特集 連携で学生を創る

松山大学の社会連携事業への取り組み

松浦 一悦(松山大学経済学部教授)
墨岡   学(松山大学経営学部教授)


1.はじめに

 松山大学の前身にあたる松山商科大学時代からの校歌に「伊予灘その水世界に続けり」と謳った精神は、瀬戸の海から世界へと羽ばたくことでした。その意味するところの一つは、地政学的に伊予の国(愛媛県)において学ぶ姿勢は、領土的なモノの考え方ではなく、通商的なコマース(commerce)に重きを置いたものです。英文名 Matsuyama University of Commerceをその視点で解釈すれば、独自にアイデアを生み出し互いに交換し、互いの主張に耳を傾け、さらにはハートのある社交を続けることです。高度成長期に経済界で活躍した卒業生を送り出したのは、小説『坂の上の雲』に描かれたように気宇壮大な人物達がこのような大学創立の精神をこの地で築いたお陰かもしれません。しかし、その後時代は急速に変化しました。現在、本学が行っている連携についてご報告します。


2.これまでの高大連携授業や出前講義の実績

 平成14年度経営学部が「イーサネットで作るネットワークの世界」「ネイティブ・スピーカによるイングリッシュ・コミュニケーション」「インターネットで学ぶNPO」の三つの高大連携授業を始めました。経験も踏まえながら2005年度から技術的な「イーサネット・・・」を「学ぶこと・情報・コミュニケーション」の高校生レベルの分かる内容にするよう改善し、2009年度からは「高校生のための経営学入門」を加えて時代の要請と高校生の関心を惹く内容を心がけています。これまでに実績のある連携校は、県内の22校です。このうち、松山市内にある高校は9校です。
 出前講義の実績について年度毎の学校数と件数をあげると、次のようになります。

表 出前講義の実績
学校数 件数
2000 5 6
2001 9 11
2002 8 10
2003 18 27
2004 15 21
2005 24 36
2006 31 42
2007 30 44
2008 25 37

 出張講義テーマは、「愛媛の産業と企業家精神」「愛媛のガンバルジンに学ぶ−進化する愛媛の産業・企業」「地域の経済・産業をどうとらえるか−温故知新」「統計で見る愛媛の経済」など、愛媛地域をテーマにした講義が少なくありません。
 10年間におけるこれらの実績をもとに発展させた、地域社会との連携体制について次に述べます。


3.地域社会との連携への取り組み

 地域において、少子高齢化と国際競争の激化という社会情勢の中で、本学も産学管連携によって、地域社会が直面する諸問題に取り組むべく、学外機関との連携を進めてきました。これまで、松山市商工会議所、伊予銀行、南海放送との(地域)産学連携の協力協定を結んでいます。協定に基づいて、協議の機会を設けることによって、具体的な連携事業を進めていく準備をしています。また、自治体、企業またはNPOなどの学外社会機関から共同事業に関する依頼がある場合に、大学として対応するために、社会連携のための窓口を一本化しました。社会連携を推進する組織として、2008年10月に松山大学・ソーシャル・パートナーズシップ・オフィス(略称 MSPO)を開設して、大学の各部署と学外機関の間をつなぎ、連携事業を円滑に進めるための調整業務を行うことにしています。本学の社会連携事業は、(1)学生参加型事業、(2)市民向け公開講座の開設に大別できます。以下、この二つの事業内容と、2009年度の新しい取り組みについて述べておきます。

(1)学生参加型事業
 本学の経営学部教員が中心となって進める「産学協同プラットフォームづくりを通じた社会人基礎力養成・教育システムモデルの開発」が経済産業省より2009年度「体系的な社会人基礎力・評価システム開発・実証事業」に採択されました。
 社会人基礎力とは、経済産業省が提唱している社会人としてキャリアを積む際の基礎となる三つの能力です。それらの能力とは、1)前に踏み出す力、2)考えぬく力、3)チームで働く力です。学生が企業との共同事業に主体的に取り組み、社会人基礎力を涵養することを目的として、この経済産業省の委託事業を企業との共同プロジェクトによって行っています。
 松山大学プロジェクトの特色は、提案型プロジェクトです。松山大学のプロジェクトは受け身の姿勢ではなく、学生側から積極的に「こういう手法で売ることができるのでは?」「こういう能力やアイデアがあるのですが、活用できるのではありませんか?」と提案していく点に第一の特色があります。
 もう一つの特徴は、プラットフォーム型の事業である点です。単一の事業テーマではなく、各種の異なった事業テーマ、これらに付随する講義が相互に情報を共有しつつ学生の育成にあたるとともに、評価システムを構築していくという特色を持っています。システム管理にあたるプラットフォーム委員会、そして外部監査役にあたる外部審議会を立ち上げ、こうした体制で学生の成長をバックアップしています。
 プラットフォーム型事業とは具体的に、1)i-soleプロジェクト、2)のうみん社プロジェクト、3)フリーペーパー「key」プロジェクト、4)NEXT ONE プロジェクト、5)ハート社バレンタインプロジェクト、6)まちの元気再生プロジェクトがあります。そのうち、三つを紹介します。

1)i-soleプロジェクト
 本学の学生と地元の醸造会社との商品開発、マーケッティングおよび販売についてのコラボレーション・プロジェクトであり、昨年度は、みかんのアルコール商品「i-sole」を商品化し、販売実績を上げることができました。今年度は、リキュール酒「i-sole」のブランド化を図り、さらにグレードアップをさせようと、各グループが研究してきた内容を発表し、研究を重ねています。多くの人に手に取ってもらうためには? 付加価値をつけるためにどうするのか? 地酒として定着さすためにどうすればよいかなど、新商品の提案だけでなく、マーケティング提案や認知度向上の販促策など幅広い提案が出されています。2009年7月18日には、内子町の五十崎自治センターにて「i-sole」プロジェクトの提案発表会を行いました。

2)のうみん社プロジェクト
 1)と同様に、「のうみん社」との産学協同事業です。今年度は、ライムの商品開発を目的として学生と同社との共同事業がキック・オフされました。風味がよく、ビタミンCが多く含まれ、カクテルや料理の添え物として使われているライムの用途開発を行い、ライムの新しい可能性を探るとともに、ライムの消費拡大ならびに市場拡大を狙って、商品開発の研究を行っています。2009年7月の研究会では、ライムの発祥と歴史、ライムの特性と物性、ライムの用途について学生が研究を行い、それぞれの班より調査報告が行われました。

3)NEXT ONE プロジェクト
 地元企業との新しい商品開発と販売促進を行う共同事業です。企画化されている商品として、「クリームチーズサンドの紹介」、「紙製おせち箱」、「道後美肌シリーズ」、「豆腐ソーセージ」などがあります。今後、企業と学生とのマーケッティングや新たな商品化に向けた共同研究が進められることになっています。

 過去に実施された学生参加型の事業の例としては愛媛の酒造メーカー「梅錦」、地元の民放局「南海放送」、地元広告代理店「星企画」、それに経営学部のゼミから選んだ7名のチームが共同で開発した日本酒パッケージ「ヒメカン」がありました。消費が行き詰まった日本酒の売り上げを若い人や女性をターゲットに伸ばそうとする試みでした。名前の通り缶入りで、小型の150ミリリットルのコンビニで手軽に買って飲める日本酒を目指し、ネーミングとパッケージデザインを中心に学生達の意見を積極的に取り入れました。地元百貨店で売り場の一部を借りて販売し直接顧客の反応を知るという体験は学生たちに大変貴重なもので、卒業後もヒメカンチームはSNSのコミュニティで活躍しています。この地域SNSには四国の大学が連携した「さとあい」プロジェクトがあります。運営母体は、2007年に設立された産学連携の四国キャンパスSNS協議会です。

(2)市民向け公開講座の開設
 2008年度に松山商工会議所との共同事業として、市民講座(ふるさとふれあい塾−松山観光文化コンシェルジェ講座−)を開講し、2009年度も継続しています。本講座は、松山の歴史や文化・風土等、観光資源についての知識をより深めて、松山市の観光を案内できる人材を育成すること目的としており、講座の修了者には「松山観光文化コンシェルジェ(案内人)検定(初級)」の資格を与えています。
 経営学部が今年開講する「情報コース特殊講義 e‐ビジネス実践論」は、松山市・松山市商工会議所・松山大学経営学部の産官学プロジェクトの一環として開講されるものであり、愛媛大学学生、松山市商工会議所会員、一般市民も受講できることになっています。e-ビジネス、なかでも、ネットショップ経営に必要な様々な事柄について学ぶ講座で、大きく分けますと、本学教授陣を中心として学術的観点からネットビジネスを分析することと、ネットビジネスの経営者による実践経験報告の二つの部分からなります。理論と実践経験の両者を学び、e-ビジネスで成功するための要件について考察するものです。
 他にも、経営学部では、株式会社いよぎん地域経済研究センターの協力を得て、「地域産業論」を開講しています。同センターのスタッフが講師を務めており、この講義では、愛媛の主要産業の現状について、現地の調査活動の成果や資料等を活用して、現場の視点から論じます。各産業の直面する課題および対応策について考察するとともに、愛媛県経済・産業実態について理解を深めてもらうことを目的としています。また、経営学部の「資本市場の役割と証券投資」は、野村證券株式会社の提供講座として開講されるものです。14回の講義を通して、金融・証券市場の機能と役割、資産運用に関する考え方を学びます。
 経済学部では、今年から地元の海運会社の後援によって「海事経済論」を開講しました。愛媛は国際物流を担う造船業や海運業の集積地域であるにもかかわらず、国際貿易を支える海運産業の実態は学生または市民にもあまり知られていません。そこで、海運業の現状と将来について理解を深めるための講座を提供しています。講師陣は、国際ビジネスの最前線で活躍する実務家です。2009年10月には開講を記念して、シンポジュウムを実施する予定です。
 経済学部の「国際観光論」は、観光産業の国際化の視点から、「観光立国」を中心とする観光政策の展開、観光産業の現状および道後や奥道後地域を中心とした観光産業の実態について紹介する産官学連携型講義です。講義は一般市民にも公開されています。また、新居浜市生涯学習大学と連携した公開講座は15年間続いています。新居浜市生涯学習大学の企画の一つを「松山大学公開講座」として、本学の教員が新居浜市での公開講座の講師を務めています。年配の学習意欲の強い、熱心な受講生に支えられ、テーマは毎年新しく設定され、そのテーマにあった講師を毎年派遣しています。

(3)今後の活動
 2009年10月に県内内子町と連携事業協定を結ぶ予定です。内子町との協定を通じて、地域の文化遺産、教育資源や人材を活用できる体制を作り、学生に多様な学習機会を提供すること、他方、教職員・学生がまちづくりに参加することによって、中山間地域の維持可能な発展の道を構築する上で貢献することを目的としています。今後は、学習研究施設、交流宿泊の利用、地域調査に関する支援、町と大学間の人的交流、公開講座などの文化交流について、具体的な企画について協議を進める予定です。
 学生達に今日の社会が直面している具体的諸問題を端的に提示している問題を認識させ、その解決策について学生の柔軟な発想で考えさせる機会を提供することは意義あることですが、内子町との連携協定は、こうた地域における相互学習の場である「サテライト・キャンパス」を構築するための足掛かりであると考えています。


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