大学教職員の職能開発
本講習会は、大学の教員の教育技術向上を支援するため、情報通信技術を用いた教材作成、授業設計、授業運営等に関する知識や技能の習得を目的として実施している。具体的には、学生の理解を深めさせ、理解度等の状況をリアルタイムに把握するために授業の中でどのように情報通信技術を使えばよいのかといった技術と知識の習得、また、半期・通年の授業設計と一コマの授業設計を行い、そこに情報技術をどのように利用すれば効果的なのか、授業設計や進め方の習得を目指している。
本年度は、平成23年3月10日(木)〜12日(土)の3日間の日程で関西大学千里山キャンパスを会場とし、合計71名の参加者、9名の講師によって講習会を開催した。また、今年度初の試みとして本協会のWebサイトに、本講習会後1年間に講師に質問したり、受講者間の情報交換や議論ができるWebフォーラムを開設した。
講習会のコース設定、内容については、毎年度の講習会参加者のアンケート結果に基づき、ほぼ隔月に開催する講習会運営委員会の席上で議論し、毎年修正を加えて受講者のニーズにできるだけ沿うように工夫してきた。
本年度は、授業に使う情報技術を単に学ぶだけではなく、授業の中のどのような場面でどのような技術を使うことができるのか、また、それによってどんな効果を期待するのかを、様々なレベルで考え、自分の授業の中に組み込むことを目標にして、次の三つのコースを設定し実施した。また、講習会の最初にすべてのコースの共通講義として、委員長が「情報通信技術を活用した授業のあり方」と題して、受講者が共通の認識をもってそれぞれのコースを受講できるようガイダンスを行った。
(1)プレゼンテーション基礎コース
ワンランク上のプレゼン技術の習得を目指して、PowerPoint 2007を用いたプレゼンテーションの作成を行った。特に、写真や図を用いたビジュアル表現を効果的に利用する方法、PowerPointの機能として準備されているアニメーションの使い方、一つのプレゼンテーション内や別のプレゼンテーションにジャンプしたり、Webページを参照したりするハイパーリンクの利用方法など、やや高度なプレゼンテーション作成を目指した。
このコースでは、昨年度の講習会の反省から、受講者のスキルレベルをできるだけ均一にするため、本協会のサーバにPowerPointのe-Learningサイトを用意して、受講者が講習会前に基礎的なスキルを学習できる環境を整えた。
eラーニング事前講習のサイト
講習では、普段はなかなか利用しない機能を使ってみたり、授業におけるプレゼンテーションの位置付けを再確認したりした。また、講習した技術を利用して、受講者自身の授業で使うプレゼンテーションを作成し、受講者が互いに発表し批評し合い、多くの様々な意見が述べられた。日常、他の教員からの意見や感想を得る機会は実際にはほとんどないことから、受講者からは極めて有意義な時間をもつことができたとの感想が寄せられた。
PowerPointを使って授業用のプレゼンテーションを作成するだけならば、現在の大学教員の大半が使っている技術と思われるが、授業の中でコンテンツをいかに効果的に活かすかはまだまだ工夫の余地がある。PowerPointは、もともと企業活動におけるプレゼンテーションを効果的に行うことを目的に作られたアプリケーションであるため、授業用のプレゼンテーションツールとして最適とは言えないが、教員にとっての資料作成の労力を大幅に削減できるなど、活用の利点も多い。目的と場面に合ったコンテンツを、適切な技術で利用することによって最大の効果を上げることができるので、様々な技術に挑戦していただきたい。また、講習会後に開設したWebフォーラムに参加者各自で考えられた使い方をアップしていただき、お互いの参考にすることも今年度の新たな試みである。
(2)プレゼンテーション応用コース
フリーソフトを使って教材に動画やアニメーションを取り入れ、概念理解を促進できるよう動的な教材作成技術の習得を目指したコースで、日常的にプレゼンテーションソフトウェアを利用できる技能をもった方を対象とした。今回の講習では、特に様々なフリーソフトウェアを紹介し、そのうちのいくつかを使ってマルチメディアを利用した動的なプレゼンテーションの作成を行った。
このコースでも、単に動的なプレゼンテーションを作成するだけではなく、教材として完成したものを発表してお互いに批評し合うことによって、より良い教材を作るためのヒントを得たり、授業の構成の中での動的なプレゼンテーションの利用方法を検討した。
各教員がもつ情報技術のレパートリーを広げるという意味では、フリーソフトウェアをうまく利用することは、確かに大きなステップではあるが、それぞれの教員ごとに目的が少しずつ異なったり、利用したい場面が違っていたりするために、すべての受講者が満足できるソフトウェアを選択することは不可能に近い。運営委員会の反省としては、事前に講習内容をさらに細かく周知して、ニーズに合致した受講者を募集する努力が必要になる。
今回の講習会で紹介したフリーソフトウェアは、利用者が多く定評のあるものがほとんどであるが、それ以外にも様々なソフトウェアが発表されており、自分に必要なものを見つけ出し、利用するにはそれなりの知識と技術が必要になる。コンピュータが専門ではない教員にとっては、そのようなソフトウェアを検索するだけでも大仕事であり、使えそうなソフトウェアのリストがあるだけでも十分役に立つと思われる。何らかの方法で、このようなソフトウェアを紹介する手段を考える必要がある。
一方、今回の講習レベルの情報技術を既に習得している受講者に対しては、情報技術の講習というよりも、それを使った授業デザインに重きを置いた講習が考えられる。
(3)授業デザインコース
このコースでは、情報通信技術を取り入れた効果的な授業の設計と授業の進め方について、授業マネジメントの観点から授業デザインの構築に必要な基本知識、技能の理解を目指し、複数の授業デザイン作成方法の習得を目的とした。情報通信技術そのものの講習ではなく、半期または通年の講義全体のデザインの中で、ある1回の授業を取り上げてシナリオを作成し、その中で情報通信技術をいかにうまく利用していくのかが主題であった。
受講者各自で授業のためのシナリを作成し、文系、理系、医歯科系の3グループに分かれ、グループ毎にピアレビューを行って相互に評価し、シナリオの改良を行うプロセスを繰り返した。最終日に受講者全体で発表を行い、グループ外の受講者からの意見も聞く機会をもった。
ある一コマの授業を取り上げ、そのシナリオを作り上げるということで、受講者には事前に資料を準備していただくようお願いし、それに基づいたシナリオ設計および改良を行った。このコースでは、グループ内のピアレビューにおける議論が役に立ったという感想が得られている一方、全体発表は時間が短すぎて実のある議論がほとんどできなかったことが反省点である。
授業デザインと情報通信技術は独立しているようで大きく関連しており、授業1コマを1話のドラマのように考えて、筋書き、進行、時間の割振り、使用コンテンツおよび機材など、必要な情報を加えて脚本を完成することが目的であった。授業の内容によっては、スライドを使わないほうが効果的な場面もあるし、内容に応じて適切な技術を利用することの大切さが実感できたという感想もあった。
本来、このような授業デザインはその専門家の仕事と考えられるが、現在の日本の大学ではそれぞれの教員が自分の責任ですべての作業を行わなければならない。シナリオの各部分で適切な情報通信技術を利用するために、沢山の引出しを備えておくことも大切であるが、自分の作業を減らし、一度作ったものを再利用できるようにしておくためにも情報通信技術をうまく利用することができる。作成したシナリオに基づいて実際の授業を行い、その結果のフィードバックに基づいてシナリオを修正して再利用したり、たとえばWordの文書からPowerPointのスライドを作ったりするなど、一つの資料の表現形式を変更して再利用するなどの方法で、教員の労力を減らす工夫が必要となる。
情報通信技術に対する大学教員のリテラシーは、数年前に比べると格段に進歩している印象を受けるとともに、各大学における機器設備、ソフトウェアの充実も目覚しいものがあると感じている。その一方で、授業では文字のスライドだけのプレゼンテーションを垂れ流すだけという教員がいることも事実であり、情報通信技術を授業改善にいかにうまく利用していくのかをFDの一環として発信していくことは今後とも重要であると考えている。もともと講習会に参加される教員各位は、授業改善についてそれぞれ異なるとは言え、高い意識をもたれていることから、運営委員会では受講者が講習会で習得された事柄を各大学にもち帰って、そこで再配布されることを期待してきた。また、限られた人数の受講者に対する年一度の講習会だけでは、全国の私立大学教員のFDに直接貢献することは不可能である。
講習会の状況
本講習会の前身である「授業情報技術講習会」は、教員が情報通信技術を習得することを目的としていたが、その目的がある程度は達成されたという認識に基づき、「FDのための情報技術講習会」のタイトルのもと、授業における情報通信技術の使い方を習得すること、および授業そのものをデザインする技術を学ぶことを現在の目的としている。
学生の学習は、事前学習、授業、事後学習の三つから構成され、それぞれの部分でどのような情報通信技術をどのように利用すれば最大の効果を挙げられるのかを、常に意識し考える必要がある。授業設計や授業シナリオは学問分野によっても異なるし、そこで使える情報通信技術も異なる。ただし、授業を通して学生に内容を理解させるためどのような手段が使えるか、どのようなタイミングで話題を切り替えるかなど、学問分野や学年には依存しないところも多い。その一方、講義によっては、プレゼンテーションよりも板書の方が効果的な場合もあるだろうし、必ずしも情報通信技術の利用が必須ではない。しかし、仮に授業中は情報通信技術をまったく使わないとしても、学生の事前・事後学習の際にはWebの検索やレポート提出システムを使うなどで、情報通信技術を効果的に利用することができる。このような観点を、教員の皆様に理解していただき、実際の講義に利用していただけるよう、今後の講習会の内容、実施方法、実施時期などを再検討していきたい。
文責: | FD情報技術講習会運営委員会 |
委員長(平成22年度) 山本 喜一 |