事業活動報告No.2
大学改革を推進するには、教職員の叡智を結集した新たな価値創造が求められている。情報通信技術(ICT)は、従来の教育・研究・業務を支援するツールとしての役割に加え、データを経営情報に加工する、それらを蓄積・共有し、インターネットを通じて創発的議論を展開し、意思決定につなげるといった、新たな価値創造を支えるインフラに、その役割は進化している。
本協会では大学職員の職務能力の開発・強化、その中でも、学内での対応がなかなか難しいと考えられる、情報通信技術(ICT)を活用した大学改革の企画・提言力、教育・学修支援力、人材育成支援力、それを支える持続可能な情報環境構築力等の養成を目的として、本報告の「基礎講習コース」と、専門性を考慮した分科会を構成して事例研究を踏まえて研究討議する「応用コース」の二つの研究講習会を実施している。以下に基礎講習コースの実施結果を報告する。
本年度の基礎コースは、7月5日〜7日の3日間、加盟校・非加盟校合わせて67の大学・短期大学から132名の参加者を集め、静岡県の浜名湖ロイヤルホテルで開催した。
参加者の内訳は、所属別では、学事・教務系が38%、情報システム系が16%と、この2部門で過半数を占めるが、総務、人事、財務、経理、管財、広報、就職支援、図書館と、大学における業務の全分野に亘る。在職年数別では3年以下が82%、また、年齢別では20代が77%を占めている。本研究講習会を職員の初年次研修に組み込んでいる大学もあり、また、ICT系を中心に経験者採用の方たちの参加も多い。
図1 参加者の内訳
研修前後の時間には名刺交換が盛んに行われ、座学、グループ討議による研修に加えて、他大学職員との交流の場として活用されている。
本研究講習会は、研修を進めるにあたり基本的な情報・知識を提供する全体研修を第一部、そこで提供された情報・知識を参考に、大学が取り組まねばならない課題や職員の役割について討議を重ね、咀嚼し理解を深めるとともに、討議の成果を自分たちの言葉として発表することにより身につけることを目的としたグループ討議を第二部とする、2部構成をとっている。本年度の基礎講習コースは、「教育情報の公表」、その担保として不可欠な「教育の質的転換」を題材として取り上げ、参加者がこれらの課題について理解を深めるとともに、以下の成果を獲得することを目標に掲げて進められた。
岡本史紀氏(芝浦工業大学名誉教授、大学職員情報化研究講習会運営委員会担当理事)より、大学職員情報化研究講習会(基礎講習コース、応用コース)開催の趣旨説明や大学職員に期待することを含めた挨拶をいただき、以下のプログラムにより実施した。
説明者:木村 増夫氏(学校法人上智学院総務局兼財務局主幹、大学職員情報化研究講習会運営委員会委員長)
大学を取り巻く環境や大学教育への社会的要請を背景に、本コースのねらいとするところ、参加者に持ち帰っていただきたい成果、課題解決に向けた大学職員の果たすべき役割と求められる能力(職員力)についての説明が行われた。
大学を取り巻く環境や大学教育への社会的要請については、2012年3月26日、中央教育審議会大学分科会大学教育部会が「審議まとめ」として作成した「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」を紹介し、18歳人口の推移と多様な学生への対応といった“量的課題”、大学教育の質に関する課題、国際化や情報化等を背景に大学が果たす役割等について説明が加えられた。
続いて、大学職員に求められる能力(職員力)について、経済産業省が提唱している「社会人基礎力」、東京大学と上智大学における「大学職員のあるべき姿」を紹介し、社会的要請に対して大学が対応していくためには、職員一人ひとりが自律的に取り組むことが求められ、傍観者でなく、実質的に貢献できる職員となるためには「情報」を収集し、分析し、それに基づき解決策を考えて行動に移すことが必要で、そのためには「情報活用能力」と「実行力」が重要であると結ばれた。
また、合宿研修という形を活かして、実り多い3日間とするために、全員参加で取り組むこと、そのような場となるよう全員が努力すること、集団思考のメリットを活かすことが、基本的な約束事として示された。
最後に、参加者へのメッセージとして、「一世紀の本」からの引用が贈られた。「最高のもの(理想)に制限をおかず、それを小さいことに生かせ」
講義―1「大学改革におけるICT活用の重要性を理解する」
講師:石井 博文氏(芝浦工業大学専務理事)
大学の管理運営、教育研究活動の充実を図る戦略として、情報を多面的に活用することの重要性と情報を体系化・統合化する仕組み作り、および教職員が情報を活用してどのように新しい課題に関与すべきか、「教育情報の公表」を題材にして、同大学における取り組みから重要なステップを紹介、職員の関わり、ICT活用の重要性について説明された。
(1)教育スキームの「見える化」
PLAN/DO
大学の持つべき三つの方針(ディプロマ・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、アドミッション・ポリシー)の明確化・具体化(見える化)により、教育プログラムの目標と、その実現のためのカリキュラムを設定する。
CHECK/ACTION
教学IR体制により、教育実施後の目標達成度の評価と教育プログラムの改善を行う。
(2)ユビキタスな情報インフラの構築
(3)運用体制の整備
以上のような仕組みづくりには職員の発想力、企画力、構想力が、教員に働きかけ実行に移すにはマネジメント力、コーディネート力が求められる。大学改革を推進するには、職員が主体的に教職協働に取り組むことが肝要であり、ICTはその実現に不可欠なプラットフォームであると結ばれた。
講義―2「ICTを活用した主体的な学修環境の構築」
講師:斉藤 和郎氏(札幌学院大学教務部事務部長)
土肥 順一氏(京都産業大学情報センター課長)
一方向型の授業が多いため、学生が自発的に学修をすることが極めて少なくなっている。また、教室外の学修時間を確保する組織的取り組みも進んでいない。単位の実質化を図るためには、学生自らが考え学修する仕組みを構築することが重要で、ICTを活用して時間・場所を選ばず事前・事後学修が可能な環境の提供、および学修到達度の点検・評価を実現する仕組みが必要不可欠となりつつある。
教育の質的転換を図る取り組みの一つとして、e-LearningやLMS(Learning Management System)のようなICTを活用した主体的な学修環境の構築、運営の経験を基に、前半は従来型とも言える「独習型e-Learning」と、これからの時代に求められる「協調型e-Learning」を取り上げ、その特徴や効果に関するミクロな観点からの比較解説し、後半ではe-LearningシステムやLMSの導入・活用に関する組織的取り組みについてマクロな観点から課題を整理し、解説を行った。
「学修課題とe-Learningプラットフォームの選択」
従来型とも言える独習型e-LearningシステムCAI(Computer Assisted Instruction)は、自分のペースで繰り返し学修でき、学修履歴の管理も可能で、反復学修による知識やスキルの習得に適している。
しかし、新しい知識・情報・技術が、社会のあらゆる領域で重要性を増す、これからの知識基盤社会では、幅広い知識を統合し、柔軟に思考する力が求められる。また、社会に出てからの学びは、協調的な知識創造、一人ひとりの「知」を組織的に活用することが求められる。さらに、予測が困難な時代において、大学は「生涯学び続け、どんな環境においても答えのない問題に最善解を導くことができる能力」を育成する責務を負っている。独習型e-Learningシステムは、これからの時代に求められる能力の育成に有効であるのだろうか。
今後の学士課程教育に求められるのは、教員と学生とが意思疎通を図りつつ、学生同士が切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する課題解決型の能動的学修(アクティブ・ラーニング)によって、学生の思考力や表現力を引き出し、その知性を鍛える双方向の講義、演習、実験、実習や実技等の授業を中心とした教育である。
協調的な学びを支援するe-Learningプラットフォームとして、WebCT(Blackboard Learning System)やMoodleなどが挙げられる。これらは、フォーラム(電子掲示板)上で質疑応答や意見交換をするディスカッション機能、他の学修者の課題提出物を相互に評価する相互評価機能などの、協調的な学びを支援する機能を装備している。
図2 二つのe-Learningシステム
<ICT選択・活用のポイント>
「e-LearningおよびLMSの導入・活用」
京都産業大学では2005年より、全学部共通のLearning Management System(LMS)としてMoodleを導入した。導入にあたって、大学の教育研究用情報基盤を検討する委員会で、情報センターから導入するシステムの調査、運営方針等について提言を行い、全学的な理解と協力体制を作り上げていった。このことにより、専任教員の7割以上、学部学生の9割が利用するシステムに成長した。この委員会は、教職協働による構成で(委員長:副学長、委員:各学部等から選出された教員、情報センター職員)、同大学の教育研究に関わる情報基盤充実に関する検討機関の役割を担っている。
同大学がMoodleを採用するに至った背景には、Webベースの授業支援システムの導入について2000年頃より検討を重ねてきたが、学内一部でのMoodleの利用実績、情報センターにおけるオープンソースの運用実績等が挙げられる。オープンソースの利用は、ライセンス料等の経費削減、自前でのカスタマイズ等が魅力であるが、確実なサポートが得られない、マニュアル、ヘルプデスクはすべて自前で賄わなければならない等、運用を担当する情報センターの職員には技術力が要求され、相当な負荷がかかることも事実である。
導入したICTは現場で活用されてこそ価値がある。教育用システムについては、教員との協力体制が不可欠であることは言うまでもなく、そのためには、職員が教員の信頼を得る努力を怠ってはいけない。同大学では、教員による委員会に対して情報センターが報告・提案することにより教職協働体制を築き上げていった。
登壇者:岡本 史紀氏(運営委員会担当理事)
石井 博文氏(芝浦工業大学専務理事)
斉藤 和郎氏(運営委員会副委員長)
土肥 順一氏(運営委員会委員)
井端 正臣氏(私立大学情報教育協会事務局長)
進行役:木村 増夫氏(運営委員会委員長)
冒頭に15分ほどのミニグループ討議の時間を設けてグループごとに質問事項をまとめ、登壇者が回答・補足説明する形で進めた。限られた時間の中で受けられた質問は各班から1件のみとなったが、グループでまとめられた質問事項のメモは、運営委員がグループ討議をサポートする際の参考とした。
7〜8名を1グループとして、「教育情報の公表」と「教育の質的転換」の二つのテーマについて討議を行った。討議のサポート役として、3グループに1名、運営委員を配置した。
グループ討議により参加者に持ち帰っていただきたいスキル(能力)について到達度評価項目を設定し、3段階の自己評価により到達度を確認できるようにした。
「グループ討議“見える化”シート」により討議のポイント明示することで、限られた時間で効率よく、実施的な討議が交わされるよう配慮した。
<グループ討議スケジュール>
2日目
(1)教育情報の公表
(2)教育の質的転換
3日目
<到達度評価>
1)課題発見能力
大学が抱える諸問題について、その本質的な課題を探るため、多様な観点から事象を分析しようとする態度を持つ。
2)創造的思考力
課題解決を図るため、積極的にアイデアや意見を述べて、創造的な議論を、促そうとする態度を持つ。
3)コミュニケーション能力
他のメンバーの意見やアイデアを尊重し、議論を発展させるためにお互いに協調しようとする態度を持つ。
4)スキルを使う姿勢と態度
討議を通じて学んだ成果を認識し、これを常に磨きながら、自身の大学の教育改善に使おうとする態度を持つ。
5)プレゼンテーション能力
グループでの討議内容を他のグループに分かりやすく伝えるため、相互に協力しながらスライドを作成する。
6)発展的思考力
質疑応答や他グループの発表から、新たな着眼点や改善点を発見して、それを相互のブラッシュアップにつなげようとする態度を持つ。
グループ討議の進捗や成果は、それぞれのグループにより異なるが、その一部を以下に紹介する。
「教育情報の公表」というキーワードを掘り下げる中で、情報の公表により相互の大学の長所・短所を理解して、自大学の弱点を補う相手と協力関係を結ぶことにより、大学間の競争から「大学間の協力による共存」という、新たなキーワードにたどり着いた。
現状の情報公表は義務化による消極的公開であり、情報の受け手にとっては不十分であるとの共通認識の下、大学ポートレート構想に着目し、戦略的かつ積極的な情報公表により、大学の自己点検を促し教育力の向上や改革につなげることが討議された。
情報公表の意義、目的として、特に高校生の進路選択におけるミスマッチを防ぐことを掲げた。しかし、現状では目的を把握せず部署ごとにデータを作っているため、必要なデータが提供されず情報の集約と取捨選択が必要である。この新たな役割に対応する部署として「情報戦略課」の新設が提案された。
「教育の質的転換」の一つの方法として、学修時間の不足、社会的ニーズと教育内容の乖離といった共通の課題認識のもとで、様々な改善策が出される中、「インストラクショナル・デザイナー制度」を導入し、授業構築を補助できる職員を養成する新たな職員の役割について討議した。
学生の学修不足の原因として個々の学生が目標を持つことができていない点を指摘し、その遠因として社会人基礎力で求める能力が個別技術ではなく応用力なのに対して、旧態依然の講義ではニーズに応えることができていない点を指摘した。そこで、シラバスから授業の質的改善を図るため、前年度授業評価などのデータを利用した職員によるシラバス作成支援について討議した。
参加者の半数以上が学生時代に海外留学を経験しており、その多くが、世界に開かれた大学づくりの必要性を訴え、「この大学で学びたい」と思わせる、責任ある情報を公表することこそが職員の役割であるとの結論に至った。その根幹を成すのが学士課程教育である。特筆すべき改善策は提案されなかったものの、今日の日本高等教育界が抱える数々の課題は、確実に全員で共有することができた。「すべての業務は教育に通じる」という認識のもと、職員一人ひとりが学生と教員との三者協働の実現に向けて行動すれば、各々の部署において自ずと創意工夫が施され、選ばれる大学へと結実するだろう、とまとめられた。
大学の規模や地域など異なる環境で業務に携わっている若手職員が中心であり、各々抱く課題と設定された課題テーマとの共通認識に時間をかけた。「教育情報の公表」の課題においては、各班とも情報の「公表」と「公開」の定義を探りながら、「現状の課題」、「保証」、「大学及び教職員の役割」を模索した。また、「教育の質的転換」においては、ICTの特徴を主体的な学修機会へ導くための活用方法が話し合われた。教員・職員の連携の必要性・重要性を理解し、職員としての新たな役割が各自に認識された。
事後研修として、討議のまとめと発表内容を基にグループとしてのレポートを課した。
講習会の限られた時間の中では議論を尽くせなかったこと、発表ではまとめきれなかった部分について、メール等による討議によりブラッシュアップされていた。
合宿研修の成果を職場に戻って振り返り、改めて報告書としてまとめることにより、研修での成果をより着実に自身のものにされた参加者も多いと思われる。
本年度の基礎講習コースは、「教育情報の公表」と、その担保に不可欠な「教育の質的転換」を題材として、これらと大学改革の関わりを理解し、大学改革の実現に向けてICTの有用性を理解し、その活用を考えるとともに、職員の果たすべき役割を理解することを目指した。
参加者は皆、変革の時代にあるべき職員の役割を常に意識しながら討議に臨んだ。それは、例えば大学の現状を俯瞰して問題の所在を解き明かし、あるべき姿を導き出していくこと。あるいは教職員の意識変革を促し、組織的な連携を高めながら課題解決を図っていくことであった。その結果、導き出された結論には、随所に「現状に満足せず、問題意識を持ち続ける」という姿勢が散りばめられていた。
事後のアンケートにおいて、入職から日の浅い者にとっては課題が難しかったとのコメントも多く見受けられたが、重要なキーワードを逐次、記録に残せるよう用意した「グループ討議準備シート(“気づき”のメモ)」、段取りよい討議展開が図れるよう用意した「グループ討議“見える化”シート」をうまく活用して、グループとしての成果に結びつけることができたものと考える。
文責: | 大学職員情報化研究講習会運営委員会 |