人材育成のための授業紹介●異文化理解
塚本 美恵子(駿河台大学メディア情報学部教授)
駿河台大学メディア情報学部は、1994年に日本ではじめて「情報を資源として活用できる人材『情報メディエイター』」[1]を養成する「文化情報学部」としてスタートし、2009年に「映像・音響メディア」「デジタルデザイン」「図書館・アーカイブ」の3コースをもつ「メディア情報学部」へと学部学科の改編を行いました。
異文化理解を目的に映像制作を実施しているのは、3年生を対象とした「ゼミナールI・II」(各半期2単位)の授業で、2003年から開始したゼミで制作・放送した番組は既に100本近くなります。図1は、この映像制作授業の概念図です。ゼミで地域の素敵な人を紹介する番組を制作し、これを地元のケーブルテレビ(CATV)の番組として放送し、放送後にはWebサイトで公開すると同時に、市教育委員会を通じて市内全域の小中学校と公民館に番組を教材として寄贈しています。大学の学部教育で異文化理解を目的とした映像制作を行い、その成果をCATVで放送することで地域貢献すると同時に、市民の方からのフィードバックを得るのがこの授業の大枠の流れです。CATVでの放送は、企画を持ち込んだ私の趣旨に賛同してくれた「飯能日高テレビ」[注]の協力で実現しています。
図1 映像制作授業概念図
急速に国際化・グローバル化が進む現代では、職場や学校でも多様な文化背景をもった人と机を並べることも珍しくなくなってきました。こうした社会状況を受けて、大学の授業でも今まで以上に異文化と共存できる能力を養成することが求められています。異文化理解では、モノゴトを一面的ではなく、「多様な視点」から立体的に捉える思考や態度をもつことが重要になります。ところが人は、違った視点から見ると違って見えるという当たり前のことを忘れがちです。例えば、コップは誰もが円筒形だと知っていますが、真横から見れば「長方形」で、真上から見れば「円」になります。「コップは長方形」と聞くとちょっと驚きますが、見る位置によって「円」にも「長方形」にもなるのがコップです。しかし、こうした「多様な視点」からの見方を常に意識してモノゴトを捉えるのは、なかなか難しいのが現実です。そこで、カメラを使って他者の視点を可視化することで、様々な見方・捉え方に気付かせようというのがこの映像制作を通した異文化理解の授業です。
文化は、人の価値観や習慣など目に見えないケースを含むことが多いことから、目に見える形で異文化を「教える」のは、ステレオタイプの強化につながるとの指摘もあります。そこで、こうした弊害を避けるために、異文化間教育関連の授業では、異文化の映像資料を見せて解説するのではなく、参加者のディスカッションの中から学習者同士の「多様な視点」に気付かせる手法が多く取り入れられています[3]。ただ、こうした授業も比較的人数の少ないゼミでは、互いの顔が見えることもあって、学生同士が率直な意見をぶつけ合うことを躊躇しがちです。そこで、第三者の地域市民や視聴者の視点を組み込んだ授業を展開するために、作品を放送することにしました。番組制作では、企画の段階から視聴者の「多様な視点」を意識しながら案を練り、取材・撮影では実際に市民の方に取材し話を聞くことで、多様な年齢層・経歴・文化背景をもった人々の「多様な視点」に直に接し、共同作業を通して番組を仕上げていきます。さらに放送後には、視聴者からのフィードバックが届きますので、学生にとっては「多様な視点」を知識レベルで「知る」だけではなく、実践を通した行動レベルで「理解」していくことになります。
授業の目標は、図1にも示したように、1)異なった視点から物事を捉える能力(多様性の認識―異文化理解)と同時に、2)メディアリテラシー、3)映像・音・文字を使った効果的なコミュニケーション能力、さらに4)地域文化理解などを養うことです。異文化に関する情報はメディアを通して伝えられることが多いことから、メディアリテラシーは不可欠です。また番組を通してメッセージを伝えることに加えて、取材協力者や地域の方々、さらにゼミ生同士のコミュニケーション能力を身につけること、地域文化理解も重視しています。
授業で制作している番組『見〜つけた』のコンセプトは、地域の素敵な人を紹介するもので、取材は3回以上行い、背景となる歴史・文化・生活など地域の良さをじっくり描きながら紹介する5分番組です。春学期はグループで、秋学期は一人1番組を制作することを課題としています。作品はすべてWeb上でも動画を公開していますので、番組の内容はサイトをご覧いただくのが早いかと思いますが、地元の芸術家や工芸家、視覚障害者、地域の祭りなど、多岐にわたります(図2)。
図2 2008年度放送作品の一覧(塚本研究室ホームページより)
(http://www.surugadai.ac.jp/prof/mtsukamo/)
ゼミ学生は、毎年10〜15名程です。利用機材は、ビデオカメラ(Sony DSR-PD100Aなど)と編集ソフト(EDIUSを搭載したCanopus REXCEED)、それにカメラの三脚とマイクです。実際の撮影や取材、編集は、授業時間外の活動となります。春学期を例に授業の概略を示すと、1)メディアリテラシーや基礎的な映像理論の紹介と機材の操作説明、2)番組企画の検討、3)企画・構成案作成(絵コンテと質問内容を含む)、4)取材の交渉、5)取材・撮影、6)構成案を修正しながら撮影・編集、7)中間上映会、8)ナレーション収録や資料映像の利用許可・許諾、9)最終上映会、10)取材協力者への作品内容の確認依頼、11)CATVへ納品、となります。
授業で制作した作品はすべて放送していますので、学生には、公共の電波を使って放送することの意味と意義を考え、伝えたいメッセージを視聴者に分かりやすく提示し、著作権や倫理規程に配慮した作品を制作することを最低限の評価基準とと伝えています。教員は、意図したメッセージがわかりやすく伝えられているかに関する作品の完成度と、映像制作のプロセスにおける様々な活動に対しての評価を行っています。
本授業が掲げている教育目標がどの程度達成できているのかの調査を、2006年1月にゼミ3・4年生の24名を対象に実施した結果を、図3に示します[4]。質問項目は、授業目標に即したもので、「1.映像は意図的につくられたものである」「2.映像・音声・文字によるコミュニケーションの方法がわかった」「3.物事を見るには多様な視点があることがわかった」「4.番組制作を通じて地域理解が深まった」で、選択肢は「非常にそう思う」から「全くそう思わない」までの5段階で回答を得ました。図3で見られるように、「3.物事を見るには多様な視点があることがわかった」で肯定的な回答の割合が最も高くなっています。これは、本授業担当者がこうした点を授業中に折に触れて言及していた結果が数値としてデータに表れたものだと考えられます。
図3 映像制作の教育的効果
異文化理解の授業では、ワークショップやシミュレーションゲームを導入することもありますが、どうしても活動が単発的になりがちです。その点、映像制作は、継続的に実施できる点、成果が視覚化できる点、取材相手との人間的な交流から学ぶ点、制作した作品を教材として利用できる点などのメリットが多くあります。映像作品を制作するのは、確かに非常に時間がかかり簡単ではありませんが、それだけに完成させた際の感動は大きく、学生の満足度も高くなります。これまでのゼミ生の大半は映像編集経験もありませんでしたが、すべてのゼミ生が春秋の2本の作品を完成させ卒業しています。今では、映像制作は異文化理解教育だけではなく、さまざまな能力を開発する非常に効果的なツールだと確信しています。
注 | |
「飯能日高テレビ」は元「テレビ飯能」で、2009年8月より「飯能日高テレビ」へと社名変更している。本実践は2003年から行っているが、2009〜2010年度は筆者が在外研究で一時中断したため、ここでの実践は2008年までのものである。ゼミナールは、2011年度から再開予定。 | |
参考文献および関連URL | |
[1] | 駿河台大学メディア情報学部学部長メッセージ http://www.surugadai.ac.jp/gakubu_in/media/gakubu/message.html |
[2] | 塚本美恵子研究室 http://www.surugadai.ac.jp/prof/mtsukamo/ |
[3] | 塚本恵美子:『利用メディアの調査』から見た異文化間教育の現在. 異文化間教育23,異文化間教育学会,アカデミア出版会,pp.69-83, 2006. |
[4] | 塚本恵美子・村田雅之・青山征彦:高等教育における実践的メディアリテラシー教育の試み:地域との連携を目指して. 平成16年〜平成18年度 科学研究費補助金(基盤研究(C))研究成果報告書, 2007. |