、およびそのための人間力(コミュニケーション能力)の養成を、大学個々の理念に基づき実践することが必要であろう。座学だけでなく実習、さらには社会と連携を図った実践的な教育を通して、自己完結型の学習方法を身につけさせることが重要だと考える。ICTを積極的に利活用した教育方法はもちろんのこと、逆にICTに頼らない原始的な手法による教育も必要であろう。さらにこれらの実践を学生個々にまで落とし込み、学生個別へのコミュニケーションや指導を密に行える組織体制作りも不可欠である。
また、FD/SDや自己評価・自己点検はもちろんのこと、産学官連携を積極的に活用し、様々な切り口(社会)からの評価を教育方法にフィードバックする方法の確立を提言したい。さらにこの評価を教職員の人事評価へ採り入れてゆき、モチベーションの向上や体制面からの改革につなげてゆくことが必要であろう。
これらを図るため、保護者・企業・地域経済と連携を密にした情報交流に積極的に取り組んでいただきたいと願う。
筆者は、大学というものは「学生」という真っ白な素材に「教育」という付加価値をつけ、「役立つ人材」に仕上げて社会に送り込み、アフターサポートを提供しながら「顧客満足度」を高めてゆくという、人材育成を主目的とすべき組織であると考えている。組織を維持してゆくため、ステークホルダーの生の声を採り入れ、経営に反映し続けることが大学の発展を支える重要なポイントとなるであろう。
さらにそれを醸成するための基盤として「研究」があり、そこから生み出される地域経済への貢献が「役立つ人材」の付加価値をさらに高める効果をもたらすものであると思う。
これらの大学は、今までに述べた「教育」「研究」の両側面を有機的に連動させ、生み出される様々な価値により社会を牽引し続けるリーダーであって欲しいと願う。
最後になるが、本稿は企業に属する一個人という立場で執筆したものであり、「企業人として望ましい人材」という視点に偏った視点であることを付け加えさせていただく。この寄稿が今後の大学のあり方を考えていただく上で、皆さまのひとつの参考になれば幸いである。