特集 連携で学生を創る
高野 敏樹(上智短期大学英語科長)
この取り組みは「サービスラーニング」活動を通して「学内の学び」と「学外の学び」を有機的に統合し、異文化間・異世代間のコミュニケーションを促進することで社会人基礎力の涵養を目指した総合的な学生支援プログラムを展開することをねらいとするものです。
上智短期大学は教育理念である「キリスト教ヒューマニズム」「国際性」「言語教育」の深化の理念に基づいて、これまで、1)地域在住の外国籍児童やその家族に日本語指導と学習指導を行う「家庭教師ボランティア」活動、2)地域の幼稚園・小学校での「英語教育ボランティア」や、3)小学校の学級内での学習・生活支援としての「メンタルフレンド」等の社会奉仕活動に積極的に取り組んできました。学生はこれらの社会奉仕活動を通して他者に奉仕することへの喜びを体感する貴重な機会を得ると同時に、正課の授業だけでは得られない豊富な学習体験を得ることができました。このような体験が、卒業後の進路選択においても、本学の主専攻である言語の分野だけでなく、教育分野や福祉分野を含む広く社会的な分野への進学や就職の動機づけとなっています。この取り組みは2004年度の文部科学省「特色ある大学教育プログラム」(GP)事業に採択されました。また、これらの活動は地域社会からも高い評価と信頼を得ており、その成果が「上智短期大学と秦野市との連携協定」(2007年10月締結)として結実しました。
しかし、現状の本学の社会活動には早急に対処すべき課題がありました。その第一は、従来の活動が「社会奉仕活動(サービス)」に力点を置く傾向にあったため、そこでの学生の広い意味での「学習(ラーニング)」をどのように効果的に達成するかという実質的な課題であり、第二は、活動推進のための学内体制をどのように構成するかという組織上・実施体制上の課題の解決でした。
図1 サービスラーニングの概念
今回の新たな取り組みは、これらの課題を解決するために、学生の「社会奉仕活動(サービス)」と「学び(ラーニング)」を統合する中心的組織として「サービスラーニングセンター」を新設し、1)このような統合された社会活動・地域活動に必要な多様な学習・研究講座の実施、事前・事中・事後の教育支援の実施等によって「学内の学び」と「学外の学び」を一体化するとともに、2)そこから得られた学びの成果を「学生カルテ」の活用を通したキャリア支援を行うことで社会人基礎力を育成し、3) 確かな「ライフデザイン」を構築できる、豊かで柔軟な総合的人間力にあふれる人材の育成を目指したものです。そして、この新しい取り組みも、2008年度の文部科学省「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム」(GP)事業に採択されました。
SLセンターは、教学組織と連携した活動を行うために、学科機関である「地域連携活動委員会」の下に設置され、「地域との連携(サービス)」、「教育的な学生支援(ラーニング)」および「ライフデザイン支援」の視点に立って事業を推進しています。
図2 サービスラーニングの事前講座
図3 小学校での英語教育ボランティア
SLセンターの関係業務を効果的に遂行するために、センターには「SLコーディネーター」と「SLチューター」を置きました。SLコーディネーターには教職員をあてることによって「地域との連携(サービス)」と「教育的な学生支援(ラーニング)」の効果的な連結を図っています。チューターには本学卒業生や学生の父母、NPO関係者を含む社会活動の経験者等を招くことにより、学生支援に地域連携、父母を含む学内協同、異世代間の交流といった多層・多様な視点を導入し、「教室の知識」と「社会の知恵」の融合に努めています。
また、SLセンターでは、学生に対する教育上の支援の大きな柱として、1)「事前教育講座」を開講し、サービスラーニングプログラムに参加する学生に対して活動に必要な知識を習得する機会を提供しています。この講座には、「ボランティア論」、各プログラムの「意義と歴史」等の社会活動のための総論と、各種のプログラムの特性に応じて活動に必要となる具体的知識や実践力を養成するための「日本語教授法」、「英語教授法」、「教材作成法」等の実践的な講座が含まれています。また、2)SLコーディネーターやSLチューターが教材作成や教授法等の支援を含めて、個々の学生に対してきめ細かな教育的、技術的、精神的な支援にあたっています。さらに、3)事後教育プログラムとして、SLコーディネーターとSLチューターは学生が各種の社会活動から得た体験や成果をレポートにまとめ、発表するよう支援しており、これらの支援活動を通して、社会活動に必要な「サービス」と「ラーニング」の二要素の適切な統合を図るとともに、長期にわたる社会活動に参加する基礎力を養成することに努めています。学生はこれらの支援のプロセスを通して、プログラム体験の意義や成果、今後の課題について話し合い、そこから得られた「気づき」や「自己確認」が事後の学習計画と将来設計の重要な基盤となっています。
(1)「学生カルテ」の作成と活用
サービスラーニングを円滑、効果的に実施するためには、関係情報・資料の管理、整備が必須です。この業務実施のために、電子情報管理システムとしての「学生カルテ」を導入しました。この学生カルテには、1)学生の参加登録、2)学生の活動記録、3)相談支援の内容、4)活動地域に関する諸情報、5)学生による活動報告等を記載し、必要な情報統合とその効果的な活用を目指しています。また、6)正課カリキュラムの「履修状況」や「語学運用力」の記録等も記載することで、学生の学業習得段階に相応したプログラムへの参加を奨励すると同時に、日常的な学生支援にも活用しています。
(2)「Web支援システム」による多方向の活動支援
2009年度からは、活動参加学生とSLセンターの間(学生相互間を含む)を結ぶ多方向の相談・支援の場(電子支援ツール)としてのソーシャルネットワークシステムが稼働します。学生が活動から生じたとまどいや疑問、問題、解決案をWeb上に提示し合い、SLセンターは状況に応じて適切な助言・支援を行います。全学の教員も各自の専門分野の視点から、あるいはゼミナール指導教員という立場から助言を行う予定です。学生もまたこのシステムを通して、互いに共感し励ましあい、自ら問題解決の方策を考えることを通して、サービスラーニングの学びの意味を深めることができます。対面指導に加えて、このような多方向・常時稼働型の全学的支援システムを整備することで、「Web支援システム」が学生支援の新たな体制づくりの役割を果たすことを期待しています。
このサービスラーニングに基づく地域連携活動に参加することを通して、学生は外国籍の住民や園児・児童・生徒等、異なる文化背景を持つ人々や異なる世代の人々と出会い、交流する貴重な機会を得ることができました。秦野市との連携を通して、プログラムも増加してきました。このことは学生にとって、自らが帰属する社会とそこに生きる人々の多様性を具体的なものとして実感し体感することのできる絶好の機会です。学生はこの体験を通して他者の考えや行動、その置かれた固有の立場や社会背景を理解し、他者とのより良い関係のあり方を学ぶことができます。参加学生はまさしくこのように他者を理解し、他者との適切な人間関係を構築するプロセスを通して良き社会人として求められる豊かなコミュニケーション能力を向上させ、ひいてはこのような「学内」と「学外」の学びの有機的な結合と融合、その継続的な実践の総合化の努力のなかから社会の一員としての総合的な「社会的基礎力」と「人間力」を成長させていくことが期待できると言えます。
そして、このサービスラーニング活動は、「教室内の学び」と「教室外の学び」の融合という視点から、正課の授業のあり方にも新しい工夫や改善を導く大きな契機となりました。学生が英語教育や日本語教育にかかわるプログラムで経験した事例は本学の本科である言語の習得、運用、教育に関する諸科目において得難い教材となりましたし、またそれぞれの学生が所属するゼミナールにおいて自己の研究テーマとして学びを継続することによってその体験の学問的意義を深めることができました。同様に、教養科目においても、このような「教室内の学び」と「教室外の学び」の双方向のフィードバックを取り入れることが、学びの質的転換を促す契機となりました。サービスラーニング活動は教員に対して、社会との関係において自己の専門研究領域の意義を再考察し、そこから教育研究のあり方を日々再検討するFD効果をもたらしたと言ってよいでしょう。
将来的な視点として、現行のSLセンターの機能整備を基盤・中核として、SLセンターの一層の機能拡大を構想しています。「サービスラーニングの支援」とともに更なる「知的成長・人間成長支援の場」として、1)ノート作成、論文作成、文献・資料収集、学術的討議の方法等の学術的・教育的支援、2)サークル活動支援や生活支援等の学生生活支援、そして3)そこから導かれる進路支援やさらにはライフデザイン支援等の総合的な学生支援にあたる「総合学習支援センター」へと発展させることを目指したいと考えています。