特集 連携で学生を創る

地域連携・産学連携と大学の発展
〜静岡産業大学の実践〜

大坪 檀(静岡産業大学学長)


1.はじめに

 静岡産業大学は、静岡県の磐田市に経営学部、藤枝市に情報学部を置く、開学20年に満たない中小規模大学の一つです。学生数は2,200名で、現在までのところ少子化や人口減少の波を何とか乗り切っており、昨今東京圏、関西圏、名古屋圏などの大学から、なぜそうなのかと来訪される方が増えています。本稿のテーマに端的に表明されているように、本学は地域連携・産学連携を日々、様々な形で実践する“人材と知識・情報の地産地消”の大学ということになります。


2.地域連携・産学連携の背景

 本学は地域社会の要請により、藤枝キャンパスの情報学部は藤枝市の支援で、磐田キャンパスの経営学部は磐田市の支援で誕生したもので、私学ではあるものの、実態は公設民営の性格が強くなります。よって、大学を必要とした地域のためにあると考えるのが当然で、本学は地域社会のために人材を育成する、人材や知識、アイデア、情報、研究内容や研究活動を地域社会のために提供する、施設を開放し利用してもらうことに存在すると考えられます。本学では具体的に大学の理念とミッションを項目を挙げて掲げていますが、地域社会との連携については第6項で明確に謳っています(後掲の「ミッション」を参照)。地域連携・産学連携は大学運営の基本理念なのです。

静岡産業大学の「理念」と「ミッション」
I. 理 念
「東海に静岡産業大学あり」といわれる、小粒だがキラリと光る個性ある存在になる。新しい大学を創造し、大学の新しいモデルとなる。
豊かな教養と、高潔な倫理観、人間愛、社会に対する広い貢献意識を備えた職業人、社会のリーダーの育成に努める。21世紀の産業社会と国際社会の求める専門的職業教育を推進することに徹する。
 
II. ミッション
時代の先端的な教育を行うことを第一義的な使命とする。そのために先端的な水準の研究を行う。教育の品質と生産性を重視し、教育の質を保証する場とする。入学するには易しいが卒業するには難しいとされる大学を目指す。
自由、自主自立、自己責任、自己管理を尊重するとともに、積極性、チャレンジ精神を重視し、行動とボランティア精神を求める。公平さ、フェアネス、合理、人間愛を常に判断の基準とする。
学ぶ学生の能力を偏差値に求めず、偏差値では測定できない個々の学生の潜在能力を引き出し、開発することを重視する。個々の学生の夢、志が達成、成就できるよう支援、サポートする。
教員には教育のプロに徹することが求められる。少人数教育、個別指導をモットーとする。
新しい教育法、教育内容、教育水準により本大学の社会的地位を確立する。
地域社会の発展に寄与する教育、研究、情報、アイディア、サービス等の提供を通じて広く社会貢献を行う。社会一般と積極的にかかわり地域と住民、産業とともに発展、成長することを目指す。
人種、国籍、性、宗教、年齢等をベースにした制度、支援策、教育、評価などを導入しない。
教職員、学生全員が本学に属することに誇りを抱き、各自が高い質の生活と人生を享受できるよう互いに努力する。

 数年前から大学のガバナンスは完全にオープン化され、公益性が前面に打ち出されたのに伴い、本学は第2次創業期に入り、後掲のような「静岡県民大学宣言」を行いました。本学は静岡県民のための、県民による大学であること、そのために何をするのかより具体的に明示し、また「県民や地域社会の住民が誇れる大学、東海で小粒だがきらりと光るユニークな存在になるように常に進化、発展に努力する」と決意を表明しました。

県民大学宣言
静岡産業大学は、静岡県、磐田市、藤枝市、県内有力企業と多くの市民の支援の下に誕生し、静岡県、地域社会の為に貢献し得る有為な人材を育成、輩出することを付託された公器であることを常に念頭に置き、高水準の先端的な教育研究活動を展開します。
静岡産業大学は、大学の有する人材、教育力、研究力、知識、情報、アイデア、施設を広く提供し、静岡県、地域社会の発展に積極的に貢献します。
静岡産業大学は、静岡県、地域社会の発展に必要な知識、情報、アイデア、新産業の創造に積極的に取り組みます。
静岡産業大学は、産官学民各層の連携のもとに協力し合いつつ行動します。
静岡産業大学は、県民や、地域社会の住民が誇れる大学、“東海で小粒だがきらりと光るユニークな存在“になるよう常に進化、発展に努力します。

 本学は国家のためにあるわけではなく、地域社会のためにある→静岡県の産業社会のためにあると考えており、本学の教育研究や大学活動の原点はここから発しています。地域社会の求める人材を育成するにはどのような教育をすればよいのか、地域社会が困っている問題の解決を大学の使命とするならば、大学は何をすればよいのか、容易かつ自ずから分かります。


3.冠講座(寄付講座)

 上記を端的に物語っているのが冠講座と呼ばれる寄付講座で、その数は20に及び、質、量で見れば世界一ではないかと自負しています。講座は静岡県内に事業所や活動拠点を持つ産業界、行政組織、団体が本学に寄付し運営されているもので、基本精神は、静岡県の必要とする人材は大学だけでなく地域社会もいっしょになって育てようというものです。
 講座は寄付講座ですが、提供者から金銭は一切もらいません。寄付してもらうものは、その会社の地域愛と社会貢献意識、教育にかける情熱で、筆者はこれを経営者のパッションと呼んでいます。具体的には、講座の提供者は、組織の持つ先端的、実践的なビジネス情報と講師を務める人材を提供します。大学は一切金銭的な負担を負わず、講座の提供側で講師の交通費や日当などを負担いただきます。
 授業はシラバスに従って15回実施される正規の講座で、学生は単位を取得できます。この講座の一つの特色は、地域社会の人々には無料で公開されていることです。講座の提供企業にはスズキ、ヤマハ、ヤマハ発動機、浜松ホトニクス、ブリヂストン、中外製薬、電通、静岡銀行、磐田信用金庫、タミヤ、ジュビロ磐田、静岡第一テレビ、SBS情報システム、中部電力などの県内に事業所を置く日本の代表的企業が含まれているだけでなく、静岡県、藤枝市、磐田市、静岡県日中友好協議会、世界緑茶協会や藤枝ロータリークラブも名前を連ねています。講座を始めてから既に8年になり、10周年記念行事も計画しており、本学の地域連携活動が着実に進行している代表的な例と考えています。


4.地域のニーズに対応した人材育成

 地域連携の基本の一つは地域社会の求める人材の提供で、磐田キャンパスでは、磐田市のスポーツ産業のメッカにしようという構想に呼応して経営学部の中にスポーツ経営学科を創設しました。ジュビロ磐田の幹部の「スポーツ選手の寿命は短く再就職先探しに苦労する」という言葉に触発されて、スポーツマンに経営学を教える→スポーツマンをビジネスマンにするという構想が誕生しました。また、同キャンパスでは、スポーツ産業の育成、経営法の研究や健康増進スポーツの開発も進めており、スポーツ教育センターも増設しました。市民にも開放し、緊急時には避難施設としても利用できるようにしたこともあり、磐田市は建設費の一部として2,000万円寄付してくれました。この中にはスポーツ教育研究所も設置し、地域社会と共同してスポーツ教育の研究も推進しています。
 地域にスポーツ施設を開放したところ、子供たちのサッカーが盛んであることが分かり、週末には学生が指導するキッズスクールを開設することとなりました。150人もの子供達といっしょに親も集まり、週末の大学キャンパスは地域社会の人で賑わう場ともなりました。これに着目して、子供たちにサッカー以外のスポーツも教える構想が持ち上がり、これからスポーツ保育という新しい教育概念が誕生しました。この概念をベースにスポーツ保育コースを経営学部の中に新設しました。このコースは受験生の間でも注目され、女子学生の入学者を増加させることになりました。磐田発の公的資格を誕生させようと、磐田市、磐田の保育園、幼稚園、スポーツ関係者といっしょになり、現在このスポーツ保育教育の内容固めを行っています。手始めに上述のキッズスクールなどのプログラムを別組織で行おうと考え、昨年NPO法人を設立しました。このNPO法人は将来、スポーツ保育教育士(仮称)の資格を認定する活動も行う予定です。“スポーツ保育”は大げさに言えば地域社会のニーズに応えて誕生した新学問領域ということになります。


5.市と連携した街づくり

 磐田キャンパスには駅前学舎と称する別キャンパスがJR磐田駅前のビルの一角に附置されています。このキャンパスは磐田市の都市開発計画に協力して設置し、市民講座、公開講座以外に、磐田市の支援で放送大学が開設され、磐田市近辺の市民が利用するようになっています。
 磐田市との間には参与会と呼ぶ情報交換の場が設けられており、年2回意見交換を行っています。磐田市は本学の留学生に対し毎年1,000万円近い奨学金を提供してくれていますし、磐田商工会議所の会員や磐田信用金庫が中心となって、本学のサッカー部の応援にも力を入れてもらっています。磐田市のまちづくり運動には経営学部の学生が参加、協力したり、留学生が街の文化活動に参加したり、ジュビロ磐田の練習試合の相手に本学のサッカー部がなるなど、地域社会との交流は近年ますます盛んになっています。


6.産官学連携による産業づくり

 藤枝キャンパスの情報デザイン学科は、静岡県、静岡市に静岡市周辺にコンテンツ産業を作ろうという構想から誕生しました。コンテンツ産業に従事する人材の育成を本学が担当しよう、いっしょになってコンテンツ産業を育成しようという考え方が背景に強く働いています。静岡市内の関連企業、行政組織、教育機関で構成する静岡コンテンツバレー推進コンソーシアムが設立され、筆者が会長に就任、産官学の連携で新産業・新企業の創出を推進することになりました。
 藤枝キャンパスに近い富士山静岡空港が6月4日に開港することにより、静岡県の国際化、とりわけアジア地域との連携が深まることを考え、藤枝キャンパスでは地域社会がこのために必要とする、人材の育成、情報を提供するアジアビジネスコースや観光ビジネスコースも開設しました。静岡県日中友好協議会は本学のこの構想に呼応し、冠講座を開設して下さいました。


7.地域文化と教育研究

 藤枝市の周辺地区ではお茶農家、お茶業者が多数活躍し、静岡県のお茶産業の中心的存在ともなっています。地元の古いお茶業者の方がお茶の古文書を大量に所有しており、その散逸を懸念し、取り扱いについて大学が相談を受けたことが一つのきっかけとなり、藤枝キャンパスでは、地域社会とお茶に関する文化、産業面での教育研究を推進するため、地域社会のお茶に関する有識者、研究者、お茶業者などによるネットワーク型のO−CHA学研究センターを開設しました。毎年何回もシンポジウムを開催し、全国から多くの参加者があるほど成長しています。教養教育の一環として、お茶に関する文化を本学の学生が学ぶ方策の検討も始めています。


8.産業界との交流によるインターンシップと就職支援

 地域の産業界とは積極的な連携を常時行っており、各学部には就職支援センターを設け、職員は“1,000社運動”すなわち年間に県内企業を1,000社訪問し、就職先の開拓、学生の紹介、インターンシップの依頼を行うとともに、求められる人材の条件、必要な教育内容、大学に対する要望など様々な情報を入手するようにしています。大学は県内企業を招いて独自に企業ガイダンスも主催し、その反応はよいようです。就職率95%を目標に掲げ、昨年は目標をクリアできました。本年度の就職環境は極めて厳しく、先行きが懸念されますが、2月初旬に行った本学独自の企業ガイダンスには、地元企業80社がブースを開設し、学生と熱心に面談してくれています。インターンシップの受け入れ先は毎年増加し、インターンシップの報告会を学生が毎年行っていますが、受け入れ先の評判は高くなっています。
 前述の通り、静岡県の産業社会は富士山静岡空港の開港とともにアジアとの結びつきを一層強める傾向があり、静岡の産業界の中には、アジアからの留学生を求めるものが出現しているので、留学生を静岡県の産業界に提供するプロジェクトも始めています。昨年は就職希望の留学生の約65%が就職できるようになりました。


9.おわりに

 冒頭で述べたとおり、静岡産業大学は地域社会のために存在し、地域とともに活動し、“人材と知識・情報の地産地消”をモットーにいろいろな施策を展開しています。人材を地域社会の手で育てるという趣旨では、非常勤講師は地元の人にすべてお願いすることにしたいとも考えています。教員には地元の街づくり運動などの地域活動、勉強会、行政機関の委員会に参加するよう勧めています。また、地域のメディアには大学の活動が取り上げられるよう広報活動にも積極的に取り組んでいます。静岡産業大学は静岡の産業社会のために存在する大学と考え、大学が地域に愛され、誇りにされ、地域とともに発展することをいつも願っています。



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