人材育成のための授業紹介●異文化理解
清水 孝子(日本文理大学経営経済学部准教授)
山本 義史(日本文理大学経営経済学部教授)
近藤 正一(日本文理大学工学部准教授)
白土 康代(日本文理大学経営経済学部准教授)
吉津 弘一(日本文理大学経営経済学部教授)
異文化理解の「異文化」とは、客観的にその性質を確定できるものではなく、「いろいろな異なった状況の中で、いろいろな異なった形で、文化なるものが現れるのだ」と考えられます。つまり、見る人の位置や立場の違いによって、ある文化の特性も複数の文化間の相違も、いろいろと違って見えるということです。2008年度より、「異文化コミュニケーション」教育において、日本映画『Shall we ダンス?』と米国版リメイク映画『Shall we Dance?』の2本の映画を共通教材に、5人の教員による共同授業を試みています。多様な視点からの講義は、卒業後に多様な社会で生きていく学生たちにとって、自他を理解し合うための解決のヒントにつながるであろうと考えています。ここでは、主に2008年度「異文化コミュニケーション」を事例にしながら、その実践を紹介します。
2008年以降、大学教育内容・方法、学修の評価を通じた「質」を保証するために必要な考え方として「学士力」という言葉が登場し、学士が身につけるべきものとしての知識・理解(文化、社会、自然等)や能力(コミュニケーションスキル)、自己管理力等の指針が中教審により提示されてきました。外部からの大学教育の見直しへの要請が強まる中、本学でも、知識や技術取得を目的にしていたこれまでの教育に、「こころの教育」や「実践型教育」をプラスした独自の「人間力育成プログラム」を展開しています。「異文化コミュニケーション」の講座も、図1に示すように「人間力」の土台となるための科目として改編された「教養基礎科目」の一つとして位置づけられています。[1]
図1 異文化コミュニケーションの教育課程内位置
(1)授業概要
「異文化コミュニケーション」は全学部(工学部・経営経済学部)2年生対象の教養基礎科目の選択科目で、取得できる単位は2単位です。2008年度の履修生115名の内訳は、日本人学生64名、中国人学生34名、韓国人学生17名でした。全体の44.3%が留学生であり、女子学生数の割合は全体の28.7%でした。また、2009年度の履修生は142名、2010年度は74名でした。なお、講義は日本語で行いました。
1回目のオリエンテーションで5人の教員による「映画のここに注目」という説明がなされ、事前アンケートを実施します。最初の3回の講義時間は主に2本の映画視聴(日本映画は日本語音声、米国版は英語音声および日本語字幕付)に使われ、その後各教員が2コマずつ講義を行い、14回目の講義時に再び全教員が集まり学生との質疑応答の時間を持ちます。2010年度は、事前に集めた各教員への質問や意見を学内ネットワーク上の「UNIVERSAL PASSPORT」内の「授業資料」として公開し、また授業中の学生作成のレポートの代表例やそれらの学生による相互評価の結果も公開しました(図2)。
図2 UNIVERSAL PASSPORT のログイン後の画面
本時にカバーしきれなかった質問・意見については、その後Q&Aにより受けつけ回答します。「UNIVERSAL PASSPORT(注)」は、本学で運用されている教育支援システムです。学外からアクセスできないという不便さはありますが、学生の学習や大学生活を支援するためのシステムとして上記以外に、Web履修登録、シラバス掲載、課題管理、掲示板など講義や学生指導で活用しています。最後に、まとめと事後アンケートを実施して共同授業が終わります。本授業独自のアンケート以外に、大学全体による授業評価も本システムにより実施・集計(集約)しています。ちなみに、2010年度の評価結果は、例えば「あなたはこの授業で、よく学習しましたか」(5段階評定で平均4.0)、「総合的に判断して、この授業に満足していますか」(同3.7)でした。
(2)映画の活用と各教員の授業目的
日本映画とその米国版リメイク映画は、様々な点で「文化的差異」が見受けられます。同じ物語であっても、日本社会と米国社会という異なる社会であれば当然でしょう。映画はあくまでフィクションであり、現実社会をそのままを描いているわけではないのですが、異文化の擬似体験は可能です。つまり、異文化の情報源として映画を活用し異文化理解につなげていくわけです。また、5人の教員がその「文化的差異」に対してどのようにアプローチするのかも、今回のティーム・ティーチングの目的の一つでもありました。5人が提示した授業目的を表1に掲載します。
表1 各教員の授業目的
教員 テーマ 授業の目的 清水孝子 映画から読み解く異文化受容 異文化要素を変容させながら受容していくという「異文化受容」のプロセスに着目します。この現象は、どの文化においても観察されることです。「異文化受容」のプロセスから見えてくる日米の文化の違いについて考察します。 近藤正一 映画の中の建築空間
映画を視聴することによって擬似的に体験される広い意味での「空間」に着目します。心に残ったシーンを統計的に比較考察することによって、日米の空間表現の違いを視覚的に明らかにしていくことを目的とします。
白土康代 ジェンダーの視点から映画を観る
高学歴であるにも拘らず、「参画率」が国際的にみて極端に低い日本の女性の状況を、自らの課題として取り組むようになることを目的としています。
山本義史 映画における人生の課題とアイデンティティの確立異文化における共通性
異文化理解として、異文化における普遍的な点について確認します。両映画に共通したテーマは、アイデンティティの混乱と相互性および再確立であることを提示します。そして、ダンスそれ自体が相互性を内包したコミュニケーションであることを考えてみます。さらに、相互性を人生における心理・社会的危機の解決法の一つとして考えてみます。
吉津弘一 社会とビジネスにおける異文化コミニュケーション
ビジネスにおいて異文化の人とコミュニケーションを取る際に起きる状況を実感させます。また、同一文化内における言葉の持つ意味の複雑さを認識させます。両者を学ぶことで、言葉を使うことの重要性を理解させます。
(3)成績・評価
評価については、それぞれの担当者がそれぞれのテーマに則した課題を学生に出しています。20点満点で評価を出し、5人の教員が出した点数を集計して、成績評価をつけています。1回目のオリエンテーションで、5人の担当教員がそれぞれの課題や映画視聴のポイントについて説明をしています。
異文化受容や他者との関係性に対する態度、アイデンティティの確立などに関する変化を測定するために授業前後でアンケートをとってはいるものの、現時点ではすべてが分析できていないので、今回は授業後のアンケート結果の一部のみ報告します。
まず、5人の教員によるリレー講義について、5段階で評定させると、「1.非常によい」と「2.よい」を含めて回答者93名中67名(72%)、普通21名(23%)であり、おおむね肯定的な回答でした。さらに、授業全体への感想を自由記述させました。表2に肯定的なもの・やや否定的なものに分類して掲載しました。他の授業にはない新規な授業方法については、肯定・否定両方の意見や感想が述べられました。したがって、わずかですが授業方法や評価方法などに困惑したり、あてが外れたりした学生もいたかもしれません。しかし、授業全体に対しては、やや否定的な回答は表2の4件のみで、他はほぼ肯定的でした。[2]異文化は身近にも存在しますが、国と国との文化の相違は容易には直接体験できません。しかし、映画(ヴァーチャル・リアリティ)によって擬似的な間接体験をさせることで、学生たちは異文化に接近できたものと考えられます。現在、外国語教育ほどには異文化理解教育において映画は活用されていません。今後、効果的な活用法の体系化についても研究していきたいと考えています。このように映画の使用、ティーム・ティーチングという授業方法、各教員の個性や授業内容などで要因は交絡しているものの、一定の教育効果は示せたのではないかと考えられます。
表2 授業全体への感想の例
肯定的 ○異文化コミュニケーションということで英語やアクションの仕方などを習うのか初めはどきどきしていました。でも実際に受けて、色々な視点から二つの作品を比べることで異文化というものを分かりやすく理解することができました。いつも新鮮な感じの講義でとても楽しく授業を聴くことができました。
○異文化コミュニケーションの授業を受けて、5人の先生からいろいろな授業方法を勉強して、自分が新に気づいたことは主人公の行動に入っています。アイデンティティ、自己の確立、成熟した人格を形成するには長い時間が必要だとわかりました。「異文化コミュニケーション」の授業を通じて他者とのコミュニケーションをとりあい成長していくことが大切だと思った。やや否定的 ○あまり他の国の人とコミュニケーションを取る機会がなかったのがざんねん。
○他文化(日本、アメリカ)についてわかるような感じがするけど、やはりコミュニケーションをするのは難しいと思いました。よいコミュニケーションを取れる方法とかにもついての講義だったらいいなと思いました。
○映画を見てからの時間があきすぎて、大まかな内容しか覚えていられなかった。
○「Shall we dance?」だけでなくあと1作品くらいテーマにしてやりたかったです。でも、とても良かったです。注:表記の仕方の間違いのみ修正しています。
さらに、こうした反応をもとにして授業改善・工夫などが求められます。また、こうした情報の発信は、本学で他にも行われている共同授業(人間力概論、大分学・大分楽、コミュニケーション演習など)に対して、基礎的データを提供できると考えられます。実際、本授業に関わった教員がこれらの授業を重複して担当しているからです。
問題点として、半期の講義期間で、肝心の映画の記憶が薄らいでしまうようです。合間の再提示や他の手立てを考える必要があるのかもしれません。映画についても、今回は、日本映画と米国版リメイク映画でしたが、逆に米国映画の日本版リメイク映画の組み合わせもあります。特に、受講生には中国・韓国の学生が大勢いますので、日本映画と中国・韓国映画のリメイク映画やその逆のケースも取り上げることが考えられます。せっかく、中国・韓国・日本の学生が同じ映画を一緒に観ているのですから、このチャンスを異文化交流の場として、「UNIVERSAL PASSPORT」内にあるクラスフォーラムなどを利用した議論の場の拡大も可能でしょう。また、異文化受容、建築空間、ジェンダー、アイデンティティ、ビジネス・コミュニケーションという切り口からだけでなく、映画音楽や家族関係の視点など、テーマの拡大の可能性も考えられます。映画には時代性もありますから、こうした進化も視野に入れながら映画を選択し、さらに教育効果をあげていくためにはどうすればよいのか、今後の課題としたいと思います。
注 | |
UNIVERSAL PASSPORTは、日本システム技術株式会社の登録商標です。 | |
参考文献 | |
[1] | NBU日本文理大学(編):2011 GUIDE NBU日本文理大学,2010. |
[2] | 清水孝子・近藤正一・白土康代・山本義史・吉津弘一:5人のティーム・ティーチングによる異文化コミュニケーション教育の実践報告―日本映画『Shall we ダンス?』と米国版リメイク映画『Shall we Dance?』による教育実践の事例から―,日本文理大学紀要,第37巻,第2号, pp.102-117,2009. |