人材育成のための授業紹介:英語教育

ICT活用とチャンク理解で英文速読力と聴解スキルを習得

湯舟 英一(東洋大学総合情報学部教授)

峯 慎一(東洋大学非常勤講師)

1.はじめに

 学習者に英語を単語単位で記憶させたり、その定着度を評価することは、流暢なコミュニケーション能力の育成を阻害すると言えます。例えば、訳読時に単語の意味に影響された逐次訳になったり、読解速度も減速し自然な意味の流れを掴めなくなります。会話の際も単語から文を作り上げようと語順や文法を強く意識しながら話すため、内容に意識を向けた流暢な会話が困難になります。さらに、リスニングでは、単語単位の発音しか想定していないため、単語間で起こる脱落や同化等の音声変化に対応できません。
 このような状況を改善する一つの方法として、筆者らは、より大きな意味と韻律を含む音声の枠組みである「チャンク」による理解と産出が重要と考えます。言い換えれば、単語や文法要素の積み上げによる理解でなく、数語からなるチャンクの枠組みを処理単位とすることで読解速度を上げ、効率的で頑健な理解を目指そうというものです[1]
 筆者らの勤務する東洋大学総合情報学部では、情報技術の習得とともに、グローバル人材に欠かせない英語コミュニケーション能力育成のため、1年次の英語必須科目において、英文速読スキルの習得を目的とした自作共通教科書[2]とWeb教材を開発しました。さらに、2年次の必須科目では、様々な英語音声変化に対応することでTOEICテストのリスニング・スコアアップを目的として、同様に自作共通教科書[3]とWeb教材を開発しました。
 以下では、ICTの積極的導入によって、上述のチャンクを処理単位とした「速読力」と「聴解スキル」といった、英語運用能力の基盤スキルの向上を目的としたオリジナルWeb教材の開発における工夫とその教育効果について報告します。

2.教育改善の内容と方法

(1)速読教材

 不定詞や関係詞などの後置修飾の英文構造を、後戻りせずに左から右へ速くチャンクごとに読むための教材です。特定の英文構造が大量に含まれる英文パラグラフをCD音声に続いて繰り返し音読やシャドーイングすることで、文法機能の内在化と音韻符号化の自動化を促進し[4]、速読スキルの習得を目指します。Web教材[5]は、Adobe社のFlash CS4で作成し、「特定のチャンクにPCのポインタをロールオーバーするだけで音声が提示されたり、テキストが消える仕組み」を導入し、シャドーイング訓練を効果的に行えるようにしました(図1)。

図1 速読Web教材の画面例

 さらに、100語程度のパラグラフを読む際、読解速度words per minute(wpm)に応じて金銀銅のメダルを授与するゲーム的要素を取り入れ、初級学習者の達成感とやる気を持続させるようにしました(図2)。Web画面では、クリックするごとに次のチャンクが現れ、パラグラフを読み終えると読解時間が表示され、150 wpmで読めるとGoldメダル、120 wpmで銀メダル、90 wpmで銅メダルが授与されます。

図2 読解速度計測画面

(2)TOEICリスニング教材

 TOEICテストの Part 1 や Part 2では、数秒程度の短い発話から瞬時に解答を得なくてはなりません。すなわち短い音の塊を自動的に意味に変換できる必要があります。このような状況を踏まえて、筆者らは「チャンク音読」と「チャンク・シャドーイング」をPCやAndroid系のモバイル情報端末で学習できるようなe-Learning教材を開発しました[6]。具体的には、英語の短縮形、連結、無開放破裂音、同化、弱化などターゲットとなる音声変化を正しく聞き取ることで正解を得られるようにし、Focus on form の「インプット洪水」を通して音声変化を学習できるように工夫しました。インプット洪水とは特定の言語形式に注意を向けさせるため、有意味なインプットの中に大量の学習項目を埋め込んで帰納的、発見的学習を促進させる教授法です。いわば「習うより慣れよ」の実践です。
 なお、毎週の宿題として、TOEIC演習問題のスクリプト中の音声変化の箇所が空所になっているプリントを与え、学生は翌週までにWebや携帯端末から教材音声にアクセスしながら解答を完成し、授業内で答え合わせを行いました。学生はこの宿題を行う際、聞き取れない箇所の音声ボタンを何度も押すことで、チャンク単位で大量の音声インプットを浴びるため、自動的にインプット洪水を受けることができます。

3.教育実践による改善効果

(1)速読教材による改善効果

 2011年度前期、速読用Web教材による授業と自宅学習を2年生全9クラスで4ヶ月間継続しました。このうち中位の2クラス(TOEIC 350点レベル、N=56)において、英検準2級の読解とリスニング問題を利用して、読解スコア(20点満点)、読解速度(WPM)、読解効率(wpmと理解度%の積)、リスニング・スコア(20点満点)の変化を調べるため、事前・事後テストの平均点の差をt検定(対応あり、両側検定)および効果量rを用いて検定しました。
 検定の結果、読解スコア(p<0.001, r=0.56)、読解速度(p<0.05, r=0.33)、読解効率(wpmと理解度%の積)(p<0.001, r=0.58)、リスニング・スコア(p<0.01, r=0.43)において有意な学習効果が認められました(表1)。

表1 速読教材による学習効果
図3 Web教材による読解効率の学習効果

 さらに、事前・事後における5件法による同一アンケートの平均値の推移結果を、ウィルコクスンの順位和検定と効果量rにより検証した結果、「英文をチャンクで理解する方略使用」が、2.14から2.74に(p<0.05, r=0.32)、「音読に対する自信」が、1.73から2.33に(p<0.01, r=0.35)それぞれ統計的に有意な改善が見られました。

(2)TOEICリスニング教材による改善効果

 TOEICリスニングWeb教材を、2012年度前期4ヶ月間の授業内のトレーニングおよび予習・復習で活用しました。このうち、上位クラス(TOEIC 400点レベル)と下位クラス(TOEIC 300点レベル)の各1クラスに対し、音声変化に関する20点満点のディクテーション問題を利用した事前・事後テストを行いました。その結果、両クラスの平均点において有意な伸びが見られました(上位クラス20名:6.1 → 8.0,p<0.001, r=0.73,下位クラス22名:1.6→ 3.5,p<0.001, r=0.69)。
 さらに、全学で実施する無記名式授業評価アンケートの結果、表2、図4から明らかなように、表中の五つの質問項目において、学生の約8割が、5または4の評価を与え(5段階回答方式で5が最大評価)、とりわけ、質問項目2と3では、習熟度レベルに関わらず、教材が自分のレベルに合っており、役立ったと回答しています。

表2 TOEICリスニング授業評価アンケート結果
図4 TOEICリスニング授業評価アンケート結果

4.考察

 ICTを導入した英語教育改善の取り組みにより、効果測定を行ったクラスにおいて、以下の教育効果が認められました。1)〜5)は速読教材によるチャンク単位での音読訓練の結果、6)〜7)はTOEICリスニング教材によるチャンク単位でのシャドーイング訓練の結果、およびWeb教材による様々な動機付け装置が機能し、潜在的な学びへの欲求を満たした結果と考えられます。

1)読解速度が向上した

2)読解効率が向上した

3)リスニング・スコアが向上した

4)学生の音読に対する苦手意識が減った

5)チャンクで理解する方略を使用する学生が増えた

6)英語音声変化を聞き取る能力が向上した

7)積極的な授業参加、授業内容への興味、授業に対しての満足感を引き出した

5.今後の課題

 チャンク単位での速読やシャドーイングといった新たなストラテジーに触れることは重要ですが、そのスキルを滋養し自動化するための十分な時間を確保する必要があります。しかしながら、当学部授業が半期セメスター制であり、真のスキル習得に不十分であるとすれば、今後カリキュラムを見直す必要もあります。英語運用基盤能力は、適切な訓練を長期間継続することでスキルとして習得されることから、今後もICT利用によって授業の効率化と動機付け維持のため、大学と連携した取り組みを継続していきたいと思います。

参考文献および関連URL
[1] 門田修平: 第二言語理解の認知メカニズム. くろしお出版, 2006.
[2] 湯舟英一, 土屋武久, Bill Benfield: Power Reading 1. 成美堂, 2010.
[3] 湯舟英一, Bill Benfield: Bottom Up Listening for the TOEIC Test. 成美堂, 2012.
[4] 門田修平: 音読とシャドーイングの科学. コスモピア, 2007.
[5] Power Reading 1 http://www.phonicsmedialab.org/PowerReading
[6] Bottom Up Listening for the TOEIC Test
http://www.planetmedialab.com/TOEIC/

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