特集 連携で学生を創る
斎藤 真左樹(日本福祉大学大学事務局長)
愛知県の日本福祉大学、北海道の北星学園大学、九州の熊本学園大学は、平成20年度の「戦略的大学連携支援事業」に「列島縦断広域型大学連携e-Learningコンソーシアムによる新たなる高等教育の地域展開」として申請し採択されました。その採択を受け、3大学は平成20年11月、「包括的連携協定」を締結しました(写真)。本稿ではその連携事業の内容と、採択後の事業の進捗状況を紹介します。
3大学連携の基礎となったのは平成10年に発足した「六大学事務局長懇談会(北星学園大学、日本福祉大学、広島修道大学、松山大学、熊本学園大学、沖縄国際大学)」です。この懇談会は教育改革に積極的に取り組んできた、東京・大阪圏を除く、学生募集上競合の少ない各地域の同規模の社会科学系私立大学で構成しています。これまでは「情報交換」にとどまっていた懇談会ですが、平成21年度の「社会福祉士法の一部改正」(以下「新法」)を契機とし、社会福祉学部を持つ3大学による、教育プログラム上での実質的な連携が開始されました。これは地方の私立大学から、新しい高等教育システムの開発や大学間の具体的な連携の形を発信するものです。
この取り組みは、日本列島の北部・中部・南部に位置する3大学がe-Learningコンソーシアムを形成し、卓越したコンテンツとそれを支えるシステムの相互開発・活用を基盤とし、1)社会福祉教育の質的向上・普及、2)相互交流による学生の成長と教職員の資質向上(FD・SD)、3)「地域知」の形成と還元、の三事業で構成しています。
図1 取り組み全体図
1)についてはまず、平成21年度施行の「新法」に対応したe-Learningによる社会福祉人材養成カリキュラム等を共同開発し、社会福祉教育の質の向上を図り、現職者リカレント教育や福祉啓発教育を進めます。2)では3大学の特性や地域性を活かした国内留学制度、交流プログラムによる学生の人間的成長と、3大学間の相互交流とインストラクショナルデザイン手法による教職員の資質向上を図ります。3)では地域の価値や魅力、地域づくりの先進事例などを地域に発信し、地域の人々と学びあうことでともに地域の活性化を担っていきます。以下、各事業の具体的な計画と進捗について述べます。
平成21年施行の「新法」では社会福祉士の国家試験受験資格を得るための学習量や学習内容が大幅に増加し、指定科目は19科目となりました。今回連携する3大学はともに社会福祉学部を持つため、各大学の「新法」に対応した専門分野を相互に持ち寄り、指定19科目をe-Learningのオンデマンド科目として共同開発、共同運用を行います。平成20年度後期にはこの指定19科目の開発を完了し、平成21年度より順次開講をしています(図2)。科目の配信は本学が独自開発をしたLMSである「nfu.jpシステム」で行っています。平成21年度の本学での指定19科目の履修登録者数は、通信課程・通学課程を合わせて30,000名を超えています。連携する2大学では国家試験の対策講座用コンテンツとして利用を開始していきます。対面授業と組み合わせた「ブレンデッド型」のコンテンツとして、また反復学習のメリットを活かした資格取得のための補習教材として、など、各大学の実情に応じた利用を可能としています。現在我が国で社会福祉士の国家試験受験資格を取得できる大学は150を超えますが、この「新法」に対応したカリキュラムに自大学のみですべて対応することは容易ではありません。本連携で開発した指定19科目を連携大学以外の社会福祉士養成大学へ配信することも、科目担当者を非常勤委嘱することにより可能となり、このe-Learningコンソーシアムによる新たなる高等教育の地域展開が期待できます。また、各連携大学の卒業生や各地域の福祉現場の現職社会人に対して、開発したコンテンツを活用した学習の機会を提供することにより、地域の福祉学習ニーズにも対応していきます。また、昨今マスコミで喧伝された福祉に対するマイナスイメージの払拭と地域の福祉を担う次世代の人材養成を目的として、連携大学の付属高校や地域の小中学校、地域住民に対しても、福祉の新しい広がりが理解できるような入門教材を開発し(図3)、福祉啓発教育に力を入れていきます。
図2 指定科目のオンデマンド科目例
図3 福祉啓発教育教材
本連携事業では、社会福祉領域に限らず様々な領域で学生間・教職員間の学びあいと相互交流を深めます。包括的連携協定に基づき、単位互換制度を充実させ、国内留学を制度化します。熊本学園大学、北星学園大学は既に他大学との国内留学の実績を持っているため、その経験を活かし、連携3大学間での特色のある科目を提供しあうことで、学生の興味・関心の多様化に応えます。前述の「新法」に対応した指定19科目はオンデマンド開講でるため、学生は連携大学へ国内留学中であってもまったく同じ条件で科目を履修することが可能となっています。また、日常的なSNS等での交流に加えて、夏・春休み期間を中心とした短期交流学習プログラムや英語プレゼンテーション大会、ゼミ研究成果合同発表会、スポーツ交流事業などを実施し、連携大学間での様々な学生間交流を進めていきます。教職員のFD・SDは「インストラクショナルデザイン」に関わる研修の実施やその手法を専門に学ぶ大学院の科目履修などにより、「インストラクショナルデザイナー」を養成し、教職協働による効果的で魅力的な教育の設計に取り組みます。また連携大学の若手・中堅職員が直接会しての研修会を実施し、各大学のSDや業務改革に関する情報交換と相互評価を行います(平成21年8月に北星学園で実施)。
図4 インストラクショナルデザイン
「地域知」とは、地域の住民とその地域に立地する大学の学生・教職員が地域の歴史・文化・環境・産業などの価値や魅力を再認識することにより得られる「地域づくりノウハウ」などの「知的財産」です。本学では平成21年度よりオンデマンド科目「知多学(969名履修)」、「知多学フィールドスタディ(41名履修)」を開講しました。熊本学園大学では「熊本学」を、北星学園大学では「北海道学(仮称)」を今後開発・開講していきます。また地域の福祉課題に関わり、連携3大学周辺に広がる福祉の特色や展開、社会福祉施設や保健医療施設の特徴などをe-Learningコンテンツ化し、地域と大学に発信していきます。
北海道と本州と九州という遠隔地の大学間の連携が可能となったのは「e-Learning」を中心としたコンソーシアムの形成によって、距離や時間の制約を取り払うことができたからです。今後はそのコンソーシアムの基盤強化のため、図5に示した五つの領域に戦略目標を設定し、コンソーシアムによる大学間連携をさらに充実・発展させていきます。「連携で学生を創る」ことは単に18歳から22歳までの学生だけを対象とすることではありません。生涯学習を視野に入れた学びの機会の提供という点では、この3大学による連携においては、現職社会人や卒業生、地域住民も含め、その地域に立地する各大学の「学生」であると言えます。その「学生」たちが、地域をこえていつでも、どこでも、誰でもが学びあい、支えあうことのできる「場」が、本連携が目指す「生涯学習型ネットワークキャンパス」です。地域の大学が連携することは「学生を創る」とともに「地域を創る」ことであるとも考えています。
図5 5つの戦略目標