人材育成のための授業紹介:保育学
新谷 公朗(常磐会短期大学幼児教育科教授)
平野 真紀(常磐会短期大学幼児教育科教授)
常磐会短期大学は、保育者を養成する単科の短期大学です。社会人として必要な教養と、保育者として必要とされる知識や技術を学ぶカリキュラムを構成し、質の高い保育者を養成することを目指しています。
保育者を養成するカリキュラムにおいて、実際の現場で行う実習科目は、学生がキャンパスで学んだ知識や技術を活かして実践力を養う機会として重要な科目となっています。また、多様化する社会的ニーズを受けて、保育者に求められる専門性は年々高度化しており、それに伴ってカリキュラムにもより専門性の高い内容が盛り込まれるようになっています。このようなことかから、理論と実践を結びつける機会としての実習は、さらに重要性が増していると言えます。
しかし、現場での実習は、従来から実習先への依存度が高く、養成校側の教員が積極的に学生の指導に関わることの難しさが指摘されていました。近年、養成校では、教員の訪問指導の回数を増やす等の強化策を講じていますが、時間的あるいは、距離的な制約もあり、実習生をきめ細やかに指導することには限界があります。
このような実習を支援する方法として、本学では、平成18年度に採択された「資質の高い教員養成推進プログラム」(教員養成GP)、課題テーマ「課題解決能力を高める実習支援とその体制の構築」の一環として、遠隔学習支援システムを用いた、実習における学生の指導・援助を実施しました。
本システムは、サーバ上で運用されるため、パソコンに特別なアプリケーションをインストールする必要がなく、インターネット環境があれば利用することが可能となっています。ブラウザ上で、テレビ会議、動画の再生、画像の提示を同時に実行することができます。したがって、動画を再生しながら、あるいは画像を見ながら、テレビ会議を使ってディスカッションすることができるようになっています(図1)。
本稿では、本システムを用いて実施した実践について報告させていただきます。
図1 テレビ会議の画面
本学では、保育士資格と幼稚園教員免許を卒業と同時に取得できるようにカリキュラムが編成されています。両資格を取得するには、「保育実習」(2週間×2回)、「教育(幼稚園)実習」(2週間×2回)、「施設実習」(2週間)の計10週間の実習が必要となります。学生は、2年間で5回の実習を経験することになります。
実習期間中、養成校の教員は、実習先を訪問し、実習先の担当者(保育士・教員)から学生の様子を聞いたり、実際に学生と話したりするなどの「訪問指導」という形で学生の支援と指導を行っています。しかし、時間的な制約などもあり、実際の保育活動を見たり、直接学生を指導したりすることは難しいのが現状です。
一方、学生からは、実習期間中にこそ教員からの指導やアドバイスが欲しいという希望が従来から多くあり、実習期間中に即時的に実習生の支援・指導を行うことの必要性が、実習における課題の一つとなっていました。
このような課題を解決する方法として、実習における即時的な支援・指導を行える遠隔学習支援システムを構築しました(図2)。基盤となるテレビ会議システムを用いてWeb上で動画や音声データ、画像データを共有しながら会議を進行することができます。
運用にあたっては、動画や音声データが大量に含まれること、個人情報を含むデータを扱う可能性があることを想定して、NTTの光通信網を利用し、VPN(Virtual Private Network)により機密性を保持しています。また、子どもの様子が撮影された動画および静止画像の使用については、保護者の理解と承諾を得た上で撮影したものを利用することにしました。
図2 遠隔学習支援システムの概要
具体的な学生への指導・支援の一つとして、日々の実習後に行われる指導者と学生(実習生)による反省会に、養成校の教員も参加する形で実施しました。実習の様子を撮影した動画や指導計画等の資料を共有しながら、テレビ会議を通して即応的な指導・援助を行います。
対象科目は、「教育(幼稚園)実習」で、本学付属幼稚園(3園)での実習期間中に実施しました。2回生の学生が、設定保育を行った日の反省会を対象としました。
学生の実践からシステムを用いた反省会までのプロセスは、次のようになっています。
反省会では、指導案やビデオ記録を画面上で共有し、保育の様子などを素材にしながらテレビ会議を用いて1時間程度のディスカッションを行います(写真)。
対象となった学生には、この反省会を、基本的には2週間の実習期間中に2回実施することにしました。
写真 指導の様子
実践を通して、教員のアドバイスを翌日の実習に直ぐに活かせるという利点だけではなく、実習先の指導者にとっても学生(実習生)への指導方法を学ぶ機会となり得ることが確認できました。このことは、本学の指導教員はもとより実習先の指導者、そして学生自身も強く感じています。
システムを運用するにあたり、保育の様子を撮影したビデオを反省会用に編集する作業に時間を要するため、一度に多くの学生を対象として実施することが難しいのですが、学生の感想は、概ね良好でした。
学生の意見として、「実習で保育をしているときは、緊張感もあり、精一杯の状態なので、細かいところまで覚えていないが、ビデオ記録を利用し自分自身を振り返ることで、失敗に気づき、改善点の発見もできた。また、指導をいただく際には、指導案などの文書だけでなく、私の表情や行動などについても助言していただけた」などのように、動画の有効性を示すものもありました。ビデオによる記録を見て実習の様子を振り返り指導や助言を受けることで、自分の失敗に気づき、改善点を発見することができることや、自分の実践を可視化し対象化することができるため、保育に対する課題を明確にすることができる旨の意見を得ることができました。学生にとっては、「自分は、このように保育を行っていたのだ」と客観的に自分自身を捉える機会になることが判りました。
実習先の指導者(教員)からは、養成校の教員が加わった三者による反省会の利点として、「学生(実習生)だけでなく指導者も、教材研究の方法や次の遊びへの視点の方向付けなど、保育の専門的な立場からの助言を聞くことができた」という意見がありました。実習先の指導者の負担も増大しますが、実習を受け入れる上で、新たな知識を得る機会になっていることが確認できました。
指導に携わった教員からは、ビデオ記録を用いることで、指導・支援すべき課題がより目に見える形になり、問題を焦点化しやすく、繰り返し見られる点も、学生の指導には有効であるとの意見を得ることができました。
遠隔学習支援システムの利用は、学生の実習に即応的に指導・援助を行うことができるため、大学で学んだ知識や技術を実践の場で活かせる保育者としての総合力を醸成できると考えています。また、ビデオ記録の導入は、学生が自分の保育する姿を対象化し、自ら課題を発見することを促す契機となったことが判りました。実習先でビデオを撮影するためには、実習先の了解にとどまらず保護者個別の了解を得る必要性等、問題は山積しているものの、学習効果の高い教材であることが確認できました。
本システムを構築した時期に比べ、Web上で動画等を操作する技術は向上しており、テレビ会議等も容易に行うことが可能となっています。実習先との間で、ビデオ撮影等についてコンセンサスを得ることができれば、より多くの学生を対象とした支援体制の構築が可能であると考えています。
参考文献 | |
[1] | 平野真紀他:遠隔学習支援システムを用いた教育・保育実習の実践, 私立大学情報教育協会,論文誌「IT活用教育方法研究」第10巻第1号, pp.26-30, 2007. |
[2] | 植田明他:課題解決能力を高める実習支援とその体制の構築―常磐会短期大学における教員養成GP取組の中間報告と展望―. 日本保育学会, 第60回大会, 2007. |
[3] | 教員養成GP「課題解決能力を高める実習支援とその体制の構築」最終報告書.常磐会短期大学,2008. |