人材育成のための授業紹介:情報基礎・情報専門系教育
石井 信明(文教大学情報学部教授)
佐久間 拓也(文教大学情報学部准教授)
宮川 裕之(青山学院大学社会情報学部教授)
文教大学情報学部は、1980年に広報学科と経営情報学科の2学科からなる日本初の情報学部として新設され、1986年に情報システム学科を増設し今日に至っています。設立以降、情報システム学科では情報システム学[1]を中心とした教育により、情報社会を担う人材を送り出しています。
情報システム学科には、主にシステムエンジニア、クリエーター、教員を目指す三つのコースがあり、モノづくりのプロセスを段階的に学習しながら、情報技術、情報システム、システム開発について深く学びます。教育では、単なる知識の詰め込みではなく、体験に基づく実践的な能力の育成に力を入れており、その仕組みの一つとして、初年次から3年次まで続くプロジェクト演習を用意しています。
一連のプロジェクト演習では、実践的な能力の育成に加え、学生自身の力により思考と行動を行う自発性を引き出すことを目標にしています。昨今の社会が学生に求める力とされる「社会人基礎力」を養うために必要なより根本的な力の一つに、学生の自発性があると考えるからです。近年は技術の進化、社会の変化のスピードが早く、最新の技術、知識を学び続ける必要があります。社会で力を発揮し続けるには、自発的に学ぶ力を持つことが必修であると言えるでしょう。
以下では、文教大学情報学部情報システム学科の情報システムコース(ISコース)を中心としたカリキュラム体系、3年間に亘る一連のプロジェクト演習の入口として1年次秋学期に開講する「プロジェクト演習I」を中心に紹介をします。
本学科のカリキュラムは、情報処理学会IS教育委員会策定カリキュラム(J07-ISカリキュラム)[2]を参考に組み立てられています。特徴的な点は、図1に示すように、専門科目と各学年のプロジェクト演習が相互に作用する設計をしている点です。すなわち学生は、講義・演習で学んだ専門知識を、企画から設計・製作を一貫して経験する科目であるプロジェクト演習に活かすことで、とかくばらばらになりがちな専門知識を体系的に理解することになります。またプロジェクト演習を進める中で学生は、より深い専門知識の重要性、これまでの学びに足りない点に気づき、専門科目の講義で学習した事柄の必要性と自発的に学習に取り組むことの重要性を認識します。
図1 カリキュラム概念
プロジェクト演習I・II・IIIは、表1に示す学びを主な目的に展開します。これらを通して学ぶことは、座学では学習が難しい協調作業によるモノ作りであり、そこで必要となるシステム分析、システム設計、プロジェクトマネジメントなどの実践への応用です。
教員は学生へのアドバイザー、あるいは、プロジェクト発注者として学生に接し、積極的な指示、干渉をしないようにしています。特に3年次のプロジェクト演習IIIでは、課題の企画から学生主体で進められます。学生はチームごとにプロジェクトリーダーを決め、プロジェクト計画を立案してプロジェクトを管理します。演習時間外にも自主的に集まり、プロジェクトを進めます。多くのチームでは、Skype、SNSなどのICTツールを活用しています。プロジェクト演習Iでは、学生が自主的に演習を進めることに戸惑いが見えますが、II・IIIに進むにつれ過去の失敗から学習し、自主的にプロジェクトを進めるチームが増加します。教員への相談、質問も的を射た内容が増え、学生が自ら考え解決する姿勢が見えるようになります。また各演習では発表会を行っており、発表会という納期をチームで守ることの重要性とそのために必要な事柄を体験的に学習します。このように一連のプロジェクト演習を通して、学生は座学では学べない多くの事柄を経験し、自発的な行動が徐々にできるようになります。
表1 プロジェクト演習I・II・IIIの概要 主な学び プロジェクト例 プロジェクト演習I
(1年秋学期)協調作業によるモノ作り、コミュニケーションツールの活用 高校生向け大学紹介ホームページ製作、留学生向け大学紹介ホームページ製作 プロジェクト演習II
(2年春・秋学期)協調作業によるモノ作り、システム分析、システム開発、プロジェクトマネジメント CD管理システム、ファーストフード検索システム、ECサイト、スマートフォーンゲーム プロジェクト演習III
(3年春・秋学期)協調作業によるモノ作り、システム設計、プロジェクトマネジメント、プレゼンテーション 名刺管理システム、患者管理システム、3Dアクションゲーム、観光案内システム、小中学生向け教育システム
プロジェクト演習の入口となるのが、1年秋学期に開講するプロジェクト演習Iです。ここでは、学生5〜6名からなるチームを編成し、表2に示すように、全チームが教員の設定する課題でプロジェクトを2回行います。課題は、1年秋学期にできるモノ作りとしてWebページ製作を取り上げ、「英語による留学生向け大学紹介ページ製作」などを設定しています。受講生は約150名で、3クラスに分けて演習を行います。
教員は、Webページ製作に必要なICT環境の説明を授業内で行い、加えてWebページ製作に必要な著作権と情報倫理、プロジェクトの進行に必要な、会議の進め方、報告書の書き方などをeラーニングにて学習する環境を準備します。
各学生グループは、Webページ製作に必要な素材収集、ページ設計、製作をチームで分担し、一つの課題を4回の演習で遂行します。素材収集では関連部署への取材を行うこともあり、大学組織、教職員を知る機会ともなります。演習時間外の活動では、SNSをはじめとするコミュニケーションツールの活用方法を実践的に学習します。また、秋学期末の2・3年生によるプロジェクト演習合同発表会への参加により1、2年後の自分をイメージする機会を作り、プロジェクト演習Iの経験をプロジェクト演習II・IIIへつなげる工夫をしています。
プロジェクト演習Iに関する学生の評価は、三つの視点から行います。一点目は、チーム内貢献度です。これは2回の課題ごとにチーム単位で提出するもので、各課題の遂行に対しチーム員が果たした役割を記述し、点数化したものです。二点目は、課題プロジェクト発表会評価です。これは、発表会における各チームのプレゼンテーションへの評価を得点化したものです。評価は10項目から成ります。三点目は個人単位で提出するレポートで、課題遂行により得た力、気づき、次年度のプロジェクト演習IIへの留意点などを考察します。
表2 プロジェクト演習Iの授業計画 回数 テーマ 概要 1-2 オリエンテーション・チームビルディング ・授業の狙いと評価基準・授業の進め方の説明・グループ分け・プロジェクトリーダー選出・使用するICTの説明・チーム員相互理解促進 3-6 課題1の遂行 課題1の説明・課題1遂行・発表資料作成・最終成果物レビュー 提出物:プロジェクト憲章 7 課題1発表会 成果発表 提出物:発表資料、チーム内貢献度表、発表会評価シート 8-11 課題2の遂行 課題1の遂行と同様 12 課題2発表会 課題1発表会と同様 13-14 プロジェクト演習合同発表会見学 ・プロジェクト演習II・III合同発表会見学 提出物:プロジェクト演習II・III成果物評価レポート 15 まとめ ・プロジェクト演習I振り返り・今後の学習への心構え提出物:個人レポート
プロジェクト演習Iを開講して5年が経過しました。その間、2年次で行うプロジェクト演習IIへの効果、学生による授業評価などを基に改善を試みてきました。
たとえば一昨年の1、2年生を対象に実施したアンケートでは、約95%のチームで課題遂行に何らかの問題が発生しており、特に、プロジェクトリーダーはその解決に苦心していること、また、約47%の学生はプロジェクト演習Iの経験を次のプロジェクト演習IIに活かせず、前年度と同様の問題が発生することが判明しています。各チーム共通の問題としては、メンバー間の負荷の差、コミュニケーション不足によるスケジュール遅れなどがあります。さらに、約40%の学生は次回同じメンバーでチームを組みたくないとしており、学生が自発的に協調作業によるモノ作りを行うことの難しさが窺えます。
課題遂行中に様々な問題が生じることは、問題解決能力を高めること、プロジェクトマネジメントの必要性に気づくことなどからも、むしろ好ましいと考えます。しかし、それらの経験がその後に活かされない点、チーム員間で協調関係を築けない点は改善を要します。そこでプロジェクト演習Iを進めるにあたり、以下のような改善策を順次導入してきました。
(1)チームビルディングの仕組みを導入
演習の第1、2回目を使用し、学生間の壁を取り払い、チームビルディングを進めやすくする仕組みを導入しました。例えば、時間内にこれまで会話をしたことのない学生6名以上にインタビューを行い、その結果を提出してもらいます。これは、その後の演習を円滑に進めることに役立つと考えています。また提出されたインタビュー用紙を分析すると、協調作業が苦手と思える学生がある程度事前に判明し、演習を進める上で貴重な情報となります。
さらにチーム決定後には、チームメンバー相互の理解を助けるゲームを行い、チームビルディングの一助としています。ゲームを通して演習開始の時点で互いの共通点、異なる点を理解することで、プロジェクトリーダーの選出をはじめとする演習時の役割分担が適切なものとなり、より高い教育効果を期待できます。
(2)TAの採用
プロジェクト演習Iを既に履修した学生の中から、TAを採用しています。TAは、プロジェクトリーダーの相談役、Webページ製作の指導など、演習の進行を支援します。しかしTAを採用する大きな目的は、TAが一連のプロジェクト演習を通して自ら経験した教訓を1年生に伝承することです。TAには、プロジェクト演習で得た教訓、その後の学習に与えた事柄を学生に伝えるように依頼をしています。この仕組みが機能することで、毎年演習のレベル、すなわち教育効果が自律的に向上することを期待しています。
(3)教員の役割の変更
プロジェクト演習において、教員は学生に対しアドバイス役に徹し、積極的には指示をしない方針でした。しかし、チーム内で孤立する学生の存在、チーム間で成果物の完成度に大きな違いが生じるなど、学生の自主性に期待するだけでは解決できないことが生じます。そのため、チーム内の役割分担に大きな偏りがある、明らかに作業が停滞している場合には、教員が積極的に関わるようにしています。しかし、あまり関わり過ぎると教員の力で成功するプロジェクトになってしまい、学生の気づきの機会を奪うことになります。教員の関わり方については、試行が続くと考えています。
学生の自発性を引き出す情報システム教育カリキュラムとして、文教大学情報学部情報システム学科の事例を紹介しました。学生の自発性を引き出すことは容易なことではなく、現在でも改善を要する課題が多数ありますが、情報システム学科では自発的に行動を行う学生が増えていると感じています。入学に際しても、プロジェクトリーダーとなることを目指して本学科を志望する学生もいます。また就職に際しては、履歴書、面接などでプロジェクト演習の話題は企業から高い評価を受けることが多く、多少なりとも有利に作用していると考えています。
参考文献 | |
[1] | 浦昭二, 細野公男, 神沼靖子, 山口高平, 宮川裕之, 石井信明, 飯島正(編著): 情報システム学へのいざない_人間活動と情報技術の調和を求めて 改訂版. 培風館, 2008. |
[2] | 神沼靖子: 情報システム領域(J07-IS) <特集>情報専門学科カリキュラム標準(J07). 情報処理, Vol. 49, No.7, pp.736-742, 2008. |