大学教職員の職能開発
本協会では、大学職員に求められる情報活用能力養成を支援するために二つの研究講習会を開催している。一つが情報活用に関する基本的な理解と能力向上を図るための「基礎講習コース」であり、もう一つが教育改革の推進や人材養成支援に必要不可欠な戦略的な見識と実践的な能力向上を目的とした「応用コース」である。なお、本協会の社会的役割に鑑み、本研究講習会では非会員校も参加対象とし、研修成果をすべての私立大学における教育支援活動、人材育成支援活動にフィードバックすることを目指している。
本年度の「応用コース」は、11月10日(水)〜12日(金)の3日間、静岡県の浜名湖ロイヤルホテルにおいて開催され、71大学、賛助会員企業8社から128名が参加した。
本コースでは、まずICT(情報コミュニケーション技術)を活用した先進事例に触れ、教育改革のための情報化戦略を進める際に備えるべき視点について考察を行った。続いて、大学改革に関する諸課題に対応した六つのテーマ別分科会に別れ、少人数グループでの討議を通じて戦略的な情報活用モデルの創出に挑んだ。
冒頭、本講習会運営委員長の木村増夫氏(学校法人上智学院)から、今問われている大学の社会的責任とは何か、大学職員の使命とは何か、私達はどのような資質を備えなければならないのか、といった観点から参加者の問題意識を喚起する語りかけが行われた。さらに、分科会討議では全体像を描き、そこから分解して考え、そして異なる視点を組み合わせて考える「集団思考」のメリットを大いに活かしてほしい、という講習会に臨むにあたっての心構えが示された。いずれも、参加者の主体的な学びへの意欲を大いに喚起するものであった。
続いて、ICTを活用した先進的な事例紹介を受け、その戦略の背景にある本質的な課題を探求し、これを推進する上で大学職員が果たすべき役割について考察を行った。
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「ケータイ」や「クリッカー」を利用した学生参加型授業の実践を題材に、学習理論の解説を交えながらICT活用の意義が示された。参加者は、次世代大学教育におけるICT活用の可能性と課題について理解を深め、分科会での探求的な議論につなげることができた。例えば、対人関係の形成が苦手な学生たちのコミュニケーション能力向上を図るためICTを効果的に適用した戦略モデルを構想するグループがあった。参加者からは、「ICTが教育の質低下を防止するという発想は新鮮だった」、「教職協業による学びの環境づくりを考えるきっかけを得た」などの感想が寄せられた。 |
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大学図書館におけるICTを活用した学習支援戦略に関して、諸外国の先進事例にも言及しながら、その背景、目的、運用上の課題が示された。学習支援の場として図書館が果たすべき役割、これを実効ある取り組みにつなげるための人的・組織的サポートなどについて考察する機会を得て、参加者からは、「図書館は本来、教育改革の中核的存在であり、教員や他部署との連携が必要である」、「紹介された内容は図書館に限らずICT活用戦略を考える上で普遍的なアプローチであり参考になった」、「職員の役割をプロデューサやコーディネータに転換することの重要性を認識できた」などの感想が寄せられた。 |
分科会でのグループ討議を活性化し、戦略的なICT活用モデルの創出を促すため「創造的技法」の基本を学んだ。運営委員の久保田学氏(早稲田大学)から、「KJ法」や「WISDOM(早稲田大学が開発したプロジェクトマネジメント法)」をベースに課題整理の手法について説明を受け、この技法を採用した分科会では、グループ討議の重要なプロセス(例えば、参加者間で課題認識を共有する段階や課題解決方略を導き出す段階など)において多様な視点からの課題分析や探求的な思考を促す効果が得られた。
全体会に引き続き、分科会形式によるテーマ別討議を行った。各分科会とも先進的な大学の実践事例の紹介を織り交ぜながら、討議の活性化を図った。また、賛助会員企業の参加を得た分科会では、先端の技術動向や教育改革へのICT適用に関する情報提供を受け、課題解決につながる実践的な議論を展開することができた。各分科会の討議内容ならびに最終結論は後述する。
第1分科会: | 学生の主体的な学びを支援するための学生情報の活用 |
本分科会では、ポートフォリオや学生カルテに関する実践的な事例に触れ、学習支援のための新たな情報活用モデルを構想しながら学生一人ひとりの学びの質を保証する支援の仕り組みを探究した。参加者は38名(うち賛助会員企業からの参加6名を含む)、情報システム、教務系、学生支援系と様々な業務を担当する参加者により構成された。
まず、事前研修としてメーリングリスト上で自大学が抱える問題や課題解決の取り組み状況について報告し合うとともに、相互コメントを通じて分科会への主体的な参加を促した。
分科会の冒頭では、自己紹介、全体会の感想の話し合いに引き続き、愛知大学、明星大学、株式会社朝日ネット、日本電気株式会社、日本システム技術株式会社の各事例紹介が行われた。事例紹介により、ポートフォリオ、学生カルテの意義について理解を深めるとともに、課題についても共有した。
その後、1グループ8名程度の5グループに分かれ、ポートフォリオ、学生カルテの目的、定義、その活用法とメリット、デメリット、理想像と課題等を整理しながら、独創的で斬新な学習支援システムを構想し、これを実践的な情報活用モデルとして具体化する試みを行った。すべての参加者が議論の活性化に貢献しようとする意欲に溢れ、自由な発想による豊かな学びのコミュニティが形成された。その結果、各グループの最終成果物はいずれも問題の本質を的確に捉えたもので、学生情報を有効に活用する戦略的かつ実践的なモデルに仕上がった。
さらに、これらの成果物をグループ間で相互評価することによって自グループの討議内容と結論を省察し、職員が果たすべき役割についての認識を深めることができた。
分科会終了時に、三つの獲得目標に対する達成度を参加者それぞれが自己評価した。その結果は、「十分に達成できた」と「まあまあ達成できた」と回答した割合が高く、研修会で参加者全員がその意義を共有できたことを示しており、本分科会の効果が認められた。
第2分科会: | 教職協働で進める教育支援のマネジメント |
本分科会では、教職協働で教育支援を進めるにあたり、実践的なマネジメントモデルの構想を通じて具体的なイメージや意義を理解し、それらを展開する際の課題を明確にすることと、教育改善の視点からICT活用の有効性と課題を認識することを目標とした。
事前研修として参加者は、自大学における教育支援の事例とICT活用の状況、参加の動機や目的、自大学が直面する課題などについてメーリングリスト上で共有した。
分科会では、まず少人数(3〜4人)で全体会でのイントロダクションおよび事例研究について意見交換を行った。その後14名の参加者を二つのグループに分け、討議テーマを意識しながら、課題の洗い出しから作業を行った。また、日本福祉大学より「職員による教育支援の企画・立案、マネジメントへの取り組み」の事例紹介を受け、教職協働という視点から、職員として何ができるかを考える動機付けになることができた。各グループでは、職員が教育現場に踏み込むことの難しさ、職員の能力の底上げといった職員教育、学生への学びの促しなど活発なディスカッションがなされた。その結果、授業評価のPDCAを中心にした授業支援モデルや学生サービス向上に向けた教職協働の組織改革モデルが仕上がり、教職協働における職員が果たすべき役割についての意欲的な提案となった。
討議の前段では、幅広い教育支援の中でも教育改善に繋がる教育支援をテーマとするように促したため、職員が教育改善に関わることをイメージすることが難しかったようであるが、最終日の自己評価シートでは、教職協働における職員としての気づきや新たな発見があったなど、多くの参加者が分科会の目標を達成できたとの回答があった。また、提示されたアクションプランには、自大学での教育支援体制の改善や構築など様々な取り組みを行っていくとの意欲的な姿勢が認められ、本分科会の目標は概ね達成されたと考える。
第3分科会: | 大学情報のオープン化とICT活用 |
本分科会では、大学における情報のオープン化の意義を理解するとともに、情報のオープン化のためのツールであるICTの戦略的活用の課題と、その具体的方策についての提案を行うことを目標とした。まず、本分科会の参加者(10名)には事前研修として各討議テーマについて事前レポートを課すこととした。レポートは参加者にメーリングリストで配信され、課題意識を喚起するために活用された。また、参加者宛に大学時報No.333掲載の「ウェブサイトで大学の戦略を語れるか」(運営委員 正木氏執筆)を送付し、事前の問題意識の醸成に供した。
分科会の初日では、当分科会の趣旨説明で、参加者間の情報共有を行うとともに、翌日からの討議スケジュールについて確認し、参加者の自己紹介と大学時報の掲載記事について感想、気づきを述べてもらうことを含めた情報交換を行った。
2日目の討議では、「各大学の情報公開への対応、進捗状況の報告」を共有し、「情報公開の背景と目的、公開の対象となる項目や公開の対象となるステークホルダーの確認」、「各大学における情報公開の現状の整理と課題の発見、公開にあたっての留意点の検討」および特に「重点課題の抽出」、企業の取り組み事例を基に「ICTを活用した情報公開の課題解決方法の検討」を探ることを目指して終日討議が進められた。後半は討議のまとめや成果発表用の資料作成、発表準備を行った。最終日には、「討議テーマ」「獲得目標」に沿った内容での成果発表を行い、研修成果を参加者全員で共有した。
研修後のアンケートでは、「多角的な視点から問題解決の糸口を検討できた」、「ステークホルダーのニーズにあった参加型の情報発信が必要である」、「この研修成果を学内へフィードバックしたい」、「大学情報化の次の一手が必要である」など、短期間ではあるが今回の研修を機に積極的な業務改善に活かそうという意欲的な姿勢を伺うことができた。これらの感想によって、本分科会の目標は概ね達成されたと考える。
第4分科会: | 教育学習支援の充実と強化を図るための図書館の役割と機能 |
学生を主体的、自立的な学び手へと転換させるために、学生の学びを直接支援する場である図書館には大きな期待が寄せられている。一方で、人も予算も抑制された厳しい業務環境の中で、図書館職員には従来の枠を越えた新しい発想や創意工夫によって改革する努力が求められている。
本分科会では、こうした状況の中で図書館が果たすべき役割と機能を提案し、そのために必要な運用体制と課題、他部局との連携のあり方を検討した。まず、図書館の立場から、事例紹介と全体会・事例研究の振り返りを行った。事例研究は武庫川女子大学から、図書館による学習支援をテーマに行われ、国内外の先行事例の紹介を交えて、これからの図書館が大学教育において担うべき役割の広さを知ることができた。明治大学からの事例紹介は、図書館の既存資産を活用した新たな学習支援の可能性が提案され、大いに発想力が刺激された。札幌学院大学からは、図書館職員の立場から離れて、学生カルテを活用した教職協働による学生支援体制について、特にその運用に携わる教職員の声を通じて情報活用とその効果が示される事例紹介となり、その後の討議に大いに参考となった。
グループ討議は創造的技法を用いて行った。手順に沿って討議を進めるという、多くの参加者にとって初めての経験でもあり、当初は戸惑いも感じられたが、3グループ中1グループが目的関連図まで完成させ、研修後のアンケートでは、「図書館が担うべき学習支援機能をイメージできる」で84%、「教員や他部局と連携した学習支援体制構築にあたり解決すべき課題を認識できる」で79%の参加者が「達成した」と回答しており、十分な成果を確認することができた。結論として、人材育成の成果が問われる中、出口を見据えた学習支援に大学全体で取り組む必要があり、図書館はその一翼を担う立場から支援にあたっていくべきとする連携モデル、問題解決できる学生を育成するために図書館にできる学習支援プログラムの提案、学生の図書館利用率を向上させるような魅力的な学習支援プログラムの構想などが示された。
第5分科会: | 情報活用の重要性と情報システム部門の役割 |
本分科会では、情報システム部門は「システムの運用管理」から「知の資産の運用管理」、「高度化する教育研究の支援」、「安定したICT 利用環境の提供」へと、視点・軸足の転換に探求することを目的として、「情報資産管理運用のあり方」、「高度化する教育研究をいかに支援するか」「安定した利用環境の提供」の三つの検討テーマを掲げた。
事前研修として、「情報システム部門の職責に関する考え」や「自大学が抱えるICTに関連する課題」に関するレポートを課し、分科会のはじめに自己紹介、自学紹介を兼ねて説明してもらった。これにより、相互の理解と課題の共有が図れ、グループ討議における活発な討議の下地を醸成することができた。
事例発表では、成城大学から「成城大学におけるYahoo!メールAcademicEdition〜選定から運用後評価まで〜」と「SSO基盤構築のためのShibboles-Driven Approach」を発表があった。無償で利用可能なツールの比較検討、選定、運用においての工夫、そして国立情報学研究所(NII)が進めている「GakuNin」への参加・運用など、情報部門従事者にとって興味深い事例であった。次いで、個人情報漏曳に関して、組織としての対応(被害者の連絡、事実関係の公表、主務官庁への報告)や漏洩ルートの特定・停止措置、調査経過報告と再発防止への取り組み等をドラマ化したビデオを上映し、小野運営委員の補足説明と合わせて、情報資産管理のあり方を考えた。
グループ討議は参加者22名を3グループに分けて行い、各グループは「情報資産管理運用のあり方 〜学内のデータバンクを目指して〜」、「ユーザ目線に立ったサービス提供のための理想的な教育支援のあり方〜コミュニケーションの観点から〜」、「“安定した利用環境の提供”とは?」をテーマに選定し、テーマの掘り下げ、課題の洗い出しや整理、解決に向けての討議を行った。最終日に成果報告とグループ間での意見交換を行い、研修成果はグループごとにレポートを作成した。
成果として、本分科会の目指した、大学情報部門の役割変化について“気づき”を提供し、その意義や何をすべきかについてグループで検討するとともに、各自の職場でも利用可能な問題解決の手法を修得されたものと考える。
第6分科会: | 教職員・学生間のコミュニケーションを活性化するICT活用戦略 |
本分科会は教育学習支援、キャリア形成支援ならびに学生生活支援の展開に不可欠な教職員・学生間の相互のコミュニケーション活動に着目し、これを活発化、豊富化するICT活用戦略を構想しながら、そこに期待される効果と実践にあたっての課題を明らかにすることをねらいとした。
まず、参加者は分科会への参加目的・達成目標、自大学が抱える課題、討議希望テーマのレポートを事前に提出し、また、メーリングリスト上で参加者同士の交流を深めた。
分科会では東洋大学および専修大学からミニ事例報告があった。前者はICT活用戦略の先進事例として、教職員・学生間・教育実習校・教育委員会との情報共有を通じて、実践的指導力と高度の専門性を兼ね備えた小学校教員の育成を目指す東洋大学モデルの「往還型教育実習システム」についてであり、後者は専修大学の学生支援ポータルの機能充実についての問題提起に関する報告であった。
分科会参加者25名は3グループに分かれ、「“困っている”学生をいかに救い上げるか?」、「コミュニケーションが苦手な学生のためのICT活用」、「離脱防止のためのSNSを活用した早期発見プログラム」をテーマとして、それぞれ討議がなされた。また、最終日にはグループ発表と相互評価により、三つのグループは検討経過を振り返り、研修後もメーリングリストを活用して最終結論をまとめた。参加者は大学の規模、状況を越えて、支援を必要とする学生と向き合い、サポートする上での課題解決に向けて、創造的な討議ができた。さらに、参加者には自大学でのアクションプランを模索しようとする積極的な姿勢が見られ、研修後の参加者の評価シートやアクションプランを見ても、研修会のねらい、目標は概ね達成できたと評価される。
3日間の講習会終了時点で参加者から「自己評価シート」の提出を求めた。これを集計した結果、本コースが掲げる四つの全体目標の達成度は次のような状況であった。
このように、「コーディネートやマネジメントに関わろうとする意識の獲得」や「組織的課題への認識と解決へ向けた視点の獲得」のポイントが若干低く、15%の参加者が「どちらでもない」と回答しているが、すべての目標において80%以上の参加者が「達成できた」と回答しており、所期の目標は概ね達成されたと考える。達成度の低い目標については、この要因を探るため「自己評価シート」の詳細な分析を行い、例えば全体会と分科会との連携、あるいは分科会におけるテーマ設定の妥当性、討議の流れを支援する「創造的技法」の適用ならびに運営委員の働きかけなどについて、改善すべき課題を明らかにすることが求められる。
なお、講習会開催に先立ち、各分科会ともメーリングリストを利用した事前研修を行った。参加者は自大学の現状と問題点を洗い出し、事前レポートとしてメーリングリストに投稿した。分科会によっては、事前レポートに関して運営委員と参加者相互のディスカッションを行った。これらの作業を通じ、参加者は明確な課題意識をもって講習会に臨むことができた。
一方、講習会終了後、引き続きメーリングリストを通じた事後研修に取り組んだ。ここは、合宿研修での討議内容をさらに深く掘り下げ、さらに精緻化された最終結論を導き出す場である。また、事後のリフレクション(省察)を促すことによって講習会の成果を継続的、発展的に引き上げる場である。分科会によっては、各参加者が自大学における課題解決のために何をなすべきか、といったアクションプランを考えたり、その取り組みを振り返ったりする場として活用した。いわば、分科会討議で培われた人的ネットワークを研修要素に組み込んだ継続的なプログラムの展開である。
以上、本コースでは、事前研修から事後研修までの一連のプログラムによって真に実践的な人材育成プログラム、つまり研修成果が業務に活かされる研修を目指している。今後、その成果や課題を総括的に評価・分析し、さらなる改善を図っていきたい。
文責: | 大学職員情報化研究講習会 |
運営委員会 |