特集 クラウドを考える

 クラウド(クラウド・コンピューティング)は、インターネット回線を経由してデータセンターに蓄積されたソフトウェアなどの資源を利用するサービスであり、一般に、不特定多数でサーバを共有するパブリッククラウドと専有のサーバを使うプライベートクラウドに大別される。
 クラウドの利用は既にメールサービスなどを中心に一部の大学で行われており、サーバ等の設備を保有せずに短時間でシステム構築ができることや、運用に伴う負担軽減に加えて、新たな大学連携に向けたシステム構築の可能性などが期待されている。その半面、情報の保管場所や管理内容などのセキュリティ面に課題があることや、障害時の対応などについての不安面も指摘されている。
 教育・研究活動における情報資産の管理を厳格に行い、事故などにより教育・研究活動に停滞や支障を生じさせないことは大学の社会的責任であることから、クラウドの導入にあたっては、大学のどのような場面で利用することがそれぞれの大学に効果的であるか検討することが必要である。
 一つの考え方としては、クラウドで扱う情報のリスクを最小限にするために重要度の低い業務に留めることや、自大学で保有すべきデータと外部に預けるデータを明確化し、どのような導入が自大学にとって効果的であるのかを見極め、運用コストについても十分に検討した上で、具体的な対応策を講じる必要がある。
 本特集では、新しい情報システムとしてのクラウドの可能性について、考え方や導入事例を紹介し、現時点での課題・留意点を整理した上で、今後において費用対効果、情報セキュリティの安全性などについて探求していくことにした。

大学間クラウド環境の実現に向けて
〜教育と研究のためのインタークラウド〜

関谷 勇司(東京大学情報基盤センター講師)

1.クラウドをとりまく現状

 クラウドは「クラウドコンピューティング」の略であり、ネットワークによって相互に接続された計算機同士が連携して、ネットワーク経由でユーザにサービスを提供するシステムを意味します。つまり、インターネットの発達と普及によって、広帯域・高信頼な通信が可能となり、それを利用して広域1に分散した計算機同士を連携させることで生まれたサービス形態なのです。
 現在のクラウドは、そのサービス形態から、HaaS(Hardware as a Service)、IaaS(Infrastructure as a Service)、PaaS(Platform as a Service)、SaaS(Software as a Service)、という四つの区分に分類されます。それぞれの関係性を図1に示します。

図1 支援・指導の内容を関係者間で共有
図1 クラウドのサービス形態

 Gmail1[1]やGoogle Docs2[2]に代表されるような、一般のエンドユーザが利用する各種アプリケーションは、SaaSに分類されます。一方、PaaSは、Web環境を利用してアプリケーションを構築するようなWebプログラマやパワーユーザに利用されています。IaaS、HaaSは、AmazonEC2[3]に代表されるような、よりハードウェアに近いレベルのクラウドサービスであり、様々なサービスに利用されています。
 また、クラウドを、そのサービス範囲や利用者の範囲によって、プライベートクラウドとパブリッククラウドに分類する場合もあります。プライベートクラウドは、特定の組織や団体が自組織の限られたユーザのために構築したクラウドであり、パブリッククラウドは、不特定多数のユーザに対してサービスを行うクラウドと定義されます。

2.大学におけるクラウド利用

 大学においても、昨今クラウドの導入が進んでいます。例えば、北陸先端科学技術大学院大学では[4]、学生や教職員が使うPC端末のシンクライアント化を進めており、静岡大学でも[5]、学内のサーバや情報システムをクラウド上に移行したとプレスリリースされています。
 大学で利用されるクラウドは、プライベートクラウドとして構築されるIaaSやSaaSがほとんどであると考えられます。大学にて利用される事務システムをSaaSとして実現したり、事務職員が使う端末を、IaaSを利用したシンクライアント端末に移行する場合が多いからです。

3.大学に適したクラウド環境とは

 大学に適したクラウド環境を考えるにあたって、特に教育と研究に適したクラウド環境に着目します。もちろん、事務職員が利用する業務アプリケーション等も、クラウド化することは当然可能なのですが、大学という特色を生かしたクラウド運用は、やはり教育と研究にあると考えるからです。

(1)教育に適したクラウド環境
 教育に適したクラウドとは、講師である教員が講義内容に応じて柔軟にカスタマイズした環境を、受講している学生に低コストで展開できるクラウド環境であると言えます。また、カスタマイズした内容や部品を、他の教員や可能であれば大学間においても共有することのできる環境が望まれます。この場合、IaaSやPaaSによるクラウド環境が考えられます。例えば、ある実習講義のために教員がカスタマイズしたVM(Virtual Machine)環境をIaaS上にて構築することで、受講しているすべての学生に対して、効率的かつ低コストで、一斉に実習環境を提供することが可能となります。その一方で、多くの学生がクラウド環境を利用するような場合には、一時的に多くのクラウドリソースが必要とされます。

(2)研究に適したクラウド環境
 次に、研究に適したクラウド環境を考えます。研究に適したクラウドとは、研究に必要な計算機資源やアプリケーションを、必要なときに即時に必要なだけ利用できるクラウドであると言えます。例えば、文書作成やプロジェクト管理を行う場合には、SaaS環境によるアプリケーション環境が必要とされ、計算やシミュレーション等の場合には、PaaSやIaaS環境が必要とされます。一般的には、研究のように、その分野や目的が多岐にわたるようなクラウド利用では、自由度の高いIaaS環境が多く用いられます。すなわち、大学にプライベートIaaSを導入することで、シミュレーションや実験といった、一時的に複数台の計算機を必要とするような用途において、効率的かつ低コストなクラウド環境を提供できます。その一方で、必要とされる計算機資源がどの程度なのか、あらかじめ予測しにくいという側面もあります。特に理系の研究は、その進め方や実験結果によって、次に必要となる計算機資源が大きく変動する場合があります。

4.大学間インタークラウド環境

 前述の通り、教育の場合にも研究の場合にも、クラウド環境を利用することで、その効率と利便性を上げることが可能となります。その反面、どちらに関しても突発的な利用が発生する可能性があり、どの程度の限界性能を有したプライベートクラウドを構築すべきなのか、その明確な指針が無いという問題点があげられます。この問題を解決するためには、大学間においてプライベートクラウド同士を接続する、いわゆる「インタークラウド」環境の形成が有効であると考えます。大学間においてインタークラウドを形成することで、リソース欠乏時には、他大学のリソースを利用して、講義や研究を行うことが可能となります。また、リソース欠乏時に他の組織のリソースを借りてくることができるため、性能最大値をおさえた低コストなクラウド設計を行うことが可能となります。一方、インタークラウドの欠点として、組織間の利害関係によってリソースの融通自体が困難となったり、ネットワーク性能にクラウド全体の性能が影響されたりするという点があげられます。
 しかし、大学間におけるインタークラウド構築は、企業間でのプライベートクラウド同士のインタークラウドや、商用パブリッククラウド同士のインタークラウドに比べれば、遙かに実現しやすいと言えます。特に、教育と研究利用に限ったIaaSプライベートクラウドであれば、その上に載せるシステムは各大学独自のものを構築できるため、計算機資源、ストレージ資源をどの程度共有するかという問題に帰着します。そのため、トータルとしてお互いにIaaS導入のコストを抑えられるのであれば、インタークラウドの実現が可能となります。

5.大学間インタークラウドの構築

 大学間インタークラウドの有用性を検証するために、私自身も参加している産学連携研究コンソーシアムであるWIDE Project[6]の研究者らと共同で、大学間インタークラウドのプロトタイプ(WIDE クラウド)構築を行いました。このWIDEクラウド構築に参加した研究者は、東京大学、慶應義塾大学、北陸先端科学技術大学院大学、奈良先端科学技術大学院大学の教員ならびに学生です。これらの大学内に小規模なプライベートクラウドを構築し、連結することでインタークラウドを構築しました。コストを抑えるために、フリーソフトウェアを用いてプライベートクラウドを構築し、それらを連結してリソースマネージメントを行うソフトウェアを自作しました。WIDEクラウドのシステムの構成を図2に示します。

図2 WIDEクラウドのシステム構成
図2 WIDEクラウドのシステム構成

 WIDEクラウドは、各大学のIaaSプライベートクラウドを連結したインタークラウドあり、各大学が決めたポリシーに従ってリソースを共有することができるよう設計・構築されました。
 WIDEクラウドを実現するにあたって必要となった要素技術は、
  A)ネットワーク移動透過性技術
  B)リソース割り当てならびに管理技術
です。A)は、他の大学の計算機やストレージリソースを利用しつつ、自大学のネットワークを利用したVMを構築することを可能とする技術です。具体的には、map646[7]やNEMO(Network Mobility)[8]といった技術を使って実現されています。B)は各大学のクラウドリソースを把握し、他大学のユーザに許可する共有リソース割合を管理するための技術です。具体的にはlibvirt[9]というオープンソースソフトウェアと、自作したインタークラウドコントローラ(図3)によって実現されました。

図3 インタークラウドコントローラによる管理画面
図3 インタークラウドコントローラによる管理画面

 インタークラウドの有用性を確認するため、二つの実験を試みました。まず、2010年の8月に行われた夏の高校野球大会(甲子園)のインターネット中継を、WIDEクラウドを用いて行いました。これは、毎日放送と奈良先端科学技術大学院大学との共同実験にて行われたインターネット中継であり、基本的に奈良先端科学技術大学院大学のクラウドリソースを使って中継を行いました。しかし、準決勝や決勝戦といった、インターネット中継利用者が一時的に増加するような日程においては、他大学のリソースを活用して中継を行うことで、余裕を持ってインターネット中継を行うことができました。この成果に関しては論文[10]にて述べられています。
 また、2010年12月31日に、ベートーヴェンは凄い ! 全交響曲連続演奏会 2010のインターネット中継[11]を、WIDEクラウドを用いて行いました。これは、慶應義塾大学が中心となって行った中継実験ですが、中継にあたっては、慶應義塾大学のみならず、全ての大学の共有リソースを用いてインターネット中継を行うことで、多くの視聴者に安定した音楽ストリームを配信することができました。

6.まとめ

 本文章では、大学の教育と研究に適したクラウド形態としての、IaaS大学間インタークラウドを提言し、その実証としてのプロトタイプであるWIDEクラウドの構築と実験利用について述べました。
 前節でとりあげた二つの例にみられるように、自大学が所有する以上のリソースが一時的に必要となるような局面において、大学間インタークラウドは有効に機能することが実証できました。
 大学におけるプライベートクラウド利用は、管理コストの面からも導入が促進される傾向にあり、大学の特色を生かした大学間インタークラウドの実現を提唱していきたいと考えています。

参考文献および関連URL
[1] https://mail.google.com/
[2] https://docs.google.com/
[3] http://aws.amazon.com/jp/ec2/
[4] http://pr.fujitsu.com/jp/news/2010/07/1-1.html
[5] http://japan.zdnet.com/sp/case/story/0056379.20410443.00.htm
[6] http://www.wide.ad.jp/
[7] https://github.com/keiichishima/map646
[8] RFC3963
[9] http://www.libvirt.org/
[10] 岡本 慶大 他:クラウドコンピューティングを用いた大規模コンテンツ配信基盤の構築と運用. 情報処理学会研究報告
[11] http://a4a.wide.ad.jp/jp/index.html


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