巻頭言
坂本 元子(和洋女子大学学長)
本学は女子の高等教育の機会がさほど拓かれていなかった1897年に発足した。創立者の堀越千代は「和魂洋才」「明朗和順」の教育理念を掲げ、極めて先進性に富んだ女子教育を創生した。日本の伝統文化や高い道徳性を大切にしながら西欧の最先端の知識・技術・文化を身につけ、家庭を守る女性と社会の指導者として自立できる女性の育成を試みたのである。この目的のために堀越は伝統的な和裁と、そのころ渡来したばかりの新知識である洋裁を教授し、この分野で自立できる女性の育成を目指した。この教育方針は広く社会に受け入れられ、卒業生の多くは全国の女学校で裁縫の教員として活躍した。堀越の教育目標はその後も受け継がれ、「和魂洋才」と「明朗和順」は現在の和洋女子大学の教育目標でもある。
しかし現在の大学教育の状況、少なくとも和洋女子大学における状況は、伝統的な、あるいは最先端の知識・技術を教授するということが容易ではないところに立ち至っている。この原因は、最近の本学学生の多くが、高度の知識や技術を学ぶための基礎である教養教育が不十分なまま入学してくるところにある。ここで大学でも教養教育を怠れば、「教養」がないままに卒業することにもなりかねない。我々は最近、大学に求められている「学士力」の養成はすなわち教養教育であるという認識で、専門的な知識や技術の習得とともに、教養教育の再構築を目指すことにした。
本学は2008年度から他の女子大学に先駆けた新しい教育組織に改編した。これまでの「学部・学科」制を「2学群・6学類」とし、さらにその下に「9専修と4コース」を設けた。学生は入学前に自分の専門を決めるのではなく、入学時にまず幅を持たせた学類に入り、1年間の教養を主とした学習の期間に各専修を垣間見る経験を持たせ、2年次への進級時に将来の専門の道、つまり自分の専修を選択できるようにした。これによって学生は将来の専門の選択に充分な知識と経験をもって臨むことができる。教員は上記の教育組織とは独立に、研究分野ごとに13の研究室に分かれて所属することになる。教員は所属研究室にかかわらず、複数の専修に出向いて(帰属と言っている)授業を担当することもある。研究に関しては研究室で、教育に関しては専修で検討するので、自然、研究組織、教育組織とも組織間の壁が低くなり、人を含めた知的、物的資源の交流が容易になるであろうと期待される。
組織を改めた上で、教育内容も一新して、教養教育の充実を図ることを手がけている。その第一の方策は副専攻の設置である。学生は専修の枠を超えて他の専修の科目を履修することができ、一定の条件を満たせば副専攻を履修した旨が学位記や卒業証明書に明記される。自分の専修以外の分野を20単位以上履修するのであるから、文学の教養を持つ栄養士が生まれたり、社会福祉の技術を学んだ保育士ができたりすることが期待される。
第二の方策は現在計画中の情報システムを用いた文章力の練磨である。人は言葉で考えるのであるから、人の「考え」はその人が獲得している語彙や言い回しに見合ったものになる。したがって貧困な語彙、あいまいな文体の持ち主の考えは、貧困かつ曖昧なものにしかならないだろう。この意味で文章力の練磨は、わが大学が最も力点を置かなければならない教育であると考えている。現時点でも文章力の向上は一部の科目で行われてはいるが、全学生を対象とすることは、それを担当する教員の数の点で不可能に近い。ここをe-Leaningのサービスの中から最適なシステムを選んで補おうというのである。文章を練磨するシステムを利用して、自己学習のみではなく、教室における対面授業も行えば、教員の違いによる授業の違いは解消される。またこのシステムが学生が書いた文章を採点する機能を持ったものなら、提出すべきレポートなどは、このシステムによる一定の点数を獲得したものを必須条件とすれば、4年の間には文章力の上昇が大いに期待できると考えている。
副専攻で教養の幅を広げ、文章力向上支援システムによって達意の文章が書けるようになった学生を社会へ送り出せれば、和洋女子大学の教養教育に関する責任は果たせたと言えるのではないだろうか。