人材育成のための授業紹介・スポーツ科学
久保田 秀明 (創価大学教育学部教授)
本学は1971年に東京都八王子市に開学し、創立38周年を迎えました。1987年にカリフォルニア州にロサンゼルス分校(現 アメリカ創価大学)が開学、2004年に法科大学院、2008年に教職大学院が開設され、発展を続けています。創立者の示した「人間教育の最高学府たれ」「新しき大文化建設の揺籃たれ」「人類の平和を守るフォートレス(要塞)たれ」との建学の精神のもとに、学生一人ひとりを大切にする教育を行っています。体育系科目は、教職のための専門科目と、全学の共通科目として体育実技と体育講義を提供しています。
本学のFD委員会は、副学長、各学部長、教育・学習活動支援センター長、ワールドランゲージセンター長、教務部長等で構成され、定期的に講演会や研修会を行い、全学に情報を発信しています。「教育・学習活動支援センター(C.E.T.L)」の取り組みは、2003年度特色GPとして文部科学省に採択され、また「協同教育の国際的ネットワークづくり」の取り組みが、2006年度国際化推進GPに採用されました。続いて「学生が協調的に作問可能なWBT(Web Based Training)システム」の取り組みが、2007年度現代GPに採択され、C.E.T.L 内にICT活用教育推進部事務局を設置して自律的学習を推進しています。これらを含めて、本学はこれまでに9件のGPが採択され、文部科学省の支援を受けてFD活動を充実させてきました。
私は、全学に提供する講義科目(選択科目)として「スポーツ心理学」を担当しています。この科目を、本学が開発したWBT(Web Based Training)システムの「CollabTest」を利用して行うことにしました。
CollabTest は、講義の受講学生が問題を作成し、学生が作成した問題を利用してオンラインテストを実施できるシステムです。このシステムは、特別なICT技能を持っていない私でも扱えます。この点は、授業を進める上で大変に助かりました。しかし、スポーツ科学の授業とICT活用の関係を考えるとき、私は、動作分析や測定評価、あるいは運動生理など、画像や数値で捉えるデータをより多く扱う分野のほうが、心理的分野よりも相性が良いように感じていました。目標設定やメンタルトレーニングなどの内省過程を含むスポーツ心理学の授業では、個人の夢や目標、あるいは不安や自信といった心の中の情報を、キーボードを通して打ち込む前に、誰にでも理解できる共通の「言葉」に翻訳する必要があります。私の授業では、この作業を進めるために「協同学習」を行っています。協同学習では、参加者の個性を尊重する協同的な関係性が築かれ、会話によってお互いの学びを深め合う技法が確立されています。人と人が顔を会わせて行う会話は、近代化が進んだ人類社会に生き残っている貴重な“自然”であり、“身体を使って心を表現する作業”であると思います。そのアナログなコミュニケーションは、心の中の情報を言葉に翻訳する有効なツールと言えましょう。個人の内省をすべて言葉で表すことはできませんが、心の中からできるだけ多くの言葉を出すために「会話」の働きに期待しています。話し合うことで学習内容の理解を深め、CollabTest
に進みます。
CollabTest では、学生がグループで協調的に問題を作成します。授業に協同学習を多く取り入れることにより、PCに向かう個別学習においてもその先に協同的な関係性が存在し、孤立や競争の要素を少なくすることができます。CollabTest
の主な作業は以下の通りです。
<ステップ1>
学生は、資料を手がかりに調べ学習をして問題を作り、4択の選択肢と解答、正解に導くための解説を用意します。
<ステップ2>
作成した問題を投稿すると、はじめにグループのメンバーだけが閲覧できるサイトで公開され、そこでグループのメンバーから、問題にコメントをもらいます(グループレビュー)。ここで問題を修正することができます。
<ステップ3>
グループレビューの後、その問題を教員に提出します。教員は、問題に対するコメントを返信することができます。
<ステップ4>
教員は、提出された問題をクラスに公開したり、問題のいくつかを利用してオンラインテストを作成し、学生に提供することができます。教員は、すべての段階を閲覧可能です。また、問題やコメントを投稿した場合、学生に自動的にポイントが加算されます。そのポイントは一律に付与することもできますし、作業の出来栄えによって教員の側で増減することもできます。学生はCollabTest
の作業を、授業外の時間を使って自律的に行います。
図 CollabTest の流れ
教員は、学期の初めに、学科、学年、クラスなどが異なる、多様なメンバーによる6人程度のグループを作ります。そして、スポーツ、運動、心理、神経生理の分野の基礎的な用語とその働きを押さえ、人間の心理がスポーツのパフォーマンスにどのように影響するかというテーマで授業を進めます。そして、メンタルマネージメントや運動学習の理論を学んだ学生が、それらの知識を自分の心身に置き換えて考えることを重視します。この学習段階では、教員は短い時間で説明を完了するように努めます。一つのトピックの説明を15分以内に収め、トピック毎に学生が個人思考をした上で、グループでディスカッションする時間を設けます。スポーツ心理学の理論が、学生自身の目標達成のためにどう役立つのか?どうしたら可能性を開花させることができるのか?というような、知識の内面化と応用を求めます。学生は、協同学習によって学んだことを、CollabTest の問題作成に反映します。提出された問題の例を、以下に紹介します。
問題1. 座標変換では、何が何に変換されるのか? 次の選択肢のうち正しいものを選べ。 正解はB
(選択肢) 蓄積されたデータが、一瞬にして多次元のデータに変換される。 蓄積されたデータが、生活習慣というかたちに変換される。 蓄積されたデータが、一つ一つの動作というかたちに変換される。 対象物の厚さや大きさ・質感等の情報が、動作の論理的な予測を経て、その映像に変換される。
(解説)人間はスポーツや日常生活で、客観的には困難と思われる動作でも、記憶をもとに簡単に成功させてしまうことがある。これは脳が、五感によって得た様々な角度からの情報(仮想的座標データ)をもとに、最小限の運動量で最も効率よく動作が行われるよう、運動をプログラミングするためである。このように、位置の記憶や予測から、必要な運動プログラムを生み出す働きを座標変換という。
問題2. 「確定志向性の強い人(CO)」と「不確定志向性の強い人(UO)」が、冒険的な野外活動に取り組む際に考えられる心理状態を以下にあげた。それぞれの特徴から考えて、正しくないものを選べ。 正解はA
(選択肢) 「UO」は、成功すると保証されていないことへの取り組みを恐れないので、天候や地形を調べた上で、データでは予測不可能な困難に向かって挑戦することに積極的である。 「CO」は、前例やマニュアルのない活動や、自分の判断を重視して行動することを避ける傾向があるので、冒険的な野外活動に対して積極的であることが多い。 「UO」は、自己の判断を求められることを好むので、未知のフィールドで行動しながら、自分の可能性を発見したり、新しい技能を修得することにあまり抵抗を感じない。 「CO」は、社会的に認められた制度の中で仕事をし、他者から安定した評価を得ることを好むので、誰からも賞賛されない冒険に挑戦する意味を見つけることは苦手である。
(解説)「確定志向性」:固定化されたセオリーの範囲に従うことを好み、予測可能な未来に向かって仕事をすることに、生きがいを感じる傾向にある。集団や多数派の意見を尊重する。
「不確定志向性」:前例やセオリーがない状況下で未知の課題に取り組むことを好み、予測不可能な未来に向かって仕事をすることに、生きがいを感じる傾向にある。自らの判断と合理性を尊重する。
「冒険的活動」:成功することが保証されていない課題や、成功の方法が確立されていない課題、また、しばしば、活動することに対する評価が確立していない課題に取り組むこと。当事者は独自の情報収集と自分の判断により、成功を確信している。強い内発性を必要とする。
提出された問題の中には、ここにあるようにいくつかのトピックを関連づけたり、各自のアイデアを盛り込んで作られたものが多く見られました。
CollabTest を取り入れたスポーツ心理学の履修者は、前後期合わせて148名でした。作成された問題は885問、問題に対する学生コメントは3,686通でした。平均すると一人の学生が半期で6問作り、25通コメントしたことになります。問題の中には、安易なものや根拠が明確でないものもありましたが、学生が学びの成果を確認する立場に立ってこれほど多くの経験をしたことは、ICTを活用した成果と言えると思います。最終週に行った授業アンケートでは、毎週の授業外学習時間は、大学の全科目の平均を69%上回る結果でした。学生の自律的な学習を推進するというねらいについては、一定の成果があったと思います。授業への満足度は、5段階評価で、全科目の平均3.94に対し4.64と、概ね良い評価を得ました。
課題としては、学生が努力に応じたフィードバックを得られるように、CollabTest の使い方を工夫する必要があります。ICTによって情報の伝達が速くなると、教員の側にもスピード感のあるレスポンスが望まれるでしょう。しかし私の場合、これだけ多くの問題に、タイムリーにコメントを返すことは不可能でした。「グループで協調的に問題を作成する」という
CollabTest 本来の手順を、十分に踏まなかったからだと思います。この点を改善するために、グループレビューの段階でお互いの問題を検討し修正するプロセスを、丁寧に指示しようと考えています。グループを代表する優秀な問題を提出させれば、教員が提出されたすべての問題に反応することもできるでしょう。協同学習の特性を活かすことで、ICT活用授業における教員から学生へのフィードバックが、効率よくできるのではないかと思っています。