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学生カルテシステム(SRMS)の運用と効果


八尋 剛規(東海大学福岡短期大学情報処理学科准教授)


1.はじめに

 東海大学福岡短期大学では、学生の夢と希望をかなえるため、教職員全員での指導体制をとっています。従来の「指導教員のみが指導にあたる」から「部署や業務分掌を超えての指導を行う」に体制を変化させてきました。ここで重要なのは、短期大学は在籍期間が2年間と短いため、的確な指導をリアルタイムに行う必要があることです。その実現には、全学的な規模での情報共有が不可欠であり、その情報共有をサポートするシステムが求められました。そのような中で学生カルテシステムが誕生しました。本学では、1999年以降学生カルテシステムを運用しています。その結果、退学者減少の傾向がみられるようになるなど、その成果が現れています。
  今日では、学生カルテシステムを本学の教育システムの中核とし、学生の生活面から学修指導、進路指導まで幅広く全学的に活用しています。その活用の中で、学生を的確に指導できるかのポイントは、システムの存在そのものよりも、それに蓄積される情報の数と有効性・リアルタイム性、さらにその情報がいかに活用されるかという点にあることが分かってきました。すなわち、システムとその運用スタイルの両立が重要です。
  本学では、この学生カルテシステムをStudent Relationship Management System(SRMS)と称し、運用、システム改良を行っています。本稿では、このSRMSの概要と運用ノウハウなどについて報告します。


2.SRMSの開発経緯と目的

 本学では1999年より独自開発の高校訪問データベースを運用しています。これは高校訪問の際、在学生の様子などを高校側に伝えるために、在学生の普段の様子(高校訪問時の話題となるメモ程度の内容)を記録し、共用するためのデータベースです。このシステムの運用を通じて、次第と学内の様々な学生の様子が分かるようになり、このシステムが学生指導に活用できるのではないかという思いが強まってきました。そこで、このシステムを発展的に改良しSRMSが誕生しました。
  SRMSの直接的目的は「指導を必要とする学生の早期発見」にあります。この早期発見により、様々な学生指導をタイミングを逃さず、かつ適切に行い、学生本来の目標に向かって短大生活を送れるようすることが、SRMSの最大の目的です。特に短期大学は就業期間が2年と短いため、様々な指導の遅れは許されません。これを実現するためには、学生に関する様々な情報をリアルタイムかつ全学的に共有することが必要です。この情報共有により、教職員間で共通認識のもとに学生指導を行うことができます。

 

3.SRMSの概要

(1)システム構成
  SRMSはWebアプリケーションとして構築しています。このため、端末にはインターネット環境とWebクライアントのみ要求されます。様々な環境下での利用を想定し、PCだけでなくPDAやケータイからもアクセス可能としています。具体的にはFreeBSD、PHP、PostgreSQLを利用したWebアプリケーションです(図1)。

図1 全体構成
図1 全体構成

(2)管理している情報の種類
  データベースには三つに大別して学生情報を管理しています(図2)。一つ目は学生の学修情報です。学修情報はさらに教科別に管理されており、受講状況、出席状況、学修の進行状況などを記録します。また、e-Learningによる開講科目については、メンタリングやその他の学習指導状況などの記録を義務付けています。二つ目は進路情報です。学生の進路希望や指導内容、および学生個々の就職・進学活動の履歴などを記録しています。三つ目は生活情報です。先の二つに分類されない情報をここに記録します。例えば、資格取得情報、サークル活動、そのほかイベント等への参加状況など様々です。また、オープンキャンパスや進学相談会などで入学前の学生(生徒)と接する機会も多く、このときの面談状況もSRMSに記録しています。入学の時点において、学生のある程度の情報を得ることにより、学生の将来目標に向けた適切なゼミナールに配属するための措置です。
  また、一般的に学生カルテと呼ばれるものは、学生の成績が記録されている場合もありますが、SRMSには最終成績(評価)はほとんど記録されていません。なぜなら成績は結果であり、その結果を得た後での指導では遅すぎるからです。あくまでも我々が重要と考えるのは、その結果になるまでの途中経過をリアルタイムに知ることであり、その途中の段階で指導を行う必要があるからです。このような観点から、SRMSに記録する上記三つの項目はすべてテキスト形式となっており、記録者の主観を書き込むようになっています。

(3)情報発生源入力の原則
  本学では「事象発生源の入力」を原則としています。学生に関する事象は様々な場所で日常的に発生しますが、リアルタイム性と事象発生源による主観的な情報記録を確保するため入力作業の一元化は行わず、事象発生源が直接情報を入力する体制にしています。

(4)共有を効率的に行うための工夫
  SRMSに蓄積された情報を効果的に利用するために次のような工夫を行っています。
1)注目学生の設定
  SRMSには注目学生の設定機能があります(図2)。自分が注目しておきたい学生をSRMSに登録し、その注目学生の情報だけに限定して得ることができます。これにより、本来必要な情報が、他の情報に紛れてしまうことを防いでいます。この注目学生は自分の指導教員の枠を超えて、任意に設定できます。本学には指導教員制度があり、教員一人当たり3人から15人の学生を担当していますが、実際、学生は指導教員の枠にとらわれず、自分の都合のよい教職員に様々な相談を持ちかけてくることが多く見受けられます。しかし、教育システムとして責任を負うのは指導教員であり、「自分に相談に来なかったから知らなかった」で済む問題ではありません。
2)メールの利用
  注目学生として設定している学生の情報が新規登録された場合には、メールで通知し、リアルタイム性の確保と情報の取りこぼしがないようにしています(図3)。メールの通知先も先述した注目学生登録を行っている教職員のみになっています。必要な情報が必要なときに手元に届くシステムとなっています。

図2 SRMSのメイン画面
図2 SRMSのメイン画面
図3 登録画面
図3 登録画面


4.SRMS運用の効果

(1)学生の学修状況・生活情報の把握
  SRMS最大の効果は、学生の学修状況・生活状況の把握が容易かつ広範囲になったことです。SRMSの活用により、その学生が履修している科目全体にわたり学修状況が把握できます。従来は教員間の個人的なつながりによってのみ成立していた学生情報の共有が、大学の教育システムとして組み込まれたことにより、指導を要する学生の早期発見が容易になります。

(2)共通認識のもとでの学生指導
  SRMSによりどの学生が、どの教職員からどんな指導を受けているのかが把握できるようになり、教職員間で共通認識のもとでの学生指導ができます。学生も、教員間の指導の違いによる困惑がなくなります。これにより、学生から教員・大学への信頼度向上が期待できます。

(3)保護者からの問い合わせに迅速に対応
  年に1・2回実施される保護者との懇談会でも、SRMSの情報を参照しながら行うことにより、的確に行えるようになります。特に、県外で実施される懇談会では、指導教員が参加するとは限らず、このようなケースでもSRMSが有効に活用されています。同様に、日常的に、保護者からの問い合わせに対応できるようになります。さらに、保護者からの信頼度向上も期待できます。


5.SRMS運用の課題

(1)SRMS活用率の向上
  全教職員が積極的にSRMSを活用することが望ましいのは明らかです。本学では、年毎に利用数も増えています(図4)。2007年度は学生一人当たり平均で20件の情報量となりました。しかし、一方では、教職員間での活用状況に偏りがみられます(図5)。教職員の自発的な利用を待っていては、さらにその偏りが大きくなる可能性があります。そこで、いつくかの場面においてSRMSへの情報登録を義務化しています。例えば、学生入学時あるいはセメスター開始時には、学生と個別面談を実施し、その結果をSRMSに登録することなどです。また、SRMSの利用状況を定期的に教授会で報告し、利用を促すなどの措置も行っています。

図4 SRMS利用状況の推移
図4 SRMS利用状況の推移
図5 教員別SRMS利用状況
図5 教員別SRMS利用状況

(2)今後の課題  
 現在SRMSの運用範囲を学内教職員に限定しています。これを今後は個人情報保護に配慮しながら、拡大していきたいと考えています。これまでの経験では、出身高校の担当教員から事前に情報が得られていれば防げたと思われる問題も多々ありました。また保護者には出席状況や履修状況、さらには進路のことなどもっと日常的に現状が伝わっていればと思うことありました。SRMSには有用な情報が蓄積されて学内では活用されているものの、様々な問題から学内での利用に限定されている点が非常に残念でなりません。今後は、出身高校の教員や保護者との間でもリアルタイムに情報交換できる教育システムとして発展・活用していきたいと考えています。



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