教育・学習支援への取り組み
北海道情報大学は、平成元年に我が国の情報化社会の黎明期に情報教育の新しい扉を拓いた、電子開発学園創立者松尾三郎博士によって、「情報化社会の新しい大学と学問の創造」を建学の理念として開学した大学です。以来、我が国で初めて衛星通信を活用した通信教育部(平成6年4月)に続き、大学院経営情報学研究科(平成8年4月)、社会のニーズを受けて情報メディア学部(平成13年4月)、さらに、経営情報学部医療情報学科(平成18年4月)を次々に開設してきました。平成23年3月には自動書庫システムを備えた図書館を中心とした10階建てのeDCタワーを建設し、学生がより学びやすい環境の整備に努めています。北海道情報大学は、情報を学術的・学問的にとらえるだけではなく、幅広く情報を感じ取る豊かな感受性や、情報を冷静に判断する理性、さらに情報を発信する創造性を養う教育・研究を積極的に推進しています。
大学を取り巻く環境は大きく変化しており、大学への進学率が高まる中、多様な学生が入学してきており、それぞれの学生に合わせた教育が求められています。多様な学生に対応するのに対面型講義では限界があります。本学は、通信教育部において無限大キャンパスと称するeラーニングを中心にした講義を展開してきました。この経験を通じて、eラーニングを利用すると学習者が自分のペースで学べることが確認できました。多様な学生に対応した教育を行うために、このeラーニングが活用できるのではないかと検討を重ねました。その結果、従来のeラーニングのように一つのレベルの教材を提供するのでは、いつまでたっても理解できない学習者や、より高度な知識を身に着けたい学習者に対応できないため、学習者の理解状況に応じたレベルの教材を提供できる仕組みを取り入れる必要性が確認されました。したがって、その仕組みを有する学習者適応型eラーニングシステムPOLITE(Portfolio Oriented eLearning for IT Education)を開発することにしました。この取り組みは、平成17年に「ITによるIT人材育成フレームの構築−学習者適応型e-Learningシステムの開発−」として文部科学省の現代GP(現代的教育ニーズ取組支援プログラム)に採択されました。POLITEは、今も科目を追加などしながら活用しています。
また、平成20年にFD活動が義務化されました。本学に限らず、大学の教員は教えることに関する基礎的な教育を受けていないものが大半で、自らの教育活動を改善していくことも不慣れです。企業では、業務改革を行うときに情報システムを中心に実施する方式が一般化しています。大学では、情報技術を先進的に取り入れている米国などでもこのような取り組みをしているところはほとんどありません。平成22年に米国オーランドで開催された教育関連のカンファレンスであるE-Learn2010においてこの取り組みの概要と成果を 「Construc tion of Driving Model with Faculty Perspectives of ePortfolio for Improving University Education in Japan」として発表し、Outstanding Paper Awardを受賞したときに、他の参加者との議論で、このことを実感できました。本学では、FD活動では後れをとっていたので、情報システムを中心とした改革を実施することにしました。この取り組みは、平成20年に「ICTによる自律的FD推進モデルの構築−ファカルティポートフォリオシステムの開発、導入による教育の自立機能の実現−」として文部科学省の教育GP(質の高い大学教育推進プログラム)に採択されました。この取り組みで開発したFD支援システムCANVAS(Creative Activity for Nurturing Value-Added Students)は、平成23年度から本格運用し、PDCA(Plan-Do-Check-Action)にそった教員の教育活動の改善に利用しています。
CANVASは、教員のPDCAサイクルに基づく授業改善計画を推進するエンジンであり、本学では授業改善の方策としてICTの積極的な利用を進めることにしています。ICTの利用の中心の一つが、eラーニングシステムPOLITEです。
図1 POLITEの構成
多様な学生に対応させるeラーニングとして、学習者適応型eラーニングシステムPOLITEを開発しました。POLITEの構成を図1に示します。POLITEは、学習者ごとの学習目標の管理、学習者の理解度に応じた教材提供、カリキュラム型学習と探索型学習の融合、eノートとeコーチなどの機能を有しています。
POLITEは、学習目標(ラーニングゴール)と現在の到達度をラーニングポートフォリオとして管理しています。これにより、学習者ごとの学習目標とそれに必要な知識やスキルの到達度を可視化することが可能で、学習者の学習意欲の向上に役立つと期待できます。当初は、経済産業省の情報技術者のためのスキル標準であるITSS(Information Technology Skill Standard)を基にラーニングポートフォリオを構成していました。平成23年度から学科やコースごとの達成目標としてコンピテンシーを設定し、コンピテンシーを軸にしたラーニングポートフォリオを構成しています。
個々の学習者が自分に適した学習を行うには、学習者の理解度に応じて教材コンテンツを選択し系列化して提供する仕組みと、組み合わせ可能な部品化された教材コンテンツが必要になります。このような要件はSCORM2004という教材開発の国際標準規格を満たすことで実現できます。POLITEでは、教材コンテンツをSCORM2004準拠で開発しています。また、POLITEは、学習内容を体系的に表現したシソーラスを保持しており、個々の教材コンテンツはそれに関連付けた形でリポジトリ内に一元管理されています。
SCORM2004対応の仕組みで実現するカリキュラム型学習に加えて、学習者の興味・関心による探索型学習空間を提供するために、独自のLMS(Learning Management System)を開発しています。探索型学習の機能として、Webページの検索機能、教員や専門家への質問機能、よくある質問(FAQ)機能を提供しています。1回の授業の基本的な流れはカリキュラム型学習ですが、学習の途中では探索型学習機能も利用できます。図2に、POLITEにおける学習の流れを示します。
図2 POLITEにおける学習の流れ
学習を進めていく上で、学習者を支援する特徴的な機能として「eノート」、「eコーチ」があります。 「eノート」はLMSと連携した文書エディタで、学生がeラーニングを受講しながらノートを取ることができ、後で自由に参照できます。また、「eコーチ」は、課題の結果に従って「良くできました。この調子で頑張りましょう」、「…についてもう一度学習しましょう」などのメッセージを表示し、学習の意欲向上を図ります。また、学習者は「eコーチ」を通じて、探索型学習機能を利用できます。
このPOLITE上に六つの科目の教材を開発しました。教材は、科目担当教員と教材開発者が協力して開発しました。教員は、ID (Instruc tional Design)に基づき授業設計を行い、ビデオ教材は教員の講義を収録して利用しました。教材開発者は、ビデオの編集、初級教材(Flashなどで作成)の開発などを担当しました。初級教材は、どうすればわかりやすく説明できるかという視点で、実際に講義を受講した学生が開発に参加しました。教員は1コマあたり8時間程度関わり、15コマの教材を完成させるのに教材開発者と学生が約4か月を要しました。
四つの科目では、15コマのすべての講義をeラーニングだけで実施するフルeラーニング方式を採用しています。これらの科目では、毎回の小テスト(記述式の問題)、月に1回の月末試験(穴埋め、記述式等)、定期試験もPC上で実施しています。月末試験と定期試験は必ず本学の特定のPC教室で受験することとし、学生証を使った本人確認を行っています。他の二つの科目では、講義部分はフルeラーニングで行い、PCを使った演習との組み合わせで利用していましたが、カリキュラム等の変更で現在は、学生が自由意思で利用できる教材として利用しています。フルeラーニングで実施するために、実際の運用の前年度にいくつかの単元でこのeラーニングの検証を行いました。クラスを二つに分け、一方のクラスでは、対面型講義を行い、もう一方のクラスではフルeラーニングの講義を行いました。学習前と学習後に同じテストを実施し、その差が対面型講義では8.6点で、フルeラーニングが18.1点でした。このような結果となった理由はいくつか考えられますが、eラーニングでは、ヘッドフォンから聞こえる講義に集中でき、わかるまで繰り返し学習できた点や、eラーニングの中のよくある質問により対面型講義ではなかなか質問できない学生も疑問をある程度解消できた点などが考えられます。
平成20年度から実際に正規授業においてフルeラーニングによる運用を始めました。その結果、短時間で終わろうとする学習者もおりましたが、平均的には、想定学習時間の1.5倍程度の学習時間を学習していました。また、講義の中で毎回実施する小テストの結果も対面型講義において紙で記述させたときと比べて平均で約2倍程度に増え、内容的にも講義の内容をよく聞いて解答しているものが多くなりました。これらの経験を通じて、良い教材を与えれば、学生は一生懸命勉強してくれて、確実に成果があがるということを学びました。昨今、単位の実質化が重要視されていますが、きちんと作成したフルeラーニング教材を利用させることにより、予習や復習をやらせることができる環境を作れるのではないかと思います。平成23年度には、就職関連の適性試験であるSPI(Synthetic Personality Inventory)、一般常識などの知識や勉強の仕方などを学ばせる学習者適応型のフルeラーニング教材を開発し、後期の講義で利用しました。後期の後半に実施した約65,000人が受験する全国レベルの模擬試験の結果では、ここ数年は成績分布の山が低い方と高い方の二つありましたが、23年度はほぼ平均に近い分布となりました。学生が違うので、単純には比較できないとは思いますが、確実に成果は上がっていると考えています。平成24年度以降も継続して新しい教材の開発を行っていきます。
平成20年に、大学設置基準に大学におけるFDの義務化が追加され、どの大学もFDを組織的に取り組むことが求められました。本学は、平成20年にFD委員会が発足しました。同時に、FDを推進するために、組織や制度の改革、FD活動支援のための情報システムの開発・運用を連携して実施することになりました。
組織の改革としては、FD委員会のもとに課題となっていたテーマごとにワーキンググループ(WG)を九つ設置し、課題の検討に取り組むことにしました(図3)。WGは、その時の課題に応じて活動を終了したり新規に活動したりして数は増減しています。制度の改革としては、学生による授業評価アンケートの実施、教員同士のピアレビューの実施、PDCAサイクルに基づく授業改善活動の実施、外部の評価を得ながらカリキュラム等を改善するためのカリキュラムアドバイザリーボードの設置などがあります。
図3 FDのための組織構成
図4 ICTによる自律的FD推進モデルの概念図
これらの組織的改革、制度的改革を推進するために、情報システムを中心に備える「ICTによる自律的FD推進モデル」およびFD支援システムCANVASを開発しました(図4)。このモデルの中心は、FD活動に必要な情報を一元管理するファカルティポートフォリオ、教育改善活動のPDCAサイクルを支援するためのFDエキスパートモデルとFD評価エージェントで、ファカルティポートフォリオに蓄積された情報をもとに、FDダッシュボードと呼ばれる画面に、教員が次に何をすべきかなどの情報を提供します。平成23年度から全教員を対象にCANVASの本格的な利用を開始しました。平成23年度は、授業改善計画、授業評価アンケートの自己分析、ピアレビュー関連の機能に関しては、常勤教員のほぼ全員が利用しました。このCANVASを使いながら、ICTを有効に利用し、学生の理解度を確認しながら講義を実施できることを目標においています。このレベルの教員は、FDに取り組む前は約5%程度でしたが、本格利用をして1年を経過した現在50%を超える教員がこのような講義をいずれかの科目で実施している状況まで達しました。本学においてFDが比較的スムーズに離陸できた理由はいくつかあると思います。一つは、FD委員会のWGに参加している教員の人数は40名を超え、専任教員(約75名)の半数以上が何らかの形でFDを推進する側の役割を担ってきているので、FDに対する意識を比較的高い状態に保てたことがあげられます。また、ICTを利用した講義は、情報技術にたけた教員が構成員の20%ほどおられ、この方々は環境を提供すればICTを利用した講義に取り組んでいただけたので、比較的スムーズに普及したと思います。社会科学系や人文系の比較的情報技術を苦手とする教員に対して、支援グループが手厚く支援をすることで、情報技術を利用した講義を積極的に進めてくれるようになりました。また、これらの教員の体験をICT研修会などで講演していただき、情報技術の苦手な教員への普及を務めてきたのも、普及を促進した理由の一つではないかと考えています。
しかし、学生からも指摘されたように教員によるFD活動の温度差があるのも実情です。教育改善の必要性を感じた教員が、スムーズにAction(改善)に取り組めるように、よりよい講義のための情報収集や研修の機会を増やすなどに力をいれようとしています。CANVASという武器をうまく使って、さらなる教育改善を図っていきます。
文責: | 北海道情報大学 |
情報センター長、大学院研究科長 谷川 健 |