教育・学習支援への取り組み
青山学院大学は、東京都渋谷区と神奈川県相模原市に2キャンパスを有し、学部は10学部(第二部を含む)、大学院は12研究科、学部と大学院を合わせた学生総数は約20,000名の総合大学です。本学の教育方針はキリスト教信仰に基づく教育をめざしており、理念は
「神と人とに仕え社会に貢献する“地の塩、世の光”としての教育研究共同体である。本学は、地球規模の視野にもとづく正しい認識をもって自ら問題を発見し解決する知恵と力をもつ人材を育成する。・・・・・本学のすべての教員、職員、学生は相互の人格を尊重し、建学以来の伝統を重んじつつ、おのおのの立場において、時代の要請に応えうる大学の創出に努める[1]」。
となっています。また、本学では、FD(Faculty Development)の実施自体を目的とするのではなく、FD活動を通じて
「学生に習得させる能力を明確にして体系的な教育課程を提供するとともに、学修の成果を厳格に評価する[2]」
ことを目指しています。本学のFD活動は、FD推進委員会を中心に組織的に行われています。本学のFD活動の全体的な概要につきましては、ホームページ[2]などをご参照下さい。
筆者らは、青山学院大学ヒューマン・イノベーション研究センター(以下、HiRC)において、ICTを有効に活用したFD/SD活動の推進という視点から、現代GP(現代的教育ニーズ取組プログラム)のプロジェクト「ICT活用教育のFD/SDプログラム」に携わっていますので、プログラムの内容を中心に紹介させていただきます。
本プロジェクトは、平成19年度の文部科学省の現代GP(テーマ6:教育効果向上のためのICT活用教育の推進)に採択されたものです。
ICT活用教育とは、コンピュータやインターネット、モバイル端末などの情報コミュニケーション技術[ICT(Information and Communications Technology)]を用いた教育を指します。大学教育へのICTの活用については、様々な有効性が挙げられていますが、十分にその有効性を活用しきれていないというのが現状です [3]。
本プロジェクトでは、ICTを授業で有効に活用をするために、教員の教育力と職員の教育支援力を向上させることを目的とした研修プログラムの提供を行っています。
図1に示すように、本プロジェクトでは大学においてICT を活用できる場面には、
■ 教員→学生へのICT 活用教育 ■ 職員→学生へのICT 活用サービス ■ 職員→教員への教育支援
の三つが存在すると考えています。HiRCの役割は、各教員のICT活用による授業改善、職員のICTスキルアップなどをサポートすることにより、上記三つの教育・サービスの向上を図ることにあります。教員だけでなく、職員へのサービスも同様に行うという点が大きな特徴です。
図1 HiRCのサポート体制の概念図
教職員のニーズやICTスキルは人によって異なり、様々なICTスキルやニーズに幅広く対応する必要があります。そこで、本プロジェクトでは、FD/SD研修プログラムにeラーニングを取り入れました。さらに、ICTの教育への活用が進まない原因の分析・研究も行った結果、解決方法の一つとしてICT 活用方法の提案を教員の授業観に適したものにする必要があるという結論を得ました。そこで、この研修プログラムは、教職員のニーズや利便性・授業観を考慮し、
1) ICT 活用教育について必要な知識を自学自習できるe ラーニング教材 2) 各教職員のICT の授業活用に関する問い合わせに応じるヘルプデスク 3) e ラーニングと対面講習をブレンドした形式の実践プロクラム
の三つで構成しました。これらの研修プログラムはどこから始めても良いように設計されています。例えば、時間的に余裕のない人は、1)のeラーニングコンテンツの中から自分に必要なものだけを選んで学習することが可能ですし、ICTの苦手な人は、まず2)のヘルプデスに相談をして、やり方を教わってから、eラーニングの学習を開始することも可能です。一人ではなかなか学習が進まないという人は、3)の実践プログラムを中心に進めていくことも可能です。
e ラーニングをFD/SDに用いることにより、ヘルプデスクや対面講習会のみの従来の取り組みに比べ、大人数に対して低コストで研修プログラムを提供することができるようになりました。
各プログラムの詳細は次の通りです。
(1)FD/SD用のeラーニング教材
HiRCでは、教職員のニーズに合わせたFD/SD用のeラーニングコンテンツを独自で作成し、無料で提供しています。これらのコンテンツは、インストラクショナルデザインの知見を基に、教育工学、高等教育学、情報科学、法学などの様々な分野の専門家によって、作成されています(コンテンツの画面は図2を参照)。いずれのコンテンツも15分間前後で学習し終わるようになっていますし、途中でやめてもその状態を保存しておくことができます。つまり、インターネットとPCの環境さえあれば、学習の進捗状況を確認しながら、いつでもどこでも自分のペースで学習を進めていくことが可能なのです。
図2 コンテンツ画面の例
本プロジェクトで作成したeラーニング教材は、共通プログラムと専門プログラムで構成されています。
共通プログラムでは、ICT活用を通した教育改善に向けた教職員の意識改革、ICT教育の特徴を生かした教授法、ICT活用にまつわる技術上・教育上・法律上の課題への理解を促すことを目的としています。
専門プログラムは、
→分野1: ICTを活用した授業の設計・評価・改善 →分野2: ICT教育のための学習支援方法 →分野3: 学習効果を高めるコンテンツの開発
の三つの分野で構成されています。
2009年3月の段階で、利用可能なコンテンツの総数は約60本になっており(表1)、これらのコンテンツ(一部の学内向けコンテンツを除く)は、HiRCのホームページ(http://www.hirc.aoyama.ac.jp/ictfd/)から利用者登録をするだけで、誰でもご利用いただくことが可能です。
表 1 eラーニングのコンテンツ例
共通プログラム
* 効果的な授業シナリオづくりの方法
* 色覚バリアフリー
* ICT活用教育における評価
* 講義における第三者の著作物の利用
* 著作権法概説
* セキュリティポリシー 等専門プログラム
[分野1] ICTを活用した授業の設計・評価・改善
* インストラクショナルデザインの考え方
* ブレンディッド・ラーニングの設計
* ICT活用教育をはじめよう 等[分野2] ICT教育のための学習支援方法
* オンライン学習支援(1)〜(6)[分野3] 学習効果を高めるコンテンツの開発
* VODコンテンツ開発手順
* オーサリングソフト使用法
* パワーポイントの有効活用
* ウェブページとHTMLの基礎
* 対面授業で使うデジタルコンテンツ 等
なお、本プロジェクトでは、作成したコンテンツの評価のために2008年12月〜2009年1月にかけて、アンケート調査を行いました。対象は、現在大学に勤務する教職員(勤務先は様々)です(表2)。
この調査では、表3のように、多くの被験者がeラーニングでFD/SDに取り組むことに関して、利便性を感じていることが分かりました。
表 2 コンテンツ評価アンケート対象者
教 員 男性8名、女性2名、平均年齢 37.3歳 職 員 男性2名、女性8名、平均年齢 36.9歳
表 3 eラーニングによるFD/SDの受講をどう思うか?
質問項目 教員 職員 (1)制約なく気軽に受講できる 4.2 3.8 (2)時間を有効に使える 4.5 4.1 (3)場所を選ばずに学習できる 3.7 4.0 (4)興味のあるものから学習できるので便利 4.5 4.6 (5)繰り返し学習できるので便利 4.6 4.8 (5件法。中間値は3.0。)
図 3 eラーニングは自分に向いていると思うか?
一方、「eラーニングという学習法は自分に合っていると思うか?」という質問には、「向いていない」と回答した教職員はいませんでしたが、「向いている」と感じている教職員は「まあまあ向いている」と合わせても半数しかいませんでした(図3)。今回アンケートの被験者は平均年齢も若く(表2)、日頃からICTの活用に積極的もしくは興味がある教職員であったにも関わらず、半数は「あまり向かない」「どちらでもない」と回答したことを考えると、大学全体では向いていないと感じる人の割合がもっと増加するものと考えられます。
アンケートの自由記述によると、向いていないと感じている要因は様々で「パソコンが苦手」「単に操作がよくわからない」「自分で本を読んだ方がよくわかる」「講習と違って質問できないのが嫌だ」「自分の興味のない分野なので一人での学習は飽きる」などがあります。このように「向いていない」と感じている人をサポートするために、本プロジェクトでは、ヘルプデスクと実践プログラムの形式も選択できるようにしました。
(2) ICT活用教育のヘルプデスク
HiRCでは、青山学院大学の全教職員(非常勤教員を含む)を対象に、ICT活用教育に関する相談に応じるヘルプデスクを用意しています。例えば、「授業でパソコンを使って画像を見せたいので、使い方を知りたい」、「eラーニングを使ってみようと思うが、何からはじめたらいいのかわからない」等といった質問に、電話やメール、対面でお答えしています。
既に何人かの教員から授業でのICT活用に関する問い合わせがあり、中にはHiRCまで出向いて、数時間にわたってご相談をされた先生もいます。eラーニングなどを用いて、少ない人員と低コストでICT活用教育を普及させることを考えた場合、こういったきめ細やかなサービスは、必要不可欠であると思われます。
(3)実践プログラム
実践プログラムでは、同僚とのワークショップなどを通して、ICTを活用した教育のための実践的な知識やスキルを身につけることを目的としています。
このプログラムは、事前に指定された教材をeラーニングで学習した上で、講習やワークショップに参加するという、ブレンディッド・ラーニングという形式を用いています。この形式により、「講習時間の節約」だけでなく、「eラーニングで生じた疑問を講習で質問することができる」、「再度取り組むことにより学習を定着させることができる」などの高い学習効果を得ることができると考えられます。また、ワークショップ形式を用いることにより「違う角度からのアプローチ」や「他者の経験を共有する」ことで、より効果的な学習になることが期待できます。さらに、eラーニングのデメリットである「学習者間の交流が取りにくい」という問題も解消されると考えられます。
写真は、若手職員の勉強会「Greenhorn Network」と共催で開催した実践プログラムの様子です。図4はこのときに行ったアンケート結果の一部で、ほとんどの参加者が、「eラーニング+対面講習」という学習形式によって、当日の講習への理解も事前に学習した教材の内容への理解も深まると感じていることが分かります。このことから、ブレンディッド・ラーニングの研修スタイルは、FD/SDにおいても効果的であると考えられます。
写真 実践プログラムの様子
図4 実践プログラムのアンケート結果
このように、(1)〜(3)のプログラムを組み合わせて提供することにより、ICTスキルの異なる様々な教職員のニーズに応える研修プログラムになっています。
本研修プログラムは、実運用が開始されたばかりですが、これまでの調査結果では概ね高い評価を得ています。
一方、eラーニング教材の数が充実してきたことにより、学習者が希望のコンテンツにたどり着くことが困難になってきました。「目的とするコンテンツがどこにあるのかすぐわからない」、「自分にとってどのe ラーニング教材が必要なのかわからない」といった類の悩みを解消するために、これらのeラーニング教材用の「ナビゲーション・システム」を開発中です。
また、そもそもICT を活用することやFD/SD に対する意識や関心の薄い教職員をいかにして引き込むかということも、大きな課題の一つです。教職員に広く周知させる手段として、ICT活用方法についてのWeb用の「3分間コンテンツ」を開発中です。世の中の急速な情報化に伴い、教職員のニーズを考慮し、幅広いICTスキルに対応したFD/SD 用の研修プログラムは、大学において必要不可欠なものになっていくと考えられます。
本プロジェクトの提案する研修プログラムが、皆様のご参考になれば幸いです。
引用文献 | ||
[1] | 青山学院大学の教育方針・理念.(オンライン) http://www.aoyama.ac.jp/outline/idea.html. |
|
[2] | 青山学院大学のFD活動.(オンライン) http://www.aoyama.ac.jp/outline/fd.html. |
|
[3] | メディア教育開発センター. eラーニング等のICTを活用した教育に関する調査報告書. 2007. | |
文責:青山学院大学ヒューマン・イノベーション研究センター
|
||
所 長
|
佐伯 胖 |
|
副 所 長 |
玉木 欽也 |
|
助 教 |
齋藤 裕 |
|
客員研究員 |
松本 喜以子 (執筆担当) |
|
客員研究員 |
佐藤 万知 |