特集 新しい教育方法の提案〜学び合いの学習

 大学教育での学びが社会から期待されるものとなっていない。多くの分野で単位取得の試験対策に終始し、知識詰め込み型の暗記学習を誘発している例が多い。学生は、教員が掲げたゴールに向けて学習を始めるが、その動機づけや自己との関連づけが不十分で、受け身的な学習のままとなっている。このような教育の現状は日本だけでなく、40年前のアメリカもそのような状況にあった。そのときに問題となったのが、学びの主体である学生をもう一度学習の世界・学びの場に連れ戻して、学習本来の喜びを体験させることである。このような視点から、学生個人による事前学習とグループによる話し合い学習を組み合わせた学習法をアメリカのW.F.Hill博士が考案したが、これを日本の教育の中で実践してみたところ、自律的な学習能力の育成に大きな効果があることがわかってきた。そのことから、初年次教育の中で話し合い学習法を取り入れることにより、基本的な学習スキルを養成し、他者との協同学習の中で振り返りを行い、理解不足の点を繰り返し行うことで、真の学びを追求することが可能となった。
 本特集では、日本でこれらを推奨し、導入している先生から実践例を交えた新しい教育方法を紹介する。今後の大学教育で、学生の自律的な学びが促進されることを期待したい。

LTD話し合い学習法

安永 悟(久留米大学文学部教授)

 この夏、久留米大学で開催した初年次教育学会第4回大会のシンポジウムにおいて、神戸女学院大学の古庄高先生が「LTD話し合い学習法」について報告しました。その中で、LTDを授業に導入したところ、学生は平均4時間半も予習してきたという報告に、会場を埋め尽くした300名近い聴衆から驚きの声があがりました。その詳細については日本経済新聞2011年10月10日付朝刊の教育面(21頁)にも取りあげられています。関心のある方はご覧下さい。本稿では、この「LTD話し合い学習法」について、実践例にも言及しながら、その基本的な考え方と方法、および期待される効果を紹介します。
 なお、LTDはLearning Through Discussion の略語です。

1.LTDの魅力

 LTDは主体的で能動的な学びを実現する、協同を基盤とした、理想的で実践的な学習方略です。
 学生は、小グループでの仲間との対話を通して学習課題(テキスト)を学びます。課題の形式や内容は問いません。あらゆる分野の説明文、論説文、論文、評論、新聞や雑誌の記事などが使えます。グループの人数は4〜5名が最適です。
 LTDは予習とミーティングで構成されています。予習では学習課題を一人で学び、予習ノートを作成します。ミーティングでは予習ノートを手がかりにグループの仲間と話し合い、課題の理解を深めます。
 LTDは仲間との対話を中心とした学習方略ですが、LTDに期待される効果を得るためには、事前の予習が不可欠です。予習なしのミーティングをLTDとは呼べません。LTDの実践に際しては予習を強く勧めています。
 しかし、LTDを初めて体験する学生は予習の重要性を実感できません。不十分な予習のまま、初回のミーティングに参加する学生もいます。
 ところが一度LTDを体験すると、多くの学生がLTDに魅了されます。LTDの効率的で効果的な学び方、めり張りの効いた仲間との話し合い、その結果生じる深い学びに、多くの学生が驚きます。教師に主導されることなく、自分たちの力だけで学べたという達成感と有能感を、仲間と共に味わうことができ、学ぶ面白さや学ぶ喜びを実感できるようです。
 この体験がLTDに対する姿勢を大きく変えます。学生たちは真剣に学び始めます。予習にも力が入ります。私の実践でも、予習で徹夜する学生がいました。夜12時までのアルバイトを終えた後、翌朝9時からの授業のために予習をする学生がいました。通常の講義では考えられないほど、予習に真剣に取り組む学生が続出しています。冒頭にあげた「平均4時間半の予習」という古庄先生の報告は神戸女学院大学の学生に限ったことではありません。LTDを実践している多くの大学で共通して認められている現象です。
 このLTDの魅力を根底から支えているのが,LTD過程プランであり、協同の精神です。以下、この二点について説明します。

2.LTD過程プラン

 過程プランとは、表1に示す8ステップからなる学習手続きです。過程プランにはLTDの基本的な考え方が凝縮されています。予習とミーティングにおいて過程プランの各ステップで求められている学習活動を一つずつ確実に実行することで、学習課題を深く理解できます。
 なお、ミーティングではステップごとに時間制限があり、全体が60分で終わるように計画されています。むろん、予習には時間制限はありません。また、予習は個人作業なので、後述のように、St.1とSt.8は予習用に工夫がなされています。残りのSt.2〜St.7は両者に共通しています。

表1 LTD話し合い学習法の過程プラン(安永, 2006)
表1 LTD話し合い学習法の過程プラン(安永, 2006)

(1)予習の方法

 予習は、仲間との話し合い(ミーティング)を通して、学習課題の理解を深めるための準備です。過程プランに沿って課題を読み深め、その内容を予習ノートにまとめます。以下、各ステップでの活動について、その概要を説明します。

St.1:課題の把握(予習のみ)

 まず学習課題(テキスト)を通読して、全体像をつかみます。必要に応じて読み返します。その際、重要と思われる箇所に下線を引いたり、新しい言葉や確認したい言葉をチェックしておきます。
 また、課題を読んでいて、思い出したことや考えたことがあれば、テキストの余白やノートなどに書き残しておきます。後で説明するSt.5とSt.6の関連づけを行う際の手がかりになります。

St.2:語彙の理解

 学習課題の全体像が理解できたら、St.1でチェックした言葉の意味を調べてノートに整理します。英語の単語帳をつくる要領で構いません。辞書や事典や専門書などを手がかりに、言葉本来の意味と、課題の著者が用いている意味との異同を意識しながらまとめます。

St.3:主張の理解

 言葉の整理が終わったら、再度、課題全体を精読します。
 その上で、課題を見ずに著者の主張を自分の言葉で簡潔にまとめます。課題の文章を抜き書きしてはいけません。あくまでも著者の主張を自分の言葉で述べ直して下さい。ただし、自分の意見は述べないで下さい。著者の主張を自分の言葉で表現することと、自分の意見を述べることは違います。また、この段階では著者の主張を評価してはいけません。課題に対する正誤の判断や好悪の感情は、著者の主張の正確な理解を妨げます。著者の主張も含め課題の評価はSt.7まで厳禁とします。

St.4:話題の理解

 著者は、主張の正当性や妥当性を説明するために、理由や根拠や事例などを文章に含めるのが一般的です。St.4では、これらを「話題」として捉え、話題ごとに、著者が伝えたい内容を予習ノートにまとめます。まとめ方はSt.3と同じです。その話題で著者が伝えたい内容を自分の言葉でまとめます。
 課題に取りあげられている話題をすべてまとめることが理想です。ただし、課題が長文の場合、著者の主張を最も支持すると思われる話題をいくつか選んでまとめます。

St.5:知識の統合

 課題をより深く理解するために、課題内容を自分の知識と関連づけます。
 自分の知識とは、LTDを導入している授業で既に学んだ内容や、授業と関連した文献や資料で知った内容が含まれます。さらには授業とは直接関係しない領域について知っていることや、日常生活で見聞した内容も含めることができます。実際、自分の知っていることすべてが対象になります。
 ただし、自分自身に直接関係する内容は含めません。自分についての知識は、次のSt.6で取りあげます。
 関連づけとは、著者の主張や話題など課題の内容と自分の知識とを比較して、類似点や相違点を検討したり、考えを広げるといった活動を意味します。関連づけを通して明らかになった点や新しい発見、逆に関連づけを通して生じた疑問点などを予習ノートにまとめます。

St.6:知識の適用

 課題内容と自分自身(自分についての知識)とを関連づけ、自分自身や自分の生活をふり返るのがSt.6の活動です。ふり返った内容を予習ノートにまとめます。
 課題内容を自分と関連づけることで、学んだ内容を自分の生活に活かし、自分の生活を豊かにすることができます。学ぶことで自分が変化成長できることを知れば、学びに対する動機づけは高まります。むろん、自分との関連づけを通して、課題内容の理解が一層深まることも期待しています。

St.7:課題の評価

 St.6まで厳禁としてきた課題の評価を、St.7では積極的に行い、ノートにまとめます。ただし、論理的思考に基づく建設的な評価が前提となります。自分の感情や好き嫌いに任せた評価ではありません。学習課題をより良いものに書き改めるとしたら、どの点を修正したら最も効果的であるか、という視点からの検討が求められます。むろん、優れた側面を賞賛することも含まれます。

St.8:リハーサル(予習のみ)

 予習の目的はミーティングの質を高めることです。したがって、予習ノートの作成で、予習が終わったとは言えません。作成した予習ノートを手がかりに、ミーティングの各ステップを具体的にイメージしながらリハーサルを行います。各ステップで、自分は何をどのように発言するか、その発言に対して仲間からどのような反応があるか、また仲間から予想される質問に対して、適切に答えられるかなどを予想します。リハーサルの中で不十分な点に気づけば、さらに予習を深め、ノートを改善します。

(2)ミーティングの方法

 過程プランに沿ったミーティングでは、各ステップで話し合う内容が明確に決まっています。話し合いの時間も決まっています。以下、各ステップで行うべきことと、行ってはいけないことを簡潔に説明します。

St.1:導入

 日常生活から学びの世界への架け橋として、St.1「導入」があります。仲間と挨拶し、心身の状態を手短に伝えます。共に学び合う仲間の状態を知っておくことで、必要に応じて適切な支援や援助ができます。
 導入では予習の程度も知らせます。LTDでは予習が前提ですが、もし予習不足があれば、ここで仲間に伝えます。ただし、予習不足を口実に、話し合いに対して消極的な態度を示してはいけません。予習ができていなくても、その時々にできる貢献を考え、積極的に行うべきです。

St.2:語彙の理解

 予習ノートを手がかりに、分かり難い言葉の意味を仲間と確認します。話し合いの目的は、著者が使っている言葉の意味を理解することです。辞書的な意味の理解で終わってはいけません。なお、分かり難い文章の検討もSt.2に含めて構いません。

St.3:著者の主張

 一人ひとり、自分の言葉で著者の主張を紹介します。そして、表現の異同に着目しながら、話し合いを通して、著者の主張をグループとしてまとめます。時間は6分です。延長はできません。時間内に著者の主張がまとまらないときは、話し合いの現状を確認し、St.4に進みます。先に進むことで著者の主張がより明確になることもあります。

St.4:話題の理解

 話し合いを通して個々の話題を理解し、課題全体の理解を深めます。方法はSt.3と同じです。
 話し合う話題はステップの初めに手短に決めます。著者の主張をより上手く支持していると思われる話題を2、3選びます。選定した話題を話し合う時間を決め、話し合いを始めます。選択した話題は必ず時間内で話し合います。

St.5:知識の統合

 予習ノートにまとめてきた関連づけや、ミーティング中に思いついた関連づけを出し合い、課題内容の理解を深めます。
 仲間の関連づけを知ることにより、一人では思いつかなかった視点から、課題を再度検討できます。仲間の多様な視点からの関連づけを知ることにより、課題で得られた知識をより広い文脈で活用することができるようになります。

St.6:知識の適用

 自己との関連づけを仲間に紹介し、共有します。課題を深く学ぶことで理解できた視点から自分自身をふり返ります。そして、課題内容をこれからの生活に活かす方法について、自分の考えを仲間に伝え、話し合い、共有します。この自己との関連づけを通して、課題内容の理解がさらに深まることも期待しています。

St.7:課題の評価

 この段階で初めて課題の評価が許されます。予習ノートとSt.6までの話し合いを手がかりに課題を評価します。真剣に予習し、話し合うことにより、課題の良い点と気になる点が数多く目についてきます。St.7は3分間と短いので、そのすべてを取りあげることはできません。最も中心的なポイントに焦点をあてて話し合うことが大切です。予習段階でも述べたように、LTDで求められているのは建設的な評価です。

St.8:活動の評価

 最後に予習とミーティングを含めた学習活動全体の評価を行います。評価の目的は、今回の活動をふり返り、次の活動をより良いものにすることです。
 ミーティングの評価は次の手順で行うと効果的です。まず、ミーティングの間、仲間と自分の行為をモニターし、賞賛すべき言動と改善すべき言動をチェックしておきます。そして、チェックした内容をSt.8で出します。詳しい理由を述べる必要はありません。多くの場合、チェックした内容を指摘するだけで、その意味を仲間同士で共有できます。しかし、時として認識にズレが生じることがあります。その時には、共通の認識を求めて話し合います。

3.協同の精神

 もう一つ、LTDの魅力を支えているのが「協同の精神」です。協同とは、共に心と力を合わせて、助け合いながら仕事を成し遂げることです。学習場面で言えば、学習課題の理解を目的に、仲間と一緒に心と力を合わせて学び合うことが協同です。自分の理解のみならず、仲間の理解のためにも真剣に学び、仲間と積極的に交流して理解を深めることが大切である、といった考え方(姿勢)が根底にあります。これを「協同の精神」と呼んでいます。
 協同の精神が満ちた学習グループでは、仲間同士が基本的な信頼関係で結ばれており、安心して自分の考えを表明できます。誰が何を発言しても、全ての仲間が積極的に傾聴し、発言内容を受容してくれます。その上で、一人ひとりの発言内容の異同を手がかりに話し合いを深め、学習課題についての理解を深めていきます。このような支持的な雰囲気に包まれたグループの中で、初めて真剣な学び合いが実現します。
 協同の精神を理解できていないグループでは、仲間はともかく、自分が理解することが大切であり、理解できないのは本人の努力が足りないからだと考える傾向が強くなります。結果として、仲間と共に学び合う必然性が曖昧になり、グループに対する参加意欲が低下します。グループ学習に期待される効果も得られません。
 LTDに参加する仲間は、協同の精神を十分に理解し、具体的な行為として表現できることが求められます。この協同の精神が仲間同士で共有できていなければ、いくらLTD過程プランに沿って予習とミーティングを実践したとしても、LTDに期待される効果を得ることは難しくなります。
 なお、協同の精神と協同学習についての詳しい説明は、文末にあげた文献を参考にして下さい。

4.LTDの効果

 LTD過程プランと協同の精神に裏打ちされた予習とミーティングを繰り返すことにより、認知・態度・技能の三つの側面に以下の効果が期待されます。
 LTDの最終的な目的は学習仲間一人ひとりの理解を促進することです。この効果は実践研究において既に確認されています。なかでも注目したい点は、論理的思考や批判的思考など複雑な認知処理を求める学習課題において、その有効性が認められやすい点です。
 この認知面の効果に加え、協同の精神で学び合うことにより、学びに対する態度と学習の捉え方が変わります。仲間と共に学び合うことは面白く楽しいことであるという発見は、学習に対する動機づけを高めます。また、共に学ぶ仲間の捉え方が変わります。真剣な意見交換を通して、一人ひとりがユニークな存在であることに気づき、尊敬できる仲間と一緒に活動できることに喜びを感じます。そして、そのような仲間と共に学び合える場を提供してくれる「大学」に対する態度も好転します。
 態度的側面の中で特に注目したいことが、協同に対する認識の変化です。LTDは協同の精神を前提としていますが、LTDを繰り返すことで協同の認識がさらに向上します。仲間と一緒に、心と力を合わせて活動することは素敵なことであるという認識が育ちます。これまでの研究知見より、協同の認識が高いほど、大学における人間関係と学業に対する適応が良いことが知られています。
 上記の認知と態度の両側面の変化に加え、LTDでは幅広い技能も同時に獲得することができます。そこには、コミュニケーション=スキル、言語スキル、論理的・批判的思考スキル、対人関係スキル、問題解決スキルなど、大学でも獲得が求められている多くのスキルが含まれています。また、LTDを実践することにより、確実に学習スタイルが変化します。

表2 LTDを組み込んだ科目のシラバス(久留米大学,2011,一部修正)
表2 LTDを組み込んだ科目のシラバス(久留米大学,2011,一部修正)

 これらLTDに期待される学習効果から判断して、LTDは現代の大学教育が抱える諸問題を解決する有効な手段となり得る可能性を秘めているといえます。

5.LTDの実践

 LTDの実践は徐々に広がりを見せています。実践研究として報告された事例も蓄積されてきました。私自身、1995年以来、毎年実践を重ねています。今では、LTDを大学授業に導入する際の、一つの形らしきものが見えてきました。以下、私の実践を例に、LTDの導入と実践のポイントを紹介します。
 表2には、本年度、勤務校でLTDを導入した授業のシラバス(一部修正)をあげています。授業科目は「教育心理学」です。心理学科の専門科目であり、対象は2年生以上です。今年度の受講者数は58名でした。授業は協同学習の理論と技法に依拠して構成されており、学生は基本5人グループで授業に参加しました。
 協同学習を実践するためには、学生をグループに分けただけでは実現しません。協同の精神や、具体的なグループ活動の方法を体得させる必要があります。そこで授業の1講時目から、グループづくりや仲間づくりなどの活動を通して、協同学習を実体験させます。その上で体験した活動の背後にある協同学習の理論と技法、さらにはその有効性を、仲間との話し合いを通して理解させます(3講時)。むろん、各講時の学習内容(テーマ)に関する課題を教材として用います。
 このような活動を通してLTDを導入する素地、すなわち協同的な学習環境をつくります。その上でLTDの考え方と具体的な方法を2講時ほど使って習得させています(4・5講時)。このときも、一方向的に教え込むことは極力避け、協同学習の技法(例えばジグソー学習法や特派員など)を使って主体的な学習を演出しています。そうして漸く、初回のLTDを実践しています(6講時)。
 この授業で初めてLTDを体験した学生の感想を次に紹介します。ミーティングの雰囲気と効果を感じ取って下さい。
 「ミーティングはとても楽しかったです。みんなが一生懸命考えてきたことを聞くのも、その場で、みんなで深めていくのも、すべて内容が濃く、いままで学んできたLTDの本質を感じることができました」「本当に楽しくて、こんなにもミーティングを続けたいと思うのは初めてでした。全員、予習の程度はちがえど、きちんと教材に目を通し、自分なりに解釈していて、それを発言しあうことの面白さは想像を絶するものがありました」「自分の思いもよらなかった意見は、自分に新しい世界を見せてくれるかのようで新鮮でした」「いままでは、わからないということは、自分の中でマイナスなイメージがあったけど、今回のようにわからないことから話が発展していくことがあるということを知って、わからないという疑問をもつことは、良いことなのかもしれないと思うようになりました」「今日のミーティングでは、人それぞれやり方や考え方が違うから、自分も人と違ってよかったんだと思った」「とても有意義な議論ができた。話し合い学習の威力もあるだろうが、なにより、仲間に恵まれていると思った。とても、ありがたいことだ」。
 ここで紹介した科目「教育心理学」は専門科目なので、LTDを単なる学習手段として導入しているだけでなく、教育心理学の検討対象としています。そのために、LTDを始める前に、LTDの基盤となる協同学習の理論や方法も詳しく検討しています。それだけに、LTDの実践までかなりの時間がかかっています。
 しかし、一般的な授業に学習手段としてLTDを導入するのであれば、2・3講時あれば十分に導入できます。学生の状態によっては、より短期間で導入することもできます。ただ、ここで再度強調しておきたいことは、LTDの過程プランを教えるだけではなく、過程プランの効果を最大限に引き出すためには、協同の精神と、協同を実践する具体的なスキルを同時に伝えることが極めて大切であるという点です。
 近年、初年次教育への関心が高まっていますが、LTDを初年次教育に取り入れることは大変効果的です。LTDに期待される効果から推察されるように、LTDを体得することにより、大学生活を送る上で有効な態度やスキルを獲得できます。実際、看護学校の1年生を対象にLTDを導入していますが、協同に基づくLTDを経験することで、学生生活の質が大幅に向上し、学業成績が急上昇しています。冒頭紹介した古庄先生の授業も初年次生を対象としています。LTDは初年次教育にとっても大きな意味をもつと考えています。

6.まとめ

 LTD話し合い学習法は、1960年代にアメリカで提唱された学習方略です。長い歴史をもっていますが、その有効性は今なお衰えることはありません。学生のみならず教師にとっても、古くて新しい、理想的で実践的な学習方略です。
 LTDに熟達してくると、課題の読解のみならず、文章の作成、論文の査読や添削、プレゼンテーションの方法、会議の持ち方など、幅広い領域への活用が期待されます。実際、ディベートの準備と議論に有効であるという実践報告もあります。
 また、LTDに熟達した教師は、LTDの過程プランに沿って授業を構成することもできます。授業でグループを使わず、従来型の講義を行う場合でも、LTD過程プランの各ステップを教師が意識しながら授業を流すと、効果的です。
 ぜひ一度、LTD話し合い学習法をお試し下さい。学生も教師も、新しい発見と感動に満ちた学び合いの世界を体験することができます。

参考文献 [1] バークレイ・クロス・メジャー(安永悟 監訳): 協同学習の技法. 大学教育の手引き, ナカニシヤ出版, 2009.
[2] 藤田敦, 藤田文, 安永悟: LTD 話し合い学習法の短期大学「基礎ゼミ」授業への適用. 大分大学教育福祉科学部附属教育実践研究指導センター紀要, 18, pp.37-50, 2000.
[3] ジェイコブス・イン・パワー: 先生のためのアイディアブック. 日本協同教育学会, ナカニシヤ出版, 2006.
[4] 長濱文与, 安永悟, 関田一彦, 甲原定房: 協同作業認識尺度の開発. 教育心理学研究, 57, pp.24-37, 2009.
[5] 安田利枝: LTD話し合い学習法の実践報告と考察:学ぶ楽しさへの導入という利点. 嘉悦大学研究論集, 51, 1,pp.117-143, 2008.
[6] 安永悟: 実践・LTD話し合い学習法. ナカニシヤ出版, 2006.
[7] 安永悟: 活動性を高める授業づくり:協同学習のすすめ. 医学書院, (印刷中).

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