人材育成のための授業紹介●地理学

地理空間情報とICT活用
〜地理情報システム教育を事例として〜

鈴木 厚志(立正大学地球環境科学部教授)

1.はじめに

 立正大学地球環境科学部地理学科は、1925年に設置された専門部歴史地理科にルーツを求めることができます。以来85年間、おもに中等教育の教員養成に主眼を置き、教育と研究を継続してきました。1998年、それまでの文学部地理学科(昼間コース・夜間主コース)から地球環境科学部地理学科(昼間コースのみ)へと改組し、現在は埼玉県の熊谷キャンパスにおいて4年間の一貫教育を実施しています。
 地理学は地域そのものにその研究対象を求めることが多く、そのため文系―理系、人文・社会科学系―自然科学系といった二元論的な考え方はあまり意味を持ちません。確かに、扱う地域事象や観点から人文地理学や自然地理学という分野はありますが、どのような分野であっても、フィールドに出て自ら一次データを取得し、それらを2次元・3次元空間に再現して分析・考察する研究態度は、長く受け継がれています。
 筆者は、地理学を学ぶ上で必須のスキルともいえる地図学と地理情報科学の分野を担当し、ICT教育にも関わってきました。本稿では、データ分析から地図化へそして空間分析へと変化してきた地理学におけるICT活用の現状と課題について、地理情報システム教育の視点から紹介します。

2.地理学科のICT教育とその環境

 現在の地理学科のICT教育は、立正大学生共通の科目(フレッシャーズ科目)と学科独自の地理情報科目群(2010年度新入生からは地理技能基礎科目群と専門実践科目群)から構成されます。前者の科目「情報処理の基礎」は、共通の情報リテラシー教育であり、1年次前期に2単位の必修科目として実施します。後者の地理情報科目群は、地図学・GIS(地理情報システム)科目ともいえるもので、文学部地理学科時代から継続している科目もあります(表1)。これらの科目のうち、ICT環境を積極的に活用するのは、「地域統計処理法」「地域分析法」「地理情報システム実習I」「地理情報システム実習II」「景観画像処理実習」などです。

表1 地理情報科目群科目一覧

 1998年の地球環境科学部設置に伴い、3室からなる学部独自のコンピュータ教室を学部実験・実習棟内に整備しました。現在のコンピュータ教室の機器は、設置当初から数え3代目となりました。3教室中2教室は、それぞれ学生用端末35台と教員用端末から構成され、設置された仕切り版を移動すれば70台の端末室としても使用できます。これらの教室は、おもにリテラシー教育、プログラミングや統計解析ソフトを使用する授業で使用します。残りの1教室は、広めの面積と大きいPC用テーブルを備え、学生用端末40台と教員用端末から構成されます(図1)。この教室は、本稿で紹介する地理情報システムやリモートセンシングに関する実習授業用としてもっぱら使用します。地理学科ともう一つの学科である環境システム学科のICT教育は、こうした学部専用の施設を利用し行っています。

図1 地理情報システム実習I

3.「情報処理の基礎」(フレッシャーズ科目)と学習支援

 「情報処理の基礎」は、立正大学生共通の情報リテラシー教育です。本編の趣旨からやや離れますが、地理学科のICT活用教育と深く関わりますので短く紹介します。この科目は、同一シラバスで4クラス開設しています。授業内容はリテラシー教育そのものですが、学科で編集したテキストを使用し、初歩的な地理情報の扱い方を学びます。授業時間中多くの時間を割くのは、表計算ソフトを使用し地理データを表やグラフにする視覚化の過程と、それらをポスターにまとめるプレゼンテーションソフトの使い方です。この授業をとおし、地理学科の学生は、その後に続くフィールドワーク科目や多くの実習科目での課題作成に必要なICTスキルを身につけます。
 習熟度の低い学生に対しては、本年度より2名のTAを週2日間配置した支援クラスを6コマ設けました。担当教員からの指示のもと、TAは学生の持参する授業中の不明点を記載した連絡票の内容を確認し、ほぼ一対一の指導による学習支援を行います。担当教員は、こうした支援により不明点が解消したことを確認し、翌週の授業を行うシステムを構築しました。この2〜3年、地理学科新入生のICTスキルの能力差は拡大する一方のため、こうした手立てを講じています。

4.「地理情報システム実習I」(地理情報科目群)

 地理情報システム(GIS: Geographic Information System)という言葉が使用されるようになったのは1980年代のことです。一般に地理情報システムは、地理情報を系統的に取得・作成、変換・管理、解析、伝達するためのコンピュータシステムと定義されますが、数ある情報システムの中でも、位置情報を扱うシステムであることに最大の特徴があります。立正大学地理学科においてこれらの教育が本格的に始まるのは、1998年の地球環境科学部への改組により、教育環境を大幅に整備してからのことです。表1より、地理情報システム教育に該当するのは、「地理情報システムの基礎」「地理情報システム実習I」「地理情報システム実習II」の3科目です。これらのうち「地理情報システムの基礎」は講義科目であり、内容は地理情報システムの定義と構成要素、発達、空間データの構造、地理情報システムの利活用等に及びます。受講生は毎年100〜130名程度です。この科目の単位修得者が「地理情報システム実習I」と「同II」の単位取得へと進みます。
 表2は、2010年度に実施した「地理情報システム実習I」のシラバスの一部です。空間データの利用と地図化をテーマとし、3・4年次の前期科目(2単位・2コマ連続)として開講しています。受講生は35〜40名。1名のTAが授業をサポートします。使用するGISソフトは‘カシミール3D’‘地図太郎’‘ArcGIS’であり、これらを使用してより地理的なGISを念頭に置いた実習を心がけています。授業時には、実習のねらい・使用データ・実習手順・プロジェクト課題を記した「実習メモ」を毎回配布し、それをもとに授業を進めます。

表2 「地理情報システム実習I」シラバスより

授業計画

  • 授業計画の説明と注意事項確認 空間データとその利用法
  • 地域調査とGIS
  • アドレスマッチング
  • 統計地図の作成1(投影変換、統計地図作成の基本)
  • 統計地図の作成2(階級区分図、面積図、パイチャート)
  • 地形表現1(等高段彩図、等高線図、傾斜角度図、傾斜方向図、陰影図)
  • 地形表現2(3次元表現)
  • 地形表現3(水系図の作成と流域界)
  • 土地利用図1(ミクロスケールとメソスケールの土地利用)
  • 土地利用図2(土地利用図と地図画像との重ね合わせ)
  • 土地利用図3(マクロスケールの土地利用)
  • 地域分析1(オーバーレイ分析、バッファリング)
  • 地域分析2(地図検索)
  • 地域分析3(ボロノイ分割、印刷地図のディジタイジングと幾何補正)
  • 「地球地図」と「基盤地図」の使い方、授業のまとめ

成績評価の方法

 テーマに基づくプロジェクト課題(10点×8回程度)の合計得点により評価する。出席を重視する。課題は、原則としてPowerPointを使用して作成したA4大のミニポスターで提出する。

 授業で使用する空間データは、「数値地図」「国土数値情報」「基盤地図情報」「地球地図」など多岐に及びますが、学期前半はむしろ少ないデータを反復して使用し、確実な技能の定着を目指します。実習内容の半分は2年次までに学んだことをメニューとして取り入れています。‘地域調査’‘統計地図’‘地形表現’‘水系図’‘土地利用’などがそれに該当します。これらに対し、‘アドレスマッチング’‘3次元表現’‘地域分析’などは、この授業で初めて学ぶ内容です。実習で扱う事例地域は、キャンパスの立地する埼玉県が大半です。シラバスには記載していませんが、地理情報システムが活用できるようになるには、地図表現の基本に加えて、地球上の位置を表す座標系や地図投影法についての知識も必要です。また、オーバーレイ分析や地図検索を行うにもフィールドワークの経験が大きく活きてきます。そうした視点に立つと、地理情報システムは利用者の地理的能力を映す鏡のようなものとも言えるでしょう。
 表2にもあるよう、授業期間中、学生には8回程度のプロジェクトを課しています。それらはいずれもA4大に設定した、いわゆるミニポスター形式で作成します(図2)。

図2 提出プロジェクト

 これは、1年次の「情報処理の基礎」で得たスキルの実践です。プロジェクトは、課された地図をGISにより作成するだけではなく、地理的な特徴や分析結果、表現上の工夫にも言及してレイアウトします。こうした課題作成の反復とそれにより修得した技能を、巧みにフィールドワークのレポートや卒論作成に活かす学生も少なくありません。2010度の授業アンケートの結果を図3に掲載しました(回答者数29)。授業内容に対してはおおむね高い関心を示していますが、後半の地域分析の内容に対しては低い関心度となりました。来年度は改善が必要です。

図3 2010年度受講生による授業の関心度

 なお、後期には「地理情報システム実習II」(2単位・2コマ連続)が開設され、より卒業論文作成を視野に入れた実践的な実習が行われています(シラバスは省略)。こうした科目は、社団法人日本地理学会の認定するGIS学術士資格の認定科目として登録されており、毎年10名前後の‘GIS学術士’が誕生するようになっています。

5.終わりに

 2007年5月に「地理空間情報活用推進基本法」が成立し、その意義を反映した施策として国土交通省国土地理院や総務省統計局から多くの空間データや属性データが無償で提供されるようになっています。こうしたデータの所在情報を整理し、テーマと関連づけて活用していくことは大きな意義を持ちます。また、文部科学省から発表された次期学習指導要領では、中学社会科と高校地歴科においてそれぞれ地理情報システムの扱いが拡大されています。わが国における地図の電子化は、カーナビゲーションや、ポータルサイトの提供するWebGISとともに普及してきました。地理空間情報を活用したビジネスも拡大の一途を辿っています。そうした中にあって、地図表現の基本と位置情報の持つ価値を正しく認識した人材の育成は、今後ますます意義あることと確信し、教育を継続したいと考えています。


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