特集 社会的・職業的自立に向けたキャリア形成教育を考える

KITポートフォリオシステムとキャリア教育
〜金沢工業大学〜

1.キャリア教育の基本認識

 本学には正課・課外を含めた大学教育の全体がキャリア教育であり、就職支援はその延長という基本認識があります。自分の人生観を自覚し、そのために大学で何を学び、何を身につけるべきかを判断する力や意欲形成が「はじめの一歩」であり、その結果として専門教育に進むものと考えています。それができていないと就職支援は単なる求人への対処療法に陥ってしまいます。
 1年次学生に対するキャリア教育は、「キャリアデザイン」と「キャリア形成」の区別を理解することから始めます。まず本学の中で興味の持てることを見つけ、次に決して失敗を恐れることなく、積極的に挑戦すること。するとそれが「好き」になり、更に失敗を乗り越えて挑戦し続ければ、「好き」から「できる」という「特技」のレベルに達します。このレベルに達すると、「使命感」や「やり甲斐」を感じるようになり、初めて自分の選択が正しいと思え、その延長線上にしかない自分の「夢、希望や志」が明確になります。このようなプロセスを「キャリアデザイン」であることを理解させます。
 自分の目標は自分で見つけてつかみ取る必要があります。その努力(レベルに達する努力、レベルを維持・向上する努力)は、大学ではもちろん、卒業し社会に出てからも必要です。この努力の継続を「キャリア形成」と説明するわけです。
 本学では「社会に適応できる能力」、言葉を換えますと「社会で自分を生かして生きていく力」を「KIT(Kanazawa Institute of Technology)人間力」(自律と自立、リーダーシップ、コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、コラボレーション能力)と呼んでいますが、これを大学教育カリキュラム全体に、しかも具体的に盛り込み、それを評価することにしています。特別のキャリア教育科目をカリキュラム上に置くだけでは意味がありません。そのために、以下に説明します複数のポートフォリオを用い、修学とキャリアデザインを連結する仕掛けを実践しているわけです。

2.ポートフォリオ導入の経緯

 本学の教育使命の最も重要なことは、入学を許可した学生を社会に貢献できる「自ら考え行動する技術者」として世に送り出すことにあります。開学以来、建学綱領の筆頭に掲げる「人間形成」を教育現場において実践してきましたが、大学を取り巻く環境の急速な変化に伴い、コンテンツを大胆に見直す必要性に迫られていました。そこで学生に「人間力」「社会人基礎力」「就職基礎能力」などに示される項目で不足するものに自ら気づかせ、実行し身につけるための教育的仕掛けと、教職員の修学支援に対する意識改革とその行動が課題となったのです。

図1 KITポートフォリオシステム概要

 一つの手法として、時間と労力とをこれまで以上に費やすことが要求されるものの、やはり学生と教員との距離をさらに縮めるコミュニケーションが必要と判断されました。そのツールとして、学生が日々の修学生活における活動や成果を記録保管し、それを教員と相互確認しつつ、自己実現を支援することを目的としたポートフォリオの活用を考案し、平成16年度から全学規模でその運用に乗り出したのです。現在運用しているポートフォリオには、「修学ポートフォリオ」「キャリアポートフォリオ」「自己評価レポートポートフォリオ」「プロジェクトデザインポートフォリオ」「達成度評価ポートフォリオ」があり、これらを総称して「KITポートフォリオシステム」と呼んでいます。
 基本的には自学自習の姿勢、生活スタイル、目的指向(キャリアデザイン)を確立し高めるための支援ツールであって、学生の継続的な活用と教員のフィードバックという相互の信頼関係によって成り立っています。つまり本システム全体を用いて、4年間の修学生活と学年ごとのキャリアデザインを併用し、PDCAを実践する教育が本学のキャリア教育なのです。

3.ポートフォリオの内容と特徴

(1)修学ポートフォリオ

 これには「1週間の行動履歴」と「各学期の達成度自己評価」がありますが、ここでは前者の説明をいたします。入力項目は以下の通りです。
 1)今週の優先順位と達成度、2)出欠席遅刻の科目名と理由、3)授業以外の学習科目名・資格名と時間数、4)課外活動:教育施設利用、クラブ活動、アルバイトなどの時間数、5)健康管理:朝昼夜の食事摂取、睡眠時間、積極的な運動時間、6)1週間で努力したこと、反省点、日常生活で困ったことを100〜200文字で入力します。
 これをプリントアウトして1年次全学必修科目「修学基礎I〜IV」の授業で提出すると、教員はコメントを付記して翌週返却するので、学生はそれを最下部の「教員コメント」欄に入力して1週間分が完結することになります。これを年間30往復することで、自己管理と自己評価を習慣付けし、修学のモチベーションを向上させようと試みています。

図2 1週間の行動履歴(実例、本人了承済み)

(2)キャリアポートフォリオ

 平成20年度まで1年次春学期(3学期制)に「進路ガイド基礎」を開講していましたが、21年度から「修学基礎I〜IV」において通年でキャリア教育を実施することにしました。特徴的なことは、以下の四つのシートからなる「キャリアポートフォリオ」を作成することにあります。

図3 キャリアポートフォリオ

 1)まず幼稚園から小学校・中学校・高等学校までの自分史を作成します。感動した出来事、夢中になったこと、自分の長所・短所、趣味、進学の目的などの設問に回答することによって、高等学校までの自分自身を振り返るわけです。過去に遡って自己分析を行うことで、今の自分がどうやってできあがってきたのか(なぜ今、ここにいるのか)を理解することになります。
 2)次に入学時点で描いている卒業後のキャリア像、例えば理想とする人物に近づくための努力とは?10年後の理想の生活のために必要な努力とは?働く目的とは?希望職種とその理由などについて回答し、現時点での卒業後の自分像を想定します。
 3)そこで大学での4年間をどのように過ごすのか、2)と比較して在学中の取り組みについて回答します。つまりこれから何を行うべきかを理解し、将来の自分像の実現のためになすべきことを設計します。
 4)最後に自分の特性、職業観、目標を描き出し、社会が求める技術者像、卒業時に身につけている能力を予想します。自分の現状を把握(自己探求)し、今の自分を判断して、何ができるかを正しく評価するわけです。
 このように1年次での自己を分析・評価し、将来に対する見通しをもって人生を設計する一連の作業は、キャリア像を媒体として大学生活におけるモチベーションを高めることにつながります。

(3)各学年の達成度評価ポートフォリオ

 本ポートフォリオは、1〜3年次の年度末に作成し、1年間の修学生活、進路などのついての自己分析を行うために、以下の項目について入力します。

1)今年度の目標(50文字)と達成度の自己評価(200文字)

2)今年度の修学・生活状況(出欠、成績、課題提出・各種教育センター利用、課外活動、健康、アルバイトなど)において満足すべきことや反省すべきこと(100文字)、およびこれらを一層発展させる方法や改善方法(200文字)

3)希望進路(100文字)とその実現に向けて実際にとった行動・成果(自学自習、資格挑戦・取得、インターンシップなど)および展望(200文字)

4)「KIT人間力=社会に適合できる能力」五つの能力の達成度(各100文字)

5)次年度の目標(50文字)とこれを達成するための行動予定(200文字)

 学生は次年度の目標を設定し(Plan)、目標達成の活動プロセスや成果を記録し(Do)、それをもとに目標への達成度を評価し(Check)、次年度に向けた改善を図り、活動計画を作成して実行する(Action)、というPDCAサイクルを回すことになります。自己成長の軌跡(経年変化)と修学の自覚・自信・反省から、技術者になる意義と意欲を高めることを目的とするポートフォリオなのです。そして新学年の4月に全学年で実施する個人面談時に、修学アドバイザーはこれを参照して、1年間の計画と方向性について学生と相互検証することになります。

4.ポートフォリオ導入の成果と課題

 以上のように本学のキャリア教育の特徴は、学生が複数のポートフォリオから小さな「気付き」や「自信の芽生え」を読み取り、目標への接近度や達成度の定点確認を行い、次の行動設計に反映させていく自己成長型で、しかも重層構造であることです。
 平成15年度までの入学生のQPA(Quality Point Average)は2年次終了時には1年次終了時より下がっていましたが、ポートフォリオを導入した16年度入学生から上昇に転じました。これがもっとも大きな成果とみています。

表1 平成13年〜21年度 入学年度別QPA

 また16年度から20年度の授業アンケート「自己の将来目標の設定に必要な知識や情報収集に関する感想文を書ける」において「60%」以上の達成度と自己評価した学生は90%に及んでいます。
 なお本学CS(Customer Satisfaction)室では、3年に一度学生が入社した企業の人事担当者を対象に本学出身学生の企業での能力についてアンケート調査を行っています。17・20年度の調査結果を比較すると、企業が学生に求める能力(コミュニケーション、勤勉、挑戦、誠実、自立性、知的好奇心、情報分析、リーダーシップ、キャリア形成など)20項目すべてにおいて評価が上昇しており、早期離職者が少ないとの報告もあります。
 キャリア教育は単にキャリア教育科目を設定するだけではなく、あらゆる科目にその一部を意識的に取り込むことが必要です。この科目は何のための学習なのか、このことを学生に意識させなければ、学生は単位修得だけに目を奪われてしまいます。学生に夢と現実を冷静に対比させる機会を与え、より具体的な人生設計、ロードマップ作成を考えさせることが重要となるはずです。本学はそれらを前提とした教育体系の構築を目指しており、多くの科目で実践されつつありますが、まだ十分とは言えません。専門課程教員の半数が企業出身ですから、その実績が更に発揮できるカリキュラム設計を検討しています。

文責: 金沢工業大学 学生部長
修学基礎教育課程主任 藤本 元啓

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