特集 教育情報を活用した情報戦略

国際化に対応した教育情報の公開と人材確保のUSR戦略

吉田 賢一(株式会社日本総合研究所 総合研究部門公共コンサルティング部上席主任研究員)

1.大学の情報開示〜

「実効」的に「実行」しているか

 これまで大学の情報公開については、学校教育法、大学設置基準やその平成17年の施行通知において、最低限の開示が求められてきました。しかしながら、各大学における自主的判断で選択、提示されてきたのが実態であり、その多くは受身的な開示に過ぎなかったと言えます。こうした事態を踏まえ、受験生がより適切な大学選びができると同時に、大学教育の質向上を目指して学校教育法施行規則第172条の2が新設されました。年ごとに経営環境が厳しくなる中で、大学を取り巻く様々な利害関係者=ステークホルダーに対するコミュニケーションと、そのための情報戦略のあり方が喫緊の課題となっており、それは国内外における優秀な学生確保とも直結しているのです。

(1)「USR」の基礎概念

 アメリカの大学を中心に、従来からの活動成果の評価(Outcome assessment)に加え、アカウンタビリティとパフォーマンス指標(Accountability and performance indicators)、技術的諸問題(Technology issues)、情報システムとデータ管理(Information systems and data management)といった視点から、大学の経営実態を分析し学内外に情報発信する動きが、活発化しています(1)。 こうした活動はIR=Institutional Researchと呼ばれ、「情報資産」の観点から、個々の大学が学内情報を収集し数値化、可視化しそれらを評価指標として把握し、さらにその分析結果を教育研究、学生支援から法人の経営管理まで広範に活用することが主たる活動内容となっています。さらに、これまでの事務効率化のみでなく、大学の教育目標や方針に沿って必要となるデータを作成し全学的かつ一元的に管理する視点が重要となります。一方で、用語としては先行して我が国に輸入されたInvestor RelationsとしてのIRがあります。全米IR協会(NIRI)(2)では、「企業と金融コミュニティやその他利害関係者との間において、最も効果的な双方的コミュニケーションを実現するための、財務活動、コミュニケーション、マーケティング、そしてコンプライアンスを統合する戦略的経営の責務」としています。これは法定に対する任意のディスクロージャーを意味しますが、企業とは異なり大学の場合、学生とその家族、高校、予備校、地域社会、企業、国、自治体など様々なステークホルダーが存在し、その向き合い方には極めて高度なマネジメントのセンスと技術が必要となるのです。
 ここで筆者はUSRという概念を提案しています。一般的にはCSR(企業の社会的責任)から派生した概念として、University Social Responsibilityと解釈され、文字どおり社会的存在である大学が、改めて教育研究活動の他にどのように地域社会の一員として貢献していくべきかを示しています。そこで、Institutional ResearchとしてのIRが持つデータの収集・分析活動と、Investor RelationsとしてのIRが持つ対象別コミュニケーション活動をより明確に合わせ持った大学とステークホルダーとの戦略的な双方向関係を重視すべきと考えられます。したがって「University Stakeholder Relations」としてのUSRの展開が肝要となるのです。本論で言えば、戦略的に情報を提供しコミュニケーションを図る対象が海外人材となるだけであり、USRはいずれの大学経営の局面においても重要な意義を有しているのです。

(2)我が国大学におけるUSRの課題

 IRの淵源は1970年代のアメリカの大学にあり、マサチューセッツ工科大学(MIT)の場合、IR室は学務担当副学長の部門に属し、ディレクタ1名、副ディレクタ1名と7名のスタッフから構成されています。ホームページ上には、研究にかかる収支等の主な財政指標、Common Data Set(CDS)の一覧とリンク、そしてランキング等が掲載され(3)、巨大なMITが一望できるようになっています。こうした各大学の動きは全米の1500を超える高等教育機関から構成されるAssociation for Institutional Research(AIR)としてネットワーク化されています。
 翻って我が国を見た場合、これまで右肩上がりの受験生確保の傾向から、知の殿堂としての閉鎖性が一種のパラドックスを惹き起こし、情報開示の態勢とはかけ離れた状況にあります。そもそもの教育活動、経営財務にかかる情報・データベースが整備途上にあるため、情報開示の戦略的思考が欠落し、コミュニケーションツールと表現方法のフォーマット化の不備につながっているのです。同時に、対応する組織体制が未発達のままで、統計技術やICTを駆使して企画立案を行う人材も不足しています。その結果、大学のホームページは使う者にとって、取っ掛りがない情報群で埋め尽くされるといった事態となっているのです。

2.USRとグローバル化の課題

(1)グローバルな視点からみた現状

 アジア諸国や新興国において留学生誘致が活発化しており、従来にも増して世界トップクラスの大学では、質の高い留学生の獲得をめぐり、厳しい争奪戦を展開しています。学生募集に係るUSR戦略では、対象別に活動内容やパターンに応じてツールを用意し、タイミングや状況に合わせて組み立てることが必要となります。これまで多くの大学では学生募集を重点施策として位置づけ、ロゴやデザインを統一したパンフレット、膨大な映像を収めたDVD、携帯電話のコンテンツなど、そしてそれらを活用した学長等によるトップセールス活動等が展開されています。しかしながら、それらは経営データに裏付けられた戦略的行動ではなく、場当たり的な側面は否めません。こうした現状を鑑みるに、今後は大きく二つの方向性が考えられます。
 その第一がホームページなどWebの高度かつグローバルな活用です。スペインのウェボメトリクス世界大学ランキング(Webometrics Ranking of World Universities)が発表する指標では、2011年1月発表のトップ50に日本から入っているのは、東京大学と京都大学だけであるのに対し、米国は39校が入っており、優秀な留学生確保も重要な経営課題と捉えるならば、ホームページなど情報発信手法のグローバル化が必須となっていると言えるのです(4)(図参照)。

図 トップ200大学数の地域別内訳(2011年7月現在)
図 トップ200大学数の地域別内訳(2011年7月現在)

 第二は、不特定多数からたくさんの注目を集め、そしてそれらを確実に取り込むための顔を付き合わせたインフォーメーションミーティングの活用です。海外現地事務所とそこで展開される学生確保の取り組み活動の実態において、海外の大学と我が国とでは大きな相違があるとされます。そこで、広い訴求ポイントではスポークスマンで対応し、さらに詳しい情報提供や交換、さらにAO面接等に当たっては、専門スタッフを充てるなど柔軟かつきめ細かい対応こそが重要となるのです。

(2)海外人材獲得における課題とソリューションに向けた提言

 我が国には「留学生30万人計画」がありますが、去る3月11日に発生した東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故により、留学生の来日意欲の減退が危惧されています。むしろ、こうした逆境を好機として捉え、不足するUSRの体制整備を急ピッチで行うと同時に、留学生獲得に向けた情報戦略の基本的なスケルトンを明確化することが肝要となっているのです。
 まず、第一に教育情報の表現形態と内容の整備を行うべきです。包括性、統合性、独自性、持続可能性、そして客観性といった教育情報の要件を満たし、留学生にとって必要な情報を視認性、理解容易性及び体系性に配慮した形で整備しなければなりません。その上で、より正確で丁寧な入学前情報の提供と、Webでの出願や海外拠点整備による入試などで利便性の向上を図ることが可能となるのです。特に今般はこれに加えて、放射線の影響に関する正確な情報発信も、必須となっています。その上で、コンテンツとインタフェイスの二つの視点からの情報提供の方法を確立することポイントとなります。コンテンツについては、体系的なアドミッション・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、ディプロマ・ポリシー、サービス・ポリシー、教育関連プログラム、学位の種別、スタッフの陣容、学修環境、支援機能、生活環境等の情報が必要となります。インタフェイスについては、サイトの作り方、デザイン、コンテンツの配置、ストレスレスなコミュニケーション手段の組み合わせ等に留意が必要となります。
 第二に、制度・仕組みの構築が重要となります。具体的には留学生を受け入れるためのハード、ソフトの環境整備、30万人計画など包括的設計レベルから、修学メニューのアレンジ等の個別的実施レベルへの落とし込み、UNESCO高等教育機関に関する情報ポータル、各種国際ランキング等への対応が求められます。
 第三に、大学の組織体制・風土の整備、そして人材育成と構成員の意識醸成です。学内における従来型の受入組織のみでなく、留学生のドミトリー、コミュニティ施設等の多様なファシリティをマネジメントする組織の整備が求められます。特に受入体制については、一人の留学生には三つの関係アクター(大学、地域の市民、行政)が必要となるため、30万人には90万人の関係アクターの「協働」が必要条件となることに留意すべきです。知識・技能を持ったスタッフに加え、教職全員が「アテンダント」であり「サポーター」であり「パートナー」であるとの意識が必須となるのです。

3.今後の取り組みの道程

 世界の大学ランキングにおいて欧米の大学が大半を占めていますが、昨今では世界的な大学の国際化に平仄を合わせ、「高等教育における学習成果の評価(AHELO:Assessment of Higher Education Learning)」などへの対応も重要となっています。しかしながら、我が国の情報戦略の水準では果たしてどの程度通用するのでしょうか。国内のみならず海外をも含めた厳しい競争環境で生き残っていくためには、いくつかのハードルを越えなければなりません。
 そこで今後の展開に向けて、第一に海外ランキングの評価軸や項目を調査、分析し、より有効な対応策が事前に打てるように組織的布陣を敷くことが必要となります。
 第二に、共通言語である英語でのバーゲニングができるスタッフを配置し、そのための素材やツールを整えることが重要となります。
 第三に、グローバルなアクセスを可能とするポータルサイトを整備し、留学生に分かりやすいコンテンツを盛り込むことがポイントとなります。その上で現地での説明会やWebでの出願等を可能とするシームレスな学生確保の仕組みを整えることが必須となります。そのためにはUSR戦略をより組織的に進めていくための体制整備、人材配置、そして情報システムの高度化を確立することが大前提となります。
 そこで、非政府組織であるGlobal Reporting Initiative(GRI)が企業の持続可能性レポートのガイドラインを実現したように、大学自らが自主管理の視点に立ち、例えば私立大学情報教育協会がイニシアティブを執り、留学生を含むあらゆるステークホルダーに適切に向き合うUSR戦略のスキーム整備に早急に取り組むことを強く期待しつつ、本論を閉じることといたします。

注および関連URL
(1)Sarah Lindquist (“ A Profile of Institutional Researchers from AIR National Memberships Surveys” from J.F.Volkwein (ed.), New Directions for Institutional Research, #104, Winter 1999.)によれば、1992年の段階では 調査項目となっていなかったが、1998年には「Outcome assessment」以外が新たに設けられ、しかも高いスコアでの関心対象となっている。
(2) http://www.niri.org/を参照。
(3) MIT(http://web.mit.edu/ir/)では、Academic Ranking of World Universities、High Impact Universities、Higher Education Evaluation & Accreditation Council of Taiwan Performance Ranking of Scientific Papers for World Universities、National Research Council (NRC)、QS World University Rankings、Times Higher Education World University Ranking、U.S. News & World Report、Washington Monthly 等に関心を示している。
(4)「評価指数は、規模:(S)、Visibility (V)、Rich Files (R)、Scholar (Sc)で集計される。Sizeは主な検索エンジン(Google、Yahoo、Bing Search)で検索できるページ数、VisibilityはYahooで見つけられるサイトからのリンク数、Rich Filesは公表されているファイルの形式が、pdf、ps、doc、ppt等の検索されやすい形式となっているlかを示し、ScholarはGoogle Scholarでの検索結果とSchimago SIRでの実績を組み合わせたデータとなっている。(httpwww.webometrics.infoabout_rank.html.)


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