事業活動報告No.3
本協会では、大学職員に求められる情報活用能力の向上を図るため、二つの研究講習会を開催している。一つは情報活用に関する基礎的な知識や視点を得る「基礎講習コース」、もう一つは現実の場面での情報活用を探究する「応用コース」である。両コースとも本協会の公益社団法人としての役割に鑑み、会員校・非会員校を問わず参加者を募り、すべての私立大学に研修成果をフィードバックすることを目指している。
本年度の「応用コース」は、「大学教育の質的転換を図るためのICT活用の可能性と課題」をテーマに、平成24年12月10日、早稲田大学国際会議場(東京都)において開催され、67大学、賛助会員企業5社から113名が参加した。
はじめに、全体会において文部科学省の審議会答申などを参照しながら「大学教育の質的転換」が求められる背景について認識を深めた。これを踏まえ、続くテーマ別分科会ではICT(情報コミュニケーション技術)を活用した教育の質的転換や情報基盤の整備について事例研究や探究的討議を行った。これら実践的な学びを通じて、参加者は自大学での課題解決や新たな価値創出に役立つ情報を得るとともに、他大学の職員との人的ネットワーク(つながり)を形成することができた。
冒頭、本講習会の運営を担当する岡本史紀担当理事(芝浦工業大学)より、大学改革の取り組みを推進する上で情報化の観点から職員の能力開発が求められており、ここに本研究講習会の意義があると開会挨拶があった。
本講習会運営委員会の木村増夫委員長(上智大学)からは、「大学ポートレート」構想を題材に、教育情報の活用や公表を通じて教育や学びの質保証を推進するアプローチの重要性を示しながら、本コースの開催趣旨が説明された。また、研究講習会に臨むにあたっての心構えとして、参加者の多様な個性・視点を活かし、チームとして協力しながら課題に向き合ってほしい。理想に制限をおかず、それを小さいことに生かすことが大切であるとのメッセージが寄せられた。これらの語りかけは、参加者の主体的な学びへの意欲を大いに喚起した。
【基調講演】
「大学教育の質的転換を目指して 〜主体的な学修を実現するための課題〜」
高祖 敏明 氏(学校法人上智学院理事長)
中央教育審議会の答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜」(平成24年8月28日)は、大学教育に対する社会の厳しい評価を背景に、その質的転換を図るための検討課題を提言している。この答申の策定に関わられた高祖敏明氏を講師にお招きし、文部科学省の「大学改革実行プラン」(平成24年年6月5日)の全体像を俯瞰しながら答申の趣旨を解説いただいた。
併せて、学生の成長を支援する組織的な取り組み事例として、上智大学グローバル教育センターが開発した「アカデミック英語能力判定試験(TEAP:Test of English for Academic Purposes)」のねらいと今後の活用計画が紹介され、教育改革に職員が主体的・積極的に関与することの意義が示された。
参加者からは、「職員の立場から学びの転換に積極的に関わらなければならない」、「外部の識者の声に耳を傾け、危機感を持ち、改革を真剣に考えなければならない」、「全学的な教学マネジメントを意識することで好循環を目指したい」、「主体的な学修を習慣づけるためにもポートフォリオ等のICT活用は不可欠である」などの感想が寄せられた。本研修会のメインテーマである「大学教育の質的転換を図るためのICT活用の可能性と課題」を考えるにあたり、参加者はその背景を認識することができたと考える。
講習会が1日という限られた日程であることから、各分科会はその獲得目標を2〜3個の中核的なものに絞り込んだ。そして、研修効果を高めるために情報ネットワーク上に事前・事後の研修環境(分科会単位のメーリングリスト)を用意し、対面研修だけでなく、次のように事前研修から事後研修まで一体化した研修プログラムを設計した。
1)事前研修では、参加者の課題認識を共有し、積極的な参加への動機づけを促す。
2)研修当日は、具体的な取り組み事例に基づき参加者間で意見交換を行い、実践に役立つ情報収集や気づきを促す。
3)研修終了後は、自己評価シートをメーリングリスト上で共有し、参加者の省察(振り返り)を促す。
以下に、各分科会の討議経過、研修成果、プログラム改善へ向けた課題等を示す。
第1分科会
「ICTツールを効果的に利用した組織的な学生支援を考える」
本分科会では、学修ポートフォリオや学生カルテ等のICTツールを利用して学生の学びや諸活動を把握・分析・共有する取り組みについて、その背景や目的、ツール活用の意義を確認するとともに運用のイメージを具体化し、これを適用するにあたっての諸課題を認識することを目指した。参加者は48名で所属部署も情報システム、教務、学生支援など多様であった。1グループ8名の6グループに分かれ、実践報告に対する意見交換と自大学の実情交換、討議テーマに沿った議論を重ねた。また、討議経過をグループ間での相互発表する機会も設けた。
その結果、まず学修ポートフォリオについては、学生の自律的な学びを支援するツールであり、メンタリング等組織的な支援体制のもとでその目的が達成される、という認識を共有することができた。一方で、ここに蓄積されたデータを機関レベルで点検・評価し、カリキュラムやコースの改善に活かすという観点からの議論は必ずしも十分ではなかった。
学生カルテについては、教職員間での課題認識の共有化など組織的な連携を構築する重要性について認識を深めることができた。また、中途退学を抑止するというテーマで実践的な活用モデルの検討を試みたが、時間的な制約からその具体化までには至らなかった。
研修終了時点での「自己評価シート」によると、三つの獲得目標に対する達成度は、いずれも9割前後と高く、本分科会は所期の目的を達成できたと考える。
- ポートフォリオの教育的意義を認識する(達成度93.3%)
- 学生カルテを利用した組織的な学生支援を具体的にイメージできる(同88.9%)
- ICTを活用した学生支援を進める上での課題を認識する(同90.9%)
なお、参加者からは「テーマに対して討議時間が短い」等、研修運営に関する問題点が指摘された。例えば、討議テーマの精選、事前研修での情報提供、事後研修でのフォローアップなど、改善へ向けて課題を整理したい。
第2分科会
「大学教育の質的転換を図るためのICT活用を考える」
本分科会では、教育の質的転換を図ることを狙いとした新たな教授法やその動向について情報提供と意見交換を行った。具体的には、早稲田大学におけるICTツールを活用した「対話型、問題発見・解決型教育」実現のための実践報告と、e-Learningの利点を最大限に活かした日本福祉大学による教職協働の教育改革事例を通じて、今、我々大学職員に期待されている役割とは何かを参加者個々人が真摯に考え、認識する場となることを目指して進行した。
参加者は、情報系を中心に教務系や図書館等幅広い部門から37名の参加があり、従来の応用コースと比較して特筆すべきは、教員の参加が複数見られたことだった。事前研修の段階で、各大学における教育用ICTの活用状況や課題を共有していたことから、少人数グループに分かれての討議では、スムーズかつ活発な議論が交わされたが、時間的な制約もあり、各自が抱える窮状を吐露するのみで終わった感が否めず、事後研修の工夫が今後の課題として残った。
研修中盤で実際に行った「クリッカー」のデモンストレーションでは、初めて使用する教職員が7割を占め、ゲーム感覚で参加できる新しい学修スタイルとして実際に体感できたことは大変有意義だったと言える。
終了後に提出された「自己評価シート」では、本分科会で掲げた獲得目標に対して、約8割の参加者が「十分に達成できた」「まあまあ達成できた」と回答しており、概ね達成できた様子が窺えた。特に、2大学の事例から得られた「職員力」の醸成について、「情熱を持って教育改革に取り組むことの大切さを痛感した」と言及した感想が多く見られた。これらの気づきや学びを活かし、自大学での教育戦略の改善につながればと強く願う。
第3分科会
「教育研究の発展を支える新たな情報環境を考える」
本分科会では、情報基盤構築の先駆事例(クラウド化、サーバーの仮想化、オープンソースの積極的な活用)に学び、厳しい財政状況の下で教育研究の発展を支える情報環境のあるべき姿や未来像を考察し、情報システム部門の職員に求められる役割や能力を探求することを趣旨として、研修を行った。
本分科会では23名の参加者を得た。事前研修として、自己紹介を含めた所属の業務や担当業務、各自が抱えている業務課題等について、レポートを事前に提出していただき、参加者の意識の共有を図った。
事例発表としては、中芝義之委員(関西大学)より「関西大学教育研究システム〜クラウド化への対応〜」として、クラウドを導入するまでのプロセスや重要視した点、また検証方法など、実情に沿った内容を発表いただいた。次に青山敦史委員(東洋大学)から「職員像を意識した事務業務システム基盤の構築」として、情報システム部門の職員像という視点で、仮想サーバーに各システムを集約した目的、意味、経緯、新たな課題などについて発表いただいた。
上記の二つの事例発表を受けて、約3時間のグループ討議を行った。
討議は、「情報環境の再構築」、「情報資産の保護」、「これからの情報システム部門の役割と求められる職員像」の3テーマを設定したが、3テーマが相互に関わるため、各テーマについて2グループに分けて討議することにした。討議に入ると、各自の大学での事例を紹介した。特に失敗例や反省点などから多くの解決策や検討方法など、意見交換が積極的に行われた。最後に約15分程度のグループ討議のまとめを相互に発表いただき、質疑応答を行った。また、事後研修として、自己評価シートやグループ毎の総括レポートを提出いただいた。
成果として、1日のみの研修期間であったが、日頃の業務から離れ、他大学の事例やまた自学の事例など比較検討することにより、客観的に大学の情報システム部門として応えられる情報環境の在り方など、個々の考え方の間口が広がったのではないかと思われる。
【研修成果とプログラム評価】
研究講習会終了時点での参加者アンケートによると、全体を通じて次のような研修成果が認められた。
- 大学教育の質的転換が求められる背景について認識を深めることができた
<そう思う……94.2% そう思わない……1.0% どちらでもない……4.8%>- ICTを活用した課題解決や価値創造のトレンドを把握することができた
<そう思う……73.6% そう思わない……3.8% どちらでもない……22.6%>- ICTを活用するにあたって向き合わなければならない人的、組織的課題を認識することができた
<そう思う……96.3% そう思わない……0.9% どちらでもない……2.8%>
このように、「1.大学教育の質的転換が求められる背景への認識」と「3.ICT活用にあたっての人的・組織的課題への認識」は高い成果が認められた。
これらの設問に関する自由記述を見ると、「1.大学教育の質的転換が求められる背景への認識」については、
- 事前研修と基調講演に加え、他大学の事例とグループワークを通じて大学教育の質的転換が「待ったなし」であることを学んだ
- 変革の道筋はまだ浮かばないが、このままではいけないという意識を持った
- 学生の質が問われている今、学修支援環境の大切さが良くわかった
- 質的転換をどのようにして具体化するか、今回の研修でそのヒントを得た
また、「3.ICT活用にあたっての人的・組織的課題への認識」については、
- 教職員が一体となってチームを構成することが重要だと感じた
- 組織的な協力体制の構築は問題解決の助けとなる。教職協働を可能とする組織をあらためて検討したい
- 導入後の人的・組織的体制の大切さを痛感した
- 自ら声を上げられるようにならなくては、と強い危機感と刺激をいただいた
など、全体会での基調講演「大学教育の質的転換を目指して」と分科会の連携、あるいは分科会における意見交換や情報交換を通じて本質的な課題に対する認識や意識が高まった様子が認められた。
しかし、一方で「質的転換が求められる背景は知っていた。むしろ事例や具体策など実践的な情報が欲しかった」など、実際の課題解決に役立つ、より具体的な情報提供を求める記述もあった。例えば、大学が直面する課題と情報活用モデルの事例を相互連関させながら具体的戦略を探求するような、創造的な討議を促すことも必要と考える。このことは、「2.ICTを活用した課題解決や価値創造のトレンドの把握」に関する成果がそれほど高くなかったこととも関係する(この設問で「そう思う」と回答した割合は73.6%にとどまり、2割強の参加者が「どちらでもない」と回答している)。例えば、自由記述では次の指摘があった。
- 時間不足でトレンド把握は十分ではなかった。ただし、たくさんの課題を伺うことができて有意義だった
- 課題解決までは至らなかったが、活発に議論でき、有意義だった。メーリングリストを活用して解決に向うことを期待する
- 運用事例を持っている学校が少なかった
- 今はまだ、どの大学も模索中なのかなと感じた
このように、ICTを活用した課題解決や価値創造に関して、実践的な観点からの情報交換や議論が十分に尽くされなかった状況も認められる。正味5時間という分科会討議の時間的制約はあるが、参加者が実践に役立つより多くの情報を獲得するための工夫が求められる。分科会によっては、事後研修においてグループ発表のまとめを行ったり、自己評価シートを共有する取り組みを行ったりしている。これらの活動は、分科会討議で培われた人的ネットワークを研修要素に組み込んだ、継続的な研修プログラムの展開であり、研修での討議内容を深く掘り下げ、研修の成果を実践で適用するきっかけとなり得る。こういった工夫を含め、討議テーマの絞り込み、提示する事例の精選、事前研修の充実など多様な観点から研修プログラムの改善を追求すべきと考える。併せて、各大学のニーズに応じた分科会の新設や再編成について検討を進めることが求められる。
本年度の応用コースは、従来の合宿研修(2泊3日)を日帰り研修に改めた。この改編にあたっては、過去3年間の参加者と各大学の人事担当者を対象にアンケート調査を実施し、研修への期待や要望を分析した。その上で獲得目標を精査し、事前から事後までの一連の流れを通じてその成果を業務に活かせるような実践的な研修を目指した。この新たなプログラムを総括的に評価した結果、上述したように一定の成果を得た一方で課題も浮き彫りになった。今後、この評価結果を丁寧に分析し、本協会の強みと独自性をベースとしたプログラムのさらなる改善を図りたい。
文責: | 大学職員情報化研究講習会運営委員会 |