人材育成のための授業紹介:英語教育
高橋 秀夫(千葉大学言語教育センター教授)
土肥 充(千葉大学言語教育センター准教授)
千葉大学では、語彙力と聴解力を英語によるコミュニケーション能力の基礎力と捉え、指導効果を高めるための指導法(三ラウンド・システム[1])の導入とCALLによる学習時間の拡大を目指して、指導に取り組んできました。 指導法に沿った教材の開発は、1994年から2006年度まではOffline型で行われ、聴解力、語彙力養成CALL教材を計21種開発し、主として1、2年次の一般教養課程で使用してきました。Offline型CALLシステムの教育効果について、指導前後のTOEICの得点変化を観察する形で検証したところ、半期15週(週2回)の授業(計602名)の平均で、56点の上昇が確認されています[2]。他の英語授業による得点上昇が24点(193日)であった[3]ことと比較しても、システムの高い効果が示されたと考えます。
しかしながら、これらのCALLシステムにも課題がありました。それは1)多様なレベル、興味を持った学習者に対応するには教材数が不足している、2)教材の開発に多額の予算が必要となる、3)Online配信に未対応である、そして、4)専門分野に関する教材が不足しているという4点でした。
これらの問題点を解決するため、2007〜2009年度、文部科学省現代的教育ニーズ取組支援プログラムによる助成を受け、本学では新たに統合型英語 Online CALL システムを開発しました(図1)。従来のCALL教材はEGP(English for General Purposes)を主体とした1、2年次向けの教材が中心でしたが、これにESP(English for Specific Purposes)の教材を加えることによって、専門課程で学ぶ3、4年次学生や院生などに対応することを目指しました。また従来のOffline型の教材をOnline化することにより、本学に在籍する学生であれば誰でも、時間・空間の制約なしに学習できることが特徴です。
図1 統合型Online CALLシステムの構成
統合型英語 Online CALL システムで使用する教材の開発は現代GPによる助成後も継続され、現在では表1に示した教材が完成し、1)アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアの生活・文化、アメリカのキャンパスライフ、ニュース報道を扱った聴解力養成EGP教材12種、2)自然科学、経営学、医療をテーマにした聴解力養成ESP教材5種、 語彙力養成教材としては、3)ビジネスコミュニケーション、留学をテーマにしたEGP教材8種、4)人文・社会・自然科学の各分野の語彙を扱ったESP教材7種がOnlineでいつでも利用可能です。1教材の学習に要する時間は、聴解力養成用で30時間、語彙力養成用で15時間と推定され、総計で700時間を超える学習が可能となっています。
表1 開発されたOnline CALL 教材群
技能 分野 数 内容 聴解 EGP 12 英語国文化、大学、報道 聴解 ESP 5 自然科学、経営、医療他 語彙 EGP 8 ビジネス、留学 語彙 ESP 7 人文、社会、自然、医療
また、これらの教材の他に人文・社会・自然科学など、様々な分野の大学英語講義を収録したESP教材17種、および英語論文を書くための英文法講義ESP教材5種も完成しています。
図2は聴解力養成教材の画面例です。画面中央に表示される課題に対して、静止画、辞書情報、そして頁を進めるごとに表示されるヒント情報を手がかりに、学習者は自分でビデオを操作して正解を見つけるという問題解決作業を行います。正解例は画面に表示され、正否は自己判断する形で学習を進めます。正解確認後は、英文を見ながら再度英語を聞いて確認するとともに、文法の注意事項や文化的事柄、コミュニケーションの技術に関する解説を読んで学習を深めていきます。現在国内の大学で使用されているCALL教材には4択、空所補充といった形式に特化しているものが多いのですが、それはテストで「どれだけできるようになったかを評価するプロセス」です。学習とは「できなかったことをできるようにする過程」であり、その指導の過程を行うのが我々のCALLシステムの最大の特徴と言えます。
図2 聴解力養成教材画面例
一方、語彙力養成教材は、ターゲット語彙や熟語を音声と用例を用いながら八つの学習ステップ(イメージによる導入、一覧表による学習、用例によ る学習、意味の確認、綴りの確認、用例の復習、一覧表による復習、イメージによる定着)を通して繰り返し学び、記憶に強く定着させるようにしている点が特徴です。使い方を的確に表現する短い用例を覚えてしまえば、ターゲット語彙の意味を想起しやすくなるという点も特徴の一つです。
これらの教材の開発、および情報の提示は図3に示した形で行われます。静止画、ビデオ、音声は各種エディタによって編集し、それぞれJPEG、 WMV、WAVなどのファイル形式で、一定の規則に従った名前を付けて保存します。コースウェアはExcelに記述し、コンバータと呼ばれるプログラムを使って、データベースであるXMLファイルに変換します。学習者がURLを入力すると学習プログラムが起動し、Internet Explorer、Media Player、JavaScriptの助けを借りて各種情報を学習者に提示します。ソフトウェアをこのように開発することにより、我々英語教員が「規則に従って各種メディアファイルを編集、保存する」「規則に従ってコースウェアをExcelに記述する」だけでCALL教材の開発が可能となり、従来ソフトウェア開発業者に委託し、1教材あたり6カ月、1,000万円を要した教材ソフト化の期間とコストを1/10〜1/20に縮小することが可能となりました。
図3 CALL教材の開発、情報提示過程
図4は2009年度本システムを使用した1年次学生280名を対象に、週2回15週(計30回)の半期授業による教育効果を、学期の前後に行ったTOEICのTotal Scoreにより測定した結果です。指導にあたっては、EGP聞き取り教材2種、語彙教材1種を使用し、30回の授業に加え、週最低90分のCALLによる自習を義務付けました。授業では自習の成果を確認するための小テストや異文化情報による動機付けを重視した活動を行いました。55点の得点の上昇(t=13.863, p<.005, df=279)は、これまで高い教育効果を上げてきた本学のOffline CALLシステムとほぼ同一の効果です。当初、CALL教材のOnline配信は「いつでも学習できる」、つまり「いつか勉強すればよい」、そして「いつも勉強しない」という流れになりかねないと危惧していたのですが、効率の高いコースウェア、適切なカリキュラムを使用すれば、これまで開発された教材の高い効果が保持されることが確認されました。
図4 EGP CALL教材による教育効果
(t=13.863, p<.005, df=279)
表2は2009年度、前期授業途中の6月に272名の学習者に行ったOnline CALLによる学習に関するアンケート調査と、2008年度の同時期に行ったOffline CALL学習者を対象とした調査結果とを比較したものです。アンケートによる評価では、Online、Offline ともに同様の評価が得られ、週最低90分の自習というノルマを課しても、学習者は「学習は楽しかった」「別の教材でも学習したい」「この授業を取ってよかった」と評価していることがわかります。
表2 CALL システムに対する学習者の評価
ESP教材の教育効果については、2010年度前期、千葉大学工学部電気電子工学科の専門授業「科学技術英語」(半期週1回、計15回、19名)で、理工系英語聴解力養成教材、自然科学分野の語彙力養成教材を一つずつ使用し、TOEICにより、その得点上昇を観察しました。授業数の関係でListening Sectionのスコアのみによる観察となりましたが、35点の上昇(t=3.613, p<.005, df=18)が確認されました。本学で開発したCALL教材を使用した場合、Listening Sectionの得点上昇の63%がReading Sectionの上昇に転移することが報告されており[4]、Listening Section での35点の上昇は Total Scoreで57点に相当すると推定されます。Online / Offline、EGP / ESP を問わず、本学で開発したCALL教材が一定の効果を上げていると考えています。
また2012年度には、2011年度に開発した英語ニュースCALL教材を指導の一部に使用した上級学習者38名の教育効果について測定をしました。その結果、TOEICで640点から693点へと、53点の上昇(t=9.463, p<.005, df=37)が観察されました。上級になればその能力をさらに高めることは困難となりますが、統合型Online CALLシステムでは、適切に教材を開発すれば、一定の効果を上げられることが確認されたと考えます。
現在は科学研究費補助金の助成を受け、2015年度までの4年計画で、本学の特色ある学部、学科用のESP聴解力養成教材を3種(看護科学、デザイン科学、園芸科学)を開発予定です。
参考文献 | |
[1] | 竹蓋幸生: 英語教育の科学. アルク, 1997. |
[2] | 高橋秀夫: 英語コミュニケーション能力を養成するためのCALLシステム. 第5回愛媛大学英語教育改革セミナー報告書, pp.26-30, 2006. |
[3] | 土肥充: TOEIC IP による千葉大生の英語力の現状分析. 人文と教育2, pp.15-29, 2006. |
[4] | 竹蓋幸生,水光雅則: これからの大学英語教育. 岩波書店,2005. |