人材育成のための授業紹介:コミュニケーション関係学
近年、多様な動機をもって入学してくる学生に対して、主体的な学びの癖をつけるための学習環境の創出について、試行錯誤を繰り返してきました。
今回、8年間にわたり試みた、企業との協同プロジェクトをベースとした教育方法のうち、最近3年間の実践と評価について報告します。プロジェクトのねらいは、プロジェクトのコンテクストからICTとマーケティング・コミュニケーションについて学ぶことです。
図1は2005年〜2007年までに実施した、茨城県の3企業とのプロジェクトの仕組みについて整理したものです。役割分担としては、「ひたちなかテクノセンター」がプロジェクトのコーディネータとして、参加企業とその課題を選定し、プロジェクト期間中の大学と企業との間の連絡調整をします。参加企業は、プロジェクト課題と関連する資料や商品サンプルを提供します。常磐大学北根ゼミナールは、受託研究を通してリソースを提供し、企業の実践的な課題の解決を目指すことになります。
プロジェクトの進め方としては、1)参加企業が決定された後、三者間で事前打ち合わせを行い、プロジェクト課題と大学のセメスターにあわせたプロジェクト計画を策定します。2)参加学生に対しては、セメスター開始時に課題説明を行い、作業グループの編成を行います。3)次に、関係者を学内に招き、プロジェクト課題に関する質疑応答を行います。4)この段階以降、実際のプロジェクトが動き出し、調査の計画・実施・分析、5)中間報告に向けた資料作り、6)中間報告会でのプレゼンテーション、7)ブレーンストーミングによる課題解決のための提案づくり、8)報告書の作成、9)最終報告会でのプレゼンテーション、10)関係者からの評価、という流れで進行します。
図1 産学協同プロジェクトのコンセプト
表1は2005年〜2007年度に実施した地域企業との協同プロジェクトをまとめたものです。各プロジェクトの実施期間は、セメスターの期間である6ヶ月であり、その間に表1で示した実践的な課題に取り組みます。企業から提出される課題は、マーケティング・コミュニケーションに関連する内容であり、マーケティング・リサーチの結果に基づき、解決策を考え、提案をまとめていくことになります(注1)。
プロジェクトのある程度の筋書きは学生を除く関係者間で行い、実施の段階から学生が加わることになります。本来、プロジェクト計画の段階から、学生に主体的に参加させるほうが望ましいと考えます。しかし、学生がプロジェクトの計画段階から関わるとなると、学外関係者とのプロジェクト課題、実施計画、費用の検討に関わる業務まで要求されることになります。こうした業務をオフ・セメスター期間中に自主的に行うことは、現段階では難しいと考えます。
3年間にわたるプロジェクトベースの教育では、表1にある教育のねらいと知識や技能の習得を期待していますが、参加する学生の意欲や能力に応じて、習得するスピード、内容、分量に差が出ることはやむを得ません。参加者間のバラツキがあるものの、地域企業の生きた課題への取り組みを通して、何らかの学習動機が高まることが重要であると考えました。学生自身が不足している知識や技能を認識し、それらを今後の学習目的として自ら設定することで、学生生活での学びを充実させることが、プロジェクトの目標であると言えます。
表1 地域企業との協同プロジェクト
実施期間 学生参加者数 協力企業 プロジェクト課題 教育のねらい 習得知識・技能 2005/10-2006/3 ゼミナール2・3年28名 株式会社幸田商店 エンドユーザーの視点で地場食品業界の販売戦略を考える 二つのターゲット層に対する調査を実施し、その結果に基づく題材商品のプロモーションを考えることができる 1)社会調査の手法
2)PCによる調査データの処理
3)購買者のニーズ分析
4)購買者とのコミュニケーション方法
5)ICT活用によるドキュメンテーションとプレゼンテーション2006/10-2007/3 ゼミナール2・3年25名 株式会社フラップ 燃えないロウソクの技術を活かした新商品の提案 題材商品の機能特性を理解し、20代のターゲットに対する新商品のコンセプトを考えることができる 2007/10-2008/3 ゼミナール2・3年15名 株式会社千代田メインテナンス 1)ICタグを利用した点呼器のコンセプト開発
2)デジタル化ニーズの発掘題材商品の既存ターゲットへのプロモーションと販売戦略、新たなニーズを基にしたサービスの形を考えることができる
プロジェクトベースの教育を通して、学生はどの程度、期待した知識や技能を習得したのでしょうか。
学生は調査の計画と実施、ドキュメンテーション、プレゼンテーション、意見集約のためのネットワーク活用の方法について、知識・技能を獲得したと言えます。
調査の計画と実施では、仮説をもとに調査票を設計し、サンプリングを行い、収集したデータを入力、集計までの流れを学びました。また、グループ・インタビューの一通りの手続きについても学びました。しかし、データの統計的分析手法については、深く学ぶには至りませんでした。
ドキュメンテーションでは、調査の結果を企業関係者に示し、それに基づく提案としてまとめ上げる作業を行いました。プレゼンテーションでは、与えられた時間内に自分たちの調べた事実と判断基準を示し、課題に対する答えを第三者に示すための資料作りを行いました。これらの作業を通して、ドキュメンテーションやプレゼンテーションの大まかな流れと資料作成時の著作権への配慮については理解しました。しかし、資料の論理的な骨組みの作り方、計画的な作業配分・分担については、消化不良の面があったことは否めません。こうした知識・技能の習得のためには、複数回のプロジェクト経験が必要となります。
その他のICT活用としては、各自のアイディアを思いついたときに、いつでも書き込める携帯サイトを作り、Web上のアイディア備忘録を作りました。プロジェクト参加者のミーティング時間を確保しにくい状況からこの備忘録が生まれたのですが、実際の書き込み数は一人1回程度でした。Web上での備忘録を作るというアイディアは良かったのですが、参加者のプロジェクトへの関与度や理解度の差がある場合、Web会議への参加動機は高まりにくいと言えます。
上記の作業を通して、プロジェクトのコンテクストから、資料作りのためのICT技術を学ぶとともに、マーケティング・コミュニケーションとは何かを学ぶ機会を得ることができました。特に、商品提供側の視点で、購買者のニーズ分析や購買者とのコミュニケーション方法を考える機会を得たことで、マーケティング・コミュニケーションへの学習意欲が高まったといえます。マーケティング・コミュニケーションの全体像や個々の役割や機能の詳細に興味を持った学生は、関連書を使って自ら学習しようとする姿勢が見られました。
プロジェクトを終えた学生はまた、プロジェクトの概要を紹介するビデオクリップを制作し、地域企業に自分達の活動をアピールする試みをしました。
企業の生きた課題を使ったプロジェクトベースの教育により、1)学習動機が高まること、2)学生自身が不足している知識・技能を認識し、それらを今後の学習目的として自ら設定する、という点に関しては、効果があったと言えます。
プロジェクトの経験を通して認識した、不足している知識・技能について、学生がこれらを確実に習得してはじめて、プロジェクトベースの教育が機能したと言えます。こうした学習環境づくりのために、どのような支援をしていけばよいのでしょうか。
支援の方策として、次の二点をあげます。一点目は、プロジェクトを経験する下級学年のサポートをすることで、自分に不足している知識や技能を再学習する方法です。
愛知教育大学では、教授の支援を受けながら、学生の自立した組織が、訪問科学実験やものづくり教育、ノン・ネイティブ住民への日本語教育を継続的に実践し、成果を上げています。前者は「科学教育出前授業等による学生自立支援事業」として、後者は「外国人児童生徒のための教材開発と学習支援」として、特色ある大学教育支援プログラムに採択されています[2]。
二点目は、プロジェクトを通して、学生自身が認識した不足する知識や技能への学習意欲が高まっている時期に、再学習するための補助教材をeラーニング形式で提供する方法があります。単位履修や資格取得に関係のないeラーニング学習に対しては、利用率が上がらないという問題が生じますが、プロジェクト学習のいわば完結章として、eラーニングによる補助教材の学習を取り入れ、修了者へ認定証を発行することで、一通りの知識形成を客観的に示せることになると考えます。
今回紹介したプロジェクトベースの教育は、プロジェクトのコンテクストの中で、地域企業の協力を得ながら、自立した学びの癖をつけることが目標でした。今後は自ら課題を設定し、解決策を検討できる人材の育成に向けて、上記の提案に示した試みを継続し、具体的な成果を出せるよう、学生主体の学びを支援していきたいと思います。
参考文献 | |
[1] | ジョンR.ロシター/ラリー・パーシー著、青木幸弘・岸志津江・亀井昭宏監訳『ブランド・コミュニケーションの理論と実際』東急エージェンシー出版部、2006年。 |
[2] | 愛知教育大学現代GP「外国人児童生徒のための教材開発と学習支援」プロジェクト、2008年3月31日。愛知教育大学「2006年度訪問科学実験シンポジウム」、2007年3月10日。 |
注 | |
(1) | 2007年10月〜2008年3月に実施したプロジェクトでは、提案したアイディアの一つについて、ひたちなかテクノセンターの全面的な協力により、2008年5月に特許出願をするに至った。 |