特集 多機能端末の試行的活用
小濱 哲(横浜商科大学貿易・観光学科教授)
(1)導入目的
本学では、平成22年にソフトバンク製iPhone3GSを全学生、全教職員に無償で貸与しました。個人的な通話以外の、基本料金やパケット料金などはすべて大学が持ち、学生はほとんど個人負担なくiPhoneを利用することができるようになりました。同時に、学内の有線LANに加えて、教室、学食、図書館、中庭などキャンパス内すべてをカバーするWiFi環境を整備し、どこにいてもiPhoneが使えるようにしました。iPhoneの全学導入は、学部全体で導入した他大学は別として日本初で、全学をWiFi化した点では世界初でした。これが実現可能であった背景は、本学の規模が学生数、敷地面積ともに小さいことによりますが、初めてのケースということでは注目を集めました。
導入の目的は、学生のコミュニケーションの促進にあります。究極的には「楽しいキャンパスライフづくり」を目指していますが、そのためには、充実した講義内容や課外活動、学生サービスを外側から支援する高度情報環境整備のインパクトが大きいと考えました。講義の充実や学生サービスは、教職員の責務であり、日々これを考え改善していかなくてはなりませんが、初期費用がかかり、しかも、全学生に対して影響のあるような事業は、相応の決断を持って一括して行わないと効果が薄いとも判断しました。
学生のコミュニケーションに注目したのは、学生の行動が講義への出席もしくは講義と部活が主流となっており、キャンパス内で無駄な時間を過ごさなくなっていることに起因します。学生は講義のときだけ大学に来て、終わるとすぐに帰宅したりアルバイトに向かいます。部活のある学生は、そこにクラブ活動が加わるだけです。いわゆる、休み時間に中庭で友達と話したり、学食にたむろして先生の噂話をしたり、講義後の教室に残って試験対策を皆で話し合ったりするような光景が見られなくなりました。学生は、出身高校や同じクラブの学生とは密に話をし、メール等の交換も行いますが、同じ講義を受けている学生同士や、毎日同じ電車に乗り合わせる学生同士などとは、存在は知っていても会話はほとんどしていないことがわかりました。つまり、友達作りが下手なのです。
「楽しいキャンパスライフづくり」を実現するためには、大学に行くことが楽しくなくてはなりません。それは講義や部活、学生サービスに加えて、友人の存在が大きいと思われます。では、学生は、どのようにして新しい友人関係を構築していくのでしょうか。そこでは、SNSの存在が急速にクローズアップされていました。導入した平成22年度ではツイッターであり、このSNSを利用して新しい関係を創っていくことに、学生は違和感を持っていませんでした。気軽なコンテンツということもあり、ゼミやクラブ、仲間たちとのコミュニケーションにツイッターは効果を発揮していきました。
学生のコミュニケーション環境を整備することは、「楽しいキャンパスライフづくり」を実現する一つの側面ですが、少子社会の中で学生数の減少が大学の経営問題になっていることから、広報の意味でも「楽しいキャンパスライフ」それ自体が大学の魅力となると考えました。受験生からすれば、同じ程度の大学ならば、楽しそうな大学を選びたいと思うのは当然です。楽しいという気持ちは主観ですから、いくら広報的にアピールしても実感はありません。話題性と口コミです。
(2)全学導入
学生へのiPhoneの配布時には、管理の必要性から個人に手渡しすることが必要でした。数週間の期間を定めて、毎日約90分の手続きと説明時間を設けました。その際、諸注意事項とともに、主なコンテンツの機能と導入方法を説明し、特にツイッターの設定や利用に関して情報を提供しました。統一した内容で的確に伝えるため、レジュメ作成はもちろんのこと、説明は筆者がすべて担当し徹底しました。
導入費用は相当額にのぼりましたが、これは法人財務の中で新たな費用を要求したというよりはスクラップ&ビルドで、基礎的な英語など一部の講義は外注で行っていましたが、これを全面的に見直して圧縮し、非常勤講師の配置と内容も見直して人件費を圧縮しました。それによって生み出された余剰資金を、導入と運用のために利用するというのが、理事会に対して行った説明です。当時、iPhoneは多機能携帯端末(スマートフォン)として注目され話題となっていましたが、その内容や、教育への活用方法、本学が目的とした学生間のコミュニケーションづくり等に関しては、理解の程度にバラツキがあり、特に教育現場にいない理事や普段から携帯端末を使わない理事などに対しては、個別の説得が必要でした。
大学教育を終了して社会に出た際に、世の中で使われている情報収集ツールを当たり前に使いこなし、自分の仕事に関連する膨大な情報の中から適切な情報を、素早く取捨選択できる能力が求められています。営業などの場面では、紙ベースによる企画のプレゼンに加えて、静止画や動画を駆使した説得力のあるプレゼンに効果が期待され、短い時間で相手を納得させる企画内容の制作技術が求められています。
本学のように文科系でしかも単科大学の場合には、機動力を考えて、多機能型の携帯端末の構造やOS、クラウドのシステム的メリットや問題点などよりも、この端末を現実的な場面で自由に使いこなしていくことを重視した教育を考えています。多機能携帯端末を用いる講義では、「習うより、馴れろ」の言葉通り、実際にやって見せて、その通りやらせるところからスタートします。そのコンテンツの構造を理解することよりも、機能と操作を習熟させることを重視しています。
例えば、ある課題を与えた際に、
1)それを解決するために、どのような情報が必要か?
2)その情報はどこにあるのか?
3)その情報をどのように加工したら訴求力があるか?
を考えさせます。情報は、ネット上だけでなく、図書館や資料室、新聞や雑誌も含んでいます。ここで重要なことは、解決していくため(ソリューション)に、ネットだけに頼らないことと、1次データを適切な形に加工することです。特にウィキペディア等に頼らず、百科事典や関連図書など原データに当たることを学ばせています。得られたデータも、表に加工したり、グラフに加工したりすることを教えます。グラフも言いたいことが強調できるように、円グラフでなく、棒グラフや折れ線グラフなどのように、数字が読めて比較できるような表現方法を試行錯誤させています。また、必要最低限の情報だけに絞り込むことも重要で、だらだらと同じようなデータが羅列されるのではなく、課題に対して最も効果的な情報を選ばせ、それを表現することの重要性を学ばせています。
「使いこなしていく」ような考え方は、社会に出た際に企業が判断する学生の評価につながっており、就職試験や偏差値による一定の基準以外に、学生が評価される一助となると考えています。
多くの情報の中から、自分に与えられた課題を解決するために必要な情報を取捨選択し、表現することの次の段階は、日々進化していくコンテンツを選ぶ、情報力と使う能力の養成です。多機能携帯端末のハードの進化にはついていくことができませんし、端末は課題解決のための道具であって、結論を導き出していくのに必要なのはソフトの支援です。情報の選択能力と同時に、コンテンツの選択能力も需要になってきます。
これは多分に試行錯誤であり、また、そのコンテンツを既に使っている人からの情報や評価が大切です。個人の嗜好も加わって、どのルートによって最終的な結論に達したかを、学生間で比較したり評価しあったりすることも学習です。また、有用なコンテンツの使い方は、既に使っている人から聞く方が、マニュアルなどをダウンロードするよりも早く身につきます。学生間の情報交換は重要で且つスピーディです。
筆者の研究室では、SNS系と記憶系のクラウド型コンテンツを多用しますが、そのコンテンツの適切性や活用方法は、学生たちが試行錯誤した結果であり、上級生が下級生に教えながら作業を進めています。
本学ではスマートフォン時代の黎明期に、今後学生がこのような時代に乗り遅れないために全学生に対してiPhone3Gを無償貸与しました。当初はメールと会話、Webなどが主でしたが、コンテンツの種類も豊富になるにつれ、使い方も多様化していきました。また、新機種登場のサイクルが早くなったことを受けて、iPhone3Gが次第に古くなり、自分の携帯を最新型に変えていく学生も増えました。以下に、iPhone活用に関する今後の課題および期待を掲げます。
(1)コンテンツの制限と通信の問題
iPhoneを活用する仕組みの中で検討し問題となった点は、膨大なデータをクラウド上のどのコンテンツで扱うかということでした。写真を扱う場合、大量になると個人向けの情報蓄積用ソフトウェアやWebでは限界があり、組織で扱うには容量が足りません。そこで、データの共有や同期を可能とするオンラインストレージサービスDropboxを採用しました。Dropboxは講義でも使っており、静止画や動画の資料提供には適しています。
一方、筆者のゼミで実施しているフィールドワークなど現場での活用では、通信の問題があります。フィールドワークで対象としている地域は人口の少ない場合が多く、通信業者の力が調査の正否を左右してしまいます。業者によっては都市部以外では信頼性が低いため、一部の学生は、他のポケット型のwifi機器を持って活動せざるを得ない状況です。
(2)シームレスなサービスへの期待
利用機種がPCや多機能携帯端末であろうとも、シームレスなサービスをできることは、今後必須になってきます。例えばモビラスでは、クラウド上のアプリケーション開発サービスや運用サーバの提供を行っています。フィールドワークの形に合わせて複数のコンテンツをつなげて利用するなど、コンテンツをオリジナルに設計できれば効率的です。モビラスの機能として、重要情報等をクラウド上のドキュメントサーバを通してS3サーバで管理する仕組みがあります。このシステムでは、風土資産情報や個別の活動スケジュールなどを、個別にドキュメントサーバに上げておき、使う際にはS3サーバ一本からダウンロードが可能です。このような効率化は今後も進むと思われますが、現場での混乱や時間の節約を考えると、早期に導入していきたいシステムです。
(3)ソフト環境への期待
フィールドワークでのOffice系ソフト、特にExcelの利用は重要です。多機能端末でも利用できますが、今秋より発売となるWindowsフォンでは、Office系のソフトがそのまま利用できるようです。以前にPHS系のウィルコムでWindowsモバイルを使った機種がありましたが、それ以上の機能を期待したいと思います。フィールドワークの現場でExcelが確認できたり、情報を更新あるいは修正する必要がある際にも、この機能は優れています。
(4)教育効果とスマートフォン
本学で当初は抵抗のあったiPhone導入ですが、スマートフォンを使うことは当たり前となっています。新しいものは、その価値を判断できる人とできない人がいます。何が主流となっていくかは、状況判断の適切性に委ねられますが、本学では結果として高い教育効果を与えています。これは単に教育だけの問題ではなく、本学が導入当時に目的としていた、学生間のコミュニケーションの充実と社会に出てからの優位性、つまり就職活動と入社後の評価にもつながってきます。
次の世代で、どのような機器とコンテンツが登場するのかはわからないとしても、現状から常に予測していくことは可能です。教育者として求められるのは、それを的確に判断できる能力を培うことと、登場したときには、それを学生が使いこなせるような状況を与えることだと思います。