特集 教育情報を活用した情報戦略

大学における情報戦略の問題点

清成 忠男(法政大学 学事顧問)

1.はじめに

 大学も情報の公表が必要な時代が到来した。周知のように、学校教育法施行規則の改正によって、特定の情報を公表することが大学等に義務づけられた。
 ただ、情報の公表をめぐって、大学等に混乱が生じているようである。公表について、自ら明確な基準をもたない大学等が多いため、戸惑いが見られるのである。
 以下では、公表のあり方について検討を加える。

2.公表すべき情報

 まず、公表の対象となる情報を確認しておこう。

 以上は教育研究に関する事項であり、大学の設置形態に関係ない。すべての受験生が大学を選択するにあたって知りたい情報ばかりである。
 他方、大学設置法人の経営に関する情報の公表は、私立学校法によって規定されている。既に財政情報の公開が2005年4月1日から義務づけられており、多くの学校法人がインターネット上で決算書などの財務情報を公開している。
 いずれにしても、大学が公的な教育機関として、社会に対する説明責任を果たすとともに、その教育の質を向上させる観点から、公表すべき情報を法令上明確にしたものである。また、学校法人が公共性を有する法人としての説明責任を果たし、関係者の理解と協力をより得られるようにしていく観点から、財務情報の公開を義務づけたものである。
 もっとも、こうした情報公表の義務づけの背景には、大学側の状況変化が存在する。すなわち、学生確保競争が激化し、大学間格差の拡大が進んでいる。その結果、学校法人の中には経営破綻に至るものが出始めている。とにかく、大学や学校法人にとってマイナス情報が拡大傾向をたどっている。公表を避けたいという意向は理解できなくもない。しかし、秘匿は学生にとっては迷惑であることは言うまでもない。
 そこで、次に、大学等の状況を見ておこう。

3.大学および学校法人の状況

 前述した大学側のマイナス情報は、特に私立大学において著しい。受験生が強い関心をもつにもかかわらず、大学側は公表したがらない、こうした状況が広がりつつあったのである。
 そこで、大学の状況を見ておこう。表1がそれである。この表では、第2次ベビーブームのピーク時点の1992年度と2011年度を対比してある。この間に18歳人口が205万人から120万人へと41.5%減少しているにもかかわらず、大学数、学生数ともに増加している。増加寄与率では私立大学が圧倒的な割合を占めている。私立大学においては、志願者数が、27.5%減少しているにもかかわらず、入学定員は27.4%増加し、入学者数も増えている。志願倍率は低下し、入学しやすくなっている。一般入試を経由しない入学者も半数近くに達している。大学進学率も50%を越え、ユニバーサル・アクセス段階に移行している。

表1 大学の状況
1992 2011 1992〜2011(%)
大学数 523 780 49.1
うち私立 384(73.4) 599(76.8) 56.0
学生数 2,293,269 2,893,434 26.2
うち私立 1,680,549(73.3) 2,126,381(73.5) 26.5
大学進学率(%) 26.4 51.0 -
私立志願者数A 4,425,506 3,210,059 △27.5
入学定員 355,683 452,997 27.4
入学者数B 418,616 481,945 15.1
志願倍率 10.6 6.7 -
推薦入学者数 131,184(31.3) 224,555(46.6) 71.2
入学定員割れ校 27(7.1) 223(39.0) 725.9

資料:文部科学省「学校基本研究」

日本私立学校振興・共済事業団「私立大学・短期大学入学志願動向」

(注)大学進学率には浪人を含む、( )内は構成比

 にもかかわらず、入学定員割れ校がほぼ4割に達している。入学定員割れ校の比率は、2008年度が237校、47.1%とピークに達していたが、以後落ちつきを見せ、2010年度38.3%、2011年度39.0%となっている。しかし、実態はそう単純ではない。入学定員割れは入学者を確保できないことを意味する。大学に、教育理念、学部・学科構成、教育力、立地、等々、が問われる。志願者を増やすことが困難である、しかし入学定員割れは避けたい、ということになれば、定員を削減する。その結果、数字の上では定員割れは避けられる。もちろん、こうした縮小均衡には限界がある。
 さて、学校法人サイドの財務状況はどうか。大学設置法人の帰属収支差額比率の推移を見ると、表2の通りである。1992年度には15.6%であったが、2000年度には11.7%、2005年度には7.8%と低下し、2008年度には0.8%に落ち込んでいる。2009年度にはやや回復し、3.7%に落ちついている。ただ、この数値は、平均値に過ぎない。全体的には、上下に大きくバラつく。2009年度について分布を見ると、帰属収支差額比率が20%以上が31法人(5.8%)、10〜20%未満が84法人(15.7%)、0〜10%未満が206法人(38.4%)、0〜△10%未満が110法人(20.5%)、△10〜20%未満が49法人、(9.1%)、△20%以下が56法人(10.5%)となっている。恒常的に帰属収支差額比率がマイナス20%以下を記録している法人が50〜60に達しているが、これらの法人は資産に余裕がなければ経営破綻に陥りかねない。また、表2から明らかなように、このところ赤字法人が200を越え、全体のほぼ4割を占めている。
 志願者数が減少し、学生の確保が困難になり、入学定員割れが生ずる。こうした状況が続くと、帰属収入が減少する。人件費を中心とするコストは下方硬直的であるから、帰属収入から消費支出を差し引いた差額はマイナスになる。マイナス幅が大きく、かつ連続すると資金ショートの可能性が大きくなる。経営破綻も懸念されるようになる。

表2 私立・大学法人の採算状況
帰属収支差額比率(%) 赤字法人数
1992 15.6 17(4.8)
1996 14.8 24(6.1)
2000 11.7 69(15.9)
2004 7.3 123(24.8)
2006 6.6 167(62.4)
2008 0.8 235(44.3)
2009 3.7 215(40.1)

資料:日本私立学校振興・共済事業団

「今日の私学財政」

(注)( )内は構成比

4.情報の公表へ

 以上のようなプロセスを考慮すると、志願者数、合格者数、入学者数などの公表は、順調であれば問題ない。しかし、定員割れが続くと、どうしても公表に消極的になる。入学定員割れ、入学者に占める推薦入学比率が極端に拡大し、全入状況が生じている大学が次第に増加している。こうした大学においては、学力の低い学生の比率が上昇している。マイナス情報を公表すると、学生の確保が一層困難になる。これに学校法人の経営悪化が重なると、質の高い教員が流出するおそれがあり、大学、法人、全体の劣化が進みかねない。どこかで悪循環を断たなければならない。そのためには、積極的な情報発信が必要である。大学の特徴を簡潔な情報として発信するのである。
 情報発信の方法は多様である。ICTを経由するとは限らない。形式化できない情報は、ICTでは伝達できない。人間と人間の接触によってしか的確に伝達できない情報もある。
 問題は、情報の内容である。教育理念の再確認が何よりも重要である。4年間に、学生にどのような価値を付加できるか。大学は、人生において人格・能力形成の一つのプロセスに過ぎない。学生は、大学で何を身につけるのか、言いかえれば、大学は4年間に学生にどのような価値を付加するのか。大学は、受験生にそれを情報として発信しなければならない。教育理念が明確であり、かつ、それを具体化した教育の仕組みがあれば、オープン・キャンパスやアウトリーチなどを通じて受験生に直接提示することが有効であろう。大学の教職員に教育についての熱意があれば、対話を通じて心を動かされる受験生がいるはずである。
 こうした教育理念等を小冊子に取りまとめ、受験生の記憶に残るよう配付することが望ましい。受験生の父母や高校教師に対する説明資料にもなる。そうした資料の存在を大学のホームページで広く知らせることも重要である。
 志願者の減少、入学定員割れ、収支の赤字などのマイナス情報が存在しても、あえてそれを公表し、大学・学校法人がそれを克服する努力を行っているという事実を同時に情報として発信すればよい。マイナス情報を秘匿し続ければ、社会の信用を落とし、風評被害が生じかねない。
 もちろん、激しい大学間競争に生き残るためには、戦略が不可欠である。特に他大学との違いを打ち出す差別化戦略が必要である。新しい教育需要の開拓、新しい教育方法の開発、それらを推進する体制、等々、独自の戦略を構築しておかなければならない。問題は、そうした戦略を情報としてどう発信するかである。
 こうした情報発信の問題は、志願者を順調に伸ばしている発展型大学にもあてはまる。こうした大学・学校法人は、当然に戦略を有している。しかし、戦略が独自であればある程、それをそのまますべて公表するとは限らない。競争上、不利が生ずるおそれがあるからである。そこで、戦略を部分的に秘匿したり、部分的に誇大化して発信する場合がある。全体像が的確に伝わらず、歪みが生ずることになり、限度を越えると、独善的になる。一種の情報操作であるから、社会に対して不誠実ということになる。

5.むすび

 的確な情報発信は、個別大学にだけ課せられた問題ではない。大学界としても、情報を発信しなければならない。例えば、国立大学に対する運営費交付金も、私学助成も削減される傾向にある。削減に反対するならば、同時に教育・研究の質的向上について大学界としてどのように取り組んでいるか積極的に情報を発信すべきであろう。それによって、大学教育の質について社会が関心をもつという状況をつくり出すことになろう。ひいては、個別大学としても、教育の質的向上に常に努力せざるを得なくなる。


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