教育・学習支援への取り組み
本学は、1922年にわが国初の旧制七年制の武蔵高等学校を前身として創設され、その後、1949年の学制改革を経て武蔵大学となり、現在に至っています。旧制武蔵高等学校を創設した根津嘉一郎(初代)は、最近、話題になっているスカイツリーの事業主である東武鉄道の再建事業などに携わり、「鉄道王」と呼ばれたことでも有名ですが、教育・文化事業にも情熱を注ぎ、それが武蔵大学の誕生に繋がりました。
創立からちょうど90年を経た現在、本学は、3学部(経済学部、人文学部、社会学部)、8学科(経済学科、経営学科、金融学科、英語英米文化学科、ヨーロッパ文化学科、日本・東アジア文化学科、社会学科、メディア社会学科)から成る文系総合大学に発展し、1学年の定員が930名の中規模大学として、武蔵野の面影を残す緑溢れる東京都練馬区の江古田キャンパスに校舎を構えています。また、埼玉県朝霞市内の朝霞キャンパスには、グラウンドなどの体育設備や学生寮が整備されています。
創設時に掲げた「建学の三理想」は、「東西文化融合のわが民族理想を遂行しうるべき人物」、「世界に雄飛するにたえる人物」、そして「自ら調べ自ら考える力ある人物」ですが、この三理想をもとに、2005年度の将来構想計画において、「知と実践の融合」を基本理念に定めました。
「知と実践の融合」とは、自ら調べ自ら考えた「知」を社会に応用し、さらに「実践」からの還元を受けて「知」を深めるという、知と実践の好循環を目指すもので、本学では、それを伝統的に取り組んできたゼミナールを典型とする少人数教育によって実現を目指してきました。学内外から「ゼミの武蔵」と呼ばれる所以です。
(1)「横のつながり」育成の意義
本学では、2007年度の初めから、新しいゼミナールの開発に着手し、同年度後期の試行期間を経て、2008年度から正規科目として、「学部横断型課題解決プロジェクト」)を開設し、現在に至っています。
本プロジェクトの特徴は、武蔵大学の全学部の学生から成る学部混成チーム(1チームは各学部から5名程度からなる15名程度)を構成し、お互いの専門知識を共有しなければ解決できない課題に挑戦させることです。その中で、学生は「横のつながり」の大切さと困難さを学びます。
各チームに与えられる課題は、企業との産学連携によって実施される「大学生のためのCSR報告書の作成」です。実際に、CSR(Corporate Social Respon sibility:企業の社会的責任)報告書を作成するとなれば、企業活動に熟知した者、企業理念や企業風土を理解した者、そしてそもそもCSRとは何かを知っている者が協働しなければなりません。
本プロジェクトでは、それらの役割を、経済学部(企業活動)、人文学部(企業理念や企業風土)、そして社会学部(CSRの概念)に背負わせることで、自らの専門性を発揮しつつも、異なった専門に対する理解や協力を学生に求めるようにしました。
経済学部の学生が何気なく「株式会社」と発言すると、人文学部の学生は「株式会社って何?」と質問が出ます。一方、経済学部や社会学部の学生は、企業のロゴやパンフレットの色遣いからその背後にある企業理念を見出そうとする人文学部の学生の姿勢に驚き、感心します。このような学び合いの成果は、授業設計した教員の予想を上回るものでした。
(2)プロジェクトの特徴
このプロジェクトの特徴は、次の4点です。
1)セメスターの前半と後半の意義の違いを 明確にしたこと
前半には、学部別のチームによりそれぞれの専門性を生かした調査や分析を徹底的に行います。その後、課題提供企業の方々の前で中間発表をし、その日の午後に学部横断チームを結成して後半に突入します(図1)。一度、学部の学生同士で結束させた後に、学部横断チームにすることがポイントです。発表に向けて、自らの専門を生かしたいという前のめりの気持ちと、他学部の知恵を借りなくてはプロジェクトの目的が達成できないという現実によって、後半の最初の数週間、チームは混乱状態に陥ります。ここで、学生は「横のつながり」の大切さと大変さを学びます。
図1 「横のつながり」育成プロジェクトの流れ
2)「態度・志向性」能力の育成、特に自己評価能力を高める仕組みを取り入れたこと
ここでは、「態度・志向性」能力の指標として、経済産業省による社会人基礎力を採用しました(図2)。最初に、学生が理解できる言葉で、社会人基礎力とはどういうものであるかを解説し、授業開始時には「行動目標シート」、授業中盤には「前半振り返りシート」、そして授業終了時には「後半振り返りシート」を提出さます。それに基づいて、学生一人あたり30分ほどの時間を割いて、プロのキャリアコンサルタントとの面談を合計3回に亘って実施します。このことによって、学生は、自分たちのことを客観的に見つめ直すことができます。
図2 社会人基礎力の12の要素
3)学生にとっては馴染みが薄いが産業界ではトップクラスという企業に課題提供していただいたこと
例えば、2011年度前期に課題を提供いただいた星光PMC株式会社は、製紙用薬品関係のトップクラスの一部上場企業ですが、世間一般誰でも周知しているという企業ではありません。例えば、花粉症に悩む人のための柔らかいティッシュペーパーは同社の技術によって生まれたものです。その他にも、紙に付加 価値をもたらす様々な技術を持っている素晴らしい企業ですが、身近に存在する紙と同社を結びつけて考える機会は、学生にとっては非常に新鮮なものです。また、このような企業を対象にすることは、学生に企業の社会的責任を考えさせることにつながります。星光PMCの他にも、工作機械、地中の配管継手、精密モーター、精密ばね、そしてアイスクリームなどに使われる香料の開発・製造などの企業に、課題の提供をお願いしてきました。
社会は様々な企業による社会的分業によって成り立っています。しかし、頭でわかっていても、学生にはなかなか実感が伴っていません。普段見えないところに目を向けさせることを狙った工夫の一つです。
4)SNSを利用した三学部の担当教員が日常に連絡を取り合う体制を作ったこと
このSNSは、mixiやFacebookのようなオープンなものではなく、学生も含めてゼミ関係者だけで閉じています。SNSというICT技術を駆使してコミュニケーションの充実を図りました。
(3)SNSの活用
SNS活用の要点は、次の5点です。
1)学生に一人1台のPCを貸与し、学内のどこからでもアクセスできること
SNSは、Groupetubeという市販のソフトを使用しました。画面のデザインを若干改造しましたが、機能的には、既製のものをそのまま使用しています。本取り組みで重要なことは、ソフトウェアの機能仕様よりも、学生がいつでも、学内のどこからでもSNSにアクセスできるようにしていることです。学生は、私たち教員が想像する以上に忙しく、まとまった時間を取るのが難しいという現実があります。そこで、学生一人に1台ずつノートPCを貸与し、先述の学内無線LAN網を活用し、SNSをいつでも、そして学内のどこからでも利用できるユビキタス環境を活用して、SNSの可能性を最大限に引き出すように工夫しています。
2)授業ごとに、SNS上に学生が日記を書くことをルール化したこと
その日の授業で学んだこと、失敗、次回に向けた改善案などを、社会人基礎力と関連づけながら書かせます。「今回は、自分の意見を押し通そうとして、傾聴力に問題があった。次回は気をつけよう」といった内容です。他の学生は、全員の日記を読むことができ、適宜、コメントできます。「私こそ、反省です」などといったやり取りが交わされます。SNSを使用することにより、一人になって自分を見つめ直す時間を、いわば「強制的に」作ることを試みました。チームの学生同士が理解 し合う場としての、大きな役割を果たしています。学生が日記を真面目に書き始めるようになれば、プロジェクトは半分成功したようなものです。
3)学生同士のプロジェクトがSNS上で展開されること
このプロジェクトは毎週90分の授業と土曜日に実施される計4回(主に課題提供企業への発表が中心)から成っていますが、それだけでは時間が足りません。SNS上では、ファイル共有ができるので、授業と授業の間にもプロジェクトは進行します。
4)企業と学生のコミュニケーションの場となること
プロジェクト設計時の悩みの一つは、企業側の負担軽減です。結果的に、授業開始前、中間発表時、そして最終発表時の3回は来校していただきましたが、それ以外はSNS上でコミュニケーションを行いました。CSR報告書を作成するためには様々な情報が必要になります。学生は、チームごとに週1回程度の頻度で企業に質問をします。
5)学生からの各種提出物をネットベースにし、事務負担を軽減したこと
SNSには、このような便利な機能が多々ありますが、ゼミなどで利用するには運用上注意すべき点も少なからずあります。その一つが、投稿が、他の学生、課題提供企業、あるいは教員への感情的な批判になることです。夜中の書き込みが多いので、そのまま翌日の午前中の「炎上」を招くことがあります。教員は、きめ細かにSNSをチェックして、学生が正しい方向に進んでいることを常に確認するという負担を負わなければなりません。
図3 SNSの画面のイメージ
武蔵大学では、文科系大学としては逸早く、1993年よりインターネット環境を整備し、また併せてICT環境の暫時的整備・充実に努めてきました。学内ネットワークは、2011年から学内ネットワークの再整備を進め、現在、建物間の通信については、1GBの基幹線(ギガ・ビット・イーサネット)で接続し、インターネット接続は、100MBpsでデータセンターに接続されています(図4)。
図4 学内ネットワークの概要図
図5 学内無線LANの概要図
教育用の学内PCは、無線LAN接続を前提としたNOTE-PCを含めて約550台あり、これに加えて、教室、ゼミ室、さらに学生ラウンジや学生食堂などのオープンスペースにも、無線LAN網を設置しています(図5)。この無線LANの特徴は、ユーザーのLOGIN時のアカウント名に応じて、学生用教育ネットワーク、教員用研究ネットワーク、あるいは職員用業務ネットワークに、それぞれ自動接続されることです。これは、MIM(Meru Identity Manager)の機能によるものですが、至便性だけではなくセキュリティ管理の面でも有用です。
現在、これらの基盤の下に、Wi-Fiシステムと連動する学内SIP電話システムや、学内電力利用状況監視モニタリング・システムなどの導入を検討中です。また、ここ数年来、次のような電子教材コンテンツの開発や、e-Learningシステムの構築を、少しずつ行ってきました。これらは、学内のどこからでも使用できるような環境になっています。
2007年度の試行期間を含めて、既に述べ500名近い学生がこの授業を履修しました。現在も年間100名程度の学生が履修できる体制を維持しています。また、2007年度には経済産業省「平成19年度産学連携における社会人基礎力の育成・評価事業」、そして2009年度には文部科学省「大学教育・学生支援事業[テーマA]大学教育推進プログラム採択事業」 の採択を受け、学外からの評価もいただいています。
最終発表会で学生が「この授業が終わるのがさみしい」と言ってくれるのは、教員冥利に尽きます。また就職活動などで社会人への第一歩を力強く踏み出す学生が多いことも実感しています。
今後も、効果測定に定量的な側面をさらに取り入れるなどの改善を図りながら、本プロジェクトを継続していきたいと考えています。
「横のつながり」育成プロジェクトは、武蔵大学のホームページでも紹介しています。ぜひ、こちらのサイトもご覧下さい。
文責: | 武蔵大学 | |
経済学部教授 | 高橋 徳行 | |
同学部教授、情報メディアセンター長 | 梅田 茂樹 |