特集 社会的・職業的自立に向けたキャリア形成教育を考える
本学は、1975年に設立されて以来、「建学の精神に則り、全人の育成を第一義として、人間力・実践力・統合力を養い、自ら課題を発見し、そして解決することができる知的専門職業人を育成する」ことを「教育の理念」として、社会に有為な人材を送り出すことを目的にした教育研究活動を一貫して行ってきました。
それゆえ本学は、その教育成果の目に見える指標が高い就職率にあると理解し、各学部学科の授業編成における工夫に加えて、全学部共通に履修可能な授業枠組みである「教養特別講義」を活用して「キャリアデザイン」や「ビジネスマナー」などの科目を開講するとともに、就職部による在学生全員に対する個別面談による就職指導のような厚生補導にも力を入れてきました。すなわち、本学は既に長きにわたって、学生の就業力向上に対する支援を正課内・外の取り組みの連関の中で行ってきたと言えます。
「PBL型学生プロジェクト」は、文部科学省平成21年度「大学教育・学生支援推進事業」に採択されたプログラムの中で実施する新しい授業科目ですが、本科目も、このような本学の多年にわたる「教育の理念」実現のための取り組みの一環として行われるものであり、なかでも近年の学生気質の変化に対応した教育システムの構築を目指したいくつかの試みのなかの一つです。
携帯電話やインターネットの普及によって、近年、学生のライフスタイルやコミュニケーションスタイルは目まぐるしく変化しており、それに呼応して学生気質にも著しい変化がみられます。例えば本学においても、「挫折に弱く、傷つくことを極端に恐れる」学生や、「無気力で指示が出されないと動かない」学生、「表情が乏しく、意思表示がはっきりしない」あるいは「共感や感動がなくコミュニケーションがとれない」学生が増加しています。
しかし、これら「いまどきの学生」は決して、その潜在能力や成長の可能性という点でかつての学生よりも劣っているわけではありません。むしろ教育する側からすれば、かつて同様に大きな潜在能力を秘めたこれらの学生に対して、その潜在能力を引き出すためにいかにしてモチベーションを高めるかが近年最大の課題となっていると言えます。
本学ではこうした観点のもと、新しい教育システムの構築に乗り出すことにしたのですが、その際これまでの教育努力を振り返ったところ、いくつかの参考になる事例があることに気がつきました。すなわち、前記「教養特別講義」の中で、授業の一環として地域活動やボランティア活動への参加の機会を学生に提供する「水辺の保全と活用〜人と自然の共生〜」や「地域連携教育活動(近隣の小・中学校における教育補助活動)」などを実施してきましたが、これらの受講学生の多くがその後自主的に地域活動やボランティア活動に取り組むようになっており、授業内におけるいわば一過性のイベントとしてであっても、学生に成功や失敗を体験させることが、モチベーションの向上に役立つことがわかってきたのです。こうした経験と検討を踏まえて、本年度より本学の教育理念である実践力のある学生を育成することを具体的に体現する試みとして、「PBL型学生プロジェクト」科目を設置することとした次第です。
プログラム全体としては、学生が主体的に学び、また行動できる教育環境を整えることを目指して、1)大学の学びで身に付けた能力が社会でどのように役立つかの理解度を高める、2)能力を自分のものにし社会で活用できることを自己認識させる、3)キャリアデザインを描くための就職情報を容易に入手できる環境を整える、という三つを大きな目標としています。
そのための第一の手立てが正課の授業として行う「PBL型学生プロジェクト」科目であり、これは実践的な社会活動の中で学生が成功や失敗を体験することを通して、主体的に行動する力を身に付けることを主たるねらいとしたものです。本年度は、1)ミニ蒸気機関車プロジェクト、2) 新商品(摂大グッズ)プロジェクト、3)寝屋川における水路を活かした水辺環境の再生、4)地域活性支援プロジェクト、5)過疎地域を大学生の力で活性化するプロジェクトの五つのプロジェクトを展開しています。なかでも4)と5)は、2010年3月3日に本学が包括連携協定を締結した和歌山県すさみ町の協力を得て、少子高齢化と過疎化が進む限界集落を19カ所も抱える同町の活性化に取り組んでいます。
また第二の手立てとして、本科目履修学生に「対人基礎力・対自己基礎力・対課題基礎力・学士基礎力」の成長を記録させる学生ポートフォリオ・システムがあります。このポートフォリオでは、本学独自の評価方法とアドバイザー教員のサポートによって、学生に自らに適した達成目標を設定させ、前期終了後、後期終了後に再度のアセスメントを実施し、弱点の抽出とその克服を意識させ、取り組み開始前と比較し「各基礎力が向上し、就職力に結び付いた」という回答を履修後に得ることを目標としています。
写真1 学生の活動の様子(1)
町の農業活性化につなげる「キャベツ・プロジェクト」写真2 学生の活動の様子(2)
すさみ町最大のイベントである「イノブータン王国建国25周年祭」「イノブタダービー」で本学の学生がイベントスタッフを担当し祭りの盛り上げに活躍
さらに第三の手立てとして、学生の進路や就業に対する意識の高まりに応じた環境を整え、長期的な支援スケジュールを立てるための就職活動支援ツールとして自宅のPCや、携帯電話からアクセスして検索できる「企業・求人票検索システム」「パーソナリティー診断システム」を開発しています。
こうしたプログラム全体は、学長のリーダーシップのもと、全学的な連携がとられるよう、学長室を中心に教員・就職部・教務部・学生部で組織する『就職力強化委員会』を設置し、PDCAサイクルに基づいた取り組みを実施することにしています。評価体制としては、学内評価と外部評価に分けて評価を実施します。特に外部評価は連携機関や団体、企業などに行っていただき、その内容をシンポジウム等で広く一般に開示することによって、より広い社会からの評価を得ることを計画しています。
もとより本プログラムの実施のみで本学における就業力育成に関する教育が充分に果たされるとは考えていません。「PBL型学生プロジェクト」科目は選択科目であり、本学の在学生全員が履修するものではありません。しかるに近年における学生の就業意欲・意識の低下を考えるならば、全学生に向けた就業力の向上を図るための必修科目が必要であろうと考え、設置に向けて検討を開始しています。また就業力育成教育のより一層の充実化を図るため、カリキュラムの整備や運営を担当する実務経験をもつ専任教員の採用も行います。さらに、必修化予定のキャリア科目や「PBL型学生プロジェクト」科目、就職部による就職支援など正課内外の取り組みと、学部学科を中心に行っている専門教育とが有機的なつながりを保つようにするための運営組織を別途、設置する予定です。これら個々の具体的な課題は、学生の変化と社会ニーズに対応するという共通の目的のために行われるものですが、本学におけるこれら就業力育成支援体制が有効に機能するためにもっとも重要なことは、この体制そのものの見える化を図り、学生に対しても、教員・職員に対しても、さらには保護者を含めた社会一般に対しても、「知的専門職業人の育成」という教育理念の達成に向けて、本学が全体で一貫した取り組みをしているとのメッセージを伝えることであると考えています。明確なメッセージを伝えることが学生の意識の変革を促すと信ずるからです。
文責: | 摂南大学教務部長 太田 義器 |