事業活動報告No.1

大学教育への提言を出版・公表 「未知の時代を切り拓く教育とICT活用」

 本協会では、私立大学における教育の質的向上を目指して、大学の教育内容・方法、教育の支援環境などを改善するため、情報通信技術(ICT)の可能性と限界を踏まえた教育改善の仕組みを研究し、その成果を5年間隔で大学のガバナンスを中心に広く提言してきた。今回は平成18年の「ファカルティ・ディベロップメントとIT活用」から6年目、平成8年の初回から4回目となる。
 16年前は、大学教育にコンピュータ、インターネットを活用することの重要性を呼びかけ、教育の改善を目指した。確かに授業でのプレゼンテーションや遠隔授業、シミュレーションなど授業に多く活用されるようになったが、全般的な傾向として学生自らが考え、判断・行動する力を高めることに情報通信技術が寄与できたかと言えば、確信が持てない。むしろ、情報通信技術の進展と相俟ってインターネットで答えを入手できる便利さなどから抜け切れず、道理を見極めようとする意欲と能力が後退してしまった感すらある。
 今、社会が大学教育に求めているのは、生涯に亘って未知の時代を切り拓いていく「気概」と「考え抜く力」、「思いやる力」を備えた「人財」の育成であって、学生一人ひとりが自分の考えを持って地域社会をはじめ地球的な市民社会の形成に主体的に関わっていく能力が求められている。
 そのような社会の期待に応えるべく、本協会では6年前より学士課程の質的向上を目指して、分野別の学修成果の到達目標を考察し方向性を描く中で、情報通信技術の活用も含めて教育改善モデルを研究してきた。
 提言は、1章「未知の時代を切り拓く人材育成を考える」、2章「ICTを活用した教育改善モデルの考察」、3章「学士力に求められる情報活用能力の考察」で構成されている。
 1章「未知の時代を切り拓く人材育成を考える」は、国の発展が大学の人材育成の成否に負うところが大であるとして、大学の役割と責任を掲げ、これからの社会に求められる人材像を実現するには、学生が主体的に学びに取り組めるように誘導していく教育を様々工夫することが喫緊の課題であると主張している。その上でICT活用の教育戦略において、今後特に工夫すべき教育改善モデルの例を紹介した。また、6年前の提言で指摘した教員の教育力について、31分野で研究を進めた研究成果の一端を教員に期待される役割や教育指導能力、FDの在り方等として整理した。このような一連の考察を実行していくためには、大学のガバナンス関係者の十分な理解が必要であるということで、文部科学省の中央教育審議会における答申を踏まえて教学マネジメント改革で特に配慮すべき点の一端を紹介するなど、現在の状況に沿った課題に結びつけてとりまとめた。以下に1章の概要を紹介する。

 「1.国の発展と大学の役割」では、成長社会から成熟社会になる中で新たな成長を作り出していかねばならないが、その主役は市民一人ひとりの個の力であり、とりわけ若者世代の育成強化が急がれる。大学は未知の時代を託す学生に最良の教育を提供していく社会的責任を負っており、教職員に学生本位の大学とするよう意識の大転換を強調するとともに、教員一人ひとりが山積する課題に対して知のシンクタンクとして社会活動に関与する使命があること指摘した。
 「2.未来に立ち向かう人材育成の現状と課題」では、これからの社会に求められる人材像として、一つはグローバル社会の対応、二つはモノ作りから価値作りの発想、三つは共生社会への参画を掲げ、未来を切り拓く人材教育の課題として、挑戦する意欲・能力と人格の形成、協働による創造的な知性の引き出し、寛容の心を育む共生の精神の醸成を目指す教育が必要であるとした。その上で「3.主体的学修と質保証を目指すICT活用の教育戦略」として、主体的に未来を切り拓く意欲と能力を育む教育改善の一例として三つのモデルを構想した。
 最初の「基礎知識を定着・発展させるモデル」は、基礎知識が記憶の範囲に留まることが多く、発展的な学びに繋がっていかないという問題がある。単位を取得してもその場限りの知識詰め込みとなっていることが原因と考え、単位取得後でも学内LAN上で基礎と専門の担当教員が連携して個別に学修支援を行い、卒業までに専門の授業で基礎知識を活用できる段階まで引き上げる仕組みを考えた。まず、連携プラットフォームを設けて基礎担当と専門担当の教員が相互に基礎知識の活用状況を確認する中で、専門の担当教員から基礎知識をどのように専門で活用するかをイメージできるよう、動機付け教材の提供などの協力を得て基礎担当教員によるeラーニングで補充学修を行う。その上で、専門の担当教員は基礎知識の理解度を確認して知識の体系化・総合化の訓練を行うモデルを考えた(図1)。

図1

 二番目の「対話による協働学修で創造的な知性を創り出すモデル」は、プロジェクト・ベースド・ラーニングの中で対話を繰り返して学び合う中で創発的に知識・知恵を組み合わせて学修し、その成果を社会に発信して意見・評価を受け、振り返りを通じて課題探求、課題解決を目指す仕組で、イノベーションに取り組む姿勢を培うアクティブラーニングのモデルを考えた。まず、学生に興味、関心のあるテーマでPBLを行う。もし、不足している知識があれば学修ポートフォリオで洗い出しを行いeラーニングで学修する。その上で、グループで課題探求に必要な問題の抽出を行い、学内外の有識者からヒアリングをネットで受け、解決策を考察させ、その成果を異なる分野のグループ間で相互評価を行い、多面的な意見を取り入れ成果をとりまとめる。さらに、学修成果について社会から意見・評価を受け、再度振り返りを行い、プロジェクトチームの成果を完成していく。異なる分野や価値観の違う学生との協働の中で、論理の展開、科学的思考法、世界観の受け止め方などオープンな学修を通じて、つまづきや失敗を経験させる。そのために教員は、教えるという立場ではなく、支えるというコーチの立場で参画する。学生への助言は学生目線での支援に重点をおき、教員の指導の下で大学院生などによるファシリテーターを導入して助言する。院生にとっても学びを振り返る機会を持つこととキャリア形成に役立つことから有益と考えた(図2)。

図2

 三番目の「学修成果の質保証に向けた到達度の外部評価モデル」は、ネット上で第三者による口頭試問を行う外部評価の仕組みを考えた(図3)。
 学生に真剣な学びを働きかけることが狙いで、担当教員ではなく、他大学の教員や有識者がクラウドを利用して2〜3人の試験官から画面とヘッドホンを通じて口頭試問を行い、学生は答えをネットで記述する。課題発見・解決に身につけておくべき論理展開、複眼的思考、知識の統合などの能力を測るために分野ごとに大学間で到達度の評価基準を設定し、それに沿って大学間で口頭試問の共用試験問題を作成して編集会議を経てクラウド上に試験問題を蓄積しておき、学生がランダムにアクセスすることで同質の口頭試問が受けられるようにする。

図3

 試験問題の評価も一次評価は試験官が行い、最終評価は担当教授が一次評価を踏まえて判定する。そのことによって、担当の教員は授業の点検・評価が客観化できることになり、教育力の向上に繋がっていく。
 それには教育の質的向上を支援するICT環境の整備が不可欠で、学修活動の情報をWebサイトで支援する学修支援システム、教員間で教育・学修情報を共有し授業改善を協議・調整する連携プラットフォーム、学内LAN上で相談・助言するファシリテーター雇用制度、授業中の理解度を把握し授業運営に役立てる理解度把握システム、学内LAN上で学生の学修成果の達成状況を点検・評価し、振り返りを通じた主体的な学修につなげる学修ポートフォリオの整備、情報センタ等部門によるICTの基盤的環境、及び教育・学修支援の機能向上などの整備が不可欠なことを紹介した。
 その上で、「4.大学教員に求められる教育力と組織的取り組み」として、教員の教育力の考察を進めた。平成20年の「学士力答申」では、教員に求められる専門性、FDによって開発すべき教育力の枠組み等の策定の検討を国として行うとしているが、4年経った現在において検討は行われていない。大学設置基準では、「教育を担当するにふさわしい教育上の能力を有するもの」としか規定されておらず、何らかの判断指標が必要とされている。そこで本協会では、平成18年の「ファカルティ・ディベロップメントとIT活用」の提言の中で教育力のイメージを発表した。その後、平成19年に文科省中央教育審議会の学士課程小委員会からヒアリングを受け一定の評価を得たことから、見直しを含め考察し、教育力の能力要素とコンピテンシーのイメージを整理した。能力要素は、「学識」、「技能」、「態度」、「実践」として主なコンピテンシーの内容を整理した。なお、コンピテンシーのコアとして「教育者の使命感」、「授業設計・評価・改善力」、「学生主体の授業力」、「事前・事後学修の指導力」等とした。
 その上で、本協会がとりまとめた学士力の教育改善モデルに求められる教育力について31分野で研究を行い、比較的共通する能力を整理した。「教員に期待される専門性」では、研究・教育者は公共的役割を備え使命感、倫理観を有していること、隣接諸科学の知識を統合して複眼的に研究ができること、イノベーションに貢献できること、他分野の専門家、社会と協働して課題に取り組む姿勢を有していること、学問の重要性を学生に気づかせ、興味・関心を抱かせて主体的に学修に取り組ませられることなどとした。
 「教育力」では、カリキュラム上の授業の位置づけを理解し、教員相互で連携して授業を工夫・改善できること、自律学修、グループ学修を効果的に進めるマネジメントができること、学外の教員・専門家との協力をコーディネートできること、学修の振り返りの場を用意できること、ICTを活用して学修成果を発表させ、評価を通じて到達度を確認して授業改善できることなどとした。「改善モデルの教育力を高めるFD活動」としては、教員連携の中で授業内容とカリキュラムポリシーとの整合性の確認を継続的に行うこと、教養と専門担当の教員間で問題点を常に共有し、連携して授業改善の解決を図ること、ポートフォリオ、グループダイナミクスの指導法のワークショップを行うこと、外部評価による振り返りの指導方法を学ぶ機会があること等とした。
 また、「FD活動の活性化に求められる大学の課題」としては、院生等によるファシリテーターの雇用制度の創設、世界を視野に入れた教育の質保証を持続的に行う責任の自覚、デジタルコンテンツをアーカイブし、共有できるプラットフォームの整備、学外連携を実現する制度の整備と財政支援などとした。
 これらのモデル、課題を実現するには、理事長、学長、学部長等のガバナンスに携わるリーダーシップの発揮が求められるとして、教職員の意識合わせの徹底、学士課程教育への理解の徹底、カリキュラムマップ等による授業科目位置付けの明確化、教員の倫理綱領などを整備して自主的に職務を自己点検・評価するポートフォリオを作成するなど、内部統制意識を高める工夫を掲げた。また、教学マネジメントの工夫では、授業科目に学修の段階や順次性を表現するナンバリングやその可視化、学位授与方針との関係性の中で重なり合う授業内容を調整して授業科目を削減し、教員の負担軽減する中で学生にきめの細かい学修支援を実施できるようにする工夫の事例を紹介した。
 2章「ICTを活用した教育改善モデルの考察」では、未来を切り拓く人材の育成に向けて学士課程教育をどのように改善することが望まれるのか考察し、5年先を目指した学生本位を基調とした英語教育分野から看護学分野の31分野に亘る授業の仕組みづくりを提案したが、文学分野はやむを得ず考察ができなかった。考察の枠組みは、医療系分野を除いて27分野の学士力の到達目標、到達度などを紹介した上で、学士力の到達目標の一部を実現するための改善モデルとして、その枠組みの中でどのように授業改善を考えればよいのかを検討し、ICTの活用を含めた教育改善モデルの構想を分野ごとに紹介している。
 考察に際して特に配慮した点は、理想とする改善モデルを構想するにしても高校生の学力低下が問題であるとされたが、平成25年度から施行される新学習指導要領では自らから課題を見つけ、グループで考えを出し合う中で問題解決に取り組み、発表を通じて新たな課題を見つけ、振り返りを繰り返すことで、さらなる問題の解決を始める探究学習と、自己との生き方を考える学習が徹底されることで5年先には学力の向上に期待が持てるとした。また、教養科目と専門科目、専門の基礎と専門応用の科目統合の促進と教員間の連携によるチームティーチングの導入を前提とし、学生が主体的に取り組めるよう達成感をもたらす授業を心掛けた。とりわけ多くの分野で取り上げられたモデルは、基礎知識を履修した後でもWebサイト上で基礎と専門の教員が連携して学修を支援するモデル、教室授業でのグループ学修に加えて学修支援システム上で授業時間以外にもグループ学修を展開し、その過程をグループ間で共有して課題探求を行い、学修成果をネットを介して大学間や産業界などにも発信して振り返りを繰り返すサイクルが強調されている。
 第3章「学士力に求められる情報活用能力の考察」では、1として「分野共通に求められる情報リテラシー教育の考察」、2として「情報倫理教育の考察」、3として「分野別教育に求められる情報活用教育の考察」、4として「大学における情報活用能力の充実・強化の課題」としている。
 情報活用能力は、中央教育審議会の学士力答申の中で汎用的技能の一つとして情報リテラシーが位置づけられており、生涯に亘り学び続け、主体的に考え、多面的な視点から判断・行動できる能力の基盤的な要素として、社会人として身に着けておかなければならないものであり、氾濫する情報を読み解き、情報を知識に変換する能力、課題探求をICTによって科学的に行う能力など、様々な場面で適正な情報活用が求められている。そのようなことから、学士課程教育の充実に情報教育の役割が今後ますます高まることを想定して、授業を通じて情報活用の実践を訓練し、体験を通じて身につけることを強調するために、情報教育の充実に関する研究成果を体系的に整理することにした。以下に3章の概要を紹介する。
 「1.分野共通に求められる情報リテラシー教育の考察」では、新しい知を創造するイノベーションに貢献できるように様々な分野で知識の統合化、異なる文化・価値観の相互理解など社会の発展につながる教育へ転換する必要があるとした。情報リテラシー教育の調査結果を踏まえ、情報を識別して発信者の意図を読み解き情報から知識に変換できるようにすること、加害防止を内心に働きかけて情報の取り扱いを自己規制できるようにすること、情報の受け手に配慮して協働して知の形成や開発に関われるようにすること、様々な分野で常識や仕組みを変える価値創りに関われるようにすることを目指して到達目標のガイドラインを考察した。リテラシー教育を初年次教育で終わらせるのではなく、その知識を専門分野の授業の中で実践することを通じて知識の活用・定着を図ることで、大学全体で対応すべき課題とした。また、「2.情報倫理教育の考察」についても到達目標、到達度、教育・学修方法の例示、到達度の測定法をガイドラインをとりまとめた。「3.分野別教育に求められる情報活用教育の考察」では、情報専門教育を除く30分野で学士力に求められる情報活用能力のガイドラインについて、情報の信頼性に基づく情報の選別・識別、情報倫理への配慮、分野固有のソフトの取り扱いや活用技術、ソフト使用結果の批判的吟味、データベース化など情報の整理、情報の表現・蓄積・発信に関する手法・心得などの能力を掲げた。また、分野別のガイドラインに掲げた学修到達度がどのように実施されているのかアンケートを行い、今後取り組まなければならない情報活用教育の内容、大学としての課題を掲載した。なお、リテラシー教育、情報倫理教育、分野別情報活用教育のガイドラインの詳細は、本協会Webサイトの提言を参照されたい。
 「4.大学における情報活用能力の充実・強化の課題」としては、情報教育に対する体系的な教育が実施されていないことから、教員に授業の中で情報活用能力の向上に関心を持ち、実践体験を積ませるよう教員間で役割分担して対応する必要があるとした。一つの提案として、FD活動の中で情報教育の研究会を設け、近隣大学間で拠点校を設けて情報教育に関するFD活動の成果を共有する大学連携による相互支援を掲げた。
 その上でイノベーションに関与し得る教育を展開していくには、大学の情報教育だけでは限界がある。高校教育の段階で情報を科学的にとらえる基礎を固めておく必要があるとして、高校教育での情報教育の振興・普及が喫緊の課題であり、高校教員の指導能力の研修など高校と大学双方で連携する必要があることを提言した。
 以上が提言の概要である。今、学士課程教育をどのように進めたらよいのか各大学で検討されておられると思うが、学士力に加えて教育改善モデルを考察することで具体的な授業のイメージを描くことができるように努めた。さらに、教員にとって教育力は不得手でどのように教育に取り組むべきか不明確であったが、各分野の方向性が整理されることでイメージできるのではないかと考える。ここに掲げたモデルは、あくまでも一つの提案であり、これを契機に今後さらに発展したモデルが開発され、教育のイノベーションが進展していくことを大いに期待するものである。

 提言は本協会Webサイトから入手できますが、冊子も実費頒布(2,910円、税込・送料別)していますので、事務局へ問い合わせ下さい。

冊子掲載サイト
http://www.juce.jp/LINK/teigen.html

問い合わせ先
公益社団法人 私立大学情報教育協会 事務局
TEL:03-3261-2798 FAX:03-3261-5473
E-mail:info@juce.jp(アドレスは全角文字で表示しています)


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