人材育成のための授業紹介:保育学
大野 地平(聖徳大学短期大学部保育科講師)
本学は開学以来、保育士養成、幼稚園教諭養成を中心とした学部、学科をコアにして、現在の総合大学化を成し得たという経緯があります。したがって、本学は保育や幼児教育の科目が数多く開講されています。そのような中で、保育士養成のカリキュラムの改訂等があり、現在では単に幼児と関わることを主眼に置いた教育だけでなく、家庭、地域等も範疇においた科目の設定が行われています。
拙稿では、保育科が独自に取り組んでいる「キャリア総合演習」と、保育士養成課程の中の「相談援助」科目における取り組みについて紹介します。
(1)実施内容
保育科には「キャリア総合演習」という科目を設定しています。この科目は「自ら考え行動しチーム貢献できる保育者養成」と題し、旧GPで採択されました。内容は、1、2年生共同のコミュニティで1年間の課題解決学習に取り組み、11月の学園祭(中間発表)や1月の学生フォーラム(最終発表)で成果を発表するというものです。GP終了後の現在もその教育課程は保育科の一つの柱として必修授業で展開されています(図1、表1)。
図1 取り組みの概念図
表1 領域別の学習テーマ例 領域 学習テーマの例 環境 子どもの育つ環境についての研究、子どもにとっての環境とは何か 生き方 短大生の生き方、私たちの人生設計 国際理解 日本と諸外国の保育について、世界の行事についての研究 美術 壁面構成の研究、つくってあそぼう 衣 子ども服について、ウエディングドレスのデザインについて からだ ダンスを楽しもう、幼児と楽しむヨガ 音楽 自然を生かした音楽、「音」を「楽」しむ音楽パーティ 食 野菜ぎらい克服法、日本の行事と食について 文化 良い人間関係をつくるためのマナーについて、伝承遊びを体験しよう
この取り組みは、保育科として幼児教育・保育分野で活躍できる人材の輩出し、向上心の高い保育者を養成していく際に、学生が主体的に学習意欲を持ち、知識・理解力を向上させることを、課題として捉えたところから始まります。また、短大特有の先輩・後輩の関係性の少なさを少しでもなくし、1、2年生合計10名程度の学生と、担当教員1名(ファシリテーター)からなる異学年学生が集う学びの集団を形成し、双方向型の学習を継続的に行うことになります。
2年生はリーダーシップを発揮し1年生をサポートすることで、リーダーとしての態度、役割を学びます。また1年生は、フォロワーシップとしての役割を全うし、チームの一員であるという自覚を持ち、協力して取り組むことを学ぶというものです。
課題解決型学習の成果をより高めるために、学生は個別配布された「プログレスノート」を用いて自分の成長を記録し、到達過程を確認しながら学習を進めます。課題解決へ向かう学習プロセスを言語化することで、課題研究の筋道も明らかになります。課題解決型学習の終了後、1年生は次年度への課題が明確になり、2年生は保育の場で主体的に学び、チームに貢献できる力を持った保育者として、実践の場で活躍することを目標としています。
図2 課題解決型学習の学習プロセス
注意:図は昨年度までのもので現在ブログは活用していない
図2は昨年までの取り組みの流れです。現在はブログ等は閉鎖されているため、紙媒体による情報共有になりましたが、基本的にはほぼ同じ取り組みを行っています。
学生は発表や研究などの過程でパワーポイント、ビデオ撮影、電子黒板等の様々なツールを活用しています。特に学生フォーラムでの最終発表の際には、学術学会をイメージした分科会形式を取り入れ、様々なツールを駆使して自分たちの研究成果を発表します。
学生によるICT活用は今や日常的なことですが、ツールを活用することによって学生の考え方などに「段取り」というものが意識され、それが保育実践というものにつながっていくと考えることができます。
この過程の中での一番のポイントは、「手順を追って自分の考えをまとめる」ことにあります。研究活動については、研究というレベルまで達しているかどうかにかかわらず、課題を設定し、その課題を深く考えるために根拠を求め、そこからオリジナリティを追求し、まとめるという流れを意識させることができます。これは、幼児との関わりが主となる保育士養成、幼稚園教諭養成では重要なことです。なぜならば、この手順を経ることにより、「ストーリー性を持った指導(支援)計画」の醸成が可能となるからです。保育ではこのストーリー性が重要になります。例えば、ただ単に絵本や紙芝居の読み聞かせを行うのではなく、「季節感を養う」という観点を設定したとします。その観点を達成するには様々な方法がありますが、各々バラバラに展開しては子どもたちの思考もバラバラになってしまいます。そこで必要なのが、「季節感を養う」⇒「季節に関する読み聞かせ」⇒「絵本で取り上げた内容を自由遊びの中で発見させる」というストーリー性です。このストーリー性のある指導(支援)が、今求められている能力なのです。
(2)評価
評価方法は複数あり、1)学生による評価として、学生の「プログレスノート」を活用した、異学年共同コミュニティによる課題解決型学習の自己評価、2)学生間の評価として、異学年共同コミュニティを構成した1年生と2年生による取り組み成果への相互評価、3)教員による評価として、異学年共同コミュニティ担当教員が、学生の課題探求能力と人間関係調整力を評価、4)学生満足度の評価として、全学生への1年間の満足度調査による取り組みの評価指標、5)外部評価として、外部公開する学生フォーラムの外部参加者による成果評価(23年度より実施)があります。図3のグラフは学生間評価で異学年評価と同学年評価を比較したもので、1年生は先輩に対する評価が相対的に高く、2年生は同学年評価が高くなっています。5段階評価で表していますが、このような差が出るということで、異学年に対する見方が明らかになりました。
【1年生】
【2年生】 図3 異学年評価と同学年評価の比較
(1)実施内容
「相談援助」は2年次を対象とした保育士資格取得のための必修科目で、改訂前は「社会福祉援助技術」という科目であり、保育士養成のカリキュラムの中でも、子どもだけでなく家庭や、地域との関わりについて、その方法論を学ぶ演習科目です。履修者は年度によって異なりますが、本年からは保育科所属の学生すべてが履修します。拙稿で取り上げるのはそのうち、2クラス88人分になります。演習科目は規定により50人を最大定員に展開するため、他大学で言えばゼミ二つ分の人数程度になります。実際には、40人程度の受講生の2クラスにおいて実施しました。演習では、ロールプレイや事例研究を行い、学びを深めていき、考える力を伸ばすことに力点を置いて展開します。
これまでの授業では、紙媒体で説明し、それを実演し、実演を振り返ることで構成されていました。しかし、その方法だけでは学生や教員の主観的なものに偏りがちになり、振り返るにしても客観性が乏しいという問題点がありました。第三者によるアドバイスを踏まえてもその傾向はぬぐいきれません。そのような中で活用されるのが、VTRと実演のビデオ撮影の二つの方法になります。VTRについては今期は毎回視聴し、課題について考えることを中心に置き、物事の本質を見抜く洞察力や、発想の柔軟性が持てるように心がけました。
VTRの内容は、学生の関心を引くような身近な作品を用い、積極的に視聴できるように配慮しました。既に教材として認識され、教材用として活用されているものもありますが、本科目ではそのようなVTRに限らず、例えば、「人間関係を整理し、図式化して考える」という課題を設定し、その際に用いるVTRは、ドラマでもアニメでもストーリーがあるものであれば、何でも用いることができます。また、内容によっては、地域との関係性を学ぶこともできます。このような教材を用いることで、教科書で学んだ内容を一歩踏み込んだ形で深めることが可能になります。実際の授業で用いたものは、映画『サマーウォーズ』や『光とともに…』など、名前が学生にも浸透しているものです。
さらに、その学んだ知識を実践するときに「振り返る」ことが重要になります。実際の手ごたえや反省点を踏まえ、次に活かすことが求められるからです。その際、活用されるのがビデオ撮影になります(図4)。ビデオで撮影したものをPCからスクリーンに投影し、本当の意味での振り返りを行うというものです。障害児心理学等の分野では従前から用いられている方法ですが、それを基にして、このような演習の授業でも展開できることも証明できました。この方法をとると、自分の対応のそのままを振り返ることになり、第三者からのアドバイスよりも、問題点も自覚しやすくなっています。
図4 ロールプレイと振り返りの流れ
(2)実施結果
学生の授業アンケート等でも非常に満足度の高いものになっています。傾向としては、教員側が意図したものが、様々なツールを用いることで学生の興味関心も引き出せているものと思います。具体的には表2のような授業評価が得られ、項目9を除いて4.5以上のポイントを得ています。得点が一番低い設問9に関しては、一授業完結のオムニバス的な展開であったため、課題を課さなかったためであると考えます。また、設問3に関しては、VTRに用いた作品に対し、昨年度と比較して好きなもの、関心のあるものである結果であると考えられ、今期の映像作品は、学生の関心がより高く興味を引いた結果だと考えています。
表2 演習科目「相談援助」の授業アンケート 項目 平均点 1. シラバスに沿って行われていますか 4.5 2. シラバスの目的は明確にされていますか 4.5 3. 使われている教材は適切ですか 4.9 4. 話し方は明瞭で聞き取り易いですか 4.9 5. 黒板の使い方は適切ですか 4.9 6. 視聴覚教具を活用していますか 5.0 7. 授業の内容はわかりやすいですか 5.0 8. 授業の内容は興味や関心を抱かせますか 4.8 9. 必要に応じて課題を出していますか 4.2 10.発言や質問をするように促しますか 4.5 11.質問や発言に適切に対応していますか 4.9 12.授業に熱意や情熱が感じられますか 4.5 13.教師から刺激や影響を受けますか 4.9 16.友人や後輩に勧めたいと思いますか 9.8 17.あなたの総合的な評価を示してください 4.8 (回答者数:79名)
保育所や幼稚園における保育・幼児教育の実践は、現在においては絵本や製作などアナログの世界が中心です。したがって、教授方法もアナログなものが多くなるのは当然のことで、この傾向は今後も変わることはないと考えられます。しかし、そのような中でICTを活用する部分が科目の中に存在することにより、学生の考え方の幅が広がっていくことが、これらの取り組みからわかってきました。このように考えると、すべての授業において、学生の考え方の幅を広げる努力をしていくことが今後の課題だと思われます。主たる研究を社会福祉に置いている筆者にとっては、まだまだ開発の余地が「保育」の学問にはあるように感じています。その点を踏まえ、今後も研鑽を積みたいと思います。