FD研究
会計学教育FD/IT活用研究集会報告
〜社会人に求められる会計力〜
(平成20年3月31日実施)
近年、会計プロフェッションとしての専門家育成は、専門職大学院(公認会計士や税理士、ビジネス界での企業内会計専門職育成)を主にして行い、これに、伝統的な大学院(会計教員の育成等)が加わり、学部の会計教育はどちらかといえば、スペシャリストではなくジェネラリスト育成のための専門性を踏まえたビジネス教養教育を行うという棲み分けができつつある。
しかし、このような教育制度とは異なり、中央教育審議会が提言するように、コアカリキュラムを明確に策定して、教育到達目標を明示し、担当教員個人ではなく客観的な評価や卒業の質の保証をどのように捉えるべきか、現場の大学教員の間では共通の理解や合意は得られてはいない。
一方では、遅々と進まぬ大学教育に対して、産業界からも会計的素養をもつ人材育成に関する要望が強まり、これからは、人材の送り手の大学関係側と受け手の企業関係側との連携の中で会計教育を広範に展開する必要性がある。
このように、学士力の一つを形成する「会計力」育成には、大学や産業界との教育連携が不可欠であるという認識で、平成20年3月31日、関西学院大学東京丸の内キャンパスを会場に研究集会を開いた。年度末にもかかわらず、会場は満席の状況でこのテーマの関心の高さを示していた。
(1) | 教育界からの問題提起「学部教育の現状と問題提起」 |
中央学院大学学長 椎名 市郎氏 |
会計教育を研究する場合、最低、次の四つの検討が必要である。1)会計教育のカリキュラム、2)大学の環境や設備、3)社会や学生のニーズ、4)教員の要件―会計教員の質である。伝統的に教育というと、1)を中心に2)も取り上げられてきた。しかし、最近3)の産業界からの提言も多く、「社会人基礎力」や「人間力」などと特徴づけられている。今年3月の中央教育審議会審議報告でも、「学士力」の形成に社会的ニーズが強調されている。また、4)については、平成20年度からFDが大学でも義務化され、教員の質向上の検討が本格的に始まった。
このような背景を踏まえて、会計力の構造に焦点をあてて、社会人基礎力と会計力との関連を検討してみたい。現代の会計教育は質・量ともジャングル的な様相を呈している。金融・会計ビッグバンによる毎年変わる制度改革、情報を作成する側の教育なのか、情報を利用する側の教育なのかの混在(利害調整型会計と意思決定型会計の混在)、国際会計基準と日本の伝統的なトライアングル会計制度のほころびやコンバージェンス、会計情報処理と情報技術の革新による簿記記帳教育の減退と新たなマルチメディアを利用した会計情報教育など、現場の教員は激しい変化の対応に苦慮している。
制度上の棲み分けからいえば、学部の会計教育は会計教育の基礎養成期間である。会計教育の目標とする「会計力」は、「会計学の見方・考え方」を学び、「バランスの取れた会計思考や判断」のアカウンティング・マインドの基礎能力育成が主眼となる。会計教育は、一般(教養)教育を基礎に、簿記原理や会計学総論などの専門基礎科目、問題探求能力を育成する企業評価分析や会計学演習、ビジネスゲームなどの応用専門科目に分けることができる。
そもそも会計力の基本構造は、1)体系的思考(簿記原理、財務会計、管理会計、原価計算、会計監査、企業評価分析、税務会計、会計情報等の個別領域の知識を相互関連させ体系化する思考能力)、2)論理的思考(会計学の固有な思考や技術を理解し、会計学を学ぶ以上、避けて通れない基礎的思考の修得能力)、3)判断的思考(バランス的会計思考や真実や有用な情報を見極め問題解決できる力)の三段階がある(青柳文司著『会計学への道』(同文館))。各専門科目ごとに三段階の教育は可能であるが、時代は3)としての総合力を求めている。
会計教育の方法は、伝統的な簿記処理や会計基準の理解のみではなく、この会計力としての総合的思考が求められるために、本日第二セッションでプレゼンテーションするような個々の学生レベルに合わせたマルチメディアを利用した問題発見型の個別的教育が有用となる。また会計教育の内容は、コアカリキュラムによる教育到達目標を明示し、卒業の質を保証する出口管理強化が必要とされているが、本委員会ではすでに1年以上も前に会計のコアカリキュラムを公表している。
学部の会計教育では、簿記も含めて会計情報の作成・提供側を重視する伝統的会計教育と所与の会計情報を多面的に利用判断する側に重点を置いた会計教育があり、時代のニーズは前者(インプット重視)から後者(アウトプット重視)に移りつつある。この延長線上にビジネスの一般教養としての新しい「会計力」の教育の姿が浮かんでいる。財務諸表の機能や構造をスタートに、最低限の簿記の原理を教え、会計情報の分析や企業評価を中心に展開されるアウトプット重視の会計教育である。これを効果的に実現するためには、本委員会が10年も前から提言しているマルチメディアを利用した情報ツール利用の会計教育が有益である。
(2) | 教育界からの問題提起「専門職大学院における会計教育の問題点」 |
甲南大学会計大学院長 河崎 照行氏 |
大学院教育は研究者育成と専門職育成に大別され、その育成目標、求められる資質、会計力育成の課題は大きく異なる。専門職大学院では基礎的「会計力」(会計情報作成者指向=経済事象抽象化力)と高度な専門知識を備え、国際性、倫理観、IT能力をもつ「期待される会計専門職」を育成するべくカリキュラムを編成している。
育成する人材目標は、企業外で公認会計士として監査業務・各種保証業務に関与できるグローバルアカウンタント、企業内で監査・会計・ファイナンス・税務などを担当するビジネス・アカウンタントなどがある。ところが会計専門職大学院では次の三つの問題点がある。
1)教育目標と資格取得
学生の多くが資格取得を目的とするため、実際には受験に直接関係ない科目についての学習意欲が低くなることや、現役合格者の大学院中退などにより、実践的・応用的教育が形骸化しやすい状況にある。
2)教育方法
研究者教員は独断的な講義に陥りやすく、実務家教員は経験談に陥りやすい。両者のコラボレーションが理想であるが困難な面があり、学生からはいずれに対しても厳しい評価を受けやすい。また学生の基礎学力レベルに相当な差があり、能力別クラス編成が理想としても限度があり、教育レベルの照準が合わせづらい。
3)大学院修了生の就職活動
院生には積極的に就職を希望するものと、消極的なものがある。前者は高度な専門知識を活用した職種を希望するもの、後者は会計専門職の資格取得が困難であり就職に活路を求めるものである。ところが従来、わが国では社会科学系大学院修了生の企業への就職は困難とされており、企業側には大学院生を積極的に受け入れる素地があるのかはっきりしない。もし素地が「ある」とすれば、学部学生と異なる「何」を期待しているのか。「ない」とすればその理由は何か。大学院で教育するものとしては、企業活動のグローバル化・IT化のもと高度な「会計力」をもつ大学院修了生の必要性は高いと認識している。
大学院修了生の活躍の場が会計専門職に限られるようであれば、専門的知識を企業で活用する夢を抱く学生はいなくなり、高度な専門知識を育成することすらできなくなる危惧を抱く。
(3) | 産業界からの報告「企業における人材育成の取り組みと学卒新人への期待」 |
日本電気株式会社人事部 人材開発統括マネージャー 鈴木 範宣氏 |
当社では採用時に学部での専攻や大学院卒であることを判断材料とすることはない。当社においては会計的素養は専門職以外、例えばシステムエンジニアであっても必要とされている。日本電気として新人・若手・中堅・管理職・部長クラスに求められる会計知識(次ページ図を参照)を設定しており、一定の能力の保持が要求されている。それを習得し会計力を高めるために、OJTと研修からなる教育システムを構築している。OJTでは予算管理や受発注・検収、原価管理など、通常業務の中で必要とされる会計処理能力の習得を行う。研修は、新人研修・プラクティスアップ研修・自主研修・技量認定試験・昇格者研修などが配置されている。研修方法も集合研修、CD-ROM+教材、衛星を使用した遠隔地教育システムなど多様な方法を提供している。
学卒新人に期待する能力は、1)「数字」を読む力、「言葉」で表現する力、2)技術的、実務的知識より、ものの考え方、歴史などベースとなる教養、3)好奇心、研究心、自ら学び続ける習慣、幅広い視野、4)倫理観、コンプライアンス、人間観、5)知力、体力、精神力(バランスの取れた人材)である。これらは経済産業省が平成18年2月に整理した「社会人基礎力」に共通する。実際に若手の成長状況では、社会人基礎力について検討されている。また、管理職から見た配属前の共通教育への期待として、ビジネスマナー・ルール、ビジネススキル、仕事の進め方・仕事との向き合い方、対人対応、バリューチェーンの理解がある。また部下に期待したい素養などとして、コミュニケーション能力、仕事との向き合い方、チャレンジ精神・積極性、人を取りまとめる力、責任感・やりきる力がある。
(4)全体討議
多くの質疑が行われたが、その一部を次に示す。
● | 学部での会計教育と企業が期待する会計能力の相違の有無について |
基本的な差異はないと考えている。特に会計力は企業においても必修能力と理解している。ただ当社は製造業であるので、特に原価管理は重視している。 | |
● | 社会科学系大学院修了生についての就職に障壁はあるのか |
当社においてはそのような障壁はない。実際に多くの修了生が活躍している。 | |
● | 学部・大学院で専攻した領域の知識を企業で活用したいと思っても、企業は独自の判断基準で職種を指定しており、失望感を抱くものがいる |
当社においては、専門知識の活用要望のある新人について、その要望をかなえるべく対応している。 | |
● | 会計学は簿記を基礎としており、それを無視するような会計教育はおかしい |
簿記知識を前提とした会計の説明は教育者にとっては容易であるが、利用者思考の会計教育にとり簿記前提思考には課題がある。 |
「e-Learningを活用した管理会計授業」
名古屋学院大学商学部教授 岸田 賢次氏
一般に管理会計の学習で、学生は個々の項目の理解に止まりやすく、具体的な企業活動との関連や学習項目の相互関連を理解することは困難である。また簿記的素養を持たない学生もいる。そこで損益分岐点・回転率(営業債権、買入債務、在庫)などの基本的な概念を用い、具体的な企業行動と関連づけつつ、予算損益計算書、予算貸借対照表を作成する作業を行わせている。このように学習事項の相互関連や作業過程を理解させることが学習意欲を高めている。このようなデータの相互関連と簡易な経営者の決定が予算に反映する過程を理解し習得するためのeラーニングシステムおよび作成した予算を検証するシステムについての説明とその効果について説明を行った。
「AISシミュレータを利用した会計情報システム授業」
九州産業大学経営学部教授 金川 一夫氏
Excelで作成した会計情報システムをシミュレータとして利用し、インプットである仕訳とアウトプットである会計情報の関係を理解させ、経営に関する問題を解決するために会計情報を読み取る能力を養成する。具体的には、一部の取引データの変更や在庫評価方法の変更をシミュレートして、会計情報に与える影響を、数値の変化を見るだけでなく、グラフ等を作成させることにより理解させる。
実習では、学生が仕訳データを入力する際に、カット&ペーストなどを不注意に行うことで、システムに不具合が生じることがある。しかし、このような体験から「システムは関数を利用して作成されている」ということも理解させることができる。
文責: | 会計学教育FD/IT活用研究委員会委員長 岸田 賢次(名古屋学院大学商学部教授) |