教育・学習支援への取り組み

全学的一斉授業公開授業を軸とするFD活動
〜流通科学大学〜


1.はじめに

 流通科学大学は創設者中内功の信念「流通を盛んにすることが世界平和につながる」に基づき、「流通を科学する」という建学の理念を掲げて1988年に開学されました。開学当初の1学部2学科体制から、「流通を総合的に科学する大学」を目指して学部学科を開設し、現在は、商学部、情報学部、サービス産業学部の3学部(7学科)、大学院(1研究科)を設置し、収容定員3,600人、在籍学生数4,085人、専任教員数120人(2008年5月1日現在 )となっています。
 教育・研究の基本姿勢として「実学的アプローチ」を一貫して重視してきました。インターンシップ授業は1990年より実施しており、2008年度は133の企業・団体の協力を得ています。実務家を招いた講義や企業実習を含む講義は、2008年度では、9科目を開講しています。これまでに13,726名の卒業生を送り出し、産業界から評価を得て高い就職率(2007年度3月卒業生、就職率86.4%、就職内定率98.9%)を維持しています。なお、「全学的一斉授業公開制度を軸とするFD活動」は2007年度の特色GPに採択されています。


2.日本の高等教育機関の公開授業(授業の相互参観)の現状

 文部科学省は、毎年「大学における教育内容・方法等の改善について」の取りまとめを行い、Web上で公開しています。FD実施大学は年々増加して、2006年度には628大学(全大学の86%)になっています。FDの内容についてもとりまとめをしており、教員相互の授業参観実施校は大きく増加しています(図1)。大学の教育改革の現状に関する調査を、読売新聞社が全国の4年制大学を対象に2008年春に実施しています(7月20日、21日記事)。教育力向上への取り組みをテーマに約50項目を質問して、725校中499校が回答しています。このうち、教員相互の授業参観を実施しているのは289大学です。全学で実施している148大学のうち、他大学の模範レベルであるとしているのは本学を含めて9大学、有効に機能しているとしたのが82大学、あまり機能していないとしたのが54大学でした。また、授業公開が他大学の模範レベルであるとした9大学のうち5大学は、総合自己評価を「A」としています。文部科学省や読売新聞の調査からは、授業の相互参観が、FDの一要素としてかなり拡大・定着し、導入した多くの大学で有効に機能していることがうかがえます。一方、試行段階に止まったり、導入はしたものの有効に機能しない大学も多いようです。

図1 様々なFD取組み実施校数の変遷
文部科学省各年度「大学における教育内容・方法等の改善について」とりまとめより作成


3.全学的一斉授業公開制度の概要と導入の経緯

 本学の全学的一斉授業公開制度は、教員が授業方法や内容を改善することで、学生が学習効果を上げることを目的として、各セメスターの三週間のオープンクラスウィーク(OCW)期間に、教職員から参観申し込みのあった専任教員の授業すべてを公開する制度です。
 参観申し込みから、参観者コメント(学ぶべき事項と改善したほうが良い事項の記入)と公開者からのこれに対する公開者コメントの記入、両者を合わせた「成果報告書」の教職員への公開まですべてウェブ上で行われることも特色です。職員にも参観が許されています。
 この制度について、最も多く聞かれる質問が、「全教員が公開するという制度がなぜ導入できたのか」というものです。
 授業改善アンケートにおける「満足度」「理解度」の平均値は、様々な取り組みにもかかわらず、全く上昇の兆しがありませんでした(図4)。とりわけ、2001年度に実施した大幅なカリキュラム改定、初年次教育としての「基礎演習」導入、授業改善アンケート結果の教職員の共有などの実施にもかかわらず、目に見える効果が現れないのはショックでした。そこで、何か大胆な施策の導入が必要だと考える教員が増えてきました。
 本学では2000年度から授業の相互参観制度が導入されており、2000年度〜2002年度に延べ18授業が公開されました。しかし規模は小さく、2002年度の参観者は延べ38名に止まっていました。ランチミーテイングや学内LAN上での意見交換がなされ、公開者・参観者には効果があったと好評でしたので、この制度を一挙に拡大して、全授業を公開する計画が作られました。
 この計画立案は、「教育審議会」が行いました。「教育審議会」は学長の諮問機関であり、学則上は自己点検評価機関ですが、FD推進機関も兼ねていました。教育審議会メンバーには副学長や各学部学部長が入っており、強いリーダシップの下で、シラバスの改良、学生による授業改善アンケート、授業の相互参観が導入されてきました。OCW制度の導入に当たってもこのリーダシップが発揮されました。
 2002年度後期に制度導入についての提案がありましたが、当初は、教員間に不安や危惧の声が上がりました。「相互批判で教員間に不信感が広がるのではないか」「人事管理や教員評価につながるのではないか」「多様な目標や手法が軽視され授業の均質化につながるのではないか」などです。教授会・教員会などでの広範な議論は、このような不安や危惧を軽減し、公開授業の理念や遵守事項、目標、考え方が定められ(表)、また実施の手順も決定され、ほぼ1年間の検討・審議の後2003年度後期からこの制度が導入されました。

表 オープンクラスウィーク制度の理念・目標等(2003年度制定)
理 念 公開授業(Peer Review)とは同僚教員(Peer)が相互に授業を参観することで、他人の授業を参考にし、また自分の授業への批評を仰ぎ、延いては授業内容の質の向上を図ろうとするものである。本学における公開授業は次に掲げる事項を遵守し、最終目標を達成することを目的とする。
遵守事項 強制されない同僚間の学びあいのシステムであること 普段のままの姿を見せるものであること 魅力的な授業を学生に提供することを最終目標とすること
目 標 ティーチング能力の向上 組織的教育の確立 魅力ある講義作り 対外公表を意識した教育内容の透明性の確保
考え方 すべての授業を「原則公開」とする 教員評価につながるものではない 全学挙げての実施は全国的にも極めてユニークである。不十分な点や問題点は逐次改善しながら進める。成否は教員が善意(Goodwill)を持ってこの新しい公開授業に取り組むか否かにかかっている。


4.制度の特色

 2003年度に導入したOCW制度の円滑な運用のために、2004年度前期からは、様々な手続きをすべてWeb上で行えるよう、システムを開発しました(図2)。この結果、公開者、参観者、システム管理者の使い勝手が非常に良くなりました。参観者は自分の関心や空き時間に応じて参観する授業をWeb上で容易に検索できます。公開者はあらかじめ誰が参観に来るかわかりますし、参観者に必要な情報をWeb経由で伝えることが出来ます。システム管理者は、参観申し込み状況や各種のコメント入力状況を把握できますし、変則的事態にも対応が容易です。

図2 オープンクラスウィーク制度手続きの流れ概念図

 Web上で手続をし、すべての授業を一定期間公開するという手法をとることで、次のような特徴が生まれました。まず、公開体験と参観体験を短期間で得ることができます。公開して学べることと参観して学べることには差があるようです。次に、あらかじめ指定された時間帯・科目の公開ではありませんから、特別な授業を準備するというよりは、普段の授業をそのまま見せることになります。さらに、事例が自動蓄積し公開されることで、データベース化やその利用も容易です。
 一方、一つの授業の参観者は1名〜数名であることが多く、意見交換会もないので、参加者同士の相互啓発は乏しくなります。この欠点を補うため、2005年度後期からは、いくつかの授業を「話し合いつき公開授業」に指定して、意見交換会を実施しています。
 このような取り組みは、得てしてマンネリ化して沈滞化することも多いようですが、本学では延べ参観者数も安定して推移しており(図3)、制度として根付いているように思われます。既に全専任教員が公開体験をし、大半の教員(約8割)が参観体験をしています。

図3 成果報告書件数(=述べ参観数)の推移

 本学では、OCW制度のほか、授業改善アンケート、FDワークショップ、FD研修会、初任教員研修会など、様々なFDの取り組みを実施しています。すべての授業を公開することで、教員間の風通しが良くなり、各種のFD取り組みがより充実してきた面があります。互いに授業を見せ合っていますので、授業に関する悩みや課題を共有しやすい面があるようです。


5.制度導入による効果

 どの取り組みの効果であるかを見極めるのは困難ですが、授業改善アンケートの満足度・理解度は、OCW制度導入の検討開始頃から、継続的な上昇傾向を示しています(図4)。各科目、各教員での上昇を分析したところ、講義系の多人数科目での上昇幅が大きく、低年次での上昇幅が大きく、また参観回数が多い教員だけではなく一度も参観したことのない教員でも上昇傾向がありました。参観・公開による情報交換だけでなく、「誰かが参観に来るかもしれない」という状況が、授業の改善に対する動機付けとして働いているのかもしれません。なお、本学では理解度・満足度には前期が低く後期が高いジグザク傾向があります。本学では入学後、年次が進むにつれて満足度・理解度が向上していく傾向が明瞭ですので、前期から後期にかけてはすべての学年で1セメスター進行するため、満足度が上がります。一方、後期から前期には、満足度が極大に達した4年生が卒業し、満足度が低い新入生が加わるため平均値が低下するというのが、このジグザクを作る最も大きい要因であると考えています。

図4 流通科学大学の学生による授業改善アンケートの満足度と理解度の推移
5段階尺度法、1998年度までは理解度の項目なし、2度のアンケート項目変更はいずれも評価を高める方向に働くものである。

 以上のほか、出席率、退学者数、卒業時アンケートにおける満足度や身についたと実感できる能力などにも改善傾向が見られます。


6.問題点と解決のための取組み

 図4では、順調に上昇してきた満足度や理解度が、2007年度から低下に転じていることが分かります。これは、低年次の満足度・理解度が2006年度入学者から低下傾向にあるためで、3年生・4年生の満足度・理解度はなお上昇し続けています。本学では「不本意入学」「低学力」「低意欲」学生の増加が指摘されており、それに対応した初年次・低年次教育の強化は、個々の教員の授業改善努力だけでは追いつかない状況になり、結果として図4の値が下がってきたといえます。そこで、基礎を補う正課科目の種類とコマ数を増やし、学習支援センターを立ち上げました。さらに、入学前教育の充実、きめ細かい学力把握と学習支援センターの連携、各種の学習グループの編成、チャレンジプログラムの初年次前期での開催、多人数講義の解消などが課題として上がっており、既に実施に移されたものもあります。このような改善を成し遂げるための基盤として、全学的授業公開制度は有効に働くように思えます。


7.多様な授業公開制度とOCWシステムの汎用化

 大学における授業公開・相互参観の目的や規模や運営の仕方は様々です。公開対象科目数も大きく異なりますし、参観者として想定されるのは誰か(学内の教員、職員、他大学教員、父母などの例があります)も異なります。参観者は申し込みが必要か、参観後の報告は必要かまたその体裁はどのようなものか、参観・公開に管理者あるいは第三者が介在するのか否か、など、大学の文化や授業公開に至る経緯を反映した、実に様々な授業公開制度があります。
 本学が2004年に独自開発したOCWシステムは、IBM Notes上で、本学の制度に対応して運用されるものでした。そこで、このシステムに関心を示す大学があっても、プラットフォームや制度が違い流用は困難でした。
 特色GPの採択を機に、本学でのさらなる弾力的運用を可能にし、他大学での流用の際のハードルを低くするため、新しいシステムを開発しました。新システムは他大学で既に実施され、あるいは実施を予定されている多様な公開授業制度に対応可能で、流用が容易なシステム構成になっております。本学が2003年度に本制度を導入した際には、各種の情報伝達をメールと紙面で行いましたが、膨大な作業量になりました。円滑に継続的に、多数の科目の授業公開を進めるには、ICTシステムによる援助が必須ではないかと思います。一から開発されるよりも、本学の経験を盛り込んだ本システムをベースにされたほうがコストや時間の面からもメリットが大きいのではないでしょうか。
 本学のOCW制度やOCWシステムに関心を寄せていただければ幸いです。

問い合わせ先:crdhe@red.umds.ac.jp
(アドレスは全角文字で表示しています)

参考文献
[1] 平越裕之:流通科学大学論集経済・経営情報編14巻2号, 2005.
[2] 南木睦彦:流通科学大学教育高度化推進センター紀要第1号, 2005.
[3] 南木睦彦・高尾義明:京都大学高等教育研究第12号, 2006.
[4] 南木睦彦:文部科学時報1588号, 2008.
 
 
文責:流通科学大学教育高度化推進センター
センター長 南木 睦彦


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