産学連携

NPO CCC-TIESによる産学連携
「産経eカレッジみんなde大学」の報告


中嶋 航一 (帝塚山大学経済学部)
堀  真寿美 (帝塚山大学TIES教材開発室)
細谷 征爾 (帝塚山大学TIES教材開発室)


1.NPO CCC-TIES設立の背景

 帝塚山大学では、1997年よりTIESというeラーニングシステム(http://www.tiesnet.jp/)を開発して講義で利用してきた。当初より1大学、1学部の枠を越えた教員による協力と共感のコミュニティの形成を目指し、異なる大学間であっても、また常勤非常勤を問わず、誰でも教育的コンテンツの公開と共有、および教育的経験とノウハウ、問題意識を共有できるように設計と改善を積み重ねてきた。
 その結果、現在は表1にあるように、国内外の国公私立の70大学に所属する約900人の教員と4万人を超える学生のコミュニティが形成されている。また共有可能なコンテンツは1万8千点を超えるようになった。

表1 TIESコミュニティの成長
年 度 2004.4−2005.3 2005.4−2006.3 2006.4−2007.3 2007.4−2008.3 2008.4−2008.9
1.TIES利用大学数 20 33 51 66 70
2.利用講義数 103 205 548 817 966
帝塚山大学内 87 133 326 482 550
連携大学 16 72 222 335 416
3.コンテンツ数 3,416 7,431 10,409 16,263 18,293
帝塚山大学 2,992
4,966 8,240 11,806 12,691
連携大学 424 2,465 2,169 4,457 5,602
4.教材作成者数(TIES合計) 82 130 320 801 892
帝塚山大学内 52 63 118 220 227
連携大学 30 67 202 581 665
5.ユーザ数(合計) 3,376 8,499 16,740 34,861 40,183
TIES全体(合計) 2,981 7,321 15,099 32,935 38,027
帝塚山大学(卒業生含む) 1,925 4,133 6,197 7,576 8,891
卒業生         3,314
連携大学 1,056 3,188 8,092 25,359 29,136
OpenTIES一般ユーザ数 395 1,178 1,641 1,926 2,156
6.公開講義数 29 78 134 186 210

 このTIESコミュニティの教員が中心となって2006年5月に設立されたのが特定非営利活動法人サイバー・キャンパス・コンソーシアム(以下NPO CCC-TIES http://www.cccties.org/)である。
 TIESコミュニティは高等教育機関とそこに所属している教員関係者に限定されているが、NPO CCC-TIESの目的は、広く産業界や地域社会に対してeラーニングの手法と技術を活用して教育の改善・充実による社会的貢献を目指すことにある。また、私立大学情報教育協会が振興する、大学連携による授業支援や教材の共有化事業のサイバー・キャンパス・コンソーシアム(CCC)事業の連携先としても位置づけられている。
 今夏、このNPO CCC-TIESが産学連携事業として、生涯教育の企画「産経eカレッジみんなde大学」を産経新聞社と共催したので、その概要と成果について報告する。


2.産経eカレッジみんなde大学の概要

 「産経eカレッジみんなde大学」は、主催が産経新聞社、共催がNPO CCC-TIES、後援がフジサンケイビジネスアイ、協力が産経デジタル、企画協力がnokitenという体制で、8月5日から9月15日(当初は9月10日までの予定であったが、好評のため15日まで延期された)の期間で実施されたものである。
 産経新聞社の本企画の趣旨は以下の通りである。

 政治、経済などが刻々と変化する社会の中では、高校時代や大学時代に学んだことは10年もたてば古くなってしまいます。こうした中、団塊世代の大量定年退職にともない、その世代を中心とした「学び直し」に注目が集まっています。各大学も、少子化にともなう収益確保を目指し、ビジネスマン向けの実学系講座や高齢者向け教養講座などの「生涯学習」コンテンツへ視点を広げて展開しています。
 また、こうした知的欲求に加え、PCの普及、インターネット動画閲覧環境の整備(インフラ)、国民全体のPCスキルアップなどもあり、誰もが自由に時間を選び学ぶことができる、eラーニングへの期待が大きく高まってきています。
 国内のeラーニング市場は、どちらかと言うと企業研修や法人利用を主目的とした展開が多く、広く一般に開放されたサイトは多く存在しません。海外ではアメリカのマサチューセッツ工科大学でほぼすべての講義をネット上で無料公開しているなど、大学による講義公開が進んでおり、国内においても、京都大学がYouTubeと組んで一部講義を配信しています。
 そこで産経新聞では、大学進学を考えている高校生世代から学び直しニーズの高い中高年齢者を対象として、複数の大学教授の講義を無料で配信する期間限定のeラーニング事業を実施します。本事業は、大学講義のウェブ配信システムTIESを開発した帝塚山大学(奈良)とTIES利用大学(現在、全国の国公私立の68大学が利用)の教育関係者が中心となって設立されたNPO CCC-TIESと共同で実施します。大学教授の講義を受講することを前提にした本構想は、日本のeラーニング市場における生涯学習のプラットフォームとして大きく成長する可能性があり、国内の教育活動における初の試みとして大きな注目を集めるものと思われます。

 この企画趣旨にあるように、JOCWや一部の大学が単独で授業公開を行っている事例はあるが、14大学が組織的に新聞社と共催して「ありのままの授業」ビデオをWeb配信するというのは日本で初めての試みであった。NPO CCC-TIESとしては、大学教育の具体的な中身を社会に公開することにどのような意義があるのか、そして社会は初めて目にする日常的な大学の授業をどのように評価するのか、さらに大学で教えている教育は一般社会人が求めているものと合致しているのか等、大学教育に対する社会の反応を知る良い機会と捉えて共催することになった。
 TIESコミュニティの14大学(愛知工科大学・関西学院大学・札幌学院大学・札幌大学・新潟産業大学・創価大学・中京大学・帝塚山大学・桃山学院大学・日本福祉大学・武蔵大学・名古屋学院大学・明治薬科大学・愛知学院大学)に所属する30人の教員(後掲の謝辞参照)に、語学や法学など11分野・33講義・103授業ビデオを提供していただいた。そして、8月5日には図1のようなデザインで「産経eカレッジみんなde大学」を開始することになった。

図1 産経eカレッジのトップ画面

 今回は初めての試みであったため、サイトに対する同時アクセス数を予想できなかったので、ストリーミングサーバの負荷を避けるため、授業ビデオを見るためにはユーザ登録をお願いすることにした。そしてユーザ登録をした受講者のみが、掲示板とメール、アンケート等を使って授業に対するコメントができるようにした。またビデオ画面の拡大や音声の速聴機能、関連教材へのリンク、そしてビデオを見ながら自分の気持ちを反映できる「気持ちボタン」(図2参照)などを準備して、少しでも受講者の参加を促す工夫を凝らした。

図2 会計学の授業(名古屋学院大学)

 次に、公開された授業ビデオをいくつか紹介する。図2の事例は、黒板で行われた会計学の授業を教室内のビデオカメラで収録しTIESに登録する形態である。図3は実践的なビジネス数学をビデオ撮りしたものである。図4はPowerPointに書き込みをしながら行う薬学の授業、図5はロシア語の授業の事例である。

図3 経営数学の授業(関西学院大学)
図4 薬学の授業(明治薬科大学)
図5 ロシア語の授業(札幌大学)

 この他にも個性あふれる授業が、教室の臨場感とともに「ありのまま」の状態で提供されている。大学教員にとっては、ファカルティ・ディベロップメント(FD)の教材としても研究・利用できると思われる。


3.産経eカレッジみんなde大学の成果

 前述したとおり、14大学が連携して新聞社主催の生涯教育の企画に授業ビデオを提供するというのは、初めてのことである。そのため今回の企画を開始するにあたり、周囲から大変心配された。例えば「大学の講義を忙しいサラリーマンが時間をかけて見るだろうか?」、「有名大学の有名教授の授業でもないものに関心を持つのか?」や、「まだまだ普通の人にeラーニングをさせるのは無理ではないか?」、「面倒なユーザー登録など誰もしないのでは?」等々、当然の疑問である。また時期的に北京オリンピックと重なり、面白いテレビ番組がたくさんあるときに、インターネットによる地味な生涯教育は注目されないだろうという意見もあった。また大学は夏休み期間中であり、学生を「さくら」として動員することができないので、少し時期をずらしたらどうか、という親切な(?)アドバイスもあった。
 大学の授業を「ありのまま」に公開する今回の企画の場合、もし社会から否定的な評価、例えばほとんどアクセスがなかった場合、参加大学や教員に対して大変失礼なこととなり、NPO CCC-TIESの結果責任が強く問われることになるという厳しい指摘もあった。
 さらに、この企画のための準備期間は1ヶ月程度しかなく、そのような短期間に多くの大学から授業ビデオを100も集めることができるかどうかも疑問視された。TIESの場合は確かに2004年より一般公開用のシステム「Open TIES」で講義の一般公開を開始しており、累積で200以上の講義公開の実績がある。しかし多くの大学教員にとって、自分の授業を他人に見られるのは嫌なものであり、いわんや産経新聞社との公式な生涯教育の企画によってWeb上に公開されることに対するストレスは非常に大きいと推察されたからである。
 他にも多くの問題があったが、とにかく「やってみなければわからない」というチャレンジ精神で、産経新聞社とこの企画を実行に移した(後掲の謝辞参照)。
 結果は、表2にあるように、ユニークユーザ数が3万3千人、ページビューが20万以上となる好評なものであった(注)

表2 アクセス数等
  8/5〜9/15 説 明
セッション数 41,343 サイト内で取った一連の行動を一つの単位
産経サイトのユニークユーザ数 33,020 再度Webサイトを訪れた際には同じユーザとしてカウントした値
産経サイト平均ページビュー 222,861 ユーザがサイト内を何ページ閲覧したかの延べ数
平均ページビュー 5.39 一人のユーザが閲覧したページの平均
平均サイト滞在期間 0:02:07  
直帰率 33.44% サイトを訪れたユーザが、サイト内の他のページへ移動しないまま、閲覧を辞めてしまった割合
新規セッション率 79.92% 期間内にそのサイトに初めて訪問したユニークユーザの割合
ユーザ登録数 2,309 受講登録してID、PASSを取得したユーザ

 ユーザ登録を行った約2,300人に対してはアンケートを行って登録者の特性を調べた。その結果、登録者(47都道府県)の性別は男性が80%、職種別では大学関係者が12%、学生が9%、企業関係者が41%、その他が38%であった。年齢構成は、30歳代から50歳代が全体の73%を占め、学歴は短大以上が全体の74%と高学歴層が多い。しかしeラーニングの経験者は全体の26%と、eラーニング形式の学習は依然として普及していないことが判明した。ただし、残りの3万人近くのユーザの特性については不明である。
 今回の企画の特徴として挙げられるのは、ユーザアクセスの参照元として参加大学のホームページや関係者の個人的なブログ、および私立大学情報教育協会経由に張られたバナー(図6)経由のアクセスが多かったことである。

図6 バナーの掲載事例

 また、グーグルやヤフーなどの検索エンジンで「産経eカレッジみんなde大学」を検索すると、トップにはもちろんmsn.comやiza.ne.jpの本企画の紹介ニュースがくるが、参加大学のホームページがお互いに競争するかのように入れ替わりながら上位にランクインするのが面白い特徴として現れていた(図7)。これらは大学コミュニティが参加した企画ならではの特徴であろう。

図7 参加大学のホームページによる広報


4.おわりに

 今回の結果から判断して、大学教育に対する社会の関心は非常に高いことが理解された。また、参加大学の事務関係者からも好評であった。その理由は、今回の企画の時期が多くの大学のオープンキャンパスのイベントと重なり、受験生に自分の大学の先生の授業を見せてアピールすることができたからであった。そのため一部の関係者からは、授業ビデオをDVDにして受験生に配布できないかという問い合わせもあった。また、MSNやizaなどのWebにおける露出に加えて、授業ビデオには大学紹介のページもあり、本企画が大学の宣伝に貢献したと評価してくれたからである。
 最後に、今回ビデオの提供と公開を許可してくださった先生方がこの企画に対してどのような評価を下しているかアンケート調査を行ったところ、次のような回答を受け取った。

自分の授業を見直すきっかけになった。FD的にも、自分の授業を録画することは必須だと思う。学生にPRできる。つまり、この授業は全国に配信しているんだということで、高く評価してもらえたことは確かです。
企画があって録画するのではなく、いつもの授業をうまく活用して配信するというのがそれこそ“偽装”でない授業です。
とても良い企画だと思いました。オープンキャンパス、高校の先生を対象とした大学主催の勉強会、ご参加いただいた企業の方々への報告会など、いろいろなところで、活用させていただきました。ありがとうございました。
大学の広報関係の方々は喜んで、宣伝に使っていただいたようです。ただ、もっと良い授業ができるようになれば、という気持ちが強いです。見ていただくような内容ではない、という反省からです。
TIESを授業全般にわたって使わせていただいたのは今年が初めてでした。提供させていただいた講義では接写が必要でピンぼけしておりました。公開するからといって講義の仕方を変えるわけではないですが、あらかじめわかっていれば、ビデオの撮り方をもう少し工夫できたと思います。
私個人としては、自分がどのような講義をしているのかを他の大学の先生に簡単に伝えられること、自分のビデオを見て教材の作り方を反省することができたなどのメリットがありました。
アクセス数を拝見して驚いております。こちらのメリットというよりは、社会的なインパクトが期待される企画だと思います。
社会一般に対する大学教育内容の周知を図り、それによって、大学が特殊な世界ではなく、社会の進歩発展に貢献する社会システムの一つであるとの意識を醸成するのに役立つのではないかと思う。ただ、そうした認識を確保するためには、1回きりではなく、継続的発信と持続的な講義内容の改善・充実が不可欠と思われる。また、日本社会システム(大学を含む)のグローバル化が喫緊の課題となっている状況を考えると、日本語だけの配信ではなく、外国語での講義も配信メニューに加えることも重要であろうと思う。

 

謝辞

 お忙しい中、貴重な授業ビデオを提供して下さった先生方のお名前を記して、心から感謝する次第です。高田浩充・井垣伸子・石川千温・ジダーノフ・ウラジーミル・小山茂・大森義行・瀧元誠樹・浅野一志・神立孝一・中田友一・岸脇誠・高橋泰秀・高瀬宜士・今井孝司・山本国昭・秋山太郎・大西智之・日置慎治・飛世昭裕・北浦義朗・李賢進・藤猪正敏・大場和久・松島桂樹・岸田賢次・児島完二・木船久雄・菱沼滋・渡邉隆俊の諸先生。

 産経新聞社のメディア開発本部の松本肇・各務秀・浦井正浩の各氏、および産経デジタルの山口泰博・佐藤弘之・生須悠記也の各氏に心より感謝します。


 筆者の一人が参画した平成17年〜18年度の経済産業省主催の「草の根eラーニング」事業と比較すれば、今回の企画の数値の良さが理解される。
参照 http://www.g-learning.jp/



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