人材育成のための授業紹介:機械工学
廣川 敬康(近畿大学 生物理工学部人間工学科准教授)
西垣 勉(近畿大学 生物理工学部人間工学科准教授)
日本は現在、超高齢社会に入っており、これからは高齢者や女性、障がい者、外国人等を含む多様な人材が活動しやすい社会を形成することが特に求められています。ユニバーサルデザイン(Universal Design、以下、UD)は、様々な特性を有する使用者にも使いやすい製品を設計しようとする設計思想であり、上記のような社会を実現する上で重要な役割を果たすことが期待されます。
このような状況に対し、近畿大学生物理工学部人間工学科では、学生がUDの理念と技能を修得できるようにカリキュラムを編成しています。本稿では、その中核的な演習科目であり、デジタルマネキンを用いてUDを実現するための方法を学ぶユニバーサルデザイン・CAD演習 I・II(UD・CAD演習 I・II)について報告します。
デジタルマネキンとは、コンピュータ上に作成する人体モデルの総称です。3次元CAD上の製品モデルに対してデジタルマネキンを組み込むことにより、人間が製品を使用する際の姿勢やバランス、視野、身体的負荷等を解析することが可能となり、使いやすさを考慮した人間工学設計をコンピュータ上で行えるようになります。さらに、製品使用者の特注を様々に変更してどの人にも使いやすい製品を設計することにより、UDを実現できるようになります。本学科では、このようなデジタルマネキンを使用したUDの集合教育に、我が国で初めて取り組んでいます。
(1)人間工学科のカリキュラム構成とUD
人間工学科は2010年度に発足した学科であり、改組前に機械系学科が担当していた機械工学や情報工学等を基盤としたモノづくり教育に加えて、人間科学や医療・福祉工学、環境科学を体系的に学ぶことによってUDの考え方と技術を修得できるようにカリキュラムを構成しています。
以下に、系列ごとの開講科目を示します。括弧( )内の科目名は、対応する機械工学系専門科目の一般名称です。
ここで「プロダクトデザイン」系列に属する主要科目は、講義科目での学習を基礎として、概念設計から詳細設計や工学解析までをコンピュータによるCAD/CAE技術で支援するための方法を修得するための演習科目です。以下に、その代表的な科目での授業目標を示します。
以下では、デジタルマネキンを利用してUDを実現するための方法を学ぶUD・CAD演習 I・IIの実施内容を詳述します。
系列 開講科目 学科基礎 生体の力学(材料力学)、応用解析学、確率統計等 人間科学 生体機能・解剖学、人間工学、ユニバーサルデザイン等 医療・福祉工学 福祉機器デザイン、医用生体工学、生活支援ロボット等 環境科学 生活熱環境学(熱力学)、循環と流れ学(流体力学)、振動と音響の科学(機械力学)等 プロダクトデザイン UD・CAD演習I〜III、3次元CADプロダクトデザイン等 デザインプラクティス 造形デザイン実習、人間工学実験、人間工学演習等 UD・CAD 演習I CADによる3次元モデリングと機械製図の技術、ならびにデジタルマネキンの基本技術を修得する。 UD・CAD 演習II 製品の3次元モデルに対して様々な特性のデジタルマネキンを組み込んで姿勢や力学負荷等を解析することにより、UDを実現するための技術を修得する。 UD・CAD 演習III 有限要素法ソフトを使用して製品の強度解析や流れ解析等の工学解析を行うことにより、製品性能を分析するための方法を修得する。 3次元CADプロダクトデザイン 概念設計段階から3次元CADを利用することにより、効率的に製品を設計するための技術を修得する 第I期(第1〜3回)
3次元CADモデリングプリミティブの生成と変形・移動、T字型杖の作成、ベンチの作成 第II期(第4〜7回)
2次元CAD製図CADを用いた機械製図の基礎、T字型杖の製図、ベンチの製図 第III期(第8〜14回)
デジタルマネキンの基本操作特別講義、デジタルマネキンの生成・移動・姿勢変形・干渉評価・バランス評価・静的力学負荷の評価等る。 第1回
BSDの基本操作リーチと視野の評価(UD・CAD演習Iの続き) 第2〜3回
T字型杖の人間工学設計杖のシャフト長さの適切化、杖使用時の静的力学負荷の分析と設計 第4〜5回
キッチンシンクの人間工学設計食器洗い作業の分析、シンクの様々な使い方と改善 第6〜7回
洗面台の人間工学設計洗面台での手洗い・洗顔の分析、洗面台の様々な使い方と改善 第8〜9回
車いすの人間工学設計車いすの3次元モデリング、車いす使用時の負荷の分析 第10〜11回
自動販売機のUDUD自動販売機の3次元モデリング、使用時の姿勢・静的力学負荷の分析 第12〜14回
生活関連機器のUD[グループ演習]対象製品の分析と3次元モデリング、製品使用時の姿勢や静的力学負荷等の分析とそれに基づく改善
(2)UD・CAD演習Iの実施内容
UD・CAD演習 Iでは、14回の授業(1回あたり2コマ)を次の第 I 期〜第 III期に分けて実施します。
UD・CAD演習 I・IIでは、2次元・3次元CADとしてAutodesk社のAutoCAD2009を使用し、デジタルマネキンとしてAutoCADに対するプラグインソフトである(株)アイヴィスのBody Shape Designer(以下、BSD)を使用します。第III期でBSDを用いた演習を開始する第8回には(株)アイヴィスの開発担当者よりデジタルマネキンを用いた製品設計の有用性と最新動向に関する特別講義を行って演習の意義を強調します。また、第7回と第14回にそれぞれ中間/総合試験を行って、CADやデジタルマネキンの基本操作の修得を促しています。
図1に、第III期におけるデジタルマネキンの基本操作の例として、ラジオ体操やバスタブへの入浴時の姿勢変形、自動販売機での商品購入時の姿勢と視野評価(時間の都合上、UD・CAD演習IIで実施)の例を示します。
(a)ラジオ体操 (b)バスタブへの入浴 (c)自動販売機での商品購入 図1 デジタルマネキンの基本操作の例
(3)UD・CAD演習IIの実施内容
UD・CAD演習IIでは、デジタルマネキンを用いて身の回りの生活用品の人間工学設計やUDに取り組みます。以下に、UD・CAD演習IIの各回の実施内容を示します。
第1回にはUD・CAD演習 Iに引き続き、基本操作を修得します。第2〜11回には、具体的な製品を対象として使いやすさの分析と設計変更を行います。これらの課題では、各受講生に対して使用者の特性(性別、身長、ウエスト囲、年齢)を重複しないように組み合わせて指定し、受講生は各自に指定された特性のマネキンを用いて課題に取り組みます。これにより、得られた結果を集積することによって、様々な使用者に対して使いやすい製品の傾向を分析することが可能になります。最後の第12〜14回には総まとめとして、全受講生を3人1組のグループに分け、グループ単位で製品のUDを実現する課題に取り組みます。この課題では、対象製品の決定、既存製品における不便な点の調査、既存製品の3次元モデリング、多様な使用者(成人男性・成人女性・子ども・高齢者男性等の6体型)に対する製品の使いやすさの分析、どの体型の使用者にも使いやすい製品の提案等をグループのメンバーで話し合いながら共同して実施します。
また、製品の使いやすさを分析する際には、できる限り課題と同様の体験を実施し、デジタル空間でのマネキン操作だけではなく、使いやすさを体感して両者を対応づけるようにします。
図2 (a) は、手洗い・洗顔・洗髪・ひげ剃り等の様々な場面を想定して使いやすい洗面台を提案した例です。また、図2 (b)、(c) は、車いす使用者が一般/UDの2種類の自動販売機で商品を購入する際の模擬操作(実寸大パネルでボタンを押す、商品を取り出す等)を行い、それを参考にBSDで使いやすさを評価した例です。図3はグループ演習において自転車を対象製品とした例であり、サドルやカゴ、ハンドル、車輪径等の設計を見直して身長に関係なく握りやすいハンドルと跨ぐときにほとんど足を上げる必要がないフレームを有するUD型の自転車を提案した例です。
(a)洗面台の設計 (b)自動販売機の模擬操作 (c)自動販売機での商品購入 図2 デジタルマネキンを使用した製品評価と設計の例
(a)一般型(成人男性) (b) 一般型(子ども) (c) UD型(成人男性) (d) UD型(こども) 図3 一般型自転車の分析とUD型自転車の提案
(4)UD・CAD演習 I・IIにおける課題設定
本演習科目は2年生約80名が受講する集合教育であり、受講生の理解度と進捗状況にばらつきがあります。そこで、状況が許す限り、全受講生が授業終了時に提出すべき基本課題と、余力がある受講生が自主的に取り組む発展課題を用意します。さらに、発展課題の一部を宿題としたり、受講生が設計条件を自由に設定できる自由課題としたりして、各人が自分の理解度に応じて課題に取り組めるようにしています。
(5)受講生の感想
UD・CAD演習 I・IIに対する受講生の感想は、「人の動きや姿勢が感覚的にわかった」「身体にかかる負荷等がわかるので楽しかった」等のBSDに関するものや「UD製品の改善ポイント等のアイデアを出すところが面白かった」「宿題・課題があり、取り組みやすかった」等の授業方法に対するもの等、概ね好意的なものでした。
本報では、近畿大学生物理工学部人間工学科におけるデジタルマネキンを利用したUD教育の実施内容等について報告しました。今後、学生の取り組み状況を踏まえながら、授業内容を改善していく予定です。