人材育成のための授業紹介・教育学

携帯メールを活用した教職志望者へのコミュニケーション教育
〜基本的マナーと「ほうれんそう」の習慣形成を中心に〜


岩佐 玲子(恵泉女学園大学人文学部英語コミュニケーション学科教授)


1.はじめに〜個別指導ツールとしての携帯メール〜

 一人ひとりの大学生が、将来それぞれの場で必要とされる人材として成長するための支援はどうあるべきなのでしょう。そのような問いを抱きながら私は、一教師として学生に何を伝え、何が獲得できるよう促すべきかを模索してきました。その結果数年前にたどり着いた結論は、知識や体験の蓄積によって鍛えられる思考力や行動力の育成はもちろんですが、その基礎となる対人関係のスキルやマナーを教えることの大切さです。将来、どのような職業に就こうとも、それぞれの学生が、常に良き指導者や同僚に恵まれる環境を引き寄せる力があれば、学びや成長の喜びを実感し続け、充実した人生を送ることができるでしょう。そのために必要なコミュニケーションスキルの基礎を今、この学生時代に獲得できるよう、講義や演習を離れても、日常の関わりの中で温かな気持ちで根気よく個別に働きかけること、学生自身が4年間を通して成長や変化を実感できるような仕組を用意すること、それらが、教育学を教える私に求められる課題の一つであるとの思いに至りました。そしてそのとき、学生に働きかける手段として注目したのが、彼らに最も身近で「いつでもどこでも」語りかけ、応答できる携帯メールでした。学生にとって最も身近な通信手段であり、即時性に優れ、親密な関係形成に効果的な携帯メールは、教育のためのメディアとして優れた特性を備えています。学生が支援を必要としているときにすぐ応答し、学生に伝えたいことがあるときにはすぐに情報を手短に伝えるというコミュニケーションが日常化するようになってから、私と学生のコミュニケーションはこれまでより円滑になり、学生の状況を理解し、指導することがこれまでよりも的確にかつ迅速に行えるようになったという実感があります。
 そこで本稿では、まず携帯メールのやりとりを通して伝える、社会人のマナーとしての「誠実さの表現」に関する指導を、次に「報告・連絡・相談(ほうれんそう)」を確実に行える、組織人としての習慣形成の指導の実際を紹介します。


2.携帯メールから気づく基本的マナーの大切さ

 ある日、一人の大学1年生から携帯にメールが届きました。「先輩に会わせてくれるっていったのって今日の昼休みでしたっけ?どうしたらいいですか?」
 学生からの質問や相談をメールで受けることの多い筆者には、このような、宛名と送信者名のない、文面が学生から届くことがあります。手紙文化に親しんだ世代としては、用件のみのメールを読むと、送信者に対するイメージが唐突で一方的な人物のように映ります。送信者はおおよそ誰かはわかっていたものの、あえて私は以下のような返信を送りました。
 「メールをありがとうございました。お名前がないのでどなたからのメールか分かりません。すみませんが、お名前を教えてくださいますか?岩佐」
 すると学生は次のメールで自分を名乗りましたが、それでも依然として文面は友達に送るような口語的な表現の短いメールのままです。この学生は、むしろ対面コミュニケーションの場面では問題のない、明るくて意欲的な、誰から好感をもたれる学生です。それなのになぜ、このような携帯メールになってしまうのでしょう。その原因は、まず、教師にメールを送るという経験がなく、あったとしても問題点を指摘されないままに過ぎてしまうことにあるでしょう。教えられないから気づかない。知らないままだからから失礼を重ねてしまうというのは何も学生に限ったことではなく、異文化との出会いの中で恐らく多くの人が知らないうちに経験していることかもしれません。
 そのような学生のマナーやスキルの未熟さがもたらす不適切な言動は、様々な場面で問題を蓄積していきます。いまやマナーやコミュニケーションスキルの講座は正規の授業として大学で開講されるようにもなっていますが、それでも、コミュニケーションスキルは多分に個別的な部分も大きいため、確実な改善に導くには、集団に向かって注意を伝えるだけでなく、個別指導の場で指摘し、どうすればよいかを具体的に指導することのほうがより望ましい効果をもたらします。一人のための指導、その学生のこれからを思って伝達し、励ますことは、指導を受けた学生自身にとって変化や成長を実感できる好機となるのではないでしょうか。


3.携帯メールによる即時的指導効果

 さて、先の学生のメールに対して筆者は、何度か用件についてのやり取りをした後で、「余計なことかもしれないけれど、聞いてください。」と前置きして、特に目上の方とのメールのやりとりではマナーが大切であるから、人と会ったときと同じように、自分を名乗ることや挨拶をすることを忘れずに、まずは一つのパターンを見につけるよう促します。そしてこれを習得するのは簡単であることを伝えた上で、教師や目上の方にメールを送る際に留意すべき七つのポイントを以下のような箇条書きにして返信しました。すると学生からは、そのパターンに沿って書き直されたメールが届きましたので、それに対して再度こちから学生のその努力に敬服する内容のメールを送り、そのパターンをぜひ他の友人にも知らせるようにとの一言を加えて、指導は完結しました。私が送った七つのポイントは次のようなものです。

<件名>用件を短くまとめて必ず書く「〜について」「〜の件」
<本文>以下の7項目を必ず書く
(1)相手の氏名:〜様、〜先生
(2)挨拶:「おはようございます。」や「こんにちは。」など
(3)自分を名乗る:「恵泉女学園大学1年の〜です。」
(4)お礼:「先日はご指導ありがとうございました。」
      「いつもお世話になっております。」
(5)用件:(本題⇒メールの件名として書いた内容)
(6)お願い:「よろしくお願いいたします。」
(7)自分の氏名:

 以上を受けて先ほどの学生は、以下のような文面で返信してきています。

「岩佐先生
こんにちは。さきほどはありがとうございました。
返信遅くなってしまいすみません。
金曜日を楽しみにしてます★
メールの書き方のアドバイスありがとうございます!今後この形式を忘れないで使うように心がけます!ありがとうございました★ 〜(学生の氏名)」

 それ以後、この学生からのメールは常に<七つのポイント>を意識した形式となり、内容も表現も整理され、簡潔で分かりやすい文章でメールが送られて来るようになってきています。このように、学生にとって身近な携帯メールで教師が1対1のコミュニケーションを図りながら、その人だけへの肯定的なメッセージを送ることは、学生に安心感をもたらします。
 教師にとっても、このような親和的なやりとりは、授業中で伝えにくい個別的課題を学生に即座に伝えることを可能にし、即時のフィードバックと同様に、学生の取り組みへの意欲や学ぶ姿勢を大きく変化させる上で効果的と言えるでしょう。ただし、このような学生の変化は、あくまで教師からの提案を受け入れる学生側の学ぼうとする姿勢があってはじめて可能になるものであり、対面・非対面コミュニケーションの機会が日常から十分に確保できるという前提条件があるからこそ成り立つ例と言えるかもしれません。


4.「ほうれんそう」の習慣形成〜人とかかわり人と共に生きるためのマナー〜

 ところで、恵泉女学園大学は、東京都多摩市に位置する、2学部5学科からなる女子大学です。学生数は約1,800人で、1988年の創立以来、学生一人ひとりを大切にする少人数教育を守っています。学生は、1年次から「園芸」、「キリスト教」、「平和」に関する必修科目を履修し、4年後には「いのちを慈しみ、隣人を愛し、平和に貢献する」女性として世界に向けて巣立つよう指導されます。
 そして大学の教職課程では、目標行動の一つとして、「報告・連絡・相談」の習慣化を中心に据えています。なぜなら「ほうれんそう」の習慣は、学生が介護等体験に臨む3年次を迎える前に確実に身につけさせることが重要であり、安心して介護等体験や実習を迎えるためにも、実習先や体験先で手厚い指導を受けるためにも重要なスキルだからです。組織の一員として適切な行動を取り、常にチームの目標を意識しながら自分の持ち場で力を発揮するための基盤として、「ほうれんそう」があり、本学の教職課程ではこれを「そうほうれん」と言い直し、まず「相談」する習慣を身につけるよう学生に働きかけます。
 しかし、具体的に何をどのタイミングで「報告・連絡・相談」すれば良いのかについて社会的経験の乏しい学生ほど理解や想像が容易でありません。そこで、2年次に履修する「教育原理」や「教職概論」などの科目に学外への一日参観実習や授業参観の機会を組み込み、実際の教育現場に触れる体験を、「ほうれんそう」を実践し、組織の一員としての情報伝達や情報確認の大切さを学ぶ機会として生かせるよう工夫しています。
 その工夫とは、教職課程の2年生と3年生を縦割りで5〜8人からなるチームに分けて、リーダーを決め、そのリーダーからの携帯メールでの情報伝達や確認などに、即答する習慣をまず定着させることです。学外授業に参加する上で不明なことや不安な点があれば、いつでも携帯メールで相談してよいことを説明した上で、チーム毎のミーティングを行います。ミーティングの最初は、上級生のチームリーダーからの促しによってメンバー同士が携帯メールアドレスを交換し合い、気楽な会話を楽しみます。ここでは、あまり親しくない者同士がどのように相手との距離を縮めていくかが課題となりますが、学生はメールアドレスを交換し、連絡が取り合える関係になると親近感を覚え、話し合いもスムーズに行われる傾向があります。
 以下は、毎年行っている地域の公立中学校での一日参観実習の際に、チームリーダが携帯メールを使って行うことになっている、「ほうれんそう」の内容です。ここでは迅速な返信と配信が求められ、対面コミュニケーションの場面と同じように、呼びかけに対してすぐに応答するという習慣をメール上で実行することが期待されています。

<参観実習前日まで>
1) 教師からチームリーダーに、集合場所や持ち物、留意事項を携帯メールで前日中送信。
2) チームリーダーはチームメンバーにその情報を送信し、全員から受信確認が報告されたら、教師にその旨連絡する。
3) チームリーダや教師には不明な点を何でもメールで質問して構わないことにし、質問内容が全体にとって有益なことがらである場合はまた(1)からの手続きが取られる。
<参観実習当日>
1) 参観実習当日は、集合状況が、各チームリーダから担当教員と大学教務課に朝の報告として送信される。
2) 遅刻者や欠席者等がいた場合の対処方法等について、チームリーダーは携帯電話で担当教員と相談し、判断を仰ぐ。
3) チームリーダーが、参観実習終了と解散を、携帯メールで担当教員と教務課に報告する。

 学生は2年次の春と秋に参観実習を体験し、チームメンバーとしての「ほうれんそう」を経験します。次に3年次になると、上記のようなチームリーダーとしての新たな役割を担います。こうして徐々に組織の中で情報を共有することの重要性や、他者からの問いかけにできるだけ早く応える習慣としてのメール返信の確実さがメンバーから信頼される条件となることを体験的に学びます。他者と適切なコミュニケーションを図るためには、相手から信頼を得ることが大切です。普段から積極的に人とかかわり、人と共に喜びを分かち合う経験を重ねるためには、「ほうれんそう」の習慣が大切であり、それが定着するよう個別的に支援することがこれからも重要な目標の一つであると考えます。


5.おわりに〜個別のニーズに応える指導〜

 恵泉女学園大学の教職課程履修生の教職への意識はここ数年高まり続け、2008年度は教員免許取得者(国語科または英語科)の5割近くが教職関連の就職や進路を選択し、「奉仕者」としての生き方を目指しました。このような教職就職者率の高まりの背後には、様々な要因が考えられますが、一つ確実に言えることは、恵泉女学園大学の教職員が学生一人ひとりの成長に関心を持ちながら日々の仕事に取り組んでおり、学生の成長を共に喜ぶという親和的な教育的環境を保っているという点です。学生は、植物を育てる授業によって、いのちへの洞察を深め、共生というテーマの大学生活の中で成長体験を重ね、学内外の様々な人との関わりを通して、教育への志を高めて行きます。
 携帯メールで伝えることのできる対人関係のマナーは、メールの形式を通して伝えながらも、対面コミュニケーションにも通じるルールでもあります。学生と1対1の関係を築き、必要な個別指導を「いつでもどこでも」行うことのできる携帯電話や携帯メールを日常的に活用するこの実践は、時間と根気を要しますので、すべての大学の先生にお勧めできるものとは言えません。それでもこの携帯メールでの個別指導は、私にとって、熱心さと真剣さを求められる実践であり、私という人間が教師として成長する上でも欠かせない方法です。これからも私は、学生一人ひとりのニーズに応じた指導を、携帯メールで迅速に行ないながら、対面・非対面コミュニケーションの両面から学生の成長を支援し続けるつもりです。

参考文献
[1] 湯口太郎・佐々木輝美:ケータイ・メディアによるコミュニケーションの特徴. 2005年度第12回日本教育メディア学会年次大会発表論文集, pp.84-87, 2005.


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