教育・学習支援への取り組み
神奈川大学は、1928年(昭和3年)に創立者米田吉盛により横浜学院として創立され、「質実剛健」「積極進取」「中正堅実」の建学の精神に基づき、真の実学を目指す伝統を踏まえ、自立した良識ある市民としての判断力と実践能力、国際的感性とコミュニケーション能力を有し、専門的知識と技能を身に付けた、自ら成長することのできる人材を養成する大学として歩んできました。
現在、本学は、横浜・湘南ひらつかの両キャンパスにおいて、学生18,693名、教員1,386名、職員332名(2012年5月1日現在)が在籍し、法学部・経済学部・経営学部・外国語学部・人間科学部・理学部・工学部の7学部20学科2プログラム、大学院では9研究科16専攻および附属中・高等学校を擁し、大学のキャンパスと「みなとみらい21地区」に開設された「神奈川大学みなとみらいエクステンションセンター」では各種公開講座を開講し、毎年3,000人にのぼる、市民・社会人の生涯学習の場を提供し、全国有数の総合大学へと発展しています。
本学では教育理念を実現すべく、日々の学びの中で知識と技能を着実に身に付けさせるために授業支援システム(LMS)を導入してきました。しかし、各学部・学科がそれぞれの授業のニーズに応じて、独自に授業支援システムを導入していたため、システムが複数存在し、それぞれの所属教員が主体となって行っていた運用管理の作業負荷が大きな課題となっていました。また、学部・学科が個々に似たようなシステムを保有することによる導入・運用コストの重複の問題や、保有していない学部は利用したくても利用できない、などの問題点もあり、全学共通基盤としての授業支援システム導入を求める声が高まっていました。
このような状況を改善するため、2007年に全学的なLMS導入の検討が開始され、2008年にインターレクト社が開発したdotCampus(ドットキャンパス) の導入を決定し、2009年度より本格的な使用が開始されました。以来、講義において様々な場面での活用をしてきています。
新学期の授業開始時には、学生向けのdot Campusを使用するためのガイダンスを各講義内で行っています。また教員向け講習会の開催等も企画し、年々利用者は増加しています(図1)。
図1 ひと月に1回以上ログインした人数
本学ではウェブステーションと呼ばれる総合ポータルシステムがあります。dotCampusはウェブステーションから日次で講義情報のデータを受け取り、履修状況などのデータ連携を行っています。ウェブステーションとdotCampusはそれぞれ別のシステムであるため、現在のところはウェブステーションからdotCampusへデータの流れが一方通行となっています。dotCampusでつけられた成績などについては、ウェブステーション上に転記する必要があり、このようなデータ連携の方法については今後の課題となっています。
ICTを活用した授業支援システムに合致しているかどうかは、それぞれの講義で違いがありますが、授業支援システムを使用することにより、教育の質が向上する講義においては活用を推進する流れとなっています。今後もdotCampusの利用を促進して、より質の良い講義を展開していきたいと考えています。
以降は、実際に授業の担当教員によるLMS活用事例を紹介します。
経営学部におけるdotCampus活用事例を、担当授業を例に紹介します。
授業は大きく分けて、一般的な講義室で座学形式で行う「講義形式」、コンピュータ演習室でPCを操作しながら行う「演習形式」、そして少人数の学生と教員とで発表・討論をする「ゼミ形式」という3種類があります(表参照)。以下、形式別に活用事例を示します。
表 担当講義とdotCampus活用機能
(1)講義形式での活用
講義形式の授業では学生用に毎回レジュメを用意しており、その事前配付にdotCampusの資料配布機能を利用しています。レジュメをPDF形式にして予めdotCampusにuploadしておくことで、学生は自身で印刷・持参し授業に臨みます。意欲の高い学生には予習も可能になります。また、多人数で、知識教授型であることから、どうしても一方通行的になってしまいそうなところを、テスト機能を使って授業中・授業後に課題を出したり、レポート提出指示やアンケートに利用したりすることで、授業に双方向的な要素を取り入れています。さらに、テスト機能、レポート提出機能では、学生ごとの進捗・提出状況を踏まえた上で授業の進め方をその都度微調整したり(図2)、アンケート機能を用いて、dotCampusによる集計結果を即座に表示することで、授業の感想など様々なアンケート結果そのものを授業の要素として取り入れたりしています。
図2 進捗表示画面
(2)演習形式での活用
演習形式の授業は基本的に、「スライド説明+実習」という形態で行います。ただし、どうしても理解度やスキル等によって進度の差が生じてしまいます。そこで、説明スライドをdotCampus上にuploadしておくことで、学生は自分でそのスライドを参照しながら自分のペースで進めることができます。もちろん、講義形式での活用事例と同様に、課題提出、授業中・授業後の小テストやアンケートにも利用しています。
(3)ゼミ形式での活用
ゼミ形式の授業では資料配付・共有や周知といった情報共有のツールとして利用する他に、掲示板機能を、教員と学生間だけでなく、学生同士のコミュニケーションにも活用しています。dotCampusは、インターネットに接続されたパソコンがあれば、場所や時間に関係なく利用できるので、集まっているとき以外でも必要な情報共有が可能になり、ゼミ活動の円滑化、活発化に利用しています。
(4)モバイルでの利用
dotCampusは携帯電話やスマートフォンからのアクセスも可能であることから、講義形式の授業において、教室にパソコンがなくても授業中にアンケートに答えさせたり、簡単な小テストをさせたり、各自の時間を使ってできる課題を出したりもしています。学生にとっても、授業時間外のわずかな時間に小テストなどを実施することで、時間を有効に利用できます(図3)。
図3 モバイル画面
経営学部には、PCやICTが苦手という学生が多いという実態があります。しかしながら、そのような学生でも、携帯電話やスマートフォンは誰に教わらなくても、自在に使いこなしているというのも実態です。とりわけ1年生には、資料の入手という簡単なことも、PCそしてLMSという一つのICTに触れる機会にもなるので、そのような利用機会を増やす意味でも、LMSの利用を促進する流れを作っていく必要があると考えます。
経済学部の講義で常に問題になる点は、受講者数が200名以上と多いために学習者に対する細かいケアが困難であることです。例えば、レポートを課し添削して返すことを考えた場合、200名の授業では90分授業に占める返却時間の割合が大きくなり、授業運営上、レポート提出を毎回行うことは非現実的になります。
このような量に起因する問題はLMSを使うことにより、ある程度解決できる可能性があります。以下、大人数授業の質向上にLMSを利用した場合に可能なことと、残された問題点について紹介します。
(1)大人数講義でのテストとLMS
dotCampusでは、テストに設定した合格点情報を用いて教材の閲覧をコントロールする機能があるので、この機能と適切な予習教材をセットで用いることで、授業前の予備知識確認のための前提テストが実施可能です。実際には、授業開始前に前提テストで合格点を取ると、授業用の配付資料のダウンロードと学習成果確認のための事後テスト受験が可能となるように設定しています。つまり、事後テストを受験する学生は、1)前提テストで合格、2)教材をダウンロードして授業を受ける、という二つのステップを踏むことになっています。
(2)前提テストによる理解度向上の検証
現在のところ、前提テストについては複数回の解答を可能にするだけではなく、1回解答すれば正解と解説も表示されるように設定しています。これは、「前提テストが解けなかったので授業用の教材が入手できなかった」というトラブルを防ぐためです。この逃げ道の副作用として、1回デタラメの解答を行うことによって正解を表示し、実質的に前提テストをスキップしてしまう学生が出てくることは当然予想していましたが、前提テストの効果を確認することも含めて半期実施した結果を図4に示します。
図4 前提テストの解き方と事後テストの得点
図中で「参照者」となっている学生は前提テストの1回目解答時間が60秒未満で、得点が40点未満の学生、「自力解答」となっている学生はそれ以外の学生です。参照者の数は最初の4回は単調に増加していますが、途中からはほぼ安定状態になりました。スキップが可能であっても、前提テストの趣旨を理解した上で自力解答を目指す学生が7割程度はいることになります。
さらに、前提テストが授業内容の理解度向上に役立っているかについては次の通りです。前提テストの解き方別の事後テストの平均点数をプロットしたものが「事後テスト平均点」になります。第1回、第7回以外の回では前提テストをきちんと解いた学生の方が事後テストの平均点が高くなっていますが、自力解答と参照者の平均点の差は一番大きかった第6回でも6.8点程度、その他の回では1.6〜4.5点程度の差に過ぎません。残念ながらこの結果からは、前提テストの解き方によって平均の差が生じると断言することは難しいと考えています。
本来ならば、前提テストを解かずに授業に臨んだ学生のデータとも比較すべきなのですが、今回の設定では、そもそも前提テストを解いていない場合は事後テストも解けないため、比較データが得られません。この点については、事後テストの解答条件変更や学生の解答タイミングなどの詳細情報も含めてさらに分析する必要があり、今後の検討課題です。
(3)学生の評価
学期末に実施した学生アンケートの結果では、8割程度の学生が「事前・事後課題が適切に指示されていた」と回答し、また、予習・復習時間は30分〜1時間を最頻値として分布していました。授業の到達目標の明確化と学生の授業前後の予習・復習の強化という観点からは、狙い通りの効果が上がっていると考えてよいでしょう。アンケートの自由記述でも、前提テストや事後テストにより理解が深まったという回答が多くなっています。
今回の分析の範囲では、前提テストを学生に強制することにより、事後テストで評価される学生の授業理解度向上に大きな効果があったとは言えませんでした。この点については、ログのより細かい解析や事後テストの実施方法変更なども含めて検討する必要があると考えています。また、ここでは前提テストや事後テストの内容が授業内容とマッチしていることを仮定して分析を行っていますが、この点については自明ではありません。事後テストで正答率が低かった問題を精査することによって前提テスト、あるいは教材の内容へのフィードバックを行うことも今後の課題です。
文責: | 神奈川大学 メディア教育・情報システムセンター所長 木下 宏揚 経営学部 飯塚 重善 経済学部 小川 浩 |