人材育成のための授業紹介:英語教育

授業時間外の学習時間の増大による英語力の向上

Thomas N. Robb(京都産業大学外国語学部教授)

加野まきみ(京都産業大学文化学部准教授)

1.教育改善の目的

 急速なグローバル化の中、学生に高度な英語運用能力を身につけさせることは大学の急務です。京都産業大学ではこうした社会的ニーズに応えるため、全学共通教育センターが運営する英語教育カリキュラムの大幅な改革に努めてきました。その一つが、学生一人ひとりが授業時間外に多読という反復練習を行い、授業時間で学んだ新語彙・文法を定着させる「多読学習プログラム」です。本プログラムの目的は、学生が授業時間外に英語を自習するシステムを確立し、現在決定的に不足していると言われる学習時間を確保すること、また、学生の自律的な学習を促進し、自分で学ぶという意識を身につけさせることです。私達は、同じような問題を抱える他の教育機関にも本プログラムを提供し、英語教育の発展に貢献しています。

2.問題の所在

 TOEICスコア1点を伸ばすためには、350点レベルの学生で平均1.5時間、550点レベルの学生で2.5時間の実質学習時間が必要であると言われています。本学の大学生は最大で1年間で180時間(90分授業を4コマ、30週)の授業を受けますが、多くの場合、年間100点のスコアアップには至りません。私達は、学習時間が不足しているのに、それを授業時間で補えないというこのジレンマを解決するのは、授業時間外の学習時間の増加であると考えます。授業時間外の学習方法としては、多読学習が非常に効果的です。多読学習とは、グレーディッド・リーダーと呼ばれる、レベルごとに語彙が調整された小説等の簡略版(以下リーダー)を多く読むという単純な作業です。自分のレベルと興味に合致した英語リーダーを大量に読むことで、授業で学習した新しい語彙・文法を定着させ、実際の英語力を向上させることができるのです。
 学習時間外での学習を課す際に常に問題となるのは、学生が実際に課題をこなしたかどうかをチェックする方法です。言語習得に多読学習法が効果的であることは広く認められているのに、導入する教育機関が少ないのは、まさにこの点がネックになっているからです。従来の多読学習では、担当教員が学生に要約や感想を書かせ、読んだことを確認していましたが、この方法では、学生にも教員にも負担が大きく、導入を諦めてしまうケースが多かったのです。

3.教育改善の内容と方法

 上述の問題の解決策として、本学ではMoodle Readerという学習支援システム・Moodle上で学生の多読学習記録を管理するプログラムを開発し、運営しています。教員はあらかじめ、学生のレベルや目標語数を設定し、学生は図書館に開架されているリーダーを読み、学内あるいは自宅のパソコンからMoodleにアクセスして10問からなるテストを受けます。テストに合格すれば、そのリーダーが既読書として記録され、表紙が学生のページに現れ、そのリーダー1冊分の語数が既読語数に加算される仕組みになっています。Moodle Readerでは、学生は自分のレベルにあったテストのみが受験可能で、テストには制限時間が設けられています。テストを受ける間隔を教員が設定できるので、これが学期末に目標語数に達するために集中して読むのではなく、学期中継続的に読書を進める動機になります。図1はテストを受けた日、読んだリーダーのタイトル、合否、既読語数などが表示される、学生の学習記録画面の一例です。
 本プログラムには学生が自力で多読学習を行うための不正行為防止機能や、学生がテストを受ける上で問題が生じた場合に迅速に問題を解決するためのヘルプ機能も設けられています。教員用の管理ページには学生の学習状況を把握するための様々な機能があります。個々の学生やクラスごとの学習状況の閲覧・ダウンロードや、学生の読むリーダーのレベルの変更、目標語数の設定、テスト問題の追加など、教員自身が担当クラスの学生について様々な設定を行えるようになっています。

図1 学生の記録画面

 MoodleReaderの導入により、学生の英語学習時間が増加し、教員は学生の学習状況を把握することが可能となりました。実際、図2では、深夜12時から1時までが最もアクセスが集中しています(通年で2,500回以上のアクセス数)。本学では約2,000台のコンピュータが学内で利用可能であるにもかかわらず、学生は大学にいるとき以外の夜の時間帯に、MoodleReaderにアクセスし、テストを受けていることが分かります。

図2 学生のアクセス数とその時間帯

 MoodleReaderを利用した多読学習プログラムは、2008年度に本学外国語学部英米語学科で導入され、2009年度には全学共通教育科目の約140のコア科目(英語オーラルコミュニケーション、英語リーディングスキル、各週2回授業、1年次生約3,000名が対象)で必須課題として課しました。多読学習の目的、到達目標語数、テストを受けるサイトへのアクセス方法、テストの受け方を記載した資料を、各学期開始直後にすべてのクラスで担当教員が学生に配布し、授業時間外で学習を進めることを促します。学期中、教員は学生の学習状況を確認しながら、授業中に積極的に多読プログラムの利用を呼びかけます。担当教員は学期末に学生の学習結果を受け取り、その結果を最終成績の一部に組み込みます。

4.改善成果

 2009年度のコア科目履修者(1年次生)の学年度末統一試験では、前年度同時期の同一試験より、履修者全体では12.1点から15.7点へとリーディングの平均点が上がり、学部別に見ても前年度よりスコアに大幅な向上が見られました(図3)。2008年度と2009年度の入学生は入学時の英語力に有意な差はなく、カリキュラム上の変更もなかったことから、このスコアの向上は多読学習の導入によるものと考えられます。

図3 学年末の統一試験の結果

 学期末に行った学生対象の自分の多読学習経験についてのアンケート(約1,300人が回答)によると、「かなり易しい」、「かなり難しい」と答えた学生はわずか10%以下で、65%の学生が多読学習を面白いと回答し、多くの学生が英語で書かれた本を楽しんで読んでいることがわかります。もちろん、学生の中にはこのような課題をいやがる学生もいますが、本プログラムによって、自分の英語力を向上させる貴重な機会を与えられたと感じる学生も多くいました。以下にそのようなコメントの例を一つ紹介します。「何冊か読むうちになんとなく早く読めるようになった気がしました。また、多い語数の本に合格した瞬間、少し英語に自信がついた上、もっと頑張ろうと思いました。」
 本プログラムの有効性は、国際学会などでの発表の結果、広く認められようになり、現在までに国内外を含め150校以上の教育機関で本学が開発したMoodleReaderが導入され、その数は急速に増加しています。その中心は日本と韓国ですが、同時にイギリス、オランダ、カナダ、アメリカ、トルコ、モロッコなど世界中の教育機関でも利用されています。MoodleReaderのホームページを通してリクエストすれば、世界中のどこの教育機関でも利用が可能です。ただし、導入に際し留意しなければならないのは、機械的に本プログラムの利用を必修とすることで教育目標が達成されるわけではないということです。教員と学生の両方が、本プログラムにより得られる効果を十分に理解するために授業用オリエンテーション資料を準備するなどして、その目標のために積極的に協力し合ってこそ、教育的効果が最大限に発揮されるのです。

5.今後の課題

 非常に学習効果の高いことが実証されているこのプログラムですが、改善すべき点はまだ残されています。まず、学生の本プログラムへの参加率の向上のための継続的な努力が必要です。多読学習の成績に占める割合を10%から20%に引き上げ、教員に本プログラムへのより積極的な関与を求めることで、参加率は向上し、2012年度春学期には95%を達成しましたが、秋学期には低下する傾向にあります。授業時間内でのオリエンテーションのあり方、学生に多読学習の効果を実感させる方法など引き続き検討していきます。
 今後、ますます多くの教育機関による利用を可能にするために、現在、システム管理維持のための専従職員の雇用や、出版社によるテストの作成、テストの質の保証のための教員チームによる点検、インターフェイスの改善なども進めています。将来的には、多読学習を推進する国際団体である国際多読教育学会(The Extensive Reading Foundation) [4]がMoodleReaderの運営を統括し、より安定したプログラムの提供が可能になります。私達はMoodleReaderの利用が国内外を問わず広がり、英語教育の現場に大きな貢献ができることを願ってやみません。

謝辞

 MoodleReaderの開発・研究は科学研究費 基盤(C)(課題番号: 21520606)および本学総合研究支援制度の助成を受けて行われました。Moodle Readerのテスト問題の開発に貢献した本学英米語学科のクラフリン、ギリス、ヒーリーの各氏、および問題作成に携わったすべての方々に、ここに感謝の意を表します。

参考文献および関連URL
[1] MoodleReaderホームページ http://moodlereader.org (2013.1.30参照)
[2] Robb, T. : A Digital Solution for Extensive Reading in Bringing Extensive Reading into the Classroom. Oxford University Press. pp.105-110, 2010.
[3] Robb, T. & Kano, M.: (2013, Forthcoming) Effective Extensive Reading Outside the Classroom - A Large Scale Experiment. Reading in a Foreign Language, 25(2).
[4] 国際多読教育学会 http://erfoundation.org

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