教育・学習支援への取り組み
体系的な一年次教育(初年次教育)の構築
〜玉川大学〜
1.はじめに
学校法人玉川学園は、「全人教育」の理想実現のため、1928(昭和4)年に故小原國芳により開設されました。まず、小学部、中学部、高等女学校をもって開学しましたが、後に旧制玉川大学を経て、新学制の公布により、1949(昭和24)年に玉川大学文学部、農学部を設置しました。現在は上記の2学部に加え、工学部、経営学部、教育学部、芸術学部、リベラルアーツ学部の7学部16学科、さらに大学院として6研究科を擁する総合大学として高等教育の任にあたっています。
玉川大学のミッションは、創立者小原國芳が「生まれながらにして唯一無二の個性をもちつつも、万人共通の世界をも有する存在」であると定義した人間像に基づいています。このように定義された人間をより完成されたものへと実現させることこそがミッションであり、さらに、日本社会および世界へ貢献する人材を養成することを玉川大学はめざしています。この理念を達成させるために12の教育信条(注)を掲げ、カリキュラムや各種プログラムに反映、実践しています。特に、創立以来、担任制度や少人数教育を導入し、学業面、生活面など総合的にきめ細かい指導を行っていることは本学の特色と言えます。
また、1995(平成7)年度からは21世紀における全人教育の新たな具現化として全学共通のコア・カリキュラムを開発、実践し、教育面における学部間連携を強化しています。研究面では、附置機関として学術研究所、脳科学研究所等を設置し、高等教育機関として求められる最先端の研究活動を行っています。最近の成果としては、2002(平成14)年度の「21世紀COEプログラム」の採択、今年度の「グローバルCOEプログラム」の採択が挙げられます。
2. |
玉川大学の一年次(初年次)教育 |
大学のミッションと一年次教育のミッションの連動 |
周知のように、大学大衆化時代、大学全入時代を迎え、低学力学生や低意欲学生が増加しつつあります。また、大学に入学したものの、学習の目的が不鮮明な学生も増えています。そうした状況を踏まえ、入学生の中等教育から高等教育への円滑な移行をいかに図るかが各大学において大きな課題となっています。より具体的には、学問を中心とする大学生活そのものへの入学生の円滑な移行を支援する一年次教育(初年次教育)プログラムの開発と運用が急務となっています。加えて、ここで開発されるプログラムは学生個人がその必要性を自覚し、主体的に達成しうるものが求められています。
こうした状況を背景に、玉川大学では全学部入学生を対象とした一年次教育プログラム科目「一年次セミナー101・102」を必修として開講しています。このプログラムの目的は、学生が自覚をもって有意義な大学生活を送り、やがて自律した社会人になることを支援することにあります。
玉川大学が全学体制で行う一年次教育では「中等教育から高等教育への転換教育」に重点を置いています。プログラムの「ミッション・ステートメント」では次のように謳っています。1)大学生として学習する力を育て、専門知識を持った教養ある社会人を育てる。2)学生一人ひとりに早い時期にアイデンティティを確立させ、21世紀社会で生きる基盤を形成させる。この二つのミッション・ステートメントは、先に述べた玉川大学の教育ミッションを現在の大学教育を取り巻く状況に勘案させ、設定したものです。
これらのプログラム・ミッションを念頭に、「一年次セミナー101(2単位)」、「一年次セミナー102(2単位)」を2005(平成17)年度より全学部必修科目として開講しました。開講に先立ち、1997(平成9)年に一年次教育実施に向けての具体的な研究に着手しました。また、開講2年前の2003(平成15)年度から、一部の学部においてパイロット授業を展開し、経験を重ねると同時に、事前の問題点等を把握した上で必修科目として開講しました。現在、玉川大学では、この一年次教育プログラムを学士課程教育の基礎として、さらに、学生を社会に送り出す際に大学が果たすべき責任の一つとして位置づけています。
「一年次セミナー101・102」を担当する教員には、“学生が自分自身をきちんと見つめ、自分の人生を多様な観点から考え、意思決定を行う”手助けをするようにお願いしています。学生は、学問や社会活動に対して自分が“なすべきこと”と“なさなければならないこと”に気がつくことによって大学生として、また、社会人としての自覚を持つことができます。“いまなすべきことに気づくこと”と“大学生、社会人としての自覚を持つこと”は相互に影響し合い、学生が学問や社会活動に取り組む上での活力となります。最近は大学生になってもアイデンティティが確立されない者が多くなってきています。それゆえに、大学教育の早い時期に自分の人生を考える契機を与え、同時に、大学での学習と生活が高校までとは異なることを知らせる必要があります。こうしたことをふまえ、本学における一年次教育プログラムでは学習到達目標として以下の4点を掲げています。
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1) |
学問の重要性を理解し、規則正しく計画的に学習する習慣を身につけることができる。 |
2) |
大学で学ぶ上での基本的なアカデミック・スキルを身につけることができる。 |
3) |
卒業までの学習見通しと卒業後の将来設計を立てることができる。 |
4) |
大人として健全な生活習慣を身につけることができる。 |
さらに、これらの到達目標を達成させるためにプログラムの内容を「アカデミック・スキル(大学の学習への積極的な適応と同化、学習に対するモチベーションの向上、大学生としての基本的な読解力、文章力、コミュニケーション能力の養成)」、「スチューデント・スキル(大人としての自由と責任についての学習)」、「ソーシャル・スキル(大学4年間の学習戦略と将来のキャリア設計の策定)」の三つに分類しています。こうした内容を効率よく学習するための教科書として本学では独自の教科書『大学生活ナビ(玉川大学出版部刊)』『大学生のための読む・書く・プレゼン・ディベートの方法(同出版部刊)』の2冊を使用しています。その他にも課題の提示や資料の提供、レポートなどの提出物の回収にはブラックボード(Bb)を中心とする本学のeラーニング・システムを活用しています。
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写真 「一年次セミナー101・102」の教科書
いずれも玉川大学出版部刊 |
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表1 教科書『大学生活ナビ』の目次 |
序 章 |
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第1章 |
大学で学ぶ |
第2章 |
効果的に学習する |
第3章 |
時間を管理する |
第4章 |
ノートをとる |
第5章 |
テストを受ける |
第6章 |
情報を記憶する |
第7章 |
意思決定をする |
第8章 |
コンピュータを利用する |
第9章 |
なぜ働くのか |
第10章 |
ライフデザインとキャリアデザイン |
第11章 |
キャリアの選択と社会が求める能力の養成 |
第12章 |
社会生活とメディア |
第13章 |
時事問題に取り組む |
第14章 |
健康な生活を送る |
第15章 |
インターネットと情報 |
第16章 |
ボランティア活動をする |
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これらに加え、受講生には「一年次セミナー101・102」の学習ポートフォリオとして学習記録ノートを配布しています。学生はそのノートに「事前に学習したこと」「当日の授業内容」「学習の成果と振り返り」をそれぞれ記載します。このノートは学生にのみ活用を課するものではありません。成績評価の要素の一つとしていますので、担当教員は適宜ノートを回収し、内容を確認し、所見を記入しなければなりません。これは教員にとってかなりの負担を強いる作業ですが、学習成果をわかりやすい形で評価することは、学生の学習意欲を高める上でも有益です。教員にとっても“教育内容と効果の記録、学生の成長記録”となり、教育力の向上につながっています。なお、希望する教員には学習ポートフォリオをWebベースでも利用できるように対応しています。
「一年次セミナー101・102」において何よりも重要なのは授業の進め方です。それは、従来行ってきたような、教員が学生に講義をするという一方的な授業では本来の目的が達成できないからです。教育効果を上げるためには各教員の努力と工夫が要求されます。この授業では答えが一つではないものがほとんどです。そのためにも、教室は学生たちに自由に発想させ、発言させる場でなくてはなりません。学生は自発的に予習をし、開かれた討論の中で自分の考えを述べることが要求されます。また、友人の意見を聞き、自分の考えと比較することも求められます。こうした学習を通して自他を意識し、自分とは何かが明瞭になり、アイデンティティが確立され、人間的な成長が促されていきます。したがって、授業は学生に考えさせ、発信させると同時に、他者の意見に耳を傾けることを念頭に置いた双方向的なものでなくてはなりません。しかし、この手法に戸惑う教員が少なくないことも事実です。その対策として、本学では「授業改善のためのワークショップ」および「授業方法研究会」を定期的に開催しています。
3. |
一年次教育の組織的展開 |
実行性のある一年次教育と全学的な支援体制 |
「一年次セミナー101」「一年次セミナー102」は、全学部の一年次生必修科目として開講し、原則として1クラス30名以下の人数で実施しています。1年次生は約1,900名ですので、担当教員は60〜65名に及びます。2005(平成17)年度の導入にあたっては、大学全体で取り組む大掛かりな新しいプログラムであることから、担当教員全員が新しい概念を理解し、その意義と価値を共有する必要がありました。そのため、一年次教育の実施に向けて、関連する教員のミーティングはもとより、広く全学的な講演会や研修会、とりわけ意見交換会を数多く開催しました。
2005(平成17)年度に全学の一年次教育とコア教育の教育内容・方法について担当する研究施設「コア・FYE教育センター」を設置しました。当センターの一年次教育プログラムに関しての業務は表2のとおりです。
表2 コア・FYE教育センターの一年次教育業務 |
項目 |
一年次教育に関する主な業務内容 |
授 業 |
・教科書および授業教材の作成
・全学基本シラバス、中間・期末試験問題の作成、提案 |
担 当
教 員 |
・講演会、研修会、ワークショップの企画、開催
・担当者用指導マニュアルの作成 |
評 価 |
・学生による授業評価アンケートの実施、分析
・学習ポートフォリオの記載内容の分析 |
研 究 |
・国内外の学会、研究会への参加および教員の派遣
・一年次教育に関する研究および情報収集 |
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「一年次セミナー101・102」を安定運営すると同時に、その継続的な改善を果たすために、本学では「一年次教育プロジェクト会議」を設置しています。会議はセンター所属教員と各学部の一年次教育プロジェクト・リーダーにより構成されています。「プロジェクト会議」は新年度に向けての一年次教育の年次プランニングの策定と授業改善のためのワークショップの実施がその主たる業務ですが、それらに加えて、月例会議を開催し、各学部の授業が適正に運用されているかを定期的に確認しています。また、夏期休暇期間および春期休暇期間を中心とした一年次教育ワークショップ・研究会等の開催も行っています。なお、こうした取り組みはプロジェクト・リーダーを通して各学部の教授会、学科会に報告され、事項によっては審議される全学的な体制をとっています。
「一年次セミナー101・102」の展開にあたっては、本学教学部を中心に、キャリア・センター、教職センター、学生センターなど、全学からの支援を受けています。一例として、eエデュケーション・センターには、前述したデジタルコンテンツの作成支援に加えて「一年次教育プロジェクト会議」が立案した「バーチャル・キャンパス・ツアー(eラーニング方式によるオリエンテーション・プログラム)」の作成を担当してもらっています。図書館には、アカデミック・スキルの学習と連動した書籍検索指導(カード検索およびコンピュータ検索)を中心に、大学図書館、国会図書館の利用方法と役割に関するeラーニング方式による研修をお願いしています。
4. |
一年次教育とFDの連動: |
FDの端緒としての一年次教育 |
こうした玉川大学の一年次教育の取り組みは学生からも評価され、「自分の大学生としての責任を自覚することができた(67%)」「授業を通して友人との交流を深めることができ、友人から受けた刺激により自分自身が向上したと思う(67.7%)」「『一年次セミナー』を履修したことで、学生生活をより意義のあるものにすることができると思う(58.5%)」等の結果となって表れています(2007年度7月に実施した学生アンケートから)。
一方、教員側においても一年次教育の実施、展開を通して教育改善に対する意識変革が促進されました。玉川大学では、大学設立当初から担任制を採用し、「一年次セミナー」実施前まで「担任ゼミナール」の名称で教養ゼミナールを展開してきました。「一年次セミナー」は「担任ゼミナール」を根本から見直し、再編成したものです。「一年次セミナー101・102」の実施にあたり、各学部長および「担任ゼミナール」担当の全教員と時間をかけて意見交換を行い、さらに、実施に向けての審議を重ねたことで、大学大衆化時代における教員の危機意識の共有化が図られました。それまでも、ほとんどの教員が授業等を通して学生の変化を感じていました。同時に、旧来の授業および授業システムでは立ち行かないとも感じていました。「一年次セミナー101・102」の実施は、そうした教育上の悩みを抱える教員たちが協働して教育を変えていく端緒となりました。
また、「一年次セミナー」の安定運営に向けて定期的に開催している授業改善のためのワークショップや授業方法研究会は、教員にミクロレベルのFD効果をもたらしました。こうした取り組みはもともと「一年次セミナー」をよりよく展開するために用意されたものでしたが、参加した教員たちの中には、その成果を自らが担当するコア科目や専門科目に応用する者が出てきました。具体的には、「一年次セミナー101・102」で活用を促した毎回の授業計画表(タイムテーブル)を専門科目等に導入する教員や、「一年次セミナー」のアクティブ・ラーニングの手法を同じく導入する教員が増えはじめました。こうした教育技法を他科目でも活用することで、大学の授業は確実に改善されていきます。加えて、教育評価の高い教員が行う事例報告会に参加することで、自らの授業手法を再確認する機会を得るメリットも生まれました。
コア・FYE教育センターでは、現在こうしたワークショップおよび研究会を年10回ほどのペースで開催しています。ほぼ一日を費やすものから、授業終了後の2時間ほどを利用した短時間のものまで研修の時間と形態はさまざまですが、最近では「一年次セミナー」を担当していない教員の参加も増えてきています。そもそもは「一年次セミナー」の実施によって始まったこうしたFDの取り組みが、学部や科目の壁を越えて今や全学的な広がりになりつつあります。
注 |
玉川大学では教育のミッションを達成するために以下の12の教育信条を掲げています。1)全人教育、2)個性尊重、3)自学自律、4)能率高き教育、5)学的根拠に立てる教育、6)自然の尊重、7)師弟間の温情、8)労作教育、9)反対の合一、10)第二里行者と人生の開拓者、11)24時間の教育、12)国際教育 |
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文責: |
菊池 重雄(玉川大学コア・FYE教育センター長、経営学部国際経営学科教授) |
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