大学職員の職能開発

大学職員情報化研究講習会 〜応用コース〜 開催報告

 本協会では、大学職員に求められる情報活用能力の向上を図るため、二つの研究講習会を開催している。一つが情報活用に関する基本的な理解を深めるための「基礎講習コース」であり、もう一つが情報活用戦略に求められる実践的能力の獲得を目的とした「応用コース」である。両コースとも、公益社団法人としての社会的役割に鑑み、非会員校も参加対象とし、研修成果をすべての私立大学にフィードバックすることを目指している。
 本年度の「応用コース」は、11月9日(水)〜11日(金)の3日間、静岡県の浜名湖ロイヤルホテルにおいて開催され、54大学、賛助会員企業4社から93名が参加した。
 はじめに、全体会において大学改革の中で「情報」が持つ意義を学び、“教育情報の公表”という近時の話題に基づいて、「情報」を活用する際の組織的な課題を考察した。続いて、参加者は、大学が直面する問題に対応した六つのテーマ別分科会に分かれ、少人数グループでの探求的・創造的な討議を通じて戦略的な情報活用モデルの創出に挑んだ。

−全体会−

 冒頭、講習会運営委員長の木村増夫氏(上智大学)から、講習会に臨むにあたっての心構えが示された。それは、大学を取り巻く環境や情勢の変化を絶えず頭の片隅に置き、全体像を捉えることの大切さ、多様な個性や視点が交じり合うことによる集団思考の大切さである。木村氏からの「俯瞰的な視点からあるべき姿を求め、他者を認め合う姿勢を大切にして欲しい」という語りかけは、参加者の主体的な学びへの意欲を大いに喚起した。

【解説】

戦略的に“情報”を活用するとは何かに

大学職員情報化研究講習会運営委員 正木 卓 氏(同志社大学)

 大学の独自性をアピールする情報公表の実践を題材に、情報活用戦略の基盤的要件を示した。「情報」には三つの態様があり、単に“Data”が集積した状態が構造化して“Information”に転移し、さらに新たな価値創造の源泉となる“Intelligence”のレベルに昇華する。それは、例えば「コモディティな情報」ではなく「オリジナリティのある情報」であり、このレベルの情報こそが受け手の意思や行動を変容する。そして、これを実践するためには情報の客観性と信頼性の確保が必須であり、その手法として機関レベルのリサーチ活動「IR(Institutional Research)」が求められている。さらに、この活動を通じて大学構成員自身が情報の価値を認識するプロセスもまた重要である。
 参加者からは「大学の情報公表に対する認識に甘さを感じた。教職員が歩調を合わせ、主体的に情報発信することが重要」、「IRについて理解を深めたい」、「情報公開は学内から始めることが重要。学内で公開されることで課題認識を共有できる」などの感想が寄せられ、情報活用戦略を構想・設計し、その運用と評価を担う際に必要な視点について参加者は認識を深めることができた。

【講演】

高等教育の質保証と教育情報の公表に

川嶋太津夫 氏(神戸大学大学教育推進機構教授)

 はじめに、中央教育審議会大学分科会「質保証システム部会」での審議経過や学校教育法施行規則の趣旨を踏まえ、学内での自己点検・評価ならびに改善の取り組みを社会に公表することの意義が示された。次に、国立大学のホームページを参照しながら情報公表の現状について解説があり、アクセスのしやすさやわかりやすさという点では依然として社会的公器としての説明責任を果たしていない、また公表の基準がない中で大学間の相互比較は難しいという指摘があった。さらに、これら現状の背景として、例えば“3つのポリシー”と情報公表の義務化との関係が不明という制度上の不備、あるいは大学の統治(ガバナンス)の機能不全などが存在するという課題提起が行われた。
 参加者からは、「“公開”ではなく、自主的に情報を“公表”することの意義を理解した」、「ステークホルダーが欲する情報とは比較可能な情報であることを再認識した」、「情報公表とは大学のアピールである。今まで抱いていたマイナスのイメージを逆転の発想につなげることができた」などの感想が寄せられた。

【分科会オリエンテーション】

 分科会でのグループ討議を活性化し、戦略的な情報活用モデルの創出を促すため、講習会運営委員の久保田学氏(早稲田大学)から「WISDOM(早稲田大学が開発したプロジェクトマネジメント法)」に基づく課題整理法の説明が行われた。これは、常に理想を考え、理想の姿を出発点として新たな価値を創造しようとする思考法であり、共に働く仲間がチームとして理想像を共有するアプローチである。さらに、組織体制や制度、必要なスキルや技術、設備や経費など、理想の実現に向けた諸課題を整理し、解決の方向を導くための技法で、分科会では参加者間で課題認識を共有する段階や課題解決方略を導き出す段階などにおいて、多様な視点から課題を洗い出し、分析し、探求的に思考することを促す効果が得られた。

−分科会−

 全体会に引き続き、分科会形式によるテーマ別討議を行った。分科会によっては実践事例の研究を通じて討議の活性化を図ったり、創造的技法に基づく「ニーズカード」の作成を通じて現状の課題分析と理想像を具体化する試みを行った。また、講習会開催に先立ち、各分科会ともメーリングリストを利用し、事前レポートの提出や運営委員と参加者相互のディスカッションを行った。これらの作業を通じ、参加者は明確な課題意識をもって講習会に臨むことができた。各分科会の討議内容ならびに最終結論は後述する。

【各分科会の討議概要】

第1分科会

「ポートフォリオ」や「学生カルテ」などの学生情報を活用するためのICTマネジメント

 本分科会では、ポートフォリオや学生カルテに関する実践的な事例に触れ、ICTを用いた学習支援の在り方を考察しながら、学生情報を活用するための仕組みを探究した。参加者は28名(うち企業からの参加3名を含む)、情報システム、教務系、学生支援系と様々な業務を担当する参加者により構成された。
 まず、事前研修としてメーリングリスト上で自大学が抱える問題や課題解決の取り組み状況について報告し合うとともに、事前課題に取り組み分科会への主体的な参加を促した。
 分科会の冒頭では、自己紹介、全体会の感想の話し合いに引き続き、帝塚山大学、明星大学、株式会社朝日ネット、日本システム技術株式会社の各事例紹介が行われた。事例紹介により、ポートフォリオ、学生カルテの意義について理解を深めるとともに、課題についても共有した。
 その後、1グループ7名程度の4グループに分かれ、学生情報を活用する目的、定義、その活用法とメリット、デメリット、理想像と課題等を整理しながら、各目的の集約整理をし、これを実践的な実現案として具体化する試みを行った。
 すべての参加者が議論の活性化に貢献しようとする意欲に溢れ、自由な発想による豊かな学びのコミュニティが形成された。その結果、各グループの最終成果物はいずれも問題の本質を的確に捉えたもので、「学生キャリア形成の集大成をアピールするために、授業風景の公表、取り組みの公表など、学生の蓄積を企業に提出・提示するための仕組みの構築」、「社会人基礎力の育成を理想像とした、学生・保護者・教員・職員が一体となった取り組み」など、学生情報を有効に活用する戦略的かつ実践的な実現案に仕上がった。
 さらに、これらの成果物をグループ間で相互評価することによって自グループの討議内容と結論を省察し、職員が果たすべき役割についての認識を深めることができた。
 分科会終了時に、二つの獲得目標に対する達成度を参加者それぞれが自己評価した。その結果は、「十分に達成できた」と「まあまあ達成できた」と回答した割合が高く、講習会で参加者全員がその意義を共有できたことを示しており、本分科会の効果が認められた。

第2分科会

教職協働で進める教育改善支援

 本分科会では、教職協働で進める教育改善支援について、実践的な教育改善モデルの構想を通じて具体的なイメージや意義を理解し、それらを展開する際の課題を明らかにすることと、教育改善の視点からICT活用の有効性と課題を認識することを目標とした。
 まず、事前研修としてメーリングリスト上で自大学における教育支援の事例やICT活用状況について意見交換を行い、教育改善支援策のアイディアを出し合うことで分科会への主体的な参加を促した。
 分科会冒頭では、教職協働による教育改善支援の一例として、日本福祉大学の大崎博史氏より、「情報を活用した教育改善支援への取組み」と題して、IR活動の中で情報を収集・分析することにより教育改善へとつなげていく事例紹介を受け、教育改善の視点から情報を活用することの意義について考える動機付けとなった。
 その後、教育改善モデルの構想に向けて、6名を1グループとして創造技法を用いたグループ討議を行った。事前研修でのアイディア出しから、さらにテーマを学生の社会人基礎力・就業力育成支援に絞り、より具体的なアイディアを出し合いながら、教職協働による一連の教育プログラムを構想した。最初は教職協働による教育改善支援というテーマに難しさを感じていたが、参加者全員が活発な議論に参加することにより、最終的に完成した成果物は「大学教育の基盤であるゼミを中心に教職協働で支える意欲的な教育改善モデル」に仕上がった。
 また、最終日には「教育支援」という同じキーワードを持つ第4分科会と合同で成果発表と相互評価をすることで、自グループでの討議内容を省察し、教育支援に対する新たな視点を獲得することができた。分科会終了後に記入した自己評価シートの分科会目標の達成度では、教職協働についての新たな気づきや、情報活用による教育改善のヒントを得たなど、多くの参加者が分科会の目標を達成できたとの回答があり、本分科会の目標は概ね達成されたと考える。

第3分科会

大学情報の情報公表とICTの戦略的活用

 本分科会では、平成23年4月より大学設置基準において大学の教育情報の公表が義務化・努力義務化されたことを受けて、分科会参加者が教育の情報公表の意義について共有し、公表の範囲・内容・方法および教育情報の点検・分析を組織的に行うための体制づくりなどについて、また、ICTを用いた情報戦略についてその可能性と課題を明らかにすることを目的とした。まず、本分科会の参加者(20名)には事前研修として各討議テーマについて事前レポートを課し、参加者全員にメーリングリストによって配信され、課題意識を醸成するために活用された。
 分科会の初日では、全体会で講演された川嶋太津夫氏(神戸大学)を招き、講演内容などについて活発な質疑応答がなされた。川嶋氏の講演は当分科会のテーマと合致するため、長時間に亘り質疑応答がなされ、翌日からのグループ討議に向けて一体感が醸成された。
 2日目では、事例発表を柴真由美氏(立正大学)より「認証評価について」、勝俣剛勇氏(日本大学)より「日本大学におけるICTを活用した情報戦略について」をいただき、2事例とも非常に興味深い説明であった。次にグループ討議を三つのグループに分けて活発かつ創造的な討議を行い、最終日には、「社会への説明責任、質の保証を果たすため、個々の大学の魅力をそれぞれの事情に適したアプローチ」、「大学の基礎的な情報をステークホルダーが比較・検索できるポータルサイトの構築」などの講習成果を参加者全員で共有した。アンケートからは、今回の講習を機に各自の職場においても意欲的に活用しようという姿勢を伺うことができ、本分科会の目標は概ね達成されたと考える。

第4分科会

大学図書館が取り組むべき学習支援・教育支援の探究

 学生に主体的、自立的な学びを身に付けさせることが喫緊の課題となっており、その解決に向けて、自立学習を支援する業務と教材整備を支援する業務に転換していくことが望まれている。
 本分科会は、学習支援に立脚した図書館サービスを具体的にイメージしながら、教育支援として電子教材を整備・充実することの重要性を認識し、図書館として果たすべき役割を考え、自大学における問題抽出と、課題解決に向けた図書館の役割と責任について認識することを目標として行った。
 まず、既存の図書館システムにICT 技術を装備することによって、学生参加型の学習支援を実現した大学の事例として、明治大学の中林雅士氏より実践報告があった。大学と学生が図書館に求める機能とは何かを意識して、常に変化する利用者のニーズを的確に捉え、大学の主役である「学生」と「授業」により一層近づく努力が必要であるとの指摘は、その後に続くグループ討議に大きな気づきを与えた。
 グループ討議では創造的技法を用いて行った。事前研修で作成したニーズカードをもとに、討議テーマを「学生の視点で見た理想の大学図書館」とし、目的関連図を完成させた。その内容は導入教育に始まり、他部署との連携による教学データの有効活用、社会人基礎力を涵養するための支援サービスなどにより、大学の個性に合わせた図書館づくりを推進するもので、事後研修を含め、最終的には六つの目的・目標すべてに対して具体的な実現案を提案することができ、参加者にとっては貴重な経験になったと思われる。最終日には、第2分科会と合同で成果発表を行い、教育支援という同じ目的を有する他部署との相互評価は、図書館だけでは気づかない新たな視点を獲得することができ、大変有意義であった。

第5分科会

情報活用の重要性と情報システム部門の役割

 本分科会では、情報システム部門としての役割と責任について省察し、真に大学の使命に応えられる情報環境の在り方について人的・物的・財政的な観点から経営戦略について探究することを趣旨として、17名の参加者の下で実施した。
 事前研修として、各自「情報システム部門の職責に関する考え」や「自大学が抱えるICT的な課題」のレポートを事前に提出し、「システム的な要因による課題」と「情報セキュリティ的な要因による課題」に分類し、グループ討議することにした。初日は、これらの課題等を共有するため、再度上記のテーマで自己および自学の紹介、自校が抱える情報部門の課題や自身が抱える課題を提示し、互いの異なる自校環境を共有することで、活発なグループ討議の基礎となる目的を考慮した。
 事例発表としては、講習会運営委員の青山敦史氏(東洋大学)から「東日本大震災の教訓」と題して、震災時でのシステム部門としての対応および反省点等を発表があり、震災時の情報資産の担保や学生・教職員のコミュニケーションの確保など、検討課題が提示された。また、運営委員の小野浩樹氏(日本大学)が情報セキュリティDVD教材「あなたのパソコン大丈夫?PART2〜残存リスクの落とし穴〜」(監修:NECネッツエスアイ株式会社)のビデオ上映を行い、私有パソコンの業務利用の危険性、さらにはP2Pソフトによる業務データ流出の危険性が提示され、組織としての対応等を含めた内容で情報資産のあり方を考察した。
 グループ討議では、職場に戻り問題解決の牽引役となれるように、「なぜ」の繰り返しにより問題の本質を追求する姿勢を身につけること、システム提供者・利用者・経営層の複眼的視点から問題に取り組むことで、参加者への気づきやモチベーション向上を図った。その結果、「情報システム部門の存在意義の考察」と「安心安全な情報システム環境の提供」をテーマとして検討を進め、成果の発表を行った。その実現案として、「中期的視点にたった情報システムのグランドデザイン化」、「授業の内外問わず学生が情報技術について学べる仕組み」、「情報セキュリティの重要性と対策」が提案され、所期の目的を達成することができた。

第6分科会

教職員・学生間のコミュニケーションを活性化するICT活用戦略

 本分科会では、学生支援に不可欠な学生・教職員相互のコミュニケーション機能を高める実践的なICT活用戦略を探究した。事前研修では、創造的技法「WIZDOM」に従い、各大学が抱える課題を抽出し、解決の方策と目的を「ニーズカード」にまとめた。18名の参加者から「学生の学びや成長を成功に導く」、「学生が学習や生活上の困難を克服する」、「高校生が大学での学びを認識する」、「学生が職業観・就業観を獲得する」の四つの観点に分類することができた。参加者を三つのグループに分け、最初のステップとしてこのカード群を素材にさらなる「現状分析」と「課題抽出」に取り組んだ。この討議から導き出された理想像(あるべき姿)は、例えば「学びや人間関係構築に自発的に取り組み、大学生活を楽しむために良いスタートを切らせる」ことであり、「受け身の学生に主体性を持たせたい」というものであった。各グループは、理想の実現へ向けたアイディアや方略を構造化し、現実と仮想(例えば、対面と情報ネットワークなど)それぞれのコミュニケーション特性に応じた統合的・体系的な学生支援システムを具体化した。さらに、このシステムを実効あるものにするための人的・組織的課題を明らかにし、その解決の方向性を議論するとともに、システムの効果を点検・評価する方策を検討した。
 参加者の「自己評価シート」に記述された振り返りやアクションプランには「まずは理想像に立ち戻り、現状の施策やシステムを検証したい」、「実現案よりも理想−目的−手段を考えるプロセスが重要である」など、ICT活用戦略を構想する際に求められる視点を獲得した様子が認められた。

【研修成果】

 3日間の講習会終了時点で参加者から「自己評価シート」の提出を求めた。これを集計した結果、本コースが掲げる四つの全体目標の達成度は次のような状況であった。

 このように、「人的ネットワークの形成」や「環境変化への認識や自大学の課題発見」は高い達成度を示している。一方で、コーディネートやマネジメントに関わろうとする「意識の獲得」や「組織的課題への認識と解決へ向けた視点の獲得」のポイントが低く、いずれも2割近い参加者が「どちらでもない」と回答している。この要因を探るため「自己評価シート」の詳細な分析を行い、例えば、分科会討議を活性化するための運営委員の役割に改善すべき点がないかなど、運営面での課題を明らかにしたい。
 講習会終了後、参加者は事後研修に取り組んだ。それは、合宿研修での討議内容を深く掘り下げ、精緻化された最終結論を導き出す場である。また、事後のリフレクション(省察)を促すことによって、講習会の成果を継続的、発展的に引き上げる場である。分科会によっては、各参加者が自大学における課題解決のために何をなすべきか、といったアクションプランを考えたり、その取り組みを振り返ったりする場として活用した。いわば、分科会討議で培われた人的ネットワークを講習要素に組み込んだ継続的な研修プログラムの展開である。
 以上、本コースは、事前から事後までの一連のプログラムを通じてその成果を業務に活かせるような実践的な研修を目指している。しかし、本コースへの参加者数は年々減少し、本年度は100名を割り込む状態となった。そこで、研修プログラムへの期待や要望を明らかにするため、過去3年間の参加者と各大学の人事担当者向けにアンケート調査を実施し、研修プログラムの再構築を計画している。

文責: 大学職員情報化研究講習会運営委員会

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