教育・学習支援への取り組み

e-Learning教材を使用する
入学前「セルフチェック」教育システム 〜東海大学〜


1.多様化する入試種別と基礎学力

 大学全入時代を迎えて、どの大学でも、広範な種類の入試方法を用意して新入生を確保することが、当面の入試戦略となっています。しかしまた、社会からは、高い質を身につけた卒業生を送り出すことも大学教育に求められています。
  東海大学には東京・神奈川等の関東圏を中心に、北海道、九州を含む10キャンパスがあり、20学部87学科・専攻・課程、28,000人の学生が在籍しています。そのうち、理系だけで、14学部51学科専攻課程があり、入学定員の約65%が理系学部になっています。大学進学者の減少の中でも、特に理系志願者の減少は甚だしく、入学定員の確保が課題となる学科も出てきました。また、入試の種別もここ20年間に多様化して、科目数、実施時期を変えた一般入試、センター試験入試など、学力系の入学試験が5種類、指定校、AO、附属生、留学生、帰国子女等の推薦系の入学試験が10種類と学士課程だけで、15種類に拡大してきています。
  多様化する入試の種別によって、新入生の学習履歴は多様化し、学力差も拡大しています。進学先の学科で必要となる数学、物理、化学、生物等の科目の学力が不足する入学生、特定の単元を習得していない入学生だけではなく、高校の教科それ自体を修得していない進学者も入学してきます。多様化する学習履歴と学力格差の拡大のなかで、新入生の基礎学力をそろえて、大学の教育プログラムに進めていくことが導入教育の重要な課題となってきました。
  東海大学は、付属校からの入学予定者と推薦系入試合格者に対する入学前教育の形で、従来から入学前の導入教育に力を入れてきました。推薦系入試で入学する学生、特に付属高校からの入学生にはいくつかの特徴が見られます。付属高校生の進学先の決定は年々早まってくることもあって、推薦の進学が決まれば、授業があっても身を入れた勉強ができなくなってしまう傾向があり、進学先の学科で必要な基礎学力が不足します。また、付属高校生は、大学への進学に当たって、成績順に志望学部学科を選ぶことになります。したがって、成績によっては第一希望の学科に入れないことが多くあります。その結果、進学先の学科で勉強を始めるために必要な科目を十分理解していない学生が入学してくる可能性もあります。場合によっては、文系志望の生徒が理系の学部学科に入学せざるを得ないこともあり、そうなれば、大学の授業の履修に必要な科目を科目ごとそっくり習っていないために、1年次から基礎科目についていけないことになります。
  これらは、多くの付属高校を持つ大学に共通していることですが、特に東海大学の付属校出身者の特徴は、付属高校が国内外に15校あって、それぞれの高等学校の置かれている状況によって学力水準は多様であり、進学者の学力差がきわめて大きくなることが挙げられます。
  大学では、リメディアル科目の設置、習熟度別基礎教育科目の設置など、入学後に基礎学力不足の学生を受け入れる方策をいくつも用意していますが、大学の授業についていくのがやっとの新入生にとって、さらに補習授業を受けることは、時間的にも精神的にも苦痛であり、まして、不本意学科へ入学してきた新入生にとっては、リメディアル学習自体がモチベーションを下げることになりかねません。基礎学力を上げながら、高校在籍時から入学へと、スムーズに大学教育に誘導していける導入教育の体制が必要です。

写真1 東海大学キャンパス


2.e-Learningによる入学前教育の選択

 こうした状況の中で、入学者の基礎学力を一定水準にそろえていくためにe-Learning教材を使用することを選択したのにはいくつかの理由があります。e-Learningは基本的には自学自習のプログラムであり、インターネット環境が整えば、高校在籍時から入学式までの期間を利用した学習ができること、インターネットを介することで、大学の教職員が入学予定者一人ひとりに対して、直接、学習支援等のサポートを提供することができること、さらに、個々の学習履歴を進学先の各学科の教員が把握して、入学後の専門基礎教育のシステムにつなげていくことができることなどです。とくに全国に10キャンパスを展開する東海大学にとって、理系51学科専攻課程が連携して入学前に基礎学力を確保するという導入教育を実施することは、インターネットを介した教育なしには実現できないものでもありました。
  この入学前学習は、入学の決定から入学までの期間を利用して行うために、比較的期間をとることのできる推薦系入試による入学者を対象としますが、手始めは付属高校からの進学者、とくに基礎学力の補填の優先度の高い理系学部学科への進学者を選ぶことにしました。国内外に15校ある付属高校からの進学者は東海大学の全入学者の約3割であり、理系学部学科への進学者だけでも1,000人を超えています。進学先の学部学科ごとに統一した入学前教育を行うことで、基礎学力をそろえていくことが当初のねらいでした。また、インターネット環境の有無、自学自習のシステムにいかにして入学予定者を誘導するかなどのe-Learning固有の問題は、同じ教育組織に所属する同僚として、高校教職員との連携をとって対処しやすい点も重要でした。

 

3.試行と実施体制作り

 実施に当たっては、2年間の試行期間を設けました。2006年度入学生に対しては、付属高校のうち11校の協力を得て、情報理工学部と理学部物理学科への進学予定者162名を対象にして、千歳科学技術大学のご厚意によって、e-Learningコンテンツ「数学」、「物理」をお借りし、同大学の検証用サイトを利用して入学前e-Learningを実施しました。学習期間は3月1日から31日までで、その後4月20日まで、学習状況の管理をしない自由学習コースを続けました。受講者にはアクセス用専用のパスワードとメールアドレスを発給し、3月の1ヶ月間は、サポートにあたる教職員が待機して、メール、電話による質問に対応する体制を整えました。この第1回の試行では、61名の受講者がすべての課題を修了しました。この試行の中で、受講生の学習の着手と励まし等について、対面の対応ができる付属高校との連携の必要性、受講生に対するサポート体制のノウハウ、実質的な学習期間などの情報を得ることができました。
  学習効果についての計測も施行時の課題でした。分析に必要な十分な情報の得られない中での計測でしたが、入学後に全新入生に対して行っている基礎学力試験(数学)と必修学習コース課題の取り組み日数の間には興味深い結果が見られました。取り組み日数が7日程度よりも大きい範囲では負の相関が見られ、小さい範囲では相関が見られませんでした。
  ここから分かることの一つは学習コンテンツ制作上の問題です。千歳科学技術大学から提供を受けた学習コンテンツは、入学後に1年次生がカリキュラムの中で高校時の基礎学力をつけていくために作成された性格を持つものであることから、問題を解く上で3段階にわたってヒントを参照していくと、正解がだんだんと分かってくる作り方になっていました。したがって、ごく短期間に修了した受講生は、意図的にはじめからヒントを探して問題を解いていったのではないかと想像されました。入学前という進学時の不安定な時期で高大連携した通時のサポートが難しい状況では、受講者の行動は、問題数をこなすことが優先され、わからない項目をじっくり学習し直すという姿勢ではないのではないかと考えられます。したがって、高大連携した受講者への学習への励ましが必要であるとともに、e-Learning教材としては、自分で考えなければ解答を見つけ出せない作り方も必要であると考えられます。
  もう一つは限られた期間で学習することを考えた上で、適切な問題数はいくつかという点です。数学322問が最短7日間というのが一つの解答でした。こうした結果は、2007年度入学生に対する試行と、2008年度入学生への本格実施に向けた学習コンテンツ作成に貴重な資料となりました。
  2007年度入学生に対する試行は、前年度と同じく、千歳科学技術大学の学習コンテンツとサイトを借用しましたが、対象を全付属高校15校から理系8学部39学科専攻課程への入学予定者992名としました。また、学習内容は、「数学」の一部単元を共通、それ以外の「数学」と「物理」については各学科が指定する単元とし、以上を受講者の必修として、学習期間を1月15日から2月28日までとしました。それ以外の問題は自由履修として、リアルタイムサポートの形をとらず、学習履歴も記録せずに3月いっぱいまで続けました。学習期間を早めたのは、高校の授業期間と3年生の登校期間に重ねることで、高校での対面指導を期待したことと、年度末業務との競合する時期をはずすことでサポート体制を確保するためです。
  この年度の試行の最大の目的は、学習対象者の拡大に伴って生じるサポート体制をチェックすることにありました。国内付属高校の教員や対象学科の教職員に対するe-Learning教材や実施体制の説明を複数回に亘って行い、入学前教育に対する理解と協力を得ることに努めました。受講者に対する支援と励ましは、サポートオフィスによる電話、メールでの質問対応、中間での励ましハガキの郵送の他に、各高校と学科専攻課程に対しては、定期的に所属生徒の学習履歴を報告して、生徒に対する励ましの活動がとれるように手配しました。
  最初の連絡は1月15日の開始より約2週間たった頃に行いましたが、その直後の2月上旬より学習サイトへのアクセスが増加し、アクセスに時間がかかるような状況が発生しました。掲示板や郵送によって状況説明を行い、頻繁なアクセスを回避しようとしましたが、その後も状況は好転せず、2月末日の共通必修・選択必修コースの学習期日終了日に近づくと、ますますアクセスが集中してしまい、加重な負荷によるサーバーの破損を回避するために、検証用サイトのサーバー運営主体の判断で、再起動を行うことになりました。この結果、学習進捗管理データの一部が消失してしまい、その後もアクセス状況の改善が見られないまま必修学習の期間が終了することになりました。
  サーバーの再起動によって入学前e-Learningの学習履歴が損なわれてしまいましたが、入学後に受講者に対して行った記名アンケートによって学習期間の事情の全貌がほぼ明らかになり、困難な学習環境にもかかわらず、受講者の取組はほぼ前年と同じ水準であることが分かりました。また、2カ年の試行の中で、入学前e-Learningの教育効果と、効果的な入学前学習を推進するためのコンテンツ作りなどについて、貴重な情報を得るとともに、いろいろな問題点を知り、ノウハウを蓄積することができました。以上のような試行を踏まえて、2008年度入学生を対象としたe-Learningについては、東海大学で学習コンテンツを作成し、サーバを用意して行うこととしました。


4.学習コンテンツ開発

 入学前e-Learningのためのコンテンツ開発は、「数学I II」、「物理」、「化学」、「生物」を対象に2006年4月より開始しました。作成体制は、各学部から選出された教員が科目ごとに学部を横断した制作チームを編成して問題作成を行い、コンテンツ化はソフトウエア開発業者に委託することにしました。
  また、試行から得られた情報を考慮しながら、択一型の問題はやめて、数値を入力するなど、機械的対応によって正答が出る問題作りを極力排除することとしました。問題数は各科目300問程度、高校卒業時の基礎学力の確保という目標から、難易度はセンター試験程度として作成に入りました。結果として制作された問題は、数学349問、物理276問、化学243問、生物223問となりました。科目ごとの単元は表1の通りです。

表1 科目ごとの単元
表1 科目ごとの単元

 コンテンツ化が一応の完成を見た段階で、入学前e-Learning実施学科専攻課程の教員と、付属高校教員による検証を受けて、内容の修正も行いました。完成したコンテンツの例を図1〜3に掲げます。
  導入教育の目標の一つは、多様な学習履歴の入学生が進学後のカリキュラムにスムーズに入っていく上で基礎学力を確保することにあります。しかし、2年間に亘る試行とコンテンツ制作の過程で分かってきたことは、入学前の短い期間にe-Learning教材によって自学自習を行うという学習システムだけでは、基礎学力の不足を補うことに十分ではないことです。むしろその位置づけは、受講者にとっては、この期間に課題に取り組むことによって進学先の学科の期待している「基礎学力」の範囲を知り、その内容を再確認したり、場合によっては「基礎学力」の不足を自覚すること、受入側の学科専攻課程にとっては個々の受講生の学習履歴を受けて、一人ひとりに対応した入学後の学習支援体制につなげていくことにあることが分かってきました。こうしたことから学習コンテンツの名称を「セルフチェック コア○○(数学等)」としました。

図1 数学のコンテンツ例
図1 数学のコンテンツ例
図2 生物のコンテンツ例
図2 生物のコンテンツ例

5.本格実施の体制

 2008年度入学生に対する入学前e-Learningは、東海大学の統合等によって対象学科専攻課程が増えて、13学部51学科専攻課程、受講対象者は、付属高校15校の理系進学対象者となりました。学習科目と問題数は、51学科専攻課程が求める「基礎学力」の多様性を考慮して、数学を全学共通とし、残りを各学科が指定することとして、学習期間を考慮して概ね600問とすることにしました。これだけでも前年度に比べると飛躍的に学習量が拡大していますが、実際には、学科専攻課程によって約400問から1,000問と大きな開きがありました。学習期間は前年度と同様で、全学科共通課題と入学学科指定課題に取り組む期間が1月15日から2月29日、学習履歴を採らない自由学習コースは3月31日までとしました。サポート体制は、コンテンツ制作に当たる学科担当教員21名、コンテンツ評価・検証にあたる教員(高校73名、大学122名)の195名、実施担当教員66名(高校15名、大学51名)、入学前e-Learning統括室教職員とサポートオフィス担当技術職員23名の延べ305名となりました。


6.実施状況

 対象となった付属高校から理系学科専攻課程への進学予定者は1,060名でしたが、実際に学習を始めてみると、実際の実習対象者は、1,019名になりました。対象外となった生徒は、海外研修中であったり、自宅にWindowsパソコンがないなど、e-Learning学習のための環境が整っていない者、進学を辞退した者などでした。しかし、多くの実習対象者は自宅にインターネット接続のパソコンがあり、e-Learningのネット学習環境が実現していることも分かりました。
  また、前年度はアクセス数が集中してサーバの容量を超えてしまうという学習障害があったために、今回は、学習対象者とサポート教職員の合計1,307名を三つのサーバに分けて割り当てることにしました。もっともアクセス頻度が高いと予想される情報系の3学部の受講者には余裕を持った形で割り当てをし(asp)、次いでもっとも進学者の多い工学部(lms)、その他の学部(icl)の順に割り振りました。前年度と同様に、アクセス状況は学習期間が締め切りに近づくにつれて上昇していきましたが、最高アクセスのあった最終日2月29日でも瞬間で約170アクセスに止まり、接続に困難な状況は起こりませんでした。アクセス数の推移は基本的には受講者数に比例していたようです。

図3 物理のコンテンツ例

図3 物理のコンテンツ例


 各付属高校では、入学前学習のために受講者にコンピュータ室を開放したり、講習会を開いたり等のサポートを行って着手者の増加や進捗率を上げる支援を行いました。受講者ごとの進捗状況は約10日ごとに付属高校、所属学科専攻課程の教員に発信し、受講の促進に役立ててもらうようにしました。受講者に対するそれ以外の対応としては、全受講者に受講状況に応じた励ましのハガキを開始後3週間後に送ったほか、6学科専攻課程からの激励文も随時送りました。
  これらの結果、着手率約93%、平均進捗率約59%、全問修了者202名となりました。前年度よりはるかに難しい内容で、分量も格段に増えていることを考えると、いろいろな形での促進の効果が出たものといえるでしょう。なお、六つの学科がいろいろな工夫をして送ったダイレクトメールの効果については、その後のアクセス数を見るかぎり、学習期間の早い時期に行った励ましほど、効果が出ているようです。


7.初年次教育への連結とリメディアル以外の導入コンテンツ制作

 2008年度進学予定者に対する入学前e-Learningの成果は、現在、受講者、高校、学科の教員にお願いしたアンケートを集計中であり、全体としての評価をする段階にありませんが、入学前e-Learningと導入教育に関して、今後のいくつかの課題を記します。
  第一は、入学前e-Learningを初年次における教育体制に接続することです。カリキュラムの体系を見るとき、同じ理系基礎科目であっても学科専攻課程ごとに、教育すべき内容は異なります。入学前e-Learningの成果を、どのように第1セメスターにつなげていくのかが重要な課題です。
  受講対象者となった付属高校からの入学者の学習履歴は進学先学科専攻課程に渡されましたが、個々の新入生に対して、基礎学力に対応したリメディアル教育体制への誘導ができているわけではありません。
  東海大学では、学部課程でのFD活動の義務化をにらんで、いくつかの組織改革を行いました。なかでも、初年次教育に注目して、高校と大学、大学内の基礎教育と専門教育を結びつける役割を担う学習支援室が設置されました。現在は、学科ごとの基礎教育科目の内容の点検、カリキュラムについていけない学生に対する補習授業、個別指導などの対応を行っていますが、今後は、高大連携、入学前学習と初年次への連結等の役割を担っていくことになります。この点で、入学前e-Learningのコンテンツ制作を学部横断的に行い、高校、大学の教員が評価を行ったことは高大連携教育の推進に関する一歩となったと考えられます。問題を共同で作り、評価することによって、高校と大学における教育内容の点検ができるようになります。高大接続を想定した、理系進学者にとっての基本科目である「数学」、「物理」、「化学」、「生物」等の科目の修得内容、大学のカリキュラム上の「基礎科目」の修得内容を高校と大学の教員が共有することができます。
  また、付属高校からの入学者は全理系学科等への入学者の約3割にすぎません。推薦系入試による入学予定者のうち、付属校からの進学者以外に対しては、文系、理系を問わず、外部機関が開発したCD-ROM版による入学前学習システムが提供されていますが、大学側の教員が関われるのは、学習記録が提供される入学後に過ぎません。少なくとも、2008年度付属高校生に対して開発した入学前e-Learningコンテンツは、それ以外の推薦系入試の理系進学者に対しても利用ができそうなのですが、学習環境の問題があります。付属高校教員と同程度の支援を在籍中の高校に期待することは簡単ではないでしょう。
  最後に、導入教育の観点からこの入学前e-Learningシステムを見るとき、基礎学力だけに絞って考えられない問題があります。いわゆる不本意入学者にとっては、入学前に基礎学力を要求されることでさえ苦痛であり、その学習履歴にそって入学後も補習授業や個人指導を受けなければいけないことで、さらにモチベーションを下げてしまう結果になりかねません。進学先の学科専攻課程で必要とされる基礎学力だけでなく、進学先への興味を引き立て、モチベーションを上げる導入教育を入学前に実施する必要があるでしょう。e-Learningで実現できることは限られていますが、「セルフチェック」方式とは違ったコンテンツ作成が必要となるでしょう。

文責: 川野辺 裕幸
(東海大学教育支援センター所長)


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