教育・学習支援への取り組み
鹿児島国際大学は1932年創立の鹿児島高等商業学校を前身とし、九州の私学の高等商業教育機関では最も歴史があります。今年で創立78年目を迎え、開学以来、「東西文化の融合」「地域社会への貢献」という建学の精神を礎に、伝統を継承しつつ常に時代の動向を踏まえ、地域社会のニーズに応えてきました。現在、経済学部、福祉社会学部、国際文化学部の3学部(8学科)、大学院(3研究科)および短期大学部を設置し、学生総数4,232人、専任教職員266人(2009年5月1日現在)となっています。
大学希望者全員入学の時代を迎え、本学の場合も入学試験におけるスクリーニング機能は、大幅に低下し、多様な個性と能力的隔たりの著しい学生が入学してくるようになりました。そのような中で、「学生は自主的に勉学に励むことが当然であり、授業(講義)内容の理解の度合いはすべて学生の側の努力にかかっている」という従来の考え方では、もはや多くの学生が授業内容を理解することは困難になってきました。本学では、2003年10月、現在の瀬地山敏学長の就任を契機に「学生が楽しく学び、卒業後も学んだことが生かされ役立つような教育内容と教育・研究環境の充実」を基本理念に掲げ、学生支援とともにそれを担う教職員の能力開発(FD・SD)について意欲的に取り組んでいます。
本学FD活動の変遷は、2000年4月より有志教員(10名程度)によって行われた教授法研究会に遡ります。この活動は模擬授業を実施し、授業の内容と方法について参加者間で討議し合い、授業法の改善を目指すことを目的として行われました。
2005年度には有志教員(22名)による実際の授業を公開して相互評価を行いました。この「パイロット授業(実験的公開授業)」は、全学授業公開の方向を探る実験的な試みであり、実際の授業公開と教職員による授業参観、学生による授業評価、それらに基づく意見交換会として展開されました。また2005年1月にFD委員会が発足し、同年4月には全教員(非常勤教員を含む)による授業公開及び授業参観、学生による中間・期末授業アンケートが実施されることになりました。さらに大学広報紙「みなみ風」を通して、取り組み状況を一つひとつ丁寧に報告するとともに、全学シンポジウムを開催し、FD活動について全学的な意識の浸透を図り、こうした諸活動の成果をFD活動報告書として公表しました。2006年4月、FD活動をさらに深化させるための中心的機構として「教育開発センター」を開設しました。センターは、センター長と副センター長の統括のもと、各学部から選出されたセンター員がリーダーとなって年次目標に沿った諸課題を検討するワーキンググループ(WG)を組織化して仕事を進めています(メンバーは教員より適宜任命)。加えて、教育環境の向上を目指して専任職員3名により一つのWGが構成されています。また、取組を全学的ものにするために、各学科長を「センター協力員」としています。これによりFDのみならず教育力向上に向けた体制が整備され、さらに全学的なよりレベルの高い教育サービスの提供を目指した新たな活動が開始されました。
教育開発センターが中核となって組織的に遂行するFD 活動の特色の一つとして、「全学授業公開」があります。つまり、一部の教員だけでなく、全教員が授業を公開するとともに、大学を構成する全メンバー(教員・学生・職員)が公開授業に参加・参観してその評価を行い、公開授業直後に意見交換を行うなどして、学生が理解・満足できる授業に向けた改善を実現しようとするものです。また、同時に全教員の科目に対する、学生による中間授業アンケート・期末授業アンケートを実施し、授業改善の実現を図っています。さらに、「より良い授業を実現するための教室・教育環境とは何か?」といった視座から職員による授業参観を重視しています。これはSDにも繋がります。さらに、これまで煩雑に行われていた授業公開に関する手続き(授業参観登録→授業参観申込→授業参観記録・自己評価記録入力)等をWeb上で行うことができるシステムを開発し、授業の評価・改善に関わる情報の集約と発信を効率的に行い、学生の意見聴取や苦情受付などを適切に行い得る態勢を整えました。これまで授業評価については、同僚教職員間による相互評価と学生によるボトムアップ型評価で行われてきましたが、この評価が教員によってどのように捉えられ、次の授業にどのように生かされようとしているか必ずしも明瞭ではありませんでした。そこで、2007年度から、各科目のシラバスに「前年度の授業の自己評価」の新項目を設け、前年度の評価に対するコメント、次年度の授業方針を記載しています。また、2007年度後期分から(非常勤講師は2010年度前期分から)は学生による期末授業アンケートの各科目別集計とそれに基づく「授業担当者所見記入票」を取りまとめ、学内各所に配置し公表することにしました。さらに学生授業評価が基準値以下の評価であった教員には「特別なサポート体制」をとることにし、授業評価が教員の具体的授業改善に直接繋がるようなシステムに改善しました。1回目の基準値以下の評価の場合は、当該教員は「授業改善に関する特別計画書」を提出し、その内容に従って教育開発センターがサポートします。サポート内容としては、担当するWGが中心となって同様の授業内容を担当する教員とともに、授業参観を行い授業の内容・管理・方法などの多方面から改善を図ります。同時に、当該のマイナス評価科目は、授業改善の効果を検証するために、自動的に次年度期末授業アンケート科目および公開授業科目に設定することにしました。同科目が2年連続基準値以下の評価となった場合には、学長をはじめとする関係者を中心として当該教員と面談・協議し、授業改善の方策を検討し実施していくことにしました。もっとも、まだ協議が開かれたことはありません。これらによって、授業アンケートを軸とする教員のPDCAサイクルをより明確にし、教員の教授能力の全体的向上を図ることを目標としています。
また、2007年度から、各教員の授業改善の工夫を共有財産化し、教員向け資料集『よりよい授業づくりのために』を作成しています。第1弾は私語対応、出欠・遅刻への対応等をテーマに取り上げ、授業を成立させる基礎的環境づくりに優れた取り組みを紹介し、第2弾は、学生との授業内外におけるコミュニケーションをテーマに取り上げ、特に学生情報システム、ブログ等のICTをツールとして実践している授業をピックアップしました。教員の関心も高く、授業改善の一助となったようです。
図 学期末授業アンケートの実施科目数と総合評価の推移
(1)教育プログラムとしての授業の整備
前述の「教える力の開発・支援」は、個別の授業を対象とするものですが、個々の授業の総体であるカリキュラムにおいて卒業時までに「何ができるようになるか」という認識はとても重要なものと考えています。こうした点の重要性は、「学士力」に象徴されるように、「出口」の質保証が求められていることからも明らかです。従前より本学でも各学科のカリキュラムにおいて学生のキャリアデザインをそれなりに意識した「コース」制が設けられてきました。しかしながら、これはキャリアを意識した明瞭なものではなく、「コース」とは名ばかりのものでした。つまり、人材養成の教育設計として不十分なものだったので、現在各学科のコースの到達目標を明確にした「プログラム」として体系的・組織的なカリキュラムに改善を早急に進めています。
さて、カリキュラムを整備した次の課題は、到達目標を検証・評価するシステムづくりと思われます。「コース」を構成する個々の授業についても学生個々人が理解度をチェックできるようにシラバスのあり方を教育開発センターと各学科との教職員協働体制において検討しました。
大学全体としての教育目標、各学科コースの到達目標と個々の授業における到達目標が整合性のあるものになっているのか。多元的授業評価システムを活用し、点検していく必要があります。
(2)入学前教育(ウォーミングアップ学習)の導入
ユニバーサル化による入学してくる学生の学習習慣、学習意欲、学習目的、学力の多様化現象が生じています。本学においても出身校の多様化が進み、伝統校、新興の学校、進学校、単位制の学校、実業系の学校、大学入学資格検定試験合格者と幅広いものになっています。また少子化の影響で学生数が減るなかで、入学生の半数前後をAO入試、推薦入試の合格者が占める状態が続いています。
当然のことながら、入学が決まった時点で基礎学力にかなりの開きがあります。これを放置すると、入学後の授業についていけない学生が出て、中途退学につながるおそれが強くなります。大学の授業にスムーズに移行できるように、さらに在学中に身につける「キャリア」を考えた場合、自分の頭を使って独力で考える習慣が欠かせない点から2008年度の入学予定者からウォーミングアップ学習を開始しました。
ウォーミングアップ学習は「学習I」と「学習II」の2本立てであり、概要は次の通りです。
1) 対象はAO入試と推薦入試の合格者 2) 全学共通の課題を「学習I」、各学科の導入課題を「学習II」 3) 学習Iは、英文、日本文の「読む」・「書く」の添削指導(短期大学部は日本文のみ)の各5回。 4) 日本文の「読む」を除き、Webシステムでも添削 5) 添削は全教員が分担 6) 学習IIの内容は各学科が独自の計画立案
引き続き多面的な検証が必要ですが、成果としては回答率(添削のため答案を返送してくる割合)が前年度より上昇しています。さらに、これまで高校の教室内ではすでにAO入試や推薦入試で合格を決めた生徒と、これから受験本番に備える生徒が一緒にいることで双方に悪影響を及ぼしがちでしたが、その空気が一変したと高校側からも高い評価を得ています。
FDの義務化により、FD実施の有無に対し明確な説明責任が問われることになりました。そんな中、学生による授業アンケートや講演会、研修会といういわゆる「伝達講習・制度化型」[3]が標準的な活動として認知されています。それゆえ、「外圧」に対するアリバイ作りとして、こうした活動に単に形式的に取り組む大学も近年急増しているようです。
しかし、いくらFDの「イベント」を実施したところで、教員の側からすれば益するところは少なく、負担増だけに感じる場合も決して少なくありません。また、その一方で、FDのさらなる活発化のため先導役の養成に力を注ぐ動きもあります。このような潮流の中で、限られた資源をもとにいかにFDを活発にしていけばいいのでしょうか。もちろん本学では現在模索中ですが、従前より「学部」の下位単位である「学科」を中心に自発的に教育改善を行ってきた組織文化があります。通常の学部教授会ではない学科会議の中で、日常的に学生支援やカリキュラム改善、さらには授業改善の活動などが自発的に行われています。そのような組織文化を醸成することが大事なのではないかと考えます。さらに、組織トップが「種を蒔き(提案)―芽を出させ(議論)―それを育てる(マネジメント)」といった装置・仕掛けも時には大切なのではないでしょうか。本学におけるその代表格が「コース制」の改善であり、「ウォーミングアップ学習」の導入でありました。
全学的FD活動開始後4年、本学のFD活動は多様な活動内容を展開し、発展を遂げてきています。そして、教職員の中でFDのあり方や方法をめぐる意見の違いは存在しても、FD活動の理念そのものを否定するような意見は耳にしなくなってきました。そのような意味において、個々の教職員によってFDへの理解の深さは異なるにしても、教職員の中にFD活動は定着してきたと言えます。すなわち、量的に見て、FD活動の裾野は大きく広がってきたといえるでしょう。しかし、それらの活動が実際の教育改善に具体的にどのくらい収斂されているかが、もっと問われる必要があります。授業という大学教育のミクロな部分の改善途上において発見される問題点を可視化し、大学全体の教育力向上というマクロな問題に繋げていくこと、その結果学生の学習意欲・成果がどれだけ高められたか。FD活動のこれまでの量の拡大を、質の向上により転化することが今後の課題です。
引用・参考文献および関連URL | |
[1] | 瀬地山敏:FDとキャリアデザイン. News Letter, 鹿児島国際大学教育開発センター Vol.5, 2009. |
[2] | 藤山清郷:文がわかれば授業がわかる−ウォーミングアップ学習の試み. リメディアル教育研究 第4巻第1号, 2009. |
[3] | 田中毎実:FDの本質は日々の地道な活動. 教育学術新聞 第2312号, 2008. |
[4] | 松本美奈:主体的学びのために−「大学の実力」調査から−. 大学教育学会誌 第31巻第1号, 2009. |
[5] | http://www.iuk.ac.jp/opinion/shiten/shiten_01.html |
文責:鹿児島国際大学 教育開発センター長
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佐野 正彦(福祉社会学部教授)
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教育開発センター職員 福里 茂樹 |