教育・学習支援への取り組み
組織的なFD活動とその効果検証
〜「学習者が中心となる教育」を推進するために〜
立命館大学
1.はじめに
立命館大学は、京都市および滋賀県草津市に3キャンパスを展開し、12学部、15研究科、学生数約35,000名の総合大学です。本学では、大学という「学びのコミュニティ」での主人公を「学習者」すなわち学生・院生であると明確に位置づけ、学習者が中心となる教育を確実に進めるために、組織的FD活動、初年時教育の充実、カリキュラムポリシーの明確化をはじめとした教育改革活動、学習支援活動に取り組んでいます。多様な学生に対して、教育の質の保証、そしていわゆる「学士力」の涵養に向けたさまざまな取り組みを行う中で、FDの組織的展開が不可欠となっていることは、昨年の大学院に続き、学士課程教育においても義務化がなされた今日、本学に限らず多くの大学が認識しているところであると思います。
2.FD活動のとらえ方
一言に「FD活動」といっても、その言葉のとらえ方は、現状、各大学、その構成員ごとに様々であると思います。FDについては「教員各自の授業内容・方法論の開発や向上」についての取り組みという狭義での使われ方と、他方で「大学そのものの教育力の開発や向上」という、より広義なとらえ方があります。もちろん、狭義の延長上に広義のFDがあるのですが、これまで多くの教員は、公開授業、講演会やセミナーあるいは学生アンケートの実施などの大学のFD企画に参画することを通して、狭義のFDの観点から大学におけるFD活動を見ていたことが多かったのではないでしょうか。しかし、大学は各教員による授業の単なる集合体ではないことは明らかです。大学の教学理念、あるいは学部の人材育成目標などに基づき、組織的、体系的に教育活動を展開する高等教育機関としての大学では、広義のFD、すなわち大学そのものの教育力を高めていく活動という視点を忘れることはできません。
この春、文部科学省の中央教育審議会より出された「学士過程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」(大学分科会、制度・教育部会)においても、FD推進の具体化の方策について多く言及されています。そこでは、大学全体、学部・学科等のそれぞれの段階において、FDに関する効果的な役割・機能分担を図りながら、教員各自の教育実践の在り方を主体的に見直す場としてFDを機能させ活性化を図ること、FDの実施にあたり新任教員をはじめとして多様な参加者へのきめ細かな配慮をするとともに職員の積極的な参画を促すこと、個々の教員の授業改善に向けた努力を支援するコンサルテーション体制の充実や援助体制を整えることなどをあげています。大学としての組織的な取り組み、体制の充実が求められていることからも、大学を挙げたFD推進の流れは今後一層加速していくものと思われます。
3. |
「FD」についての全学的認識の共有化 |
−FDの定義 |
立命館大学では2006年度に「授業改善の支援に向けた調査・検討ワーキング」を立ち上げ、各学部が自発的に取り組むFD活動の実態調査を行い、現状の把握・分析を行いました。本学では従来から、全学レベルのものも含め、学部・研究科、教員各自の様々な段階での教育改善に向けた活動が数多く進められてきましたが、学生の多様化やFDの義務化が進む中で、改めてFDについての意義や目的の全学的な共有化を図り、教育の質向上・保証に資するものとしてのFD推進に向けて、まず現状に即した形で本学のFD活動の定義を明確にすることに取り組みました[2]。全学的な議論を経て、FDについて次のように定義を行いました。
『建学の精神と教学理念を踏まえ、学部・研究科・他教学機関が掲げる理念と教育目標を実現するために、カリキュラムや個々の授業についての配置・内容・方法・教材・評価等の適切性に関して、教員が職員と協働し、学生の参画を得て、組織的な研究・研修を推進するとともに、それらの取組の妥当性、有効性について継続的に検証を行い、さらなる改善に活かしていく活動』 |
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この定義では、教育における理念や目標を実現することがFDの目的であり、そして各授業のみならず、カリキュラムを含んだものとして位置づけています。FDの主体は教員としながらも、職員との協働、学生の参画を重視することが明記されています。そして最後に「組織的」な取り組みが保証されるものであり、効果や成果の検証が継続して行われさらなる改善を図っていく活動としています。
4.組織的取り組みに向けた体制強化
1998年に大学教育開発・支援センターを設置し、FDに取り組んできた本学ですが、活動を全学的に進めるための組織強化のために、2008年4月、同センターを発展的に解消し教育開発推進機構を設置しました。そして各学部や教員など、現場でのこれまでの自主的なFD活動を尊重しつつ、これまでの大学教育開発・支援センターの活動を包括的に継承、発展させるため、機構のもとに1)教育開発・支援センター、2)教学・学生実態調査・分析センター、3)教育情報化開発・支援センター、4)接続教育支援センターの四つのセンターを設けました。ちなみに、本学における教育の情報化戦略、e-LearningなどのICT活用の方策の検討、研究開発、サポートについても同機構内のセンター(教育情報化開発・支援センター)が担っています。既に全教室に配備されているマルチメディア環境の一層の改善など、施設管理運用面を担当する部門と連携を図りながら大学の情報化推進に取り組んでいます。
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図1 立命館大学教育開発推進機構 組織図 |
機構には、高等教育学、教育工学、教育社会学、初等・中等教育学などを専門とする16名の機構専任教員が所属しており、大学や、学部・研究科、学内各教学機関が掲げた人材育成像、教育目標を実現するため、全学に関わる教育内容の改善に向けた提案、研究を行うことを目的とし、あわせて高校大学連携などの接続教育に関する諸課題も領域に含みます。
機構内の四つのセンターは相互連携のもと、現在八つの研究・開発・検証のプロジェクトを進めており、同時に学内の学部などの各教学機関との連携のもと、自発的なFD活動支援も含めて、学内の教育改革活動を支援しています。
八つのプロジェクトのうちの一つである「大学教員研修プログラム開発研究プロジェクト」は、新規採用者に必要とされる系統的な研修プログラム、実践的FDプログラムの開発と実施を担当し、本学および他の大学のパイロット的プログラムとするべく研修の開発を行っています。そしてこのプロジェクトでの具体的な取り組みは、本年度の文部科学省教育GPに「教育の質を保証する教員職能開発と大学連携」として採択され、本年発足した全国の中規模以上の私立総合大学による「全国私立大学FD連携フォーラム」を基盤に、「相互研修型」のFD活動プログラムを中心に展開していきます。
5. |
挙証可能な教育改革のために |
−恒常的な検証と改善の仕組み作り |
教育におけるその効果の測定、妥当性の検証作業は大変な困難を伴うものです。しかし「教育の質保証」をする上でそれらを避けて通ることはできません。立命館大学では効果の検証、測定に関してのいくつかの取り組みを行う中で、大学内におけるFD活動全体を包括的に評価することを目的とした独自の指標「教育改革総合指標(Total
Education Reform Indicator:TERI)」を開発し、大学における教育効果の測定、教育実践の妥当性について「挙証」していく取り組みを始めています。
表 教育改革総合指標に基づく諸項目の例(一覧表として単純化) |
Code |
130201 |
大項目(Process)
大学基準協会の認証評価項目より |
学士課程の教育課程と教育内容・方法等 |
中項目(Sub Process) |
カリキュラムにおける高校・大学の接続 |
評価項目(Key Process Area) |
学生が後期中等教育から高等教育へ円滑に移行するために必要な導入教育の実施状況 |
達成目標(Key Practices) |
リメディアル教育、入学前教育、導入期教育を充実する |
質的評価
(Maturity Level) |
1. |
入学前教育やリメディアル教育に関してほとんど検討がなされていないレベル |
2. |
診断的テストが導入・開発され一部に必要とされる授業が配置されているレベル |
3. |
診断的テストの結果に基づき、適切かつ十分な入学前教育やリメディアル教育、習熟度クラスが実施されているレベル |
4. |
さまざまなタイプの高校から入学する多様な学生に対し、円滑に大学生活や大学の授業への転換が図られているレベル |
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結果指標・基準
(定量的評価指標) |
・ |
プレースメントテスト実施率(受講者数、習熟度別クラス分け数等) |
・ |
リメディアル教育や入学前教育の実施率(受講者数等)【IRデータベースへ接続】 |
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大学基準協会への自己評価報告書提出の際に求められることが想定されるデータ |
・ |
必修・選択としている客観的理由を示すもの(カリキュラムツリーや科目概要など) |
・ |
必修科目の単位認定状況と再履修制度を説明するもの ・授業科目の開設状況(コース、教養・専門基礎・専門等の分類、年次配当、必修・選択等の別) |
・ |
授業時間割 ・履修モデル、コースツリー等 |
・ |
授業科目案内、履修要項、シラバス等、授業内容が把握できる資料等の該当箇所 |
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関連する大学基礎データ |
大学が保持する基礎情報【IRデータベースへ接続】 |
関連する指標 |
評価・検証のためのデータ,アンケート結果分析等【IRデータベースへ接続】 |
他大学等の参照データ |
他大学が公開している同種・類似データ【IRデータベースへ接続】 |
4年間の行動目標とその評価指標・評価基準の「例」
(目標設定における機構のコンサルテーション欄) |
・ |
入学前教育を企画実施する(具体的に記述、受講者数) |
・ |
リメディアル教育を効果的に実施するため、必要な科目についてプレースメントテストを開発・実施する(具体的に記述、受験率) |
・ |
プレースメントテストの結果に基づき、習熟度クラスの設置等によって円滑に専門教育への橋渡しを行う(習熟度クラスの開講状況等) |
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2007年度の到達点 |
各学部、教学機関による記入(質的評価・定量的評価を含む) |
2008年度行動計画 |
各学部、教学機関による記入(具体的な数値目標を含む) |
2008年度の到達点 |
各学部、教学機関による記入(質的評価・定量的評価を含む) |
2009年度行動計画 |
各学部、教学機関による記入(具体的な数値目標を含む) |
2009年度の到達点 |
各学部、教学機関による記入(質的評価・定量的評価を含む) |
・・・ 以降2011年度まで記入 |
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この指標(TERI)は教育改革活動を計画策定、進捗管理、評価、改善の循環、いわゆるPDCAサイクルの中に位置づけ、適切に実行していくことを目的に開発された指標です。TERIでは、むこう4年間の行動計画を各学部、教学機関などの教育活動実践主体が記していきます。その中で、すべての教育改革活動について、「成熟度(maturity)」として包括的に定性的評価を行うと同時に、IR(Institutional
Research:大学内の教育研究活動や財政・経営等に関する情報を効果的に収集・管理・分析することで意思決定や戦略策定に活用していく機能あるいは部門)として実装しそれらを利用することで、定量的評価に関しても達成しようとする試みです。その評価・検証のサイクルの中で成熟度レベルを高めていくことによって活動の改善を図っていく取り組みであり、またすべての教学活動の自己点検(計画的実施・企画)と、行動目標・計画、達成状況の全学横断的な可視化がなされるという点でも大きな役割を担います。このTERIに基づくシステムは、2007年度からのパイロット運用を経て、2008年9月からはオンラインシステムとして全学規模の運用を開始するに至りました。
IR機能、すなわちオンラインシステム内のデータベースに実装を想定している定量的データとしては、従来の学務関連業務の中で蓄積されている既存の膨大な大学基礎情報に加えて、個々の教育改革活動の状況を示すもの、実施効果を測定するために必要となる卒業生調査や授業アンケート、CSS(College
Student Survey)などをあげることができます。
この取り組みでは、目的・目標・評価基準を明確に設定し、個々の活動の成果を客観的かつ厳格に測定することが求められます。昨今の大学設置基準の改訂と大学認証評価への対応を強く意識した結果でもあります。各学部、学内教学機関のすべての教育活動について「体系性・整合性・適切性、妥当性・有効性」を挙証していく作業が、この指標に基づくシステムを活用しながら行っていく中で、結果的に大学認証評価受審時の作業軽減につながるといった効果も期待されています。自己点検評価を含めた大学の評価・検証を行うにあたっては、「教育活動」「研究活動」「大学運営(経営)」といった大きな視点から見るとするならば、この教育改革総合指標に基づくシステムは教育活動に関する評価・検証のためのツールと位置づけられます。一方、大学の教育活動以外の部分においても、大学認証評価への対応を一つの軸としたIRに関連したデータ収集、さらには今後の戦略策定に向けた評価・分析が不可欠ということもあり、将来的には大学評価全般に関係する統一プラットフォーム構築への発展も視野に入れ、この取り組みは行われています。
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図2 教育改革総合指標に基づくシステム画面の例
(入力状況一覧画面) |
今回、定性的評価に加え、定量的評価を合わせて行うPDCA検証型の本システムは、用いられるデータの収集・精選とその管理がシステムを有効に機能させる上での一番の鍵となります。この点については、大規模大学である本学のIRの体制整備も含めて、まだ課題として多くが残されていますが、教育改革活動を挙証するために、大学内の既存の学務情報システム上のデータの洗い出し、加えて各学部、担当部門が独自に収集、保持しているデータで学務情報システムに登録されないものなどについても、順次IRの一環としてシステムに取り入れていく方策を検討しています。
6.おわりに
最後に、今回は取り上げることができませんでしたが、「学習者が中心となる教育」という視点に立って、FD活動推進に向けた様々な取り組みを行う中で、立命館大学では、教職協働と併せて、学生の参画を得る形で行われている教育改革活動(学生FDスタッフの活躍や学部学生による教育サポーター[ES]制度など)が多く存在します。現在も「主人公」である学生の積極的なFDへの参画によって教育改革活動が進展しています。教職員、学生をも含めた大学の全構成員が、日常的に行われている教育改革活動をFDであると認識し、各々のFD活動が結果として「主人公」である学習者にとって最善の教育が提供される大学づくりに結びつく、組織的な取り組みを今後も推進していきます。また、こういった教育改革活動は本学内だけで完結するものではなく、今後、FDを推進する大学間連携は大変重要なものになってくると考えられます。大学におけるFDの輪、ネットワークが今後大きく広がっていくことを希望しています。
参考文献および関連URL |
[1] |
沖裕貴・井口不二男・新野豊・淺野昭人・南浦秀史・陰山賢博:教育改革総合指標(TERI)の開発−FDの包括的評価を目指して−.
立命館高等教育研究第8号, 2008. |
[2] |
沖裕貴:立命館大学におけるFDの再定義の課題. 大学教育と情報 Vol.15 No.4 |
[3] |
立命館大学 教育開発推進機構: Newsletter No.1〜No.11.機構Webサイト
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/ac/itl |
[4] |
立命館大学学園通信 特別号, 学習者が中心となる教育を進める立命館へ. 2007. |
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文責:立命館大学
教育開発推進機構講師 宮浦 崇 |
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