人材育成のための授業紹介:保育学
坂本 健(尚絅大学短期大学部幼児教育学科講師)
本プログラムは「異世代交流力をもつ保育者育成プログラム―IT活用で在学生・卒業生間の学び合いを展開させる取組―」と題しております。「異世代交流力」とは、立場や年齢の異なる他者から学んだり、自分の考えを発信したりできる気力・知力・実行力のことを言います。ここで言う気力とは、異世代の方と積極的に関わろうとする姿勢や態度、知力は交流の際に必要な知識や技能、判断力、そして実行力とは交流するという実際の行動に移す力、また、交流するために行動をしていく力、展開力のことです。
なお、このプログラムは平成20年度、文部科学省の「質の高い大学教育推進プログラム(教育GP)」に採択され3年間取り組んだものです。現在でも継続して実施しており、GP採択にあたって、「異世代」の幅を保育者以外にも広げることに配慮しつつ、着実な成果を求めて欲しいと付記があったため、取り組み内容に学園祭等の行事における直接的交流を強化することで対応しました。
経緯としては、近年の保育現場には人間関係に悩む保育者の姿があり、本学科においても、専門職に必要な力量があるにもかかわらず、人間関係が原因で離職する卒業生が増加してきた点にあります。その姿から、卒業後に必要とされる異世代との交流力を十分育てきれていないという課題が浮き彫りにされ、その一因として限られた教育課程の中で関わることのできる他者の数が相対的に少ないこと、また学生間の年齢幅が狭いという短期大学部ならではの限界が考えられました。
これを2年間で育成し、資質の高い卒業生を送り出すための系統だった養成方法を構築し、卒業後もサポートしていく、というのが本プログラムの主旨です。具体的には学生・卒業生に数多くの交流の場、機会を提供することによって交流力、自己表現力を向上させるということをねらいました。このねらいを達成するため、県下に多くの卒業生(約8,700人)を送り出してきた本学科の特色を生かし、在学生と卒業生間の学び合いを取り入れ、三つの交流の場を構築しました(図1)。
図1 異世代交流力を育てる三つのステップ
一つ目は物理的制約や心理的距離をあまり感じずにできるインターネットでの基礎力育成。学生と卒業生が学び合い、さらに学生・卒業生・教職員の交流の場として機能することを目指しました。二つ目は学内実習や就職指導における卒業生との交流での基礎力育成。これは教職員を仲介とし、心理的距離の近い卒業生を主とした交流の場を提供しました。三つ目がリカレント教育、学外実習、行事等の機会を利用した実践力育成。様々な立場や年齢の方々の中で、より実践的に交流を推し進めていくことが必要となってきます。
本学科では、このうち一つ目をインターネット交流、二つ目、三つ目を直接交流と位置付けました。そして、このインターネット交流と直接交流をインタラクティブに体系化することにより、相互補完的に異世代交流力を高めることをねらいました。
図2 Yokyo-netの画面(左:トップ画面、右:コミュニティの書き込み画面)
インターネット交流では「Yokyo-net」というSNSを活用した交流の場を設けました(図2)。規約に同意できる方のみが登録することで、パソコンおよび携帯電話から利用できます。セキュリティの面にも細心の注意を払い、誹謗・中傷や情報の漏えい等の事例は現在までありません。
そして「Yokyo-net」の機能としては「コミュニティ」、いわゆる掲示板があります。書き込むテーマを整理できるように、七つの「コミュニティ」を設け、利用者は自由に閲覧し、書き込みを行うことができます。つまり、学生、卒業生、教職員が自由に意見を交換でき、交流する場として「Yokyo-net」が機能しています。
在学生から卒業生に対しては「おたより作成で気をつけていることは?」、「食育の実際」等といった、授業での学びをもとにしたテーマでの書き込みが見られ、卒業生から在学生に対しては「運動会のタイトル」、「子どもの頃好きだった絵本は?」等、日々の保育の中から出てくるテーマでの書き込みが見られました。この「Yokyo-net」上でのやりとりを通して、書き込み内容や言葉遣いを吟味したり、書き込みに対する返信内容を工夫しようとしたりする学生の姿が見られました。
この「Yokyo-net」は授業とも連携させており、造形系の授業で作成した作品等について、作り方や工夫した点を書き込んで作品の画像を掲載したり、実習指導の授業では、グループ学習の中で解決できなかった疑問を質問したりする等、卒業生とのやりとりを行っています。
なお、現在(平成24年11月)の「Yokyo-net」利用状況としては、987名の登録があり、毎年新入生は全員登録をしています。現場で3年目を迎えた卒業生も、在学時に登録をしており、現在でも全員が活用できる状況にあります。
直接交流においては、学生と卒業生が様々な方と直接的に交流する機会を設けました。具体的には「学内外の実習」、「学園祭等の学内外の行事」、「就職指導」、そして「地域での交流会」等です。
また、リカレント教育では学生も参加できる日程の調整や企画を行い、「Yokyo-net」も開催を周知する目的で機能させました。各講座に学生が参加をすることはもちろん、講座終了後には保育者同士、そして学生も交えた中で意見交換会を企画し、交流を深めるとともに異世代交流実践の場を設けました。その他、ワークショップ形式のスキルトレーニング等も行っています。そして「Yokyo-net」上では、後日それぞれの感想や質問をかわす様子も見ることができました。
本学科では、それぞれの実習前後での異世代交流力に焦点を当て、自己評価チェックリストを用いて、「気力」「知力」「実行力」という評価項目に関する変化を検討しました(図3)。平成21年度入学生を例に見ると、いずれの実習においても実習後の方が自己評価の平均点は高くなり、次の実習前には下がり、それを繰り返しながら上昇していく傾向が読み取れます。また、ここでは詳しくは比較しませんが、数値的にも異世代交流力は例年に比べ、高くなっている現状がありました。
就職に対する取り組み方についても変化が見られました。これを取り組み前後で比較すると、自己開拓の増加、自主実習や園訪問等、自ら足を運んで就職を決める学生が多く見られるようになりました。その数値は取り組み前の平成19年度は63%、20年度は64%であるのに対し、取り組み後の21年度では73%、22年度では80%、23年度では93%と徐々に高くなっています。22年度・23年度の特徴として本実習で高い評価を受け、それが就職につながるケースが人数・割合共に高い数値を示しています。
「Yokyo-net」についての当初想定していなかった成果として、コミュニケーション能力で特に不安視されていた学生が頻繁にアクセス、書き込みを行っている事例があります。ある学生は入学時より友人関係の構築が苦手でしたが、「Yokyo-net」上では自分の思いや考えを素直に表現し、質問を投げかける等、積極的な姿勢が見られました。このことが学生に自信を与え、就職活動中、自主的に園に電話や訪問をする等、直接的交流の場面において、少しずつ課題が改善され内定をいただきました。また、在学時より活用している卒業生は、職場での悩みや不安を吐露することが非常に多く、その都度卒業生や教職員の励ましがありました。書き込みの内容から早期離職も予想されましたが、現在も同園にて働いています。このことから、特にコミュニケーション能力に課題がある学生に対しては、自分の思いや考えを他者に表現することができる一つの居場所として「Yokyo-net」は機能していると考えるに至りました。
図3 実習における学生の自己評価
各実習前後の全体の変化をグラフにしたもの
図4 職場と関わりながら内定に結び付けるケース
以上を鑑みると、異世代交流力を育成しようとする本取り組みは一定の成果を上げることができたのではないかと考えています。外部評価委員会でも高く評価され、本取り組みで築いたソフト・ハード両面における教育環境や培った方法論等は、卒業後のサポートという意味も含めて、卒業生とのネットワークを強化し、本プログラムで目指した在学生・卒業生間の学び合いの循環を促進するシステムとして、今も有効に機能するということが検証されました。そして、学生がこれから保育者となっていくことで、その循環は拡大・深化するものと期待できます。
また、現在は教員を仲介として研修会や自主実習、園の行事等に学生が自ら出向く機会を数多く設けています。その中で学生は、現場の先生方の中でも積極的に発言できる姿も見られるようになっています。
ただ、いわゆるコミュニケーション能力というものは、すぐに身につくものではありません。ここで培ってきたものを基盤とし、現場に出てさらに力をつけていくことが重要であると思います。そして、コミュニケーションとは、個人の能力ばかりによるものではなく、取り巻く環境という要因も充分に加味して考えていくことが今後の課題であると感じています。