特集 大学教育への社会の期待
斎藤 直宏(株式会社バンダイナムコゲームス制作統括ディビジョン技術部ゼネラルマネージャ)
ゲーム産業は、魅力的なコンテンツを常に作り続ける創造性と、最新のハードウェアを使い倒す高い技術力が必要となる。開発期間は1年を超えることも多く、人数規模は100名を超える場合も珍しくはない。反面、10名ほどの開発チーム、数ヶ月の期間で開発するコンテンツもある。それぞれの場面においての必要とされる専門やビジネスのスキルは厳密に考えれば異なるが、仕事を進めていくベースとなるスキルに違いはない。そのベースとなる部分、これが社員に基本部分として期待する部分であり、できるだけ若い時期に習得・形成してほしい基礎部分である。弊社においてはゲームクリエイターの人数の割合が多いが、この基礎部分に関してはクリエイターを対象にして考えるものではなく、社員すべてに当てはまるものと考え、以下のように定義している。
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もちろん、これらは社会人になってからでも育成・成長できる項目であり、弊社社員は常に意識していかなければならない。
大学は、学生が興味を持つまたは得意とする分野についての専門的な教育を高度なレベルで実施し、学生は学習・研究活動を通して様々な物事に対しての取り組み方を学ぶ場と私は考える。もちろん、ITをはじめとする高い専門知識を身につけることは重要であるが、それ以上に物事に対して真摯に取り組む考え方や姿勢こそが企業が求めるものであろう。基本となる理論を理解し課題・問題に対して自分の頭を使って考える力、問題解決までに様々な方法を考え試し努力し続ける力、必要であれば周りを巻き込んでいく力。これらの力は、大学時代の研究活動においても必要な力であり、企業活動においても同様に必要な力である。この力を大学時代に習得してほしいと期待するとともに、大学に対しては学生が身につけるような場面や機会を与えるなどして、積極的な教育を期待したいポイントである。
ITに絞って考えてみる。近年、教育の場においてIT化が進み、コンピュータを利用した教材が有効に活用されていると思われる場面を見ることがある。学生においても、コンピュータを利用して研究を進めたり、予習や復習が日常的にできていると考えられる。しかし、私見ではあるが、最近はインターネットを利用することの弊害が感じられてきた。簡易に必要な情報をそれなりのレベルで得ることができることで、得るための方法を考えたり努力する必要がない点。そして、その情報のレベルや内容が画一的であること。もちろん研究でITを使うことは有効であるが、企業の営利活動においてインターネットで得た情報を安易に使うことは致命的なトラブルを招く場合もある。大学時代にそのような危険性の指導の実施とともに、安易にコンピュータを使わない本来の研究活動の基礎となる力の習得も期待したい。
弊社において、大学の研究成果を使っての製品開発、という成果はあまり実現できていない。大学への講師派遣や社員を社会人研究生として大学に派遣する活動をしているが、製品開発との直接的連動は実際には難しい。大学での研究活動の目的や成果は企業での採用ではないので致し方ないことではあるが、どうにか大学との距離を縮められないかと考え先の活動を実施している。
大学での研究活動は基礎的な部分であることが多く、ゲーム会社の開発活動は製品の開発で応用や実装の部分であるため、技術的課題や研究テーマは近いながらスタンスの違いから協業ができない場合が多い。また、製品開発は企業戦略に絡むため社外との協業がし辛いことも多い。しかし、近年はゲーム機の高スペック化により製品開発に求められる技術が高度になり、一般的にハイエンドゲームと呼ばれるコンテンツでは、必要とされる技術を企業内の技術者だけですべて開発することが難しくなってきている。このような状況であるからこそ、大学が得意としている研究活動と企業の製品開発活動を近づけていくことが重要である。
大学保有の技術がすぐに使える場面はそんなに多くはないが、企業からのテーマをもとに学生が自発的に問題を考え解決し企業にプレゼンするような授業(PBLに近い形)や、アルバイトや研修目的ではない企業活動の中で成果を生むようなインターンシップの形などが現実的活動として考えられる。
ここ数年、新入社員に「入社してからの3年間で学んだり経験することが、長い社会人生活の基本となる」と話している。学生時代に学んだこと、経験したことを社会人の生活とどれだけリンクさせられるか、が重要であり、自分の経験が仕事の成果につながることを経験してほしいと考えているからである。学生時代と社会人生活は繋がっている。学生時代に身に付けた経験と得た資質を会社で生かすことができるよう場面の設定や機会を与えることが、我々企業が大学からバトンを受けて行わなければならない活動であろう。
弊社のクリエイター(の一部。実際は配属部署で異なる)は入社後に一般的な新人研修が行われ、その後にゲーム開発を体験するミニプロジェクトを新人同士でチームを組んで実施している。大学時代や入社後の座学で得た知識を使って、小規模ではあるがゲームの開発を体験してもらうことにより、自身の保有する技術がゲーム開発の中でどのように関係するかということとチームワークの大切さを学んでもらう機会になっている。しかし、研修が終わりプロジェクトに配属されると、先輩社員の下でのOJT教育が中心になる。この点においては、改善の余地があるのではないか、と考える。また、新入社員の入社後の行動や意見などから、大学に期待すべきポイントをフィードバックできる情報をまとめておくことも重要であろう。現場の人間が大学の方と話す機会が以前よりも増しているので、今後は明確に期待すべきポイントを伝えられるように考えていきたい。
弊社の「超熱中・超発想・超おもてなし」は具体的な行動を示す言葉ではない。各自の仕事やその成果を導き出すための行動のベースとなる考え方である。未来に繋がるエンターテインメントを創造するために、大学教育には高い専門能力はもちろん、「超熱中・超発想・超おもてなし」に通じる魅力ある幅広い経験を積んでもらえるよう期待したい。